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第二章

第四十一話 壊滅する突入部隊

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 飛んできた漆黒の大剣を、すかさず剣で弾いたイグニスは、その手応えに小さく目を見開いた。
 そして、飛んできた方向に目を向ける。
 すると、そこには体の周りに9本の黒き大剣を浮かせた黒髪金眼の男――”祝福ギフト無き理想郷”の筆頭幹部グーラが立っていた。

「ちっ 一発防ぐのにどれだけの魔力を持ってくつもりだ」

 グーラは眼前の状況を前に、そう悪態をついた。
 直後、イグニスが弾いた漆黒の大剣が、闇の粒子となって消えていく。

「魔力で生み出した大剣か。今のは、あと少し対処が遅れてたら危なかった」

「少し黙ってろっ!」

 冷静に分析するイグニスを前に、グーラはそう叫ぶと、9本の大剣をイグニスたちへと飛ばした。
 だが、イグニスへ飛ばしたのは1本のみ。残る8本は、後方に居る上級騎士――そして指揮官のメルティ伯爵だった。

「まともに受けるな!」

 イグニスは先ほどの感触から、上級騎士では力不足だと判断し、咄嗟にそう叫ぶと、自らも大きく動いて、可能な限り大剣を塵に変えていく。

「ったく。無茶しやがって」

 その間に、グーラはギルオを回収すると、大きく後ろへ下がった。
 そして、手持ちのポーションをかけて即座にその傷を癒していく。

「くっ……ありがとな、グーラ。で、この後どうする?」

 ギルオは癒えていく自身の身体を確認しながら、そう問いかける。

「そうだな。、流石に分が悪い。だが、転移の妨害がされている以上、逃げる事も出来ない」

「ちっ それじゃあ――」

「だが、主の儀式を補佐していた俺がここにいるという事は……もう、分かるだろ?」

 ギルオの言葉を遮り、”事実”を言うグーラ。
 その言葉に、ギルオははっと目を見開いた。

 直後――

「やれやれ。遂にここが割れたか」

 カツカツと音を鳴らして、グーラの背後から姿を現した黒い外套を羽織った男。
 顔はフードで隠されており、口元しか見えないが――声音から、若者のように見える。

「その風貌、貴様がここの指揮官――いや、”主”か?」

 漆黒の大剣を防ぎぎった後、指揮官であるメルティ伯爵がその男を見て、そう問いかける。
 相対する”主”は、彼我の距離が5メートルまで縮んだ所で立ち止まると、口を開いた。

「ああ、その通りだ。俺が、”祝福ギフト無き理想郷”の。名前は……これから死に逝くお前たちに、言う必要も無いだろう」

 そう言って、男は複雑奇怪な魔法陣が刻まれた、黒い手袋がはめられている右手を掲げた。

「はあっ!」

 魔法を撃たせる暇は与えない。
 そう言わんとばかりに、イグニスは地を蹴ると、その男に襲い掛かった。続けて、上級騎士たちも向かってくる。

「なんてな」

 だが、男は右手を即座に引っ込めると、代わりに外套の下に居れていた左手を露わにした。
 その左手には、刀身50センチ程の剣が握られている。

 キンンン!!!!

 そして、響く金属音。
 打ち合いは――互角だった。

「私と打ち合うとは……貴様は剣士だったか!」

「強いな。流石は近衛騎士団副団長といった所か」

 互いに手元を若干震わせながら、行われる力比べ。
 やがて――

「放て!」

「ちっ」

 男の背後から、グーラの大剣がいくつか放たれ、イグニスは仕方なしとばかりに引き、上級騎士と共にそれらを打ち払った。

「なるほど。まあ、お陰での王国の実力者が、どの程度か分かった。後は――葬るだけだ」

 そして、今度こそ右手をちゃんと掲げると、詠唱を始めた。

「闇よ――」

「イグニス防げええええ!!!!」

 己の感覚が、最大限に警鐘を鳴らしている事を自覚したメルティ伯爵は、今最も速く動けるイグニスへ命じた。
 飛んでくる大剣が、先ほどよりも威力の落ちた足止め用である事を察したイグニスは、そんな彼の命令を聞くや否や、飛んでくる大剣を他の人たちに任せ、突撃する。

「はあっ!」

 だが――

「――潰せ」

 一歩早く、詠唱が終わってしまった。
 直後、男の右手から放たれる漆黒のオーラ。
 それは、一瞬にしてこの場に居る突入部隊を飲み込んだ。
 そして――

「「「「ぐああああああ!!!!」」」」

 全身を激しく打ち付けられ、壁や床に叩きつけられる。

「ごふっ……馬鹿、なっ……」

 魔道具と自らの魔法を駆使する事で、かろうじて2足で立っていたメルティ伯爵は、周囲に広がる光景に目を見開いた。
 この場に連れて来た多くの上級騎士、特別魔導隊、同派閥の貴族家が保有する戦力。
 それらが皆等しく体をひしゃげさせ、無残な姿で死んでいたのだ。

「ぐっ……マズいですね」

 この場に居る突入部隊で生きているのは、イグニスだけだった。
 イグニスは全身を殴打されたかのような感覚に陥りつつも、即座に剣を構える。
 だが、そこには先ほどまでの絶対的な強者の貫禄が、もう無かった。

「どうされまし――なっ!」

 他の場所を担当していた突入部隊が、異変を感じ駆け寄ってくる。
 だが、それにいち早く気づいたメルティ伯爵が、即座に叫んだ。

「イグニス! 部隊を連れて逃げろ! 速く!」

 この場で、王国にとって――王家にとって、最も損害が少なくなる命令を。

「はあっ!」

 イグニスは彼の真意を深くは理解出来なくとも、指揮官である彼の命令に即座に従い、撤退を始める。
 そして、そんなイグニスとすれ違うように、数歩前へと足を運んだメルティ伯爵は、ポーションで己が傷を癒やすと、口を開いた。

「指揮官として――ザーラ伯爵家当主として、ここは決して通さん!」

 そこには、絶大な覚悟と覇気があった。
 メルティ伯爵も、イグニスには遠く及ばずとも、上級騎士数人分の実力を持つ屈指の実力者だ。
 ある程度の足止めなら――

「常闇の領域。魂の楔――」

 直後、紡がれる詠唱。
 メルティ伯爵はすぐさま剣を振るうが、憎らしいほど軽やかな身のこなしで避けられる。

 そして――

「――領域創造。永遠とわの管理者」

 終わる詠唱。
 魔力の臨界。
 広がる領域。

「なっ!?」

 顕現せしは、漆黒の世界。
 周囲一体が、漆黒で塗りつぶされたかのような、漆黒過ぎる余り前後左右が分からなくなるような光景に、驚愕の表情を浮かべるメルティ伯爵。
 やがて、彼は今の状況を理解する。

「動け……無い」

 まるで魂に楔が打ち込まれたかのように、その場で彫像の如く動けなくなるメルティ伯爵。
 ふと、後ろの気配を探ってみると、そこには連れてきた突入部隊の面々が、自分と同じような状態になっている事が察せられた。

「イグニスとやら……そして幾人かは逃がしてしまったが……まあ、俺の顔は見られていないし、あえて逃がした方が色々と都合が良いな」

 そんな中、悠然と前に立つ”主”。
 何故か、漆黒の世界で見える彼の姿形。
 すると、動いた反動からか、深く被っていたフードが剥がれ――
 メルティ伯爵は、はっと目を見開いた。

「この、魔法……暗黒管理領域アドミニストレータ、だなっ……そして、銀髪っ その、特徴的な、氷炎魔眼ヘテロクロミア……まさか、貴様は、堕ちた、えいっ――」

「口を閉じろ。そのまま死ね。それ以上は、不愉快極まりない」

 苦しそうに言葉を紡ぐメルティ伯爵の言葉を、心底不愉快そうに遮ると、”命令”した。
 直後、メルティ伯爵含むこの領域内に居る全ての突入部隊の魂が一斉に砕け、絶命する。

「……早急にアジトを移す必要があるな」

 眼前の死体を、何の感慨も持たない瞳で一瞥した男は、展開していた暗黒管理領域アドミニストレータを解除した。
 そして、背後に控えるギルオとグーラを見やる。

「ギルオ、グーラ。至急アジトを移動させるぞ」

「「了解しました。我が主」」

 臣下の礼を取る2人を優し気に見やった主は、死した”祝福ギフト無き理想郷”の同胞を見ると、右手を掲げた。
 そして、紡ぐ。

「世界の法典に背く奇跡。我は神に抗う者なり。回帰せし魂。禁忌の扉を――開け」

 やがて、数人の人間の鼓動が――止まっていた鼓動が、動き出した。
 死者蘇生リザレクション
 下界における禁忌にして最大級の奇跡だ。

「流石に、全ては無理か。すまない」

 だが、全ての魂を戻せるほど、彼の奇跡は万能じゃない。
 彼は助けられなかった同胞の躯を前に、目尻を下げて、暫し黙祷を捧げるのであった。
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