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*56 カヒエの謎が解けた *
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タリーの台所が理不尽な暴力によって荒らされてから十日が経った。チャールズさんから聞いた話では、そろそろマートルさんが帰って来るはずである。
いよいよ本格的にこの店の進退について話し合う時期が来るぞと、心ひそかに闘志を燃やしている俺。オルレアは、絶対に渡さん。ふんすふんす、と鼻息も荒いわけだが、
「なんでいるわけ?」
「えへ」
人差し指を口元に当てて、マッキーさんが可愛らしく首を傾げる。三十前の男がやるポーズじゃない。なのに、違和感が全くないのはどういうことか。
タリーの台所には、俺とオルレアの他に、エルもいる。彼には探索者という立場から、これからオープンする予定の店について、意見をもらうつもり。アドバイザーである。
店に搬入する調理道具などについては、マッキーさんに相談する予定ではあるものの、彼の出番はまだ先。なんで、ここにいるんだ。
オルレアとエルも首をかしげているから、二人が呼んだわけでもなさそうだ。
「きみに用はなくても、僕にはあるから来たに決まってるじゃない。今日は、スバルんに見てもらいたい物があって持って来たんだ」
そう言ってマッキーさんは、二つの紙袋を机の上に置いた。クラフト紙っぽい素材でできた、何の変哲もないただの紙袋。その中身をペーパーナプキンの上に広げた。
片方は、赤、茶、黒、三色が混じった粉。もう一つは、こげ茶色っぽい粉。
「これ、カヒエか?」
鼻を鳴らして匂いを嗅いだエルが首を傾げた。
「そうだね。久々に匂いを嗅いだよ」
「ぼくも」
カヒエは、コーヒーの劣化版みたいなもの。前にパラソル市場で飲んで以来、飲んでない。味が微妙だったからな。淹れ方も、コーヒーと変わらないみたいだってことは、調理師ギルドで勉強している。
「そう。僕が見たところ、こっちのこげ茶色っぽいカヒエばっかりのほうが、品質が上だって出たんだよね。その違いが何なのか、スバルんなら詳しく分かるかな~って思って」
なるほど。そういうことなら〈鑑定〉してみよう。まずは、色がバラバラのほうから。
【カヒエの粉・中挽き】ダンジョンに生えるカヒエの木の実を挽いたもの。コーヒーとして飲むことができるが、産地、熟成具合、全てにおいてバラバラのため、品質は良くない。飲めば、覚醒作用あり。属性:火
知りたいことはちゃんと分かるから、別に構わないんだが、最近の〈鑑定〉結果はずいぶん気安いというか、大雑把というか。どうしてこうなった? という気がする。まあ、いいか。では、もう一つのほうは──
【カヒエの粉・中挽き】ルォノダンジョン三階層に生えるカヒエの木の実を挽いたもの。苦味と酸味、コクとキレのバランスが取れたコーヒーが味わえる。熟成具合の選別が不十分なため、品質にはややばらつきがある。属性:火
「マッキーさん、このコーヒー、今すぐ飲もう。こっちのこげ茶色のほうは、バランスが取れてて美味しいらしい」
「合点承知。オルさん、お湯をお願いしていい?」
「それは構わないけど、コーヒーっていうのは、カヒエのこと? バランスが取れてるっていうのは、どういうこと? キッチンに居ても聞こえるから教えてほしいんだけど」
ぴくぴくと耳を動かして、聞こえるアピールをするオルレア。
「会話は俺が中継するから、聞きたいことがあれば言ってくれ」
「ありがと、エルナトさん。じゃあ、キッチンへ行くけど、解説よろしく」
席を立ったオルレアの背中を見送りながら、どう説明したものかと考える。マッキーさんは、ミルクと砂糖、ドリッパーやペーパーフィルターも机の上に出してきた。ミルクと砂糖まで出てくるなんて、用意周到すぎるだろ。
「そうだなあ……ブドウって色々と種類があるじゃない? デザートとして食べる物、ワイン用、酸っぱくて食べられない物とか。そういうのを無視して、ブドウだからって言う理由で一つにまとめて、ぎゅーっと絞ってジュースにしたものが美味しいと思う?」
「いや。マズイとは言い切れねえかもしれねえが……味はイマイチだろうなって、気はする。オルレアも、それはブドウがもったいないって言ってる」
「でも、それをやってるのがこの色がまだらなほう。なんで、こっちはまだらでこっちは違うんだろう?」
「まだらなほうは、僕が適当にお茶屋さんで買ったほう。こっちのこげ茶色のほうは、探索者ギルドでオークションに出品される前に値段交渉して、僕が買ったやつ」
どういうこと? とエルを見れば、
「カヒエは、カヒエだから、納品されたものはこう……一か所にざばーっと……」
気まずそうな顔で説明してくれた。俺のブドウの説明で、カヒエだからという理由で一緒にするのはよくないと気付いたようである。
「粉にする前のカヒエを見れば、どれだけ熟れてるか分かると思う。熟れ具合で選別して、淹れてみたら、新しい発見があるかも」
「ありそうだけど……それを一つ一つ確認していくのは面倒~。基準さえわかれば、魔道具で何とかできそうな気もするけど……どう思う?」
「俺もそう思うけど、自分で基準をっていうのは……あ! そうだ。チャールズさんに〈バリスタ〉っていうスキルがないか聞いてみるのは? もし、あったらそれを持ってる人を探してもらって、その人に研究してもらおう。餅は餅屋だ」
「それだ!」
と、マッキーさんはうなずいてくれたものの、エルは「そこまでする必要があるのか?」と半信半疑。
「意見としては、ぼくもエルナト寄りかなあ」
お湯を沸かしてきてくれたオルレアもエルと同意見のようである。
普段のカヒエを思えば、そこまでして飲むようなものか? と疑う気持ちも分かる。好みもあるだろうけど、まずは飲んでみてくれ!
いよいよ本格的にこの店の進退について話し合う時期が来るぞと、心ひそかに闘志を燃やしている俺。オルレアは、絶対に渡さん。ふんすふんす、と鼻息も荒いわけだが、
「なんでいるわけ?」
「えへ」
人差し指を口元に当てて、マッキーさんが可愛らしく首を傾げる。三十前の男がやるポーズじゃない。なのに、違和感が全くないのはどういうことか。
タリーの台所には、俺とオルレアの他に、エルもいる。彼には探索者という立場から、これからオープンする予定の店について、意見をもらうつもり。アドバイザーである。
店に搬入する調理道具などについては、マッキーさんに相談する予定ではあるものの、彼の出番はまだ先。なんで、ここにいるんだ。
オルレアとエルも首をかしげているから、二人が呼んだわけでもなさそうだ。
「きみに用はなくても、僕にはあるから来たに決まってるじゃない。今日は、スバルんに見てもらいたい物があって持って来たんだ」
そう言ってマッキーさんは、二つの紙袋を机の上に置いた。クラフト紙っぽい素材でできた、何の変哲もないただの紙袋。その中身をペーパーナプキンの上に広げた。
片方は、赤、茶、黒、三色が混じった粉。もう一つは、こげ茶色っぽい粉。
「これ、カヒエか?」
鼻を鳴らして匂いを嗅いだエルが首を傾げた。
「そうだね。久々に匂いを嗅いだよ」
「ぼくも」
カヒエは、コーヒーの劣化版みたいなもの。前にパラソル市場で飲んで以来、飲んでない。味が微妙だったからな。淹れ方も、コーヒーと変わらないみたいだってことは、調理師ギルドで勉強している。
「そう。僕が見たところ、こっちのこげ茶色っぽいカヒエばっかりのほうが、品質が上だって出たんだよね。その違いが何なのか、スバルんなら詳しく分かるかな~って思って」
なるほど。そういうことなら〈鑑定〉してみよう。まずは、色がバラバラのほうから。
【カヒエの粉・中挽き】ダンジョンに生えるカヒエの木の実を挽いたもの。コーヒーとして飲むことができるが、産地、熟成具合、全てにおいてバラバラのため、品質は良くない。飲めば、覚醒作用あり。属性:火
知りたいことはちゃんと分かるから、別に構わないんだが、最近の〈鑑定〉結果はずいぶん気安いというか、大雑把というか。どうしてこうなった? という気がする。まあ、いいか。では、もう一つのほうは──
【カヒエの粉・中挽き】ルォノダンジョン三階層に生えるカヒエの木の実を挽いたもの。苦味と酸味、コクとキレのバランスが取れたコーヒーが味わえる。熟成具合の選別が不十分なため、品質にはややばらつきがある。属性:火
「マッキーさん、このコーヒー、今すぐ飲もう。こっちのこげ茶色のほうは、バランスが取れてて美味しいらしい」
「合点承知。オルさん、お湯をお願いしていい?」
「それは構わないけど、コーヒーっていうのは、カヒエのこと? バランスが取れてるっていうのは、どういうこと? キッチンに居ても聞こえるから教えてほしいんだけど」
ぴくぴくと耳を動かして、聞こえるアピールをするオルレア。
「会話は俺が中継するから、聞きたいことがあれば言ってくれ」
「ありがと、エルナトさん。じゃあ、キッチンへ行くけど、解説よろしく」
席を立ったオルレアの背中を見送りながら、どう説明したものかと考える。マッキーさんは、ミルクと砂糖、ドリッパーやペーパーフィルターも机の上に出してきた。ミルクと砂糖まで出てくるなんて、用意周到すぎるだろ。
「そうだなあ……ブドウって色々と種類があるじゃない? デザートとして食べる物、ワイン用、酸っぱくて食べられない物とか。そういうのを無視して、ブドウだからって言う理由で一つにまとめて、ぎゅーっと絞ってジュースにしたものが美味しいと思う?」
「いや。マズイとは言い切れねえかもしれねえが……味はイマイチだろうなって、気はする。オルレアも、それはブドウがもったいないって言ってる」
「でも、それをやってるのがこの色がまだらなほう。なんで、こっちはまだらでこっちは違うんだろう?」
「まだらなほうは、僕が適当にお茶屋さんで買ったほう。こっちのこげ茶色のほうは、探索者ギルドでオークションに出品される前に値段交渉して、僕が買ったやつ」
どういうこと? とエルを見れば、
「カヒエは、カヒエだから、納品されたものはこう……一か所にざばーっと……」
気まずそうな顔で説明してくれた。俺のブドウの説明で、カヒエだからという理由で一緒にするのはよくないと気付いたようである。
「粉にする前のカヒエを見れば、どれだけ熟れてるか分かると思う。熟れ具合で選別して、淹れてみたら、新しい発見があるかも」
「ありそうだけど……それを一つ一つ確認していくのは面倒~。基準さえわかれば、魔道具で何とかできそうな気もするけど……どう思う?」
「俺もそう思うけど、自分で基準をっていうのは……あ! そうだ。チャールズさんに〈バリスタ〉っていうスキルがないか聞いてみるのは? もし、あったらそれを持ってる人を探してもらって、その人に研究してもらおう。餅は餅屋だ」
「それだ!」
と、マッキーさんはうなずいてくれたものの、エルは「そこまでする必要があるのか?」と半信半疑。
「意見としては、ぼくもエルナト寄りかなあ」
お湯を沸かしてきてくれたオルレアもエルと同意見のようである。
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