不器用だけど…伝わって‼

さごち

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二十二話 ~据え膳食わぬは男の恥!~

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 頬を膨らませ、わかりやすくぷりぷり怒っている細莉がいた。
 対面にいるのは鈴。
 二人はお弁当と菓子パンが置かれた机一つを挟んだ状態で、向かい合って座っていた。
 周りにはクラスメイトの姿が見えるが、いきなりこのクラスの一員として現れたはずの鈴に興味を示している様子はない。
 それもそのはずだろう。
 鈴は転入生としてではなく、最初からこのクラスの一員だったという形でこの世界に現われ、蓮や細莉と同じ学校へと通っていた。
 登校するなり当たり前のように鈴がいて、しかも今日から私も伊澄さんとの関係進展に直接協力しますとか言われたのだから、細莉としては複雑だ。
 もっとも、不満なのは協力することにではなく、今後夢の世界で蓮と二人きりじゃなくなること。そして、何の相談もなしに鈴が行動に移したことに対しての話だが。
 不機嫌になることなど初めからわかりきっていたのだろう。
 お弁当の蓋を開け、ほうれん草のおひたしを口に運ぶ鈴は涼しい顔をしている。

「そんな不機嫌だと伊澄さんに嫌われてしまいますよ?」
「……不機嫌なのは鈴のせい」
「仕方ないじゃないですか。それに見ていられなかったのはあなたに原因がありますし、何も伝えていなかったのは謝りますが、私がこうして行動しなければならなくなったのはひとえにあなたが空回っているからなんですよ?」
「……空回ってないもん。順調だもん」
「ドキドキアピールみたいのを意識しているんでしょうけど、私からすれば遠回し過ぎると思います。伊澄さんは鈍感なんですから、もっと直球じゃないと伝わらないのはわかっているでしょう?」
「わかってるけど……その、友情メーターを今は上げてる途中みたいな……」
「友達がいつの間にか好きな相手になっている。確かに素敵だと思いますが、たまには女性的なドキドキを挟まないと女の子として見れないとか言われかねません」

 図星を突かれまくり、細莉はどんどん小さくなっていた。
 そんな細莉を心配することもなく、黙々とお弁当を食べる鈴は最後のおかずを食べ終わり、蓋を閉める。

「そこでたまには荒療治といきましょう。伊澄さんに思い切り細莉を女の子として意識させます」
「そんなことできるの……?」
「任せてください。そのために私が来たんですから」

 穏やかに微笑む姿はとても頼もしく、細莉も思わず笑みがこぼれた。




「そんなわけで伊澄さん。こちらに訳あって絞め落とした細莉を用意しました」
「どんな状況なんだ……⁉」


 放課後。
 みんなが帰った後に少し教室に戻ってきて欲しいと鈴に頼まれ、言われた通りに教室に入った蓮を出迎えたのはあまりにも意味がわからない状況だった。
 涙を流し、床にぱたりと倒れ込んだ細莉は信じていたものを全て裏切られたような悲しみに満ち満ちた顔で泡を吹いて意識を失っている。

「伊澄さん、早く人工呼吸です」
「……何があったんだ?」
「過程など気にしなくて結構です。今は目の前のことに集中してください」
「お前さてはクールぶってるだけでやばい奴だな⁉」
「心外です。心の傷を癒すために私は明日、クラスの皆さんに伊澄さんから乱暴を受けたと泣きながら言いふらすことにします」
「やばい奴だぁ⁉」
「ほら、言いふらされたくなかったら早く人工呼吸をしてください」
「しかも脅しが始まったし!」

 鈴は倒れ伏す細莉の傍らに膝をつくと、意識のない細莉の顔を蓮に向けさせる。

「見てください。こんな姿になって可哀想だとは思いませんか?」
「確証はないけど、犯人お前だろ!」
「私も胸が痛みました。けど、心を鬼にして絞め落としたんです」
「なら責任持ってお前が蘇生しやがれ!」
「それでは私が何のために細莉を絞め落としたかわからないじゃないですか」
「わからないからこの対応なんだよ!」

 人間と神様の感覚の違いなのかもしれない。
 ふざけているのではなく、鈴はいたって真面目な顔だ。
 きっと鈴としては蓮が「人工呼吸って……それ、キスってことだろ……」みたいにドギマギする予定だったに違いない。
 もちろんこれが悪ふざけであったとしても、命に関わるマジでヤバい状況だったなら蓮ももう少し反応が違ったはずだ。
 しかし、いかんせん関わっているのが鈴と細莉である。
 今この状況を簡潔に説明するなら、神様が神様を絞め落として人間に蘇生しろと言っている図なのだ。
 神々の遊びも大概にしろと人間が声を大にして文句を言ってもいい場面だろう。

「おかしいですね。据え膳を前にしたら、男子高校生なんて罠だとわかっていても食いつくと思っていたのですが」
「霧里は俺を何だと思ってるんだ……」
「……もしかしてそれでしょうか」

 人工呼吸を据え膳と表現した時点で細莉の蘇生には絶対関わるまいと決めた蓮を見て、鈴は何かに思い至ったらしい。
 抱えていた細莉をポイッと捨てると、蓮の前に来て、どういうわけか手を取った。

「鈴と呼んでください」
「は?」
「今の私たちは関係が浅くて、私のすること全てに伊澄さんが警戒心を持っているのだと思います。ですから、距離を近づけて見ましょう。私も伊澄さんではなく、名前で呼ばせていただきます」
「それは本当に効果があるのか……綻火も大概だったけど、霧里もけっこう空回って──」

 鈴の人差し指が蓮の口に当てられる。
 そのまま澄んだ目で鈴は小首を傾げた。


「霧里ではなく、鈴ですよ? 蓮」
「……っ」


 不覚にもドキリとしてしまい、蓮がたじろぐ。
 その反応に鈴はくすりと笑みを零した。

──ふふっ、そういう反応を私にではなく、細莉にしてあげてほしいんですけどね

 自分に惚れる可能性というものを考慮はしていないのだろう。
 蓮が無自覚系主人公だと言うなら、鈴も十分無自覚系ヒロインの素質を持っていた。
 一歩間違えれば、このまま細莉が出し抜かれかねない空気感が教室を支配しようとして──

「んっ……」

 幸運にもヒロインが覚醒する。

「おや、起きてしまいましたか」
「鈴……? それに伊澄?」
「大丈夫か?」
「なんか記憶が曖昧……私どうしたんだっけ?」
「鈴に絞め落とされたんだよ。理由はよくわからないけど」
「蓮が真面目なのがいけないんですよ? 結果として、細莉は落とされ損ですし」

 朦朧としていた意識が一瞬ではっきりした。
 当たり前のように名前で呼び合う二人を見て、細莉の目が面白いように見開かれる。
 ぎょろぎょろと二人を見比べた細莉は震える声と指で必死に目の前の状況を理解しようと試みた。

「な、なんで、名前……名前で呼んでるの?」

 鈴と蓮が互いに顔を見合わせる。
 そして、鈴が代表して細莉の前でしゃがみ込むと申し訳なさそうに眉根を寄せた。

「すみませんでした。私の力不足で今回の作戦は失敗です」
「そもそも私は作戦が何だったのかもわかってないんだけど……」
「細莉を絞め落として蓮の前に差し出しました。私の作戦ではこれで蓮が細莉のことを意識するはずだったのですが、少し手違いがありまして……ですから今回は前準備ということで」

 すでに体の震えが動揺から怒りにシフトしつつある細莉を全く気にせず、真面目な顔で鈴は言い放つ。


「私と蓮の関係を近づけるために、互いに名前で呼び合う約束だけしました」
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼」


 邪魔者(細莉)を絞め落として、その隙に蓮に近づいた泥棒猫。
 細莉から見た鈴の姿はまさにそれであった。
 その後、色々と事情を聴きながら、そして度々キレながら、二人の呼び方を元に戻させた細莉は絶対に鈴と蓮を二人きりにさせまいと誓うのだった。
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