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第二章

第三十六話 部下が優秀過ぎるのも、考えものだ

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 レイン・フォン・フェリシール・グラシア視点

 ドサドサッ

 そんな音を立てて、自室の床に積み重なる大量の書類。

「……ファルス。私はシン君から報告書を受け取ってきて欲しいと頼んだはずなのだが」

 ご機嫌斜めな従魔のミルスを宥めるファルスに、私はその言葉を言わずにはいられなかった。
 だが、ファルスは「分かるよ。その気持ち……」とでも言いたげな表情をありありと浮かべながら、口を開く。

「ああ。そうだ。これが、シンから受け取った報告書――本人曰く、全部で97枚らしい」

 違う。聞きたいのは、そう言う事じゃ無い。
 だが、お陰ではっきりとしてしまった。

「……なるほど、ね。この1週間で、こんなに沢山調べたのか……いや、過去に調べていた事も、多少はあるだろうが……」

 むしろ、無い方が困る。無かったら……うん。その時はその時で考えよう。

「えっと……取りあえず、どのように纏めたのか、軽く見てみよう」

 書類は、書く人の性格が顕著に出てくる。
 些細な事まで念の為と書く人も居れば、要らないだろうと必要そうな事のみ書く人。ある事柄について、深く掘り下げて書く人も居れば、何があったかのみ書く人も居る。
 シン君は果たして、どのように書いてくれたのだろうか――

「……なるほどなるほど……ああ、なるほどね……」

 ぺらりぺらりと紙を取り、流し見をしていく。
 そして、直ぐに彼の書き方が分かった。
 それは――

「細かいが、書くのは基本必要な事のみ。そして、重要そうな事のみ深く掘り下げ、それ以外はそれなりに……といった感じか」

 まあ、大方予想通りの結果だった。
 そして、それと同時に思うのは――

「この書き方で、97枚は普通に情報が多すぎる。しかも、どれも無視出来ない事柄であるが故に、捌くのにも時間が掛かる……か」

 出て来た結論に、私は思わず天を仰いだ。
 優秀過ぎる部下というのも、考えものだね……

「……シン君の意向としても、私としても、シン君の能力は秘匿しておきたいが故に、下手にこれを他者に任せる訳にもいかない……頼れるのは――」

 そこで、私は気配を消しながら、じりじりと後ずさるファルスの肩を掴んだ。

「……ごほん。私では力量不足故、この度は殿下のお力になる事は出来ません。ですが、私は殿下の護衛――何時いかなる時でも、レイン殿下をお守り致します」

「ファルス。君も私と逝こう。なに、数日夜を共にするだけだ」

 ファルス。残念だが、この状況で君の手を借りないという選択肢は無い。
 ファルスの優秀さは私が良く知っている――頼りにさせて貰おう。

「ははは……夜のお誘いは、麗しき令嬢にするべきだ。私のような下賤で卑しい男には――」

「ファルス」

「……はい……あーもう、やるよやる! 一緒に逝ってやるよ!」

「ありがとう。ファルス」

 快く引き受けてくれたファルスに、私は精一杯の感謝の笑みを浮かべた。
 よし。そうと決まれば、早速始めるとしよう。シン君の件を片付ける為に、あらかじめこの時間は空けてあるからね。

「一先ず、貴族家ごとに分けよう。幸いな事に、貴族家ごとに紙が分けられているからね」

「了解」

 もしこれが、調査し分かった順に書かれていたとしたら――恐ろしい。
 シン君の気遣いに感謝かな。
 そんな事を思いながら、私はファルスと共に、報告書の整理をしていく。

「……ん……んん……んな!?」

 その最中だった。
 私と共に報告書の整理をしていたファルスが、驚愕に満ちた声を上げたのは。

「どうした、ファルス」

 確かにこの報告書には、私たちも知らなかったり、疑惑で終わってしまっていた貴族の不正証拠がゴロゴロあった。だが、それらを見続けて尚、声を上げる程驚くものとは、一体何だろうか。
 純粋な興味と微かな恐れを胸中に抱きながら、私は問いを投げかける。
 すると、ファルスは無言で数枚の報告書を私に差し出してきた。

「どれどれ……」

 私はそれらを受け取ると、その内容を確認してみた。
 そして――

「……何故分かる」

 思わず、そんな言葉を口にしてしまった。

「いや……”祝福ギフト無き理想郷”の幹部だと……そして、森の地下深くにアジト……」

 そこに書かれていたのは、”祝福ギフト無き理想郷”が呪界石を大量に中立派に買わせる事で手に入れ、それを幹部らしき人間が回収し、魔法石でアジトに帰った……という一連の流れだ。

「そんな地下深くにアジトがある時点で……呪界石を大量に集めている時点で……まあ、何か大きな事を企んでそうだな」

「そうだね。それにしても……本当になんで分かったのだろう?」

 ここまで厳重に秘匿された”祝福ギフト無き理想郷”の内情――普通に諜報能力が高いだけでは、相当運が良くない限り、知るのは不可能だろう。
 シン君が独自に編み出した技能か――魔法か――
 いずれにしろ、常軌を逸しているのは確かだ。

「……流石にこれは、即調査に乗り出したい所だね」

「だな……だけど、これをどう提出する? 調べた方法なんて言えないし分からないだろ?」

「……細かい所は上手く私が暈すから、後はファルスがやったという事にしておこう……」

「……他者からの評価が怖い」

 そう言って、遠い目をするファルスに、私は何もしてあげられなかった。
 何故なら――

「「シン君を敵に回すのだけは避けたい」」

 ……からだ。
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