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04.元訳アリ同期と元恩師

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 上下紺色のジャージ姿。ライフルバッグを背負ったその子の顔は、僕から見て頭2つ分低い位置にあった。

 吊り上がった目。ナイフみたいに鋭くて攻撃的な目だけど、その瞳の奥は薄氷みたいに儚く、澄んでいる。
 
 空知そらち かける。19歳。僕と同い年の同期だ。専門は10メートルエアライフル。世界ランク13位、国内ランク5位の実力者。さっきおばさんが言った世界レベルの子=走のことだ。

 順風満帆であるはずの走の周囲には黒いもやが立ち込めている。原因は1つじゃない。僕も一枚噛んでる。

 僕が関わってる方は、僕が動かなければ何も解決しない。分かってる。分かっているくせに、未だ踏み出せずにいる。

奏人かなとだっつーの」

「……悪い」

 小さくて固い声。走のバッグストラップを握る手に力が籠る。

「……っ」

 開きかけた口を無理矢理に閉じた。言葉を奥へ奥へと押し込んでいく。言えない。言っちゃいけない。今はまだ。

「ほーほっほっほ!! 朝からアオハル真っ盛りじゃのぉ~」

 しゃがれた笑い声。どこから? 目を忙しなく動かす。いた。距離にして3メートル。入口のところに。

 上下灰色のジャージ姿。白髪交じりの薄い髪。梅干しみたいに丸くて、しわくちゃな顔。細く長い目は重たい瞼で覆われている。

「甘酸っぱいったらないわい」

 神鳥かんどり 四郎しろう先生。奏人と走が所属している甲府大学・射撃部の専任コーチだ。御年76歳。この道43年の大ベテランだ。

 おだててもらえるうちはコーチ業を続ける。そんな茶目っ気溢れる宣言をしてしまうぐらい気持ちは若く、意欲的だ。けど、身体は確実に老いてきている。椅子に座る回数も増えた。触れる手も、腕も、細くなる一方だ。それでも週5日、欠かすことなく指導しに来てくれている。先生には本当に頭が上がらない。

「妙な言い方しないでください」

「ほっほぉ! 真っ赤じゃ真っ赤じゃ!」

「どこが……?」

 うんざりした調子で走が返す。先生は満面の笑みだ。それとなく背中を押しつつ無理強いはしない。先生はいつもそうだ。そんな先生の優しさに、僕はどっぷり浸かってる。今も、昔も。

「よいこらせっと……ほっほ~」

 一歩一歩ゆっくりと近付いてくる。腰を庇うように背中を丸めて。駆け寄って支えたい。でも、それはNGだ。

 単純に危ないから。このウェアは震えやブレを軽減させる目的で着る。上下で3~4キログラム。合皮とキャンパス生地の固い質感で、ギプスみたいに身体を固める。

 でも、まったく動けないわけじゃない。腕を動かすことも、歩くことも可能だ。でも、膝は真っ直ぐなままだ。転倒すると大怪我に繋がることもある。だから、ウェアを着て歩くのは禁止とされている。脱ぐにしても、固定化されてる&重たいのもあって、最低でも5分近くはかかってしまう。

「掴まってください」

「おぉ! いつもすまんのぉ~、走」

 先生は走の腕に掴まってゆっくりと歩き出した。先生も、走もいい意味で手慣れてる。ほっとしつつ、胸がきゅっと締まるのを感じた。

「あっ! 揃ってる揃ってる♪」

「今日もやるぞー!!」

 人が入ってきた。4人組の大学生。甲府大・射撃部のメンバーだ。全員、走や僕と同じ大学1年生。黒や紺、灰色のカジュアルなジャージ姿。いずれも私物で統一感はない――。


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