不器用だけど…伝わって‼

さごち

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二十六話 ~少しの歩み寄り~

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 暖かな日差しを受けながら、細莉は清々しい気持ちで膝に置いたお弁当箱の蓋を閉じた。
 食べ終わったのかと思いきや、閉じられていく弁当箱にはまだほとんど手つかずのおかずが残されている。
 普段は購買の総菜パンを買うことが多い細莉がわざわざお弁当を持参しているあたり、また何か作戦を思いついたのだろう。
 事実それは正解だ。
 しかし、いつもと違うのはその作戦の対象者が蓮ではないということ。

──凄い威力だったなぁ

 十数分前の光景を思い出し、細莉は黄昏る様に遠い目になった。
 いつだったか響と初対面した旧校舎の階段に細莉はいるのだが、細莉が座るところより少し下ったところの階段にはもう一つお弁当箱が置かれていた。
 シンプルな見た目のお弁当箱には食べかけのおかずとおにぎりが入っている。
 更にそこから下ったところには箸が落ちていた。
 まるでお弁当を食べていた途中で慌ててこの場を去ったような。そんな光景であった。

「あ、帰ってきたのかな」

 カンカンッ……と階段を上がる音がして、細莉は少し驚いた顔で階段下を覗き込む。

「良かった。あれ以来だったから、いなかったらどうしようかと思った」
「加屋、さん……?」

 鞄を肩に掛けながら階段を上がってきた響は細莉を見て表情を和らげたが、細莉のものではない弁当箱の存在に気が付くと少し肩を竦めた。

「誰かと一緒だったかな。それなら出直すよ。あまり他人に聞かれて気持ちの良い話ではないしね」
「……大丈夫、だよ。多分まだ全然戻ってこないと思うから……」
「そうなのかい?」
「うん。今、鈴はお腹壊してるの。サバにあたって」
「それは可哀想に……」
「犯人私なんだけどね」
「え?」
「最近あまりにもひどかったから、復讐をしようと思って。一晩冷蔵庫に入れなかったサバを鈴に食べさせてみたの。サバにあたると辛いって聞いたからちょうどいいかなって」

 悪魔のような所業だが、これはもちろん相手が鈴だからというのが前提だ。
 神様がサバにあたって大事になることはない。
 ……多分ない。
 食べてすぐにお腹を押さえて、見たこともない焦った顔で階段を駆け下りていった鈴を見た時は正直焦ったが、それでも普段涼しい顔でひどい目に合わされ続けた結果というべきか、やってやったぜという達成感のほうが強かったのだから細莉もそこそこに恨み辛みが溜まっていたのだろう。
 適度に発散できていればよかったのだが、今回はそこそこ大きな爆弾となった状態でその我慢が決壊し、食中毒による報復という一歩間違わずとも犯罪であろう復讐に走っていた。
 細莉があまりにも悪びれずにやばいことを告白するものだから、響も一瞬引いた顔になったが、すぐにその顔には堪えきれないという苦笑が浮かび上がる。

「本当にボクたちは似ているみたいだ」
「……そう?」
「感情的になると手段を選ばなくなる辺り、多分そっくりだと思うよ」

 そう言って響は細莉に近づくと、スッと顔に手をかけた。
 凍えるほど冷たい目で細莉を見つめながら、響はそれでも変わらない口調で会話を続ける。

「お互い様だと思うけど、君は邪魔だ。どういう経緯で今の立ち位置に収まることになったのかは知らないけど、はっきり言って目障りでしかない」
「私だって驚いたよ。幼なじみがいるなんて全然知らなかった。同じ学校なのに一緒にいるところなんて見たことなかった。それが急に幼なじみだって出て来て……正直イラってした」

 真っ直ぐに見つめ返した細莉の目に敵意はなかった。
 けれど、響の目が僅かに伏せられる。
 後ろめたいというわけではなかったが、確かに唐突に出てきた邪魔者としては自分も大概なんだろうと自覚はあった。
 程よい距離感を崩さないこと。
 それは響が意識的に気をつけていたことなのだから。

「笑い話に聞こえるのかな。ボクはね、蓮が昔口走った言葉をかなり素直に受け取ってしまったんだよ」
「どういうこと?」
「女といるよりも男といるほうが気が楽だ。小学校低学年くらいかな。何かの拍子に蓮がそう言ってるのを聞いたんだ。別に深い意味がないことなんてわかってた。いや、今はわかってるって言い方のほうが正しいか。その言葉を聞いたからボクはこうなったわけだし。けど、一緒にいるために始めたのにボロが出るのが怖くて、ボクは蓮と意図的に距離を取るようになったんだ」
「…………キャラ作ってるの?」

 ゆっくりと響はため息をつく。
 まるでとても重たい荷物を今だけは下したかのように。

「皮肉な話だけど、どのひびきが本当のひびきなのかちょっと自信ない。人生の半分をそうやって過ごしちゃったんだもん。けど、あなたを見てるとひびきもそのままでいればよかったんじゃないかって今はちょっと後悔してる」

羨むような、悔しいような、僅かに潤む瞳で響は細莉を見る。


「今のひびきじゃ蓮の親友にはなれても、恋人には多分なれないから」


 優しく吹いた風が響の髪を揺らす。
 それはどこまでも弱弱しい女の子の姿だった。
 もしも細莉が蓮に恋心を抱いていなければ、思わず抱きしめて慰めたくなるほどに今の響とかつてここで会った響の姿は重ならなかった。
 けれど、そんなことよりもだ。

「素がそれでよくあのキャラを続けられるな⁉」

 夢の中にいるときのような口調で思わずツッコミが出た。
 細莉の大きな声に響も思わず目をぱちくりさせる。

「一人称が自分の名前って……語尾がだもんって……!」
「変……かな?」
「あざと可愛いんだよ!」

 僕っ子幼なじみというインパクトだけでも属性は十分だというのに、その化けの皮が剥がれたらあざとい少女が出て来るなんて卑怯だ。
 後悔してると言いながら、全てはその一撃のための布石と言われても驚かない。
 やばいライバルが現れたとは思っていたが、想定をはるかに超えたやばさだった。
 見たことのないテンションの細莉に響はやや困惑しているが、そんな相手の様子に気付かず細莉のテンションはヒートアップしていく。

「……そう?」
「そうだよ!」

 ガシッと細莉が響の肩を掴んだ。
 驚いた響の肩からカバンが落下し、チャックが締まっていなかったのか中身が少し階段に飛び出る。

「あ、ごめ──」

 落ちた鞄を拾おうと手を伸ばした細莉がビシリッと固まる。
 鞄から二つのつぶらな瞳が飛び出していた。
 指先でちょっとかばんを拡げて見れば、うさちゃんとこんにちはを果たす。

「いい加減にしてよ‼‼」

 もう絶叫である。
 うさちゃんに関してはもう狙っているとしか思えなかった。
 だってそうだろう?
 性格がどうとか関係ない。学校の鞄にぬいぐるみを忍ばせている女子なのだ。
 狙っていないならば、逆にちょっとヤバいまである。

「なんで……ぬいぐるみを持ち歩いてるの……おかしいでしょ……」
「……蓮が取ってくれたやつだから」
「…………………………は?」

 細莉の目からハイライトが消えた。

「……そういえば、加屋さんは何の話をしに来たのかな?」
「え?」
「私に話があるからここに来たんでしょ? 何の話?」
「えっと、ちょっと自分を見つめ直すきっかけがあったから、宣戦布告というか勘違いじゃないからって言いに来たというか……」
「ぬいをもらったから調子乗ってマウントを取りに来たと」
「…………」
「ぬいをもらったから調子乗ってマウントを取りに来たと」
「……まぁ、否定はしないかな」

 ガシッと細莉がお弁当箱を掴む。
 閉めたばかりの蓋を開け、鈴を撃沈したサバの塩焼きを箸で掴むと、光のない瞳で階段上から響を見下ろした。

「元々敵とは思ってたけど、じゃあ今日から正式に敵でいいよね? 敵なら倒してもいいよね?」

 響の腕が掴まれ、サバが近付いてくる。
 体格にそこまで違いはないはずだが、片腕しか使えない細莉が相手だというのに響は細莉を振り払えないでいた。
 険しい目つきで細莉を睨みつける響だったが、それは響が出来る唯一の抵抗だった。
 サバが近付いてくる。

「それじゃ、負けないから。よろしくね、加屋さん」




「ひどい目に合いました……細莉がお弁当を作ってくれたことに感激して、彼女の料理スキルを見誤ってしまうとは……」

 お腹を擦りながら、鈴が階段を上がってくる。
 文句の一つでも言おうと鈴は階段の上で待っている細莉を見上げた。
 そこには──

 パァァァァァァァァァ……!

 何かをやり切って、満足そうに風を受ける細莉がいた。

「何かあったのですか?」

 少し怖いもの見たさで鈴は素直に細莉の様子の変化を聞くことにした。
 もちろんこれで「鈴のお腹を壊せて満足してる」とか抜かし出したら、それなりの報復をするつもりだったのだが、細莉は無邪気に可愛らしく笑顔を浮かべる。


「凄い威力だったなぁって!」
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