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八話
しおりを挟む「ふっふっふ……ようこそ肝試しの場へ」
毎度のことながら唐突に始まった夢だったが、今日はいつもと随分違う趣が辺りに拡がっていた。
「……神様的に墓地での肝試しってどうなんだ?」
「罰当たりがどうとか言いたいなら問題なし! 何故ならここは見かけだけだから!」
「いや、行為そのものに問題があると思うんだが……」
というより、神様とは一体何なのだろう。
何となく死者を導いたりしてくれるイメージがあるが、細莉がそんな役割を持っているのかといえばそうではない気がする。
こいつはいったい何なんだろうな。
そんな哲学染みた疑問が今更湧き上がるが、蓮はひとまずそれを無視して辺りをもう一度確認することにした。
見たことのない墓地だ。
霧のような霞みが拡がっているせいで視界がきかないのは細莉の演出なのだろう。確かにこれでいきなり何かが飛び出して来たら多少はびっくりするかもしれない。
見かけの墓地で肝試しというからにはどうせ仕込みがあるに決まっているのだ。
「ここを俺に歩き回れと?」
「一緒にいくに決まってるでしょ! こんなところに一人にされるとか嫌だ‼」
「お前が仕掛け人なんだろ……」
「怖いものは怖いんだからしかたないじゃん……」
唇を尖らせぶつくさ何かを言っているが、やることはわかった。
では、さっそく出発と歩き始めるなり、細莉は蓮の隣に駆け寄っていくと、手をグーにしながらあざといポーズをしてくる。
その姿は典型的なバカップルのそれだった。
「何か起きたら守ってねぇ?」
「任せろ、足には自信がある」
「……それはちゃんと手を引いてくれるんだよね?」
「……くっ! まさかこんなところで情けない姿を見せることになるとはな」
「置いていく気だ! 私のことを全力で置いていく気だよ⁉」
細莉がイメージしていたものとは若干違うながらも、第三者が見ればそこそこイラっとしそうなバカップルっぽさを振りまきながら歩くこと数分。
いよいよ肝試しが始まったらしく、ふよふよと不思議な明かりが二人に近寄ってきた。
「ひぃ……さっそくなんか出た!」
「あれは……」
それは火の玉だった。
なにが燃えているのかもわからない火の玉がまるで意思を持つかのようにゆっくりと二人へと近づいてきていた。
「「人魂だぁ!」」
二人して絶叫。
だが、恐怖に怯えた感じの細莉とは違い、蓮のほうは何やら黄色い歓声に近い絶叫であった。少なくとも恐怖に慄いているという風ではない。
それに気付いた細莉は怪訝な顔で蓮へと視線を送ってきている。
「……なんで嬉しそうなの?」
「人魂だぞ、人魂! 昔はあれが心霊系の王道みたいな感じだったのに、いつのまにかオーブにその地位を奪われただろ? だから、こうやって実際に見て見るとなんか貴重なもの見た気になっちゃってさ!
「へ、へぇ~……」
「……それにしても人魂って言ったらヒュ~ドロドロって効果音も付きものだけど無音だな。あの効果音ってなんだったんだ。太鼓の音みたいなイメージもあるけど、まさかあれって昔バージョンのラップ音とかだったのか! 霊も時代に合わせてアプローチを変えてきているのかもしれないぞ!」
「ソウカモネ」
あまりにも熱く語る蓮の姿に細莉は若干引き気味に愛想笑いを浮かべていた。
もしかしたら意外な一面が見れるかもと期待はしていたが、それはあくまで男らしいところとかビビりなところとかを想定していたわけで。
知りたくなかった一面を見る羽目になるのではないか。
そんな不安すら感じ始めた綻火の背後。墓石がぐらぐらと揺れ始める。
「そんな……嘘だろ……」
見たこともないくらい目を輝かせる蓮の視線の先で、ぼこりと地面から手が突き出してきた。
それはパニックホラーの最序盤。何ならオープニングすら始まっていない物語のプロローグを見ているようだ。
棺桶押し退けて、土から自力で出てこれる奴の筋力が衰えてるわけないじゃんというツッコミが野暮になる。スピード遅いけど人海戦術最強候補の一角
蓮の視線を追って、細莉も後ろを振り返る。
「ァァァァァァァァ……」
「ゾンビゾンビゾンビ⁉」
地面から体半分ほど這いずり出てきていたゾンビを見て、もはや泣きそうになりながら細莉は蓮の腕を引っ張った。
そりゃそうだ。ゾンビが出てきたのだから逃げるのは当然だろう。
だが、土からゾンビが完全に這い出てきても蓮は一向に逃げようとしない。
金切り声に近い絶叫を上げながら、細莉は蓮の服を引っ張り続ける。
「なんで逃げないの⁉」
「だって、せっかくのゾンビだぞ!」
「知らないよ‼ なにがせっかくなのかわかりたくもない‼」
「火葬が基本の日本で墓石からゾンビなんて出てくるはずがないだろ! 骸骨とかすらありえないレベルなのにゾンビだぞ‼ 本当に歩くときは手を前にするのかなとか気にならないのか⁉」
「さては好奇心で身を亡ぼすタイプだな⁉」
ガブゥ!
やけに白熱した言い合いをしている内にゾンビが近付いてきていたらしい。
蓮の肩を掴んだゾンビはその首筋に歯を突き立て、肉を食いちぎった。
鮮血が舞い、蓮の体がぐらりと揺れる。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
響き渡る細莉の悲鳴。
だが、その悲鳴は蓮が喰われたことに対してのみのものではなかった。
ゾンビに喰われる。その後のお約束なんてお察しだ。
だらりと体を弛緩させながら、それでも倒れることなくふらふらと蓮が歩き始める。
何故だかおいしそうな食べ物に見えてしまう細莉を蓮はただ本能のままに求め──
※
ビクンッ!
机に突っ伏していた細莉の体がふいに跳ねた。
どうやら授業中に居眠りをしていたらしい。
幸い跳ね起きることはなかったが、隣の席である蓮は細莉が俗にいう寝ピクをしたことに気付いているようで、チラリと細莉が目を向けて見れば、思い切り目が合ってしまった。
恥ずかしさに顔を逸らしながら、細莉はたった今みた夢のことを思い出す。
ただの夢と片付けても良かったが、いかんせん心の中のもやもやが晴れない。
迷った末、細莉はこそこそとノートに何かをかき込むとそれをちぎり蓮へと投げつけた。
『お化けとか好き?』
くしゃくしゃに丸められたノートの切れ端を拡げて見れば、書かれていたのは蓮からすれば意味の分からない質問文。それでも今までの経験上、次の遊びの計画でも考えていると思ったのだろう。
蓮は質問に質問を重ねることなく、素直に返事をかき込むと細莉にノートの切れ端を投げ返した。
『ホラーは嫌いじゃない』
それを見た細莉の顔が絶望と驚愕に歪み、また机へと突っ伏してしまう。
頭の中には目をキラキラ輝かせながら、ゾンビに食われた蓮の姿がありありと浮かび、そして最終的に自分がむしゃられた記憶は嫌でも焼き付いていた。
──肝試しはダメだ! 絶対やっちゃだめだ!
全く知らないところで勝手に地雷を造られた蓮であった。
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