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14.甲府FS-真逆の騎士
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銀色の風が吹き荒ぶ。鋭い金属音、辛いスニーカー音が風を形作っていく。長鞭を思わせる細長い剣。その根元には、お椀型の鍔が付いている。
全身白ずくめ。マスクの前面――網目部分だけが唯一黒い。表情は見て取れない。気高く、厳格なこの道の精神を見事なまでに体現している。このウェアに袖を通す度、剣を振るう度に思う。
「……くっ」
奏でているつもりが奏でさせられている。相手が――久城 調君が思う通りに。
鳴り響くブザー。足元の輝き――無機質なアルミピストの上に赤い光が走る。床置きの審判機から発せられた光だ。赤は久城君。僕は緑。つまりは僕の失点を意味している。胸を突いていた剣が離れていく。
――呑まれちゃダメだ。
首を左右に振って、グリップを握り締める。今度こそ僕の思う通りに。
「Prets ? Allez」
真っ直ぐに突っ込んでいく。
――flèche
奏人と磨き上げた技だ。久城君の胸はガラ空き。風は――吹かない。いける。
「えっ……?」
ひらりと躱された。
「っ、! ぐっ……っ!」
突かれた。背中を。ブザーが鳴り響く。
不意打ちのつもりだった。でも、完全に読まれてた。すべてが久城君の手の平の上。技量、経験の『差』をまざまざと痛感させられる。
「惜しかったな。尚人」
審判をしてくれた人――安住 保君が声をかけてくれる。
僕らと同じ競技用のウェア姿だ。少し長めな黒髪に、つぶらな瞳、丸い鼻。素朴で大らか。いい人感が滲み出ている。
そんな雰囲気とは裏腹に、体つきは屈強の一言。身長は180センチ後半。胸も、腕も、脚もガッチガチのバッキバキだ。
「無様ですね」
鋭い声。対戦してくれた久城君の声だ。
「奏人さんからも指導を受けておいてこのザマとは……」
久城君は、言いながらマスクを外した。色白な肌に切れ長の目。細い鼻に、薄い唇。濁りのない凍てついた美貌が嫌悪感で歪んでいく。
「貴方、何がしたいんですか?」
「……っ」
不甲斐なさに堪らず目を伏せる。
「まっ、まぁまぁ! ご鞭撻はそのぐらいで」
「外野はすっこんでてもらえますか?」
「がっ、えッ……っ!?」
「奏人さん、いいんですか? こんなの試合に出して」
奏人は木製の壁を背にして立っていた。上下黒のジャージ姿。下は短パン。上着の前は開けて白いTシャツをのぞかせている。
「……っは、言うじゃねえか」
奏人は言いながら、薄い緑色のタオルを手に取った。奏人に目を向けたことで鏡の中の自分と目が合う。
壁には大鏡が取り付けられている。その数7枚。映し出されるのは不甲斐ない現状。下を向けばアルミに目を刺される。八方塞がりだ。
「っ!」
マスクが外され、視界が薄緑一色になる。香るミント。奏人のものと比べると仄甘い。
「……奏人……っ」
タオルで髪をぐちゃぐちゃにされる。
「ははっ、今日は一段と激しいな」
「『お仕置き』だからな」
「……っ」
細かな風が口の中を擽る。
「間髪入れずにフレッシュ! 思い切りがあっていいと思うけどな~」
「タモ。甘やかすんじゃねえよ」
奏人は基本同い年の友達、知人は苗字呼びにする。けど、安住君だけは特別。こんなふうにあだ名で呼ぶ。信頼のあらわれだ。少なくとも僕はそう思っている。
「えぇ~? でも、実際イヤだろ?」
「は? どこが? カモネギだろ」
「さいですかぁ~……」
「奏人さん」
久城君が割って入る。見惚れるぐらい綺麗な笑顔で。
「いつもの、お願いします」
奏人は心底面倒臭そうに溜息をついた。
「ったく……」
奏人が応じる素振りを見せると、久城君の作りものだった笑顔が屈託のないものに変わった。嬉しいんだ。胸が温かになる。歩き出す2人をぼんやりと眺めた。
奏人と比べると、久城君は華奢だ。身長は170センチぐらい。現役選手の中でも小柄な方だ。でも、遅れは取っていない。
個人3種目中2種目――エペ、フルーレで代表入り。海外リーグでも2種目とも15位入り=ランカー入りを果たしている。カデ。U-17では敵なしの超有力選手だ。そんな久城君には、自他ともに認める肩書きがある。
『武澤奏人の一番弟子』
師弟関係が成立したのは、奏人12歳、久城君10歳の頃。久城君は、たった3年で防御主体・カウンター型の剣を修得。奏人に頂点を捧ごうと、日々奮闘してくれている。
――僕には出来なかった。
結果、奏人に苦労をかけて。
「…………」
「お願いします」
奏人の手に久城君の剣とテープが渡る。フルーレに限り、剣先にテープを巻く決まりになっている。所謂『絶縁体』で誤判定を防ぐ役割を果たす。勝敗を分けるとても重要な作業だけど、久城君はこれを奏人に一任している。弟子入り後、初めて大会に出た日からずっと。
「嬉しそうにしちゃってまぁ~……」
そう言う安住君は寂し気だ。安住君も久城君と打ち解けようと日々努力している。でも、あの通り邪険にされたままで。
励まさないと。言葉の引き出しをひっくり返す。いくつか当てはまりそうなものが出てきた。でも、選べない。そもそも選んだ言葉の中に正しいものがあるのか。それすらも怪しい。考えれば考えるほど分からなくなっていく。
「安住ぃ、な~にぽけ~っとしてんだァ?」
「ひゃいんッ!?」
安住君が恐る恐る振り返る。案の定そこにはコーチの姿があった。いよいよだ――。
全身白ずくめ。マスクの前面――網目部分だけが唯一黒い。表情は見て取れない。気高く、厳格なこの道の精神を見事なまでに体現している。このウェアに袖を通す度、剣を振るう度に思う。
「……くっ」
奏でているつもりが奏でさせられている。相手が――久城 調君が思う通りに。
鳴り響くブザー。足元の輝き――無機質なアルミピストの上に赤い光が走る。床置きの審判機から発せられた光だ。赤は久城君。僕は緑。つまりは僕の失点を意味している。胸を突いていた剣が離れていく。
――呑まれちゃダメだ。
首を左右に振って、グリップを握り締める。今度こそ僕の思う通りに。
「Prets ? Allez」
真っ直ぐに突っ込んでいく。
――flèche
奏人と磨き上げた技だ。久城君の胸はガラ空き。風は――吹かない。いける。
「えっ……?」
ひらりと躱された。
「っ、! ぐっ……っ!」
突かれた。背中を。ブザーが鳴り響く。
不意打ちのつもりだった。でも、完全に読まれてた。すべてが久城君の手の平の上。技量、経験の『差』をまざまざと痛感させられる。
「惜しかったな。尚人」
審判をしてくれた人――安住 保君が声をかけてくれる。
僕らと同じ競技用のウェア姿だ。少し長めな黒髪に、つぶらな瞳、丸い鼻。素朴で大らか。いい人感が滲み出ている。
そんな雰囲気とは裏腹に、体つきは屈強の一言。身長は180センチ後半。胸も、腕も、脚もガッチガチのバッキバキだ。
「無様ですね」
鋭い声。対戦してくれた久城君の声だ。
「奏人さんからも指導を受けておいてこのザマとは……」
久城君は、言いながらマスクを外した。色白な肌に切れ長の目。細い鼻に、薄い唇。濁りのない凍てついた美貌が嫌悪感で歪んでいく。
「貴方、何がしたいんですか?」
「……っ」
不甲斐なさに堪らず目を伏せる。
「まっ、まぁまぁ! ご鞭撻はそのぐらいで」
「外野はすっこんでてもらえますか?」
「がっ、えッ……っ!?」
「奏人さん、いいんですか? こんなの試合に出して」
奏人は木製の壁を背にして立っていた。上下黒のジャージ姿。下は短パン。上着の前は開けて白いTシャツをのぞかせている。
「……っは、言うじゃねえか」
奏人は言いながら、薄い緑色のタオルを手に取った。奏人に目を向けたことで鏡の中の自分と目が合う。
壁には大鏡が取り付けられている。その数7枚。映し出されるのは不甲斐ない現状。下を向けばアルミに目を刺される。八方塞がりだ。
「っ!」
マスクが外され、視界が薄緑一色になる。香るミント。奏人のものと比べると仄甘い。
「……奏人……っ」
タオルで髪をぐちゃぐちゃにされる。
「ははっ、今日は一段と激しいな」
「『お仕置き』だからな」
「……っ」
細かな風が口の中を擽る。
「間髪入れずにフレッシュ! 思い切りがあっていいと思うけどな~」
「タモ。甘やかすんじゃねえよ」
奏人は基本同い年の友達、知人は苗字呼びにする。けど、安住君だけは特別。こんなふうにあだ名で呼ぶ。信頼のあらわれだ。少なくとも僕はそう思っている。
「えぇ~? でも、実際イヤだろ?」
「は? どこが? カモネギだろ」
「さいですかぁ~……」
「奏人さん」
久城君が割って入る。見惚れるぐらい綺麗な笑顔で。
「いつもの、お願いします」
奏人は心底面倒臭そうに溜息をついた。
「ったく……」
奏人が応じる素振りを見せると、久城君の作りものだった笑顔が屈託のないものに変わった。嬉しいんだ。胸が温かになる。歩き出す2人をぼんやりと眺めた。
奏人と比べると、久城君は華奢だ。身長は170センチぐらい。現役選手の中でも小柄な方だ。でも、遅れは取っていない。
個人3種目中2種目――エペ、フルーレで代表入り。海外リーグでも2種目とも15位入り=ランカー入りを果たしている。カデ。U-17では敵なしの超有力選手だ。そんな久城君には、自他ともに認める肩書きがある。
『武澤奏人の一番弟子』
師弟関係が成立したのは、奏人12歳、久城君10歳の頃。久城君は、たった3年で防御主体・カウンター型の剣を修得。奏人に頂点を捧ごうと、日々奮闘してくれている。
――僕には出来なかった。
結果、奏人に苦労をかけて。
「…………」
「お願いします」
奏人の手に久城君の剣とテープが渡る。フルーレに限り、剣先にテープを巻く決まりになっている。所謂『絶縁体』で誤判定を防ぐ役割を果たす。勝敗を分けるとても重要な作業だけど、久城君はこれを奏人に一任している。弟子入り後、初めて大会に出た日からずっと。
「嬉しそうにしちゃってまぁ~……」
そう言う安住君は寂し気だ。安住君も久城君と打ち解けようと日々努力している。でも、あの通り邪険にされたままで。
励まさないと。言葉の引き出しをひっくり返す。いくつか当てはまりそうなものが出てきた。でも、選べない。そもそも選んだ言葉の中に正しいものがあるのか。それすらも怪しい。考えれば考えるほど分からなくなっていく。
「安住ぃ、な~にぽけ~っとしてんだァ?」
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安住君が恐る恐る振り返る。案の定そこにはコーチの姿があった。いよいよだ――。
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