上 下
33 / 140
第一章

第三十三話 数が多すぎやしませんかねぇ……

しおりを挟む
 執務室にて、ガリアは重苦しい雰囲気の中、口を開く。

「間違いでは、ないんだよな?」

 一言一句に、威圧感がこもっている。そこには怒りと、微かな恐れが見えた。
 そんなガリアの前に立つ1人の男が、その重い口を開く。

「……はい。”庭”を隠していたはずの魔道具が機能停止し、あろうことかそこへ魔物が侵入していました。そして、キルの葉をそのまま直に食べ、凶暴化していました」

「くっ……クソがっ ……それで、”取引相手”は何をしているんだ?」

 ガリアは悪態をつきつつも、侯爵らしく冷静にそう問いかける。

「はっ それが……連絡が取れません。恐らく、殺されたのかと。畑に彼女のローブが落ちているのを目撃したので……」

「ちっ 使えん。だが、それなら麻薬栽培の罪、全てそいつに払ってもらうとしよう」

 そう言って、ガリアはニヤリと笑う。
 、承諾してしまったこの取引。結果だけ見れば大成功もいい所だ。
 リスクはありつつも大きな利益を得て、最終的にその利益を持ち逃げ出来るのだから。

「ああ、最高だ。本当に……!」

 ガリアは歓喜に満ちた表情でそう言うと、いつものようにキルの葉を吸った。
 一方、男は怪訝な目でガリアを見ると、恐る恐るといった様子で口を開く。

「あ、あの……麻薬取引に関する――」

 麻薬取引に関係する証拠は、全て処分した方が良いのではないか。
 そう言い切るよりも前に、ガリアが不機嫌そうに口を開く。

「水を差すなよ。いいから、お前はさっさと下がれ。なにかありそうなら、その都度俺が直々に対処する」

「そ、それなら大丈夫そうですね。では、失礼しました」

 ガリアの言葉に、男は安心したように息を吐くと、執務室から去って行った。

 ◇ ◇ ◇

 魔石も売って、金を貰った俺は適当に昼飯を食べると、宿に戻っていた。
 また森に行こうかとも思ったが、今は危険そうという理由でやめにした。
 ここ最近は頑張ったし、偶には休息も必要だろうと思った俺は部屋に入ると、そのままベッドに倒れ込む。

「あ~だらけるのは最高だ~」

 真昼間からゴロゴロと怠惰に過ごすのも、悪くはない。ただ、あんまりこの生活に味を占め過ぎちゃうと、普段の生活に戻れなくなっちゃうから、程よく怠惰になるのを心掛けるとしよう。

「ふわぁ~……」

「きゅ~」

 俺はネムを胸に抱いて撫でながら、ゴロゴロとベッドで転がる。
 あ~最高だ。

「ううん……にしても、今はどうなってるんだろう?」

 ふと、森の状況が気になった俺は、視覚を森のスライムに移す。
 だが、やっぱり危険なようで、隠れて……ん?

「ここ、さっきまでは大丈夫だったよな?」

 ついさっき森にいた時、このスライムは身を潜めていなかった。だが、今は必死に隠れている。
 俺は無理を言ってそのスライムに様子を見て貰うことにした。
 そろりそろりと、木陰から顔を覗かせる。
 すると、そこにはオークがいた。だが、前見た奴と同じように、動きからして凶暴そうだ。
 目も血走ってるし……!

「グルアアァ!!」

 オークの集団は、まるでストレスを発散するかのように、棍棒を乱暴に振り回しながら、移動していた。
 そんな奴らの移動先にあるのは――シュレインだ。

「うわぁ……マジかよ」

 俺は思わず顔を引きつらせる。
 いや、でも別にこいつらだけだったら、言うて対処できるよな?
 まあ、こいつらならの話だが……

「うわぁ……後ろからも来てる……」

 今通過したオークの集団のすぐ後ろから、また別のオークの集団が姿を現した。
 当然のようにこいつらも凶暴そうな雰囲気だ。

「一先ず、何体いるか、大雑把でいいから調べてみるか」

 そう呟くと、俺はそのスライムに隠れるよう命じ、自身は他のスライムの視覚に移る。
 そして、無茶を言って外の様子を見てもらい、ヤバそうになったら即座にそのスライムを俺の下へ送る。
 それをただひたすらに続けた結果、信じ難い事実が発覚した。

「ちょっと……数が多すぎやしませんかねぇ……」

 そう。大まかに数えてみた結果、最低でも500匹以上の凶暴化した魔物を発見できたのだ。最低でも……なので、実際はこれよりも多いと予想される。だが、これはただの前座。真に驚くべきなのはそこではなく、その発生源だ。

「なんだ……これは……!」

 そこにあったのは、荒らされた畑だった。状況からして、魔物に荒らされたのだろう。
 こんな場所に畑があるなんて時点でおかしいのだが、そこら中に落ちていた葉を見て、俺は思わず冷や汗をかく。

「これ……どっからどう見てもキルの葉だよな……?」

 世界的に悪名高い麻薬、キルの葉。それがこんなところで栽培されているなんて……キナ臭い。
 何だか大きな組織が関わっているような気がする。少なくとも、ここの持ち主は小者じゃない。
 候補として、まず真っ先に上がってくるのはここの領主、ガリア侯爵だ。あいつが関わっているのなら、誰にもバレることなく、ここに栽培場を造れる。逆に、あいつにバレずにこの規模の栽培場を作るなんて、正直言って不可能に近い。
 ただ……あいつがここまで杜撰なことをするとは到底思えない。
 となると、ガリアに黙認されている誰か……という線が一番濃厚だな。

「はぁ……にしても、そういう訳か。キルの葉を直接口にすれば、そりゃ精神的な作用があってもおかしくはねぇな」

 キルの葉について詳しくは知らないが、危険な麻薬をそのまま食べたらヤバいことになると言うのだけは、容易に想像できる。
 そして、実際に目の前で想像通りのことが起こっていた。

「くっ こりゃ冒険者ギルドに知らせないと。従魔の視覚を介して見たと言えば信じてもらえるだろ」

 これでも俺は、一応期待の新人として扱われている。
 酒場で絡んできた冒険者を目つぶしした件が、そこそこ広まったようだ。
 だが、あくまでも”そこそこ”なので、めちゃくちゃ注目されてる!って訳じゃない。せいぜい、一部始終を見ていた冒険者と、情報収集の大切さをよく理解している冒険者――後はギルド職員ぐらいだ。
 俺がテイマーだということも、毎日スライムと一緒に来ていることから、ギルド職員の間では割と周知の事実となっている。故に、信じてもらえるって訳だ。
 ギルドマスターも、妙に俺のことを気にかけているし。

「じゃ、行くか」

 夕飯までずっとごろごろしたかったんだけどなぁと思いながらも、俺はネムと共に冒険者ギルドへと向かうのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

双子の転生者は平和を目指す

弥刀咲 夕子
ファンタジー
婚約を破棄され処刑される悪役令嬢と王子に見初められ刺殺されるヒロインの二人とも知らない二人の秘密─── 三話で終わります

転生したら男性が希少な世界だった:オタク文化で並行世界に彩りを

なつのさんち
ファンタジー
前世から引き継いだ記憶を元に、男女比の狂った世界で娯楽文化を発展させつつお金儲けもしてハーレムも楽しむお話。 二十九歳、童貞。明日には魔法使いになってしまう。 勇気を出して風俗街へ、行く前に迷いを振り切る為にお酒を引っ掛ける。 思いのほか飲んでしまい、ふら付く身体でゴールデン街に渡る為の交差点で信号待ちをしていると、後ろから何者かに押されて道路に飛び出てしまい、二十九歳童貞はトラックに跳ねられてしまう。 そして気付けば赤ん坊に。 異世界へ、具体的に表現すると元いた世界にそっくりな並行世界へと転生していたのだった。 ヴァーチャル配信者としてスカウトを受け、その後世界初の男性顔出し配信者・起業投資家として世界を動かして行く事となる元二十九歳童貞男のお話。 ★★★ ★★★ ★★★ 本作はカクヨムに連載中の作品「Vから始める男女比一対三万世界の配信者生活:オタク文化で並行世界を制覇する!」のアルファポリス版となっております。 現在加筆修正を進めており、今後展開が変わる可能性もあるので、カクヨム版とアルファポリス版は別の世界線の別々の話であると思って頂ければと思います。

婚約者が庇護欲をそそる可愛らしい悪女に誑かされて・・・ませんでしたわっ!?

月白ヤトヒコ
ファンタジー
わたくしの婚約者が……とある女子生徒に侍っている、と噂になっていました。 それは、小柄で庇護欲を誘う、けれど豊かでたわわなお胸を持つ、後輩の女子生徒。 しかも、その子は『病気の母のため』と言って、学園に通う貴族子息達から金品を巻き上げている悪女なのだそうです。 お友達、が親切そうな顔をして教えてくれました。まぁ、面白がられているのが、透けて見える態度でしたけど。 なので、婚約者と、彼が侍っている彼女のことを調査することにしたのですが・・・ ガチだったっ!? いろんな意味で、ガチだったっ!? 「マジやべぇじゃんっ!?!?」 と、様々な衝撃におののいているところです。 「お嬢様、口が悪いですよ」 「あら、言葉が乱れましたわ。失礼」 という感じの、庇護欲そそる可愛らしい外見をした悪女の調査報告&観察日記っぽいもの。

転生悪役令嬢の考察。

saito
恋愛
転生悪役令嬢とは何なのかを考える転生悪役令嬢。 ご感想頂けるととても励みになります。

【完結】数十分後に婚約破棄&冤罪を食らうっぽいので、野次馬と手を組んでみた

月白ヤトヒコ
ファンタジー
「レシウス伯爵令嬢ディアンヌ! 今ここで、貴様との婚約を破棄するっ!?」  高らかに宣言する声が、辺りに響き渡った。  この婚約破棄は数十分前に知ったこと。  きっと、『衆人環視の前で婚約破棄する俺、かっこいい!』とでも思っているんでしょうね。キモっ! 「婚約破棄、了承致しました。つきましては、理由をお伺いしても?」  だからわたくしは、すぐそこで知り合った野次馬と手を組むことにした。 「ふっ、知れたこと! 貴様は、わたしの愛するこの可憐な」 「よっ、まさかの自分からの不貞の告白!」 「憎いねこの色男!」  ドヤ顔して、なんぞ花畑なことを言い掛けた言葉が、飛んで来た核心的な野次に遮られる。 「婚約者を蔑ろにして育てた不誠実な真実の愛!」 「女泣かせたぁこのことだね!」 「そして、婚約者がいる男に擦り寄るか弱い女!」 「か弱いだぁ? 図太ぇ神経した厚顔女の間違いじゃぁねぇのかい!」  さあ、存分に野次ってもらうから覚悟して頂きますわ。 設定はふわっと。 『腐ったお姉様。伏してお願い奉りやがるから、是非とも助けろくださいっ!?』と、ちょっと繋りあり。『腐ったお姉様~』を読んでなくても大丈夫です。

虐げられた黒髪令嬢は国を滅ぼすことに決めましたとさ

くわっと
恋愛
黒く長い髪が特徴のフォルテシア=マーテルロ。 彼女は今日も兄妹・父母に虐げられています。 それは時に暴力で、 時に言葉で、 時にーー その世界には一般的ではない『黒い髪』を理由に彼女は迫害され続ける。 黒髪を除けば、可愛らしい外見、勤勉な性格、良家の血筋と、本来は逆の立場にいたはずの令嬢。 だけれど、彼女の髪は黒かった。 常闇のように、 悪魔のように、 魔女のように。 これは、ひとりの少女の物語。 革命と反逆と恋心のお話。 ーー R2 0517完結 今までありがとうございました。

君に、最大公約数のテンプレを ――『鑑定』と『収納』だけで異世界を生き抜く!――

eggy
ファンタジー
 高校二年生、篠崎《しのざき》珀斐《はくび》(男)は、ある日の下校中、工事現場の落下事故に巻き込まれて死亡する。  何かのテンプレのように白い世界で白い人の形の自称管理者(神様?)から説明を受けたところ、自分が管理する異世界に生まれ変わらせることができるという。  神様曰く――その世界は、よく小説《ノベル》などにあるものの〈テンプレ〉の最頻値の最大公約数のようにできている。  地球の西洋の中世辺りを思い浮かべればだいたい当てはまりそうな、自然や文化水準。 〈魔素〉が存在しているから、魔物や魔法があっても不思議はない。しかしまだ世界の成熟が足りない状態だから、必ず存在すると断言もできない。  特別な能力として、『言語理解』と『鑑定』と『無限収納』を授ける。 「それだけ? 他にユニークなスキルとかは?」 『そんなもの、最頻値の最大公約数じゃないでしょが』  というわけで、異世界に送られた珀斐、改めハックは――。  出現先の山の中で、早々にノウサギに襲われて命からがら逃げ回ることになった。  野生動物、魔物、さまざまな人間と関わって、『鑑定』と『収納』だけを活かして、如何に生き抜いていくか。  少年ハックの異世界生活が始まる。

[完結]病弱を言い訳に使う妹

みちこ
恋愛
病弱を言い訳にしてワガママ放題な妹にもう我慢出来ません 今日こそはざまぁしてみせます

処理中です...