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*14 思えば遠くに…… *

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「おぉ、広い。ベッドも大きいな。獣人族に合わせたのかな?」
 部屋には、机とポールハンガー。クローゼットとドレッサー、それにシャワー室もある。
「バスタブがほしいところだけど……ないよりはマシか」
 庶民はお風呂なんて入らずに〈清潔〉で済ませる、っていう話だし。シャワー室があるだけでも、贅沢な部類に入るんだろな、と思う。でも、それはそれ。これはこれだ。
 日本人には、シャワーじゃない。風呂だ。風呂が必要なのだ。でも、風呂はかなりの高級品。俺の稼ぎじゃ、手が出ないと思うんだよなあ。いつかは、風呂付の家に住みたいものだ。
「っあ~! つっかれた~ぁ!」
 荷物を机の上に置き、俺はベッドに倒れこんだ。おお、ふかふか。
 ごろんと寝返りをうって、ぼんやりと天井を眺める。
「は~……今さらだけど、外国を通り越して異世界かぁ……」
 町に出て、まだ半日くらいしか経ってないけど、今のところは順調と言えるだろう。
 今のところの予定は、三か月くらいは観光客として遊ぶ。遊びまくる。地理に慣れるためとか、飲食店開業に向けてのリサーチといった理由もあるが、ストレス発散、という部分も大きい。家族から解放された喜びをかみしめるべき、とはチャールズさんの言。
 あとは、できるだけ早めに友達を作りたい。人は寂しさで死ねる……と思う。
 金銭面での不安は、これっぽっちもない。
 何故ってそれは、宝くじが当たったから!
 いやあ、本当に驚いたよ。最初の頃は、母と妹に全部むしり取られるんじゃないかって、不安でたまらなかった。そういう夢を見ては、夜中に飛び起きることもしょっちゅうだった。
 チャールズさんに「しっかりしてください」と叱咤激励されて、ばれないように少額投資を始めてみたり、新しい貯金口座を作って、コツコツ貯めたりしてたんだよ。
 でも、神様は俺を見捨てなかった!
 今まで見向きもしなかった宝くじ。買わなきゃ当たらないのは当然だけど、買ったって当たらない、という気持ちがあったから買ったことなんてなかった。それが、移住の話が出てから、運試し的な気持ちもあったのか、週に一回、二枚くらい買うようになったんだよ。
 数字を当てるやつ。なんと、それが、当たったんだ! しかも、一等!! さらに、さらに、キャリーオーバー発生中で、一気に十億だぞ!? 信じられるか?!
 それを知ったとき、俺は自分で自分をビンタしたね。
 夢だと思ったから。でも、夢じゃなかった!
 もう、俺は即行で、チャールズさんに相談したね。で、相談されたチャールズさんは「は?」って顔になった。額に手を当て、三十秒くらい、あ~とかう~とか言ってた。
「可能性はあるかもって思ってたけど……ご指名者だったかっ……!」
 最後にぼそっとつぶやいたあと、チャールズさんも自分で自分の顔を叩き、
「その十億、隠しましょう!」握りこぶしつきで提案された。
 ミーヌスラジアでも使える移住局の当座預金口座を開設してくれ、当選金はそっくりそのまま、そっちの口座に移すことに。当座預金なので利息はつかないが、それは別にいい。
「移住局で預かりはしていますが、移住前の今でも問題なく引き下ろせます。電子決済アプリと紐づけることも可能ですよ。ただ、気づかれないように注意してください」
 俺は、こくこくと何度もうなずいた。アプリの紐づけ設定を変えるだけなら、気づかれにくいだろう。パ~っと派手に使っちゃいたい気もするけど、買い物は自重する。
「隠すように言いましたけど、お金の使い方は原田さんが自由に決めてくださいね」
 後悔のないように、と言い添えられたときはちょっと言葉が出なかった。急いで決める必要もないから、ゆっくり考えて下さいとも。
 結局、二人には、移住局に当座預金口座を開設して五百万ずつ振り込んでおいた。手切れ金ってヤツだ。ただ、初めから教えるつもりはなく、困って移住局に相談しに来たら、「実は……」って伝えてもらうようにお願いしている。
 これで一千万減ってしまったが、まだまだお金には余裕がある。ニマニマしていたら、
「はい、そこ。原田さん、お金の心配はありません、なんて顔はご家族の前ではしないでくださいね。ああいう人は、勘が鋭いんですから。開店資金がいるからと、不用品の売却益はきっちり三等分するように主張して、もぎ取って下さいよ」
「わ、分かりました」
 俺はちょっとだけ考えて、宝くじが一万円当たったことにした。一万ぐらいで、はしゃぎすぎだと鼻で笑われたが……カモフラージュにはなったはず。いつまではしゃいでんの、と気持ち悪がられたが、十億がバレなければそれでいいのだ。
 時間の経過とともに、俺の浮ついた気持ちも落ち着いてきた。そして、その頃に有能相談員がとんでもないことを提案してきたのである。
「原田さん、スキルを買いませんか?」
「は?」
 スキルって買えるものなのか? 目が点になっている俺へ、チャールズさんはテレビショッピングのバイヤーよろしく、プレゼンを始めたのだった。その時、でんっ、とおかれた広辞苑みたいな厚さのある冊子に、俺の顔が引きつったのは言うまでもないと思う。
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