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*54 教えてほしい、君のこと *
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程よくワインが回ってきた頃、エルがちょっと居ずまいを正して、
「スバルに聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「何? 改まってどうしたの?」
真剣な顔で切り出してきたので、俺は瞬きをした。
「リョーコ・ハラダとナミェ・ハラダって知ってるか?」
エルの口から出てきた名前に、楽しかった気分が一気に冷めていく。
「……なんで、その名前が君の口から出てくるわけ?」
「ッ! その……今日、タリーの台所へ行く前に商談があったんだ。そこで、すれ違った」
彼は気まずそうに目を伏せながら、話を続けた。
「あっちはっ! 俺のことには気づいてねえから。すれ違っただけで、話もしてねえからな。ただ、俺は……っ、あんたと似た匂いがしたから、身内じゃねえのかって……」
最後はもごもごと言葉を濁したが、言いたいことは分かった。
俺は、ワイングラスをサイドテーブルに置いて、特大のため息を吐き、ベッドに倒れこむ。そのまま、掛け布団の中に潜り込んで、籠城(?)の構え。気分は、タコつぼの中のタコか、ウツボである。
くるまった布団の中から、エルの様子をじーーっと伺う。
「ス、スバル……!? その、なんだ、あの二人と関わりたくねえってんなら、ちゃんと手を回す! スバルにはずっと笑っててほしい。今みてえな顔、させたくねえんだよっ!」
尻尾と耳とワイングラスをオロオロさせながら、エルが言う。気まずそうにしたり、言い訳したり、オロオロしたり。忙しいな。なんか、笑えてくる。
「すれ違っただけで、名前が分かるもん?」
「普通は分からねえよ。ただ、金貸しをやってるヤツのとこですれ違ったから、あんまり見ねえ顔だな、何者だって、ちょっと話を振ってみたんだよ。最近、ちょこちょこと金を借りに来るらしい」
「はあ!? こっちに来て三か月ちょっとしか経ってないっていうのに、ちょこちょこ金を借りに?! って、どんな生活したら、そんなことになるんだよ!? 大人二人だぞ?!」
思わず起き上がれば、エルを見たらエルはぎょっと目を丸くしながら、
「いや、さすがに借金の理由とかまでは……」
「…………は~っ。そりゃそうか。ごめん」
「あ、いや……それで、その……」
「あぁ、うん。まさかエルの口からその名前を聞くことがあるなんて、思わなかったからびっくりした。涼子は母親で、奈美恵は妹。名前が違うのは、この二人から逃げるために変えたんだ。髪と目の色も魔法で変えてもらってる」
答えたあとで、俺の口から特大のため息が出た。こっちにいくら持って来たのか知らないが、三か月はほぼほぼ生活費がかからないはずなのに、なんで? いくら借りたんだ? 信じられない……。
「どういう、ことだ?」
エルの雰囲気がガラリと変わる。彼が怒っている理由が、俺は嬉しくてこそばゆい。
「移住者なんだ。俺も、ハラダ親娘も」
「は? 移住者? あの二人はともかく、スバルも? 移住者は使えねえはずだろ?」
「いやいや、どんだけ評判悪いんだよ、移住者は」
何ともいたたまれない。
まあ、そこはいいとして、俺は二人から逃げることにした理由をエルに話した。俺の話を聞いているエルは、だんだんと不機嫌になっていく。その一方で、俺の機嫌は上昇傾向。ちょんちょこ、ちょっとずつ彼に近づいていく。
「んで、移住局を出る日に、あの二人は俺をおいてさっさと行ってくれたってわけ。おいていくつもりが、おいていかれたんで、なんか複雑ではあったけどな」
「そうか」
一つうなずいたエルは、手を伸ばして俺の体を引き寄せた。こんな風に俺を抱きしめてくれた人、日本にはいなかったな。俺をいたわるように、エルが背中を撫でてくれる。
「この先、どう思うようになるのかは分からないけど、今は二人に会いたくないんだが……匂いとかでたどれたりする?」
「辿れなくはないだろうが、可能性はかなり低い。理由はいろいろあるが、人探しを依頼するような金がアイツらにあるとは思えん」
「なるほど。エル、借金の取り立てが難しいようなら、移住局に相談に行かせるように仕向けてって、言っといて」
「移住局に? 何でまた」
「手切れ金がわりに、二人の名前で口座を開いて、金貨五百枚ずつ預けてあるから。相談窓口に行けば、そのことを教えてくれると思う」
移住局の口座は、当座預金の口座なので預かってくれるだけ。増えることはない。
「……! 分かった。それとなく伝えとく」
「よろしく。ところで、エルは探索者なのに金融業の人と商談って? 融資とかの話?」
「いや、今回のダンジョン遠征で金を出してもらったからな。成果報告と採取品のお披露目だ。宝石や貴金属、装飾品として使えそうなものがあれば持って来てくれって言われてた」
「ふうん?」
俺がよく分かってないと気づいたエルは、もう少し詳しく話してくれた。
大手のクランには、活動資金を援助してくれたり、ダンジョン遠征に資金を出してくれたりする人が付くことがあるらしい。定期的にお金を出してくれたり、その時だけお金を出してくれたりと、出資の方法はさまざま。
クランとしても、そう言った人たちには便宜を図る。優先的に依頼を受けたり、採取依頼を受けていなくても、採取品の目録を渡してほしい物はないか確認したり、といった感じだ。
「後はサロンに呼ばれてダンジョンの話をしたり、家庭教師的なことを頼まれたりすることもある。そういうリクエストにも応えなきゃならねえんだから、クランの経営ってのは面倒だよな。クランは入るものであって、自分でやるものじゃねえってつくづく思うぜ」
エルは肩をすくめた。当然と言えば当然だけど、経営って大変なんだな。
「スバルに聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「何? 改まってどうしたの?」
真剣な顔で切り出してきたので、俺は瞬きをした。
「リョーコ・ハラダとナミェ・ハラダって知ってるか?」
エルの口から出てきた名前に、楽しかった気分が一気に冷めていく。
「……なんで、その名前が君の口から出てくるわけ?」
「ッ! その……今日、タリーの台所へ行く前に商談があったんだ。そこで、すれ違った」
彼は気まずそうに目を伏せながら、話を続けた。
「あっちはっ! 俺のことには気づいてねえから。すれ違っただけで、話もしてねえからな。ただ、俺は……っ、あんたと似た匂いがしたから、身内じゃねえのかって……」
最後はもごもごと言葉を濁したが、言いたいことは分かった。
俺は、ワイングラスをサイドテーブルに置いて、特大のため息を吐き、ベッドに倒れこむ。そのまま、掛け布団の中に潜り込んで、籠城(?)の構え。気分は、タコつぼの中のタコか、ウツボである。
くるまった布団の中から、エルの様子をじーーっと伺う。
「ス、スバル……!? その、なんだ、あの二人と関わりたくねえってんなら、ちゃんと手を回す! スバルにはずっと笑っててほしい。今みてえな顔、させたくねえんだよっ!」
尻尾と耳とワイングラスをオロオロさせながら、エルが言う。気まずそうにしたり、言い訳したり、オロオロしたり。忙しいな。なんか、笑えてくる。
「すれ違っただけで、名前が分かるもん?」
「普通は分からねえよ。ただ、金貸しをやってるヤツのとこですれ違ったから、あんまり見ねえ顔だな、何者だって、ちょっと話を振ってみたんだよ。最近、ちょこちょこと金を借りに来るらしい」
「はあ!? こっちに来て三か月ちょっとしか経ってないっていうのに、ちょこちょこ金を借りに?! って、どんな生活したら、そんなことになるんだよ!? 大人二人だぞ?!」
思わず起き上がれば、エルを見たらエルはぎょっと目を丸くしながら、
「いや、さすがに借金の理由とかまでは……」
「…………は~っ。そりゃそうか。ごめん」
「あ、いや……それで、その……」
「あぁ、うん。まさかエルの口からその名前を聞くことがあるなんて、思わなかったからびっくりした。涼子は母親で、奈美恵は妹。名前が違うのは、この二人から逃げるために変えたんだ。髪と目の色も魔法で変えてもらってる」
答えたあとで、俺の口から特大のため息が出た。こっちにいくら持って来たのか知らないが、三か月はほぼほぼ生活費がかからないはずなのに、なんで? いくら借りたんだ? 信じられない……。
「どういう、ことだ?」
エルの雰囲気がガラリと変わる。彼が怒っている理由が、俺は嬉しくてこそばゆい。
「移住者なんだ。俺も、ハラダ親娘も」
「は? 移住者? あの二人はともかく、スバルも? 移住者は使えねえはずだろ?」
「いやいや、どんだけ評判悪いんだよ、移住者は」
何ともいたたまれない。
まあ、そこはいいとして、俺は二人から逃げることにした理由をエルに話した。俺の話を聞いているエルは、だんだんと不機嫌になっていく。その一方で、俺の機嫌は上昇傾向。ちょんちょこ、ちょっとずつ彼に近づいていく。
「んで、移住局を出る日に、あの二人は俺をおいてさっさと行ってくれたってわけ。おいていくつもりが、おいていかれたんで、なんか複雑ではあったけどな」
「そうか」
一つうなずいたエルは、手を伸ばして俺の体を引き寄せた。こんな風に俺を抱きしめてくれた人、日本にはいなかったな。俺をいたわるように、エルが背中を撫でてくれる。
「この先、どう思うようになるのかは分からないけど、今は二人に会いたくないんだが……匂いとかでたどれたりする?」
「辿れなくはないだろうが、可能性はかなり低い。理由はいろいろあるが、人探しを依頼するような金がアイツらにあるとは思えん」
「なるほど。エル、借金の取り立てが難しいようなら、移住局に相談に行かせるように仕向けてって、言っといて」
「移住局に? 何でまた」
「手切れ金がわりに、二人の名前で口座を開いて、金貨五百枚ずつ預けてあるから。相談窓口に行けば、そのことを教えてくれると思う」
移住局の口座は、当座預金の口座なので預かってくれるだけ。増えることはない。
「……! 分かった。それとなく伝えとく」
「よろしく。ところで、エルは探索者なのに金融業の人と商談って? 融資とかの話?」
「いや、今回のダンジョン遠征で金を出してもらったからな。成果報告と採取品のお披露目だ。宝石や貴金属、装飾品として使えそうなものがあれば持って来てくれって言われてた」
「ふうん?」
俺がよく分かってないと気づいたエルは、もう少し詳しく話してくれた。
大手のクランには、活動資金を援助してくれたり、ダンジョン遠征に資金を出してくれたりする人が付くことがあるらしい。定期的にお金を出してくれたり、その時だけお金を出してくれたりと、出資の方法はさまざま。
クランとしても、そう言った人たちには便宜を図る。優先的に依頼を受けたり、採取依頼を受けていなくても、採取品の目録を渡してほしい物はないか確認したり、といった感じだ。
「後はサロンに呼ばれてダンジョンの話をしたり、家庭教師的なことを頼まれたりすることもある。そういうリクエストにも応えなきゃならねえんだから、クランの経営ってのは面倒だよな。クランは入るものであって、自分でやるものじゃねえってつくづく思うぜ」
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