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*1 ここは異世界、ミーヌスラジア *
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『まるでゲームのような剣と魔法の世界ミーヌスラジア! ほしいスキルを手に入れ、新しい世界であなたも第二の人生を始めてみませんか?!』
先月頃から、こんなキャッチコピーをあちこちで見かけるようになった。
町中のデジタルサイネージやネット広告、電車の中吊りなど。町中にあふれかえっていると言ってもいいくらいだ。俺が、このキャッチコピーに気づいたのは、電車の中吊り広告だった。
一見すると、新しいゲームの宣伝みたいに思える。広告には、猫耳の美少女と長く尖った耳を持つ金髪イケメンが満面の笑みを浮かべて描かれていた。
でも、これはゲームの宣伝じゃない。
政府主導の、正真正銘、本物の移住希望者を募集する広告。
地球人が異世界人とのファーストコンタクトに成功したのは、今から三十年くらい前のこと。俺が生まれる、ちょっと前の話だ。それから、彼らとの交流が始まったと聞いている。
交流を深めていく中、十年ちょっと前に異世界への移住事業を始めるという発表があった。当時は、異世界移住が話題に上らない日はない、っていうくらいに大騒ぎだった。
シャキ、シャキ、シャキ。
はさみの音がするたびに、俺の頭は少しだけ軽くなり、心も少しずつ軽くなっていく。
ただ、髪を染めて、散髪をしてもらっているだけ。
それだけのことだが、俺にとっては生まれ変わりの儀式も同然の行為。どんな風に生まれ変わるのかは、目を開けてからのお楽しみにした。
どんな風になっているのかは、美容師であるキツネのお姉さんに一任している。
一週間前、俺はこの町に来た。日本から、異世界ミーヌスラジアへ。
移住先は、クァンベトゥーリアという大きな港町。
俺はこの町で、原田新司からスバル・フィルドに生まれ変わるのだ。
電車の中吊り広告を見てから、一年とちょっと。俺は今、すごくドキドキしている。
「顔に着いた髪の毛を払いますね」
柔らかい布で、顔を優しく撫でられる。いよいよ、新しい俺とご対面する時がきた。
「どうぞ、目を開けて鏡をご覧になってください」
心を落ち着けるために、まずは深呼吸。すーっと息を吸って、はーっと吐く。二度ほどそれを繰り返してから、俺はゆっくりと目を開けた。
「お? おぉ、おお~っ! すごい。別人みたいだ……」
黒く、もっさりしていた髪の毛はすっかり軽くなって、きれいな栗色に染まっていた。目の色も、栗色に変わっている。すごい、これが魔法の力か。っていうか、俺って、ちょっとタレ目気味だったんだな。二十四年も生きてきたのに、今、初めて気がついたわ。
「髪も目もきれいに染まっていますよ。特殊な魔法を使っているので、染め直す必要はありませんし、この魔法を解除できる者も限られていますので、安心してください」
「うわあ、ありがとうございます。ほんと、すごい。別人みたいです」
整形したわけでもないのに、こんなに雰囲気が変わるなんて。うわ~とすごいしか言わない俺へ、キツネの美容師さんはニコニコと笑いながら、
「せっかくキレイな顔立ちをなさっているのに、もったいなかったですよ」
「え? キレイって、俺が?」
そんなことは初めて言われた。またまた冗談ばっかり、と笑い飛ばそうとしたのだが、お姉さんはいたって真面目。両手を腰に当てて「いいですか?」と俺の顔を覗き込んでくる。圧が、圧がすごい。え? なんで?
「原田さん……いえ、フィルドさんでしたね。初めてお会いしたときは、びっくりしましたよ。もう、根暗そうで、不幸が服を着て歩いてるって感じでしたもん」
「そんなにひどかったですか?」
「ええ! でも、あのお母様と妹さんの態度を見ていたら、無理もないって感じでしたけど」
はあとため息をついた、お姉さん。まあ、俺だってちょっと前までは、世界中の不幸を一身に浴びているような心境だったので、否定はできない。っていうか、第一印象がそんな感じだったってことだよな? ……そりゃあ、友達少なかったわけだ。
「で・も! 今は違います。見て下さいよ、我ながら会心の出来です。細身で華奢な体形の美人な男子。こちらに来てからちょっとずつ、いい方向に変わってきていましたけど、イメージチェンジで、ガラッと変わりました。いい感じです。これは男女問わず、モテますよ」
我ながらいい仕事したわあ、とお姉さんは満足気。後ろ姿も確認してみてください、と彼女から手鏡を渡される。椅子をくるっと回転させられて、「どうですか?」と聞かれた。
手鏡に映る、スバル・フィルドの顔。原田新司との違いは、髪を切って、染めただけ。
なのに、印象が全然違う。憑りついていた貧乏神が、消え去ったみたいだ。
「ありがとうございます。新しい生活を始めるには、ぴったりだと思います」
「どういたしまして。心機一転、頑張ってくださいね!」
「はい! がんばります!」
先月頃から、こんなキャッチコピーをあちこちで見かけるようになった。
町中のデジタルサイネージやネット広告、電車の中吊りなど。町中にあふれかえっていると言ってもいいくらいだ。俺が、このキャッチコピーに気づいたのは、電車の中吊り広告だった。
一見すると、新しいゲームの宣伝みたいに思える。広告には、猫耳の美少女と長く尖った耳を持つ金髪イケメンが満面の笑みを浮かべて描かれていた。
でも、これはゲームの宣伝じゃない。
政府主導の、正真正銘、本物の移住希望者を募集する広告。
地球人が異世界人とのファーストコンタクトに成功したのは、今から三十年くらい前のこと。俺が生まれる、ちょっと前の話だ。それから、彼らとの交流が始まったと聞いている。
交流を深めていく中、十年ちょっと前に異世界への移住事業を始めるという発表があった。当時は、異世界移住が話題に上らない日はない、っていうくらいに大騒ぎだった。
シャキ、シャキ、シャキ。
はさみの音がするたびに、俺の頭は少しだけ軽くなり、心も少しずつ軽くなっていく。
ただ、髪を染めて、散髪をしてもらっているだけ。
それだけのことだが、俺にとっては生まれ変わりの儀式も同然の行為。どんな風に生まれ変わるのかは、目を開けてからのお楽しみにした。
どんな風になっているのかは、美容師であるキツネのお姉さんに一任している。
一週間前、俺はこの町に来た。日本から、異世界ミーヌスラジアへ。
移住先は、クァンベトゥーリアという大きな港町。
俺はこの町で、原田新司からスバル・フィルドに生まれ変わるのだ。
電車の中吊り広告を見てから、一年とちょっと。俺は今、すごくドキドキしている。
「顔に着いた髪の毛を払いますね」
柔らかい布で、顔を優しく撫でられる。いよいよ、新しい俺とご対面する時がきた。
「どうぞ、目を開けて鏡をご覧になってください」
心を落ち着けるために、まずは深呼吸。すーっと息を吸って、はーっと吐く。二度ほどそれを繰り返してから、俺はゆっくりと目を開けた。
「お? おぉ、おお~っ! すごい。別人みたいだ……」
黒く、もっさりしていた髪の毛はすっかり軽くなって、きれいな栗色に染まっていた。目の色も、栗色に変わっている。すごい、これが魔法の力か。っていうか、俺って、ちょっとタレ目気味だったんだな。二十四年も生きてきたのに、今、初めて気がついたわ。
「髪も目もきれいに染まっていますよ。特殊な魔法を使っているので、染め直す必要はありませんし、この魔法を解除できる者も限られていますので、安心してください」
「うわあ、ありがとうございます。ほんと、すごい。別人みたいです」
整形したわけでもないのに、こんなに雰囲気が変わるなんて。うわ~とすごいしか言わない俺へ、キツネの美容師さんはニコニコと笑いながら、
「せっかくキレイな顔立ちをなさっているのに、もったいなかったですよ」
「え? キレイって、俺が?」
そんなことは初めて言われた。またまた冗談ばっかり、と笑い飛ばそうとしたのだが、お姉さんはいたって真面目。両手を腰に当てて「いいですか?」と俺の顔を覗き込んでくる。圧が、圧がすごい。え? なんで?
「原田さん……いえ、フィルドさんでしたね。初めてお会いしたときは、びっくりしましたよ。もう、根暗そうで、不幸が服を着て歩いてるって感じでしたもん」
「そんなにひどかったですか?」
「ええ! でも、あのお母様と妹さんの態度を見ていたら、無理もないって感じでしたけど」
はあとため息をついた、お姉さん。まあ、俺だってちょっと前までは、世界中の不幸を一身に浴びているような心境だったので、否定はできない。っていうか、第一印象がそんな感じだったってことだよな? ……そりゃあ、友達少なかったわけだ。
「で・も! 今は違います。見て下さいよ、我ながら会心の出来です。細身で華奢な体形の美人な男子。こちらに来てからちょっとずつ、いい方向に変わってきていましたけど、イメージチェンジで、ガラッと変わりました。いい感じです。これは男女問わず、モテますよ」
我ながらいい仕事したわあ、とお姉さんは満足気。後ろ姿も確認してみてください、と彼女から手鏡を渡される。椅子をくるっと回転させられて、「どうですか?」と聞かれた。
手鏡に映る、スバル・フィルドの顔。原田新司との違いは、髪を切って、染めただけ。
なのに、印象が全然違う。憑りついていた貧乏神が、消え去ったみたいだ。
「ありがとうございます。新しい生活を始めるには、ぴったりだと思います」
「どういたしまして。心機一転、頑張ってくださいね!」
「はい! がんばります!」
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