上 下
70 / 116

70.バターとミルク

しおりを挟む
 ――夜の8時を過ぎた頃。紺色のジャージに着替えたルーカスは一人キッチンに立っていた。ゆで上がったマカロニをざるで切り、湯立ったそれらをフライパンにのせていく。

 あの後景介けいすけは一人浴室に向かった。30分近く経つが未だ出てくる気配はない。

「ガチで頑張んないと……」

 そのためにもと、マカロニに温めた牛乳とバターを絡ませながら振り返りをしていく。

 ――景介はルーカスを受け入れた。

 しかしそれは、ルーカスの主張を聞き入れてのことではない。

 ――ハメ撮りはしない。

 その交換条件として秘所を明け渡したのだ。ルーカスが写す世界をこの上なく美しく、大切に思っている。だからこそ、けがすようなまねはしてほしくない。そんな温かなで尊い思いまで添えて。

 我を通す代わりに全身全霊をもって愛し、大切にする。稚拙ちせつな決意を掲げた挙句、欲におぼれた自分とはまさに雲泥の差だ。

「ほんと、ガチで頑張んないと――」

「風呂と着替え、ありがとな」

「……へっ? うぉあっ!?」

 いつの間にやら上がってきていた。灰色の上下スウェット姿。髪はしっとりと濡れ、よりあでやかな烏羽からすば色になっていた。

「これ新品だろ? 悪いな、気ぃ遣わせて」

 彼から借りたスウェットは、一回り以上大きかった。自分のものでは窮屈きゅうくつだろう。そう思い、急きょ買い出しに出たのだ。

「っ! 気にしないで。オレもほら、新品の下着。微妙だなんだって言って貰っちゃったからさ」

「……返してくれてもいいけど」

「え……っ? ……はっ!? えぇッ!?」

「サイズ、合ってないんだろ?」

 そういうことか。一層顔が、全身が熱くなっていく。

「ちょっ、ちょうど良かったから! だ、っ、大丈夫」

「……そうか」

 そう言って景介けいすけひかえめに笑う。見透かされているのだろう。堪らず目を逸らすが、また直ぐに戻してしまう。

 ――撮りたい。

 だがダメだ。この衝動を巻き起こしている感情は、あの時抱いたものと同じ類のもの。カメラを構えるわけにはいかない。これ以上、景介を悲しませるようなことがあってはならないのだ。唇を噛み、顔を俯かせる。

「なっ!? 何――」

 不意に腕を掴まれた。言わずもがな相手は景介だ。

「やっぱすげえな」

 右そでを肩までめくり、上腕を撫でていく。あおっているのではない。愛でている。例えるならそう自然を相手にするように。

「これも写真を撮るために?」

「う、うん! まっ、まぁそんっ、そんなとこ……」

 動揺丸出しの飛び飛びの声音だったが、呆れることもからかうこともなかった。腕に夢中になっているから。――かと思えば次第に高揚感は薄れ、悲しみに染まっていく。

「ま、マッチョなオレは嫌い……?」

「いや。むしろ尊敬してる。……っつーか、焦ってる。やっぱ3年はでけぇなって」

 ブランクのことを言っているのだろう。

 ――3年だ。

 不安に思うのも無理はない。

「大丈夫だよ。ケイは頑張り屋さんだから」

「すげぇプレッシャー」

「えっ!? あっ! ご、ごめん」

「分かってる。ありがとな」

 耳を疑うほどにやわらかな声音だった。例えるならチェロだろうか。もう一度聞きたい。どうしたらいい。必死になって頭を働かせる。

「これは?」

「……んっ? ああ、父ちゃん直伝のマカロニ&チーズだよ。アメリカの家庭料理っていうのかな?」

 返しながらマカロニにチーズソースを絡めていく。景介はそんなルーカスの手元を見ながらきゅっと唇を噛み締めた――。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

【完結】かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜

倉橋 玲
BL
**完結!** スパダリ国王陛下×訳あり不幸体質少年。剣と魔法の世界で繰り広げられる、一風変わった厨二全開王道ファンタジーBL。 金の国の若き刺青師、天ヶ谷鏡哉は、ある事件をきっかけに、グランデル王国の国王陛下に見初められてしまう。愛情に臆病な少年が国王陛下に溺愛される様子と、様々な国家を巻き込んだ世界の存亡に関わる陰謀とをミックスした、本格ファンタジー×BL。 従来のBL小説の枠を越え、ストーリーに重きを置いた新しいBLです。がっつりとしたBLが読みたい方には不向きですが、緻密に練られた(※当社比)ストーリーの中に垣間見えるBL要素がお好きな方には、自信を持ってオススメできます。 宣伝動画を制作いたしました。なかなかの出来ですので、よろしければご覧ください! https://www.youtube.com/watch?v=IYNZQmQJ0bE&feature=youtu.be ※この作品は他サイトでも公開されています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

処理中です...