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84.調和

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「秘密にする。それが条件だったんだ」

「条件……?」

「師匠なんて柄じゃない。身軽でいたいからってな」

 本当にそうなのだろうか。疑惑を捨てきれずにいると名を呼ばれた。景介けいすけだ。苦笑まじりにルーカスを見ている。

「あの人な、ああ見えて結構真面まともなんだよ」

「えっ……?」

「俺の熱意も、覚悟も、ふざけ半分で聞いているようでちゃんと受け止めてくれてる」

 熱意、覚悟。内に秘め、大切にし続けてきたそれらをさらけ出したというのか。力を手に入れるために。

 ――この目を、自分を描くために。

「……っ! ケイ!! ……あっ……えっ……?」

 感情のなすまま景介けいすけに抱き付こうとする――が、通り抜けて行ってしまった。腕を上げたまま景介の方を見る。彼は教室の後方・出入り口を目指していた。

 引き戸に取り付けられたすりガラス。その向こうに人影が認める。

「へっ!? え……っ!」

 景介は躊躇ちゅうちょなく扉を開けた。直後に現れる長身黒髪の引き締まった背中。懐の深さを知ったためか、彼と対峙する度に感じてきた精神への負荷が軽減されたように思う。

「うわぁ~、そこ開けちゃうわけ?」

「開けてほしかったんだろ?」

「開けたかったんだろ~?」

「はい」

「ッ!!?? ぐっ、ぬぬぬぅ~~~っ!! この別嬪べっぴん弟子がぁ!!!!」

 四人の頬が同時に緩む。とりわけ照磨しょうまは顕著だった。未駆流みくるとは中学からの付き合いだ。色々と思うところがあるのだろう。

 半端に上げていた腕を下して体を左右に揺らす。充実感と幸福感に胸が膨らんでいく。

『もう大丈夫』

 そうささやく声がどこからともなく聞こえてきたような気がした。



 ――その日の晩。ルーカスは自宅に景介を招いていた。制服姿の二人。ルーカスは白のセーターを上腕までまくり、景介は灰色のセーターを手の平まで伸ばしている。

「ありがとう」

 二人っきりの夕飯を終えた後、景介がホット麦茶を淹れてくれた。香ばしい麦の香りが鼻孔をくすぐっては抜けていく。

「来週からは、もう12月なんだな」

「そうだね。ほんっと、あっという間だったなぁ~」

 激動の日々をぼんやりと思い返す。景介は「ああ」と短く返し麦茶を飲んだ。そんな彼を見つめながら湯気で鼻先を温めていく。

「ちょっと語ってもいい……かな?」

「どうぞ」

 許可を得たルーカスは咳払い一つに語り出す――。


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