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第三章

第二十三話 最終決戦直前

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 シュレインの森――その一角に生まれた巨大なクレーター。
 その中心からは、巨大な闇の天柱が上がっている。
 そして、そのすぐ近くには複数の天幕が設営されていた。
 その内の1つ――双龍の紋章が刻まれた旗を掲げる、隣国グルトニア帝国の天幕のすぐ外にて。

「近くで見ると、本当に大きい。やれやれ。これは責任重大だなぁ……」

 歳は40半ばほど。
 軍服を着た、金のメッシュが入った黒髪の男――帝国総指揮官リオルム・フォン・フィース総督は、右手で目元に手傘を作りながら、その天柱を見上げていた。

「総督。これ、酒です」

「ああ、ありがとさん。やはり、戦前は酒に限る」

 すると、側近が酒瓶を両手に持って駆けて来る。
 リオルム総督はそれを嬉しそうに受け取ると、グビグビとラッパ飲みで飲み始めた。

「総督、酔っぱらわないでくださいね? これ、世界の命運を決めるような戦いなんですよ?」

「別に普段通りで、いいんだよ。ここで酒を飲まない方が、普段と違うせいで狂ってしまう」

「それは一理ありますけど……酒飲まなかったら狂うって、普通におかしいですよ」

「常人が、この地位につける訳ないだろう?」

「……はぁ」

 リオルム総督の言葉に、側近は「ああ言えばこう言う……」と、嘆くように深くため息を吐いた。
 そして、そんな側近を愉快そうに見やったリオルム総督は、再び闇の天柱の方に視線を向けると、酒によって補充されたエネルギーを存分に活用して、思考を巡らせる。

(敵は薬キメたアホが100そこらに、物理と魔法のトラップ部屋。そして、特級戦力2人にA級戦力1人。これだけなら、うちの軍単体でも何とかなる。ただ、漆黒の魔法師ノワールが問題だ)

 グラシア王国の王太子――レイン殿下から送られてきた資料と、戦場の雰囲気から、リオルム総督はそのような判断を下す。

(自国うちの方が、資料残ってるお陰で、色々分かったけど……どうやって”祭壇”を破壊すればいいのやら。近づいた瞬間、全員暗黒絶対領域アドミニストレータでお釈迦にされる未来しか見えん)

 こんなに大規模で、こんなに勝ち目の薄い戦争は初めてだと、リオルム総督は小さくため息を吐くのであった。
 すると、また別の側近が自身の下へやって来る。

「……リオルム総督。グラシア王国の陣から招集が来ました。作戦の、最終確認でしょう」

「……そうか。なら、行こうか」

 その報告にリオルム総督は頷くと、直ぐ近くにあるグラシア王国の天幕へと向かった。

「グルトニア帝国の総指揮官、リオルム・フォン・フィース総督。只今参った……おっと。遅れてすまないね」

 グラシア王国の天幕に入ったリオルム総督は、既に皆が揃っている様子を見て、申し訳なさそうに言う。

「本当にな。全く、帝国の器も知れるというもの」

 それに対して皆が何も言わない所、1人――いや、1国だけ声を上げる所があった。
 現在グルトニア王国と戦争中――現在は一時休戦となっているアトラス共和国の軍部総監、フォールン・フォン・オリオンだ。
 周りが「こんな時に何言うんだよ」と視線を送る中、フォールン軍部総監は1人リオルム総督を責める。

「誠意のある謝罪を心がけよ。……いや、あの傍若無人な皇帝の送った者なら、仕方な――」

 直後。

「黙れよ。俺に対する無礼は余程の事が無い限り見逃すが――皇帝陛下への侮辱をそれ以上言うのなら、この場でお前の首を取る」

 絶大な殺意が、リオルム総督から溢れ出した。
 リオルム総督は、軍事大国たるグルトニア帝国で最も指揮官として優れていると認められたからこそ、帝国総指揮官――総督の地位を任されている。
 だが、それと同時にリオルム総督は帝国でも1、2を争う魔法戦士としても知られているのだ。
 その実力は、あのイグニス近衛騎士副団長にも匹敵する。
 そんな男の殺意を、指揮官としてのみ優秀なフォールン軍部総監が真面に受けて、耐えきれる訳が無かった。

「な、う、ぐっ……」

 額を汗でびっしょりと濡らしながら、震えるフォールン軍部総監――だが、その地位たる意地があるのか、最低限無様な姿を見せるだけに留まった。
 すると、両者の間に神官服風の革装備を身に纏った、グロリア枢機卿が立ち、口を開く。

「双方、そこまで。これは神託の下、行われる――言わば聖戦。それ以上いがみ合うのであれば、我々が相手になりましょう」

 世界中に根を下ろす女神エリアス教会を敵に回す――それがとどめとなったのか。
 フォールン軍部総監は完全に身を退き、そしてリオルム総督も殺意を消し、椅子に座るのであった。

「……では、始めようか」

 場が完全に収まった所で。
 グラシア王国の代表――レイン殿下が口を開くのであった。

 ◇ ◇ ◇

 それから少しして。

「……あーグー君。もう1回!」

「ああ……と言いたい所ではあるが、そろそろ時間のようだ。上から魔導通信で連絡が来て、敵が遂に行動を始めたらしい」

 ネイアの言葉に、グーラは魔道具を片手にそう言って、首を横に振った。
 すると、ネイアは「そっかー」と笑うと、目尻を下に向ける。

「楽しかったなぁ……皆と居れて。もう少しこの生活をしたいなって、ちょっと思っちゃってる」

「馬鹿な事を言うな……と言いたいが、少なからず同意する部分はある」

「殺戮しか頭になかったお前に、そんな事を言う日が来るとはな。今日は祝勝会でも開こう。肴は敵の屍だ」

「お、グー君。いいセンスだよ!」

 グーラの言葉に、ネイアはそう言ってぐっとサムズアップする。
 その後、グーラは2人に指示を飛ばす。

「……さて。では、戦いの準備をしようか。俺とネイアはここで弱った敵を連携で撃破。ザイールは前線に出て、遊撃して来い」

 その指示は、暗にザイールに”真っ先に死んで来い”と言っているようなものだった。
 だが、ザイールはその指示を何の躊躇いも無く承諾する。

「ああ。1人でも多く、潰してくる」

「そっそ。違法奴隷嘗ての私の如く、働いてきてね!」

「うるさい。分かってる」

 ネイアの言葉にそう返すと、ザイールは前へと向かって歩き出した。

「……あーあ。行っちゃった。ザー君と次に会うのは、あの世かな?」

「さてな。まあ、そこで沢山戦果でも聞かせてもらうとしよう」

「さーんせい!」

 やがてザイールの姿が見えなくなった所で。
 2人はそう言うのであった。
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