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64.真実(☆)

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「おばさんから聞いたんだ。お前の名前の由来と込めた願いの話を」

 どんな表情をしていたのだろう。笑っていたのかそれとも泣いていたのか。聞きたくても聞けない。今の自分にそれを知る資格はない。

「『光をもたらす人』お前にぴったりな名前だと思った」

「そんな……」

「そういう人であり続けてほしいっていうご両親の思いにも共感した」

 ――『ご両親の思いは想像に難くない』

 過去、照磨しょうまが放った言葉が重く響く。

「だから光を、菜の花を入れようとした。……けど」

 きつく歯を食いしばる。感情に押し潰されまいと耐え忍ぶように。

「先のことを考えたら怖くなって……筆が動かなくなった。正直、今も怖い」

 描き終えたらいなくなってしまう。また失う。また一人になる。それが怖くて堪らなかったのだろう。

 ルーカスは景介けいすけの孤独を埋めた。一方で深めてもしまったのだ。その罪の重さを改めて痛感する。

「ごめん。本当にごめんね」

 抱き締めそっと背を撫でる。温かい。馴染みのラベンダーの香りに混じって香ばしい汗の香りもした。

「お前が謝る必要なんてない。悪いのは全部俺だ。何もかも全部、俺が弱かったから」

 景介は知らない。孤独の権化ごんげである写真とメモ。それらを盗み見られているという事実を。

「け、ケイ。ごめん。実はオレ――」

「でも、もう大丈夫だ」

 そっと抱き返される。

「今度こそちゃんと描き切ってみせる。あの時以上の思いを込めて」

 背に回された腕はたくましく、それでいてもろはかない。

「そのために後もう少しだけ。もう少しだけ時間をくれ」

 懇願こんがんする景介。対してルーカスはひかえめに肩をすくませる。

「それはこっちのセリフでもあるよ。時間が必要なのはオレもなんだから」

 言いながら一層強く抱き締める。

「一緒に頑張ろう」

 白い肢体が小刻みに震える。募らせていく。

 ――愛おしさ。

 ――使命感。

 幸せにしなければ。この人を。白渡しらと景介を。

「……ルーカス」

 滅多にされない呼び方だ。

「は……はい……?」

 間の抜けた声で返事をする。それと同時に彼の体がゆっくりと離れていく。

「ほんっと、お前にぴったりな名前だな」

 目を疑う。その笑顔は常日頃目にしている窮屈なものではない。夢にまで見たあの弾けるような笑顔だったのだ。

「なん……っ!? おいっ!!」

 け反って距離を取り撮影をしていく。

「何撮っ! ~~っ、みっともな――」

「そんなことない! オレ、この笑顔が欲しかったん――っ!??」

 唐突に脇をくすぐられる。

「ちょっ! はっ、ふっ! ……ぬぐっ!!!」

 反射的にひじを下してガードしたが無意味だった。力が入らないのだ。

「けっ、ふッ……はっ! ……あはっ、はははははっ!!!」

 意に反して背がびくびくと跳ねる。上手い。苦しい。

「だっ、ダメ! ダメダメ!! もぅ……くふっ……!! ……っ?」

 顔が近付いてくる。

「けっ、けい――」

「好きだ」

「っ!」

 ――彼との距離がゼロになる。

 それと同時に遠くから一つのメロディが届けられた。子供に帰宅をうながすためのものだ。何という曲だったか。母がよく口ずさんでいたような気がする。ぼんやりとそんなようなことを思っていると名残惜しげに離れていった。

「ふっ……」

「へへっ……」

 共にはにかみ合う。甘酸っぱくもむず痒い。

「中、入ろっか」

「……ああ」

 部屋へと続く大窓を開け、中に入る。

「わっ!?」

 カーテンを閉めてほっと息をついたのも束の間、体が勢いよく反転した――。


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