【完結】Change~入れ替わりを暴かれた双子は、訳アリ記者に弄ばれる~

那菜カナナ

文字の大きさ
上 下
35 / 37

35.協定

しおりを挟む
「僕は早々に諦めた。でも、尚人なおとは…………」

 聞き馴染みのある声。留持るもちさん? まぶたは――上がりそうにない。でも、光は感じる。

「……隣にいたのが君だったから。…………して。……部分もあったと思う。けど……だ。……認めてあげてほしい」

「っは、アンタに言われるまでもねえよ」

 相手は奏人かなとか? 思うように聞き取れない。

「ナオのこと頼みましたよ」

「君は? 本当に…………の?」

「……あんなふうに……で、……正直……。だから……」

「……、…………。…………」

 ダメだ。聞こえない。意識が遠のいていく。

「ぶっちゃけどう思う?」

「ははっ、何だよ改まって」

 また声が聞こえてきた。今度のは……奏人と兄さんか?

 瞼に力を込める。開いた。壁掛け灯が見える。幅はベッドと同程度。暖色のやわらかな光がチョコレート色の木壁を照らしている。

 その下には――コンセントの穴? オレンジ色のコードがベッドに向かって伸びている。辿った先にはリモコンがあった。オレンジ色の丸いボタンには『呼出』とある。

「話すべきだった? ……アニキの意見も聞かせてほしい」

 奏人だ。灰色がかった白のハイネックタイプのジャージに、オリーブ色のカーゴパンツを合わせている。垢抜けてる。すごく似合ってると思う。けど、見覚えがない。あんな服、家にあったっけ……?

「ん? ああ……」

 一方の兄さんは白いヌーピーのロングTシャツに、黒のゆるっとしたズボンを合わせている。ものすごくカジュアルだ。

 かまぼこ型の目に、たわわに実った涙袋。鼻筋は細く通っていて、唇は薄い。

 纏う雰囲気は温和なようでいて、勇壮無比な印象も抱かせる。稀有な人だなと改めて思う。

「入れ替わりのこと?」

「ああ」

「っ! ……っ」

 縮こまった心臓に喝を入れた。きちんと受け止める。これも大事な責務だ。

「事が事だからハッキリ言うぞ?」

「ああ。頼む」

 兄さんは一息ついた後で、真っ直ぐに奏人を見据えた。その目には見覚えがあった。遥か昔に道場で。かかる圧はあの頃の比じゃない。だけど、奏人は一切引かなかった。相応の覚悟をもって臨んでるんだろう。

「それは間違いなくエゴだ」

「……………」

 一蹴してみせた。苦笑交じりに。あり得ないと、呆れすら滲ませて。

なんだ。それぞれがいなくなったことで受けた悔しさ、怒り、寂しさ、やるせなさ……。そういうのを全部乗り越えて、あるいは抱えたまま【今】を生きてる」

「……そうだな」

「となると」

「………………自己満だな」

 同感だ。これ以上、僕らの都合で振り回すべきじゃない。

「そういうこと」

 兄さんの手が奏人の肩に触れる。

「辛いな」

「……因果応報だ」

「……そうだな」

 後悔の念が押し寄せてくる。この悔いを抱えることもまた罰なんだろう。

「……兄さん、ありがとう」

「…………」

 兄さんは驚かなかった。僕と目を合わせて、首を横に振る。

「それと、ごめんなさい」

「~~っ、ナオッ!!」

 奏人が覆い被さってくる。ベッドが音を立てて軋んだ。

「大丈夫か? 脚は? 痛まないか??」

「うっ、うん。大丈夫」

 嘘じゃない。薬が効いてるんだろう。鈍い痺れこそあるものの痛みらしい痛みは感じられなかった。

「……そうか」

「っ! そうだ。奏人の怪我は?」

 僕が負わせたものだ。一時は立って歩くことすらままならなかった。

「平気だ。軽い打撲だった」

「……っ、兄さん、本当?」

「あ゛? おい」

 奏人が苛立つ。兄さんはそんな奏人の肩に手を乗せて、顔を覗かせた。

「本当だよ。ヒビも入ってなかった」

「そう……」

 深く息をつく。それと同時に我に返った。

「ごめんね」

 口にして後悔した。これじゃ赦しを乞うているのと同じだ。

「ごめん。今のは――」

「お前の方がずっとしんどかっただろ」

「っ!」

 心臓が嫌な音を立てた。目尻が熱い。ダメだ。堪えないと。

「ひでぇ顔してた」

「~~っ……」

『ばか……やろ、……う……っ』

 あの時――奏人はそう言って僕の足を掴んだ。

「……今もだな」

 頭を撫でるような声音。優しくて、あたたかくて。

「……っ」

 涙が頬を伝う。喉の奥が引き攣って、みっともなく跳ねた。

「……バカ」

 奏人は苦笑しつつティッシュ箱を差し出した。僕はそれを受け取って力任せに涙を拭う。

「……先生を呼ぶのはナオが落ち着いてからにしよ――え~?」

 奏人は僕から身体を離すなり、問答無用でナースコールを押した。数コールの後に看護師さんが応答する。

武澤たけざわです。……はい、今ほど兄が。……はい…………」 

 奏人が淡々とこなしていく。その傍らで、兄さんが顔を寄せてきた。茶目っ気たっぷりに、内緒話をするように。

「昨日、カナを泊めたんだ♪」

「えっ? 一緒に住んでる人……高貫たかぬきさんだっけ? 迷惑じゃなかった?」

 兄さんは大学進学を機に、男の先輩とルームシェアをするようになった。職業は弁護士。兄さんに負けず劣らずの美男であるらしく、社会人になった今も女除けの名目で一緒に住み続けている。

「昨日も帰らなかったから」

「そっか……。弁護士さんって大変なんだね」

「みんながみんなそうじゃないとは思うんだけどな~……」

 兄さんはどこか寂し気だ。仲良しなんだろうな。思いがけず後輩で年下な兄さんを見ることが出来た。何だか得した気分だ。

「じゃあ、その服も兄さんが……?」

「これしかなかったんだ」

 奏人は言う。酷く苦々しい態度で。やっぱり不本意だったんだ。

「いい歳してキャラもんばっか集めやがって」

「えぇー? かわい~じゃんか」

「失礼します。間宮まみやです」

 白衣姿の男の人が入ってきた。奏人が「主治医だ」と耳打ちしてくれる。

「お世話になります」

「いえいえ。それでは、お身体の調子を診させていただきますね」

 僕が頷いたのと同時に診察が始まった。

「……………」

 手持ち無沙汰になる。堪らなくなった僕は、邪魔にならない程度に部屋を見回すことにした。

「っ!」

 ここにきてようやく気付く。病室がやたらと豪華であることに。出入口横にある扉。あれはたぶんトイレに繋がるものだ。もしかするとシャワーも付いているのかもしれない。

 僕の家は裕福じゃない。言わずもがな原因は僕らにある。備品や遠征代で家計を圧迫してるんだ。だから、質素倹約が基本になっている――はずなのに。

「安定されているようですね」

「ホントですか!? 良かった~」

 兄さんに続いて奏人も息をつく。先生はそんな2人を微笑まし気に見つめると、そのまま怪我の具合を説明し始めた。

 傷は思いの外浅かったらしく、筋肉や腱はほぼ無傷。リハビリも含めて1週間程度で復帰出来るとのことだった。

 運が良かったと先生は言う。けど、僕にはそうは思えなかった。これはたぶんだ。

 カラカラと笑う谷原さんの顔が目に浮かぶ。あの後どうなったんだろう。気になるけど、先生がいる間は聞けない。

「それでは」

 先生の背中が扉の向こうに消える。肩の力を抜くのと同時に扉が開いた。

「尚人!! 良かったぁ~!!」

 滋田しげたさんだ。部屋がパァッと華やかになる。白いハイネックのセーターに、黒いズボン。足元は赤みがかった茶色の革靴で彩っていた。

「すみません。ご迷惑をおかけしてしまって」

「役得役得♪ お陰様で天使みたいに可愛い寝顔をた~んと拝ませていただきましたよんっ♡♡」

 和ませようとしてくれてるんだろう。ありがたい。ありがたいけど、返し方が分からない。

「尚人」

「っ!」

 留持さんの声。どこだ。目を走らせて探す。いた。滋田さんの斜め後ろ、横の壁にもたれかかるような恰好で立っていた。灰色のセーターに黒いズボン。上にはラクダ色のPコートを羽織っている。表情はどこか固いように思う。

「…………」

 奏人と留持さんの会話が過る。ほとんど聞こえなかったけど、あれはたぶん夢じゃない。現実にあったやり取りなんだろうと思う。

 留持さんが僕を擁護。

 奏人は留持さんに僕を託していた。

 何かしらなを下したから。

『話すべき? ……アニキの意見も聞かせてほしい』

 兄さんとのやり取りの中で聞こえてきた会話。のように話していたことがすごく気になる。

「……よし。これで役者も揃った。イチから全部話してやるからちゃんと聞けよ」

 室内に緊張が走る。

「あっ……」

 ああ、そうか。父さんは機密性を考慮してこの部屋を手配してくれたんだ。話す内容は勿論、集まる人達もまた人目を避ける必要があるから。

 いつか必ず見える形で返そう。そんな決意を胸に奏人に目を向けた――。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

さよならの向こう側

よんど
BL
''Ωのまま死ぬくらいなら自由に生きようと思った'' 僕の人生が変わったのは高校生の時。 たまたまαと密室で二人きりになり、自分の予期せぬ発情に当てられた相手がうなじを噛んだのが事の始まりだった。相手はクラスメイトで特に話した事もない顔の整った寡黙な青年だった。 時は流れて大学生になったが、僕達は相も変わらず一緒にいた。番になった際に特に解消する理由がなかった為放置していたが、ある日自身が病に掛かってしまい事は一変する。 死のカウントダウンを知らされ、どうせ死ぬならΩである事に縛られず自由に生きたいと思うようになり、ようやくこのタイミングで番の解消を提案するが... 運命で結ばれた訳じゃない二人が、不器用ながらに関係を重ねて少しずつ寄り添っていく溺愛ラブストーリー。 (※) 過激表現のある章に付けています。 *** 攻め視点 ※当作品がフィクションである事を理解して頂いた上で何でもOKな方のみ拝読お願いします。 扉絵  YOHJI@yohji_fanart様

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

もうすぐ死ぬから、ビッチと思われても兄の恋人に抱いてもらいたい

カミヤルイ
BL
花影(かえい)病──肺の内部に花の形の腫瘍ができる病気で、原因は他者への強い思慕だと言われている。 主人公は花影症を患い、死の宣告を受けた。そして思った。 「ビッチと思われてもいいから、ずっと好きだった双子の兄の恋人で幼馴染に抱かれたい」と。 *受けは死にません。ハッピーエンドでごく軽いざまぁ要素があります。 *設定はゆるいです。さらりとお読みください。 *花影病は独自設定です。 *表紙は天宮叶さん@amamiyakyo0217 からプレゼントしていただきました✨

博愛主義の成れの果て

135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。 俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。 そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...