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28.水底
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「不登校だったから」
「えっ……」
衝撃の事実に全身が強張っていく。
「ごっ、ごめん。オレの――」
「違う」
間髪を容れずに否定の声を上げた。
「お前のせいじゃない。俺、個人の問題だ」
「そんな……」
「……、……っ」
景介は何か言いかけたが、直ぐに口を噤んでしまった。伝えるべきではないと判断したのだろう。気になるが追及は控える。何にせよ安易に触れていい内容ではない。
「……今度、折を見て招待する。なんならおじさんやおばさんも一緒に」
実現出来たらどんなに良いか。夢見心地に思いながら首を左右に振る。
「ごめん。今回は一人で来てるんだ。父ちゃんはフランスで、母ちゃんは……お空の上」
「なっ……」
「お空?」
「頼人」
照磨が頼人を咎めた。傍若無人とも言い切れないようだ。やはりどうにも掴めない。
「あっ! ごめん。そういうことか……」
頼人も続き、三人が一様に顔を俯かせる。中でも景介が受けたショックは殊更大きかったようだ。握り締められた拳に血管が浮いている。
「あっ! えっと! もう気にしてないっていうか、大丈夫なんだ。母ちゃんの分まで頑張るって頭切り替えてるから」
嘘は微塵もない。悲しみは未だ胸の中にあるが、気持ちはしっかりと前を向いている。故に日本に戻ってきたのだ。
――母の分まで精一杯生きるために。
目に力を込めて景介を見る。彼はルーカスを一瞥し、顔を俯かせた。断りの言葉は聞こえてこない。当然か。結果的に母の死を利用するような形になってしまった。内心で猛省していると頼人が話しかけてくる。
「折りたたみ傘は? ちゃんと持ってきてるのか?」
バッグの中を見る。ない。昨日の夕方も雨だった。干したまま持ってくるのを失念してしまったようだ。
「昨日より降るらしいぞ。俺の家は直ぐそこだからさ、気にせず使ってくれよ」
頼人はそう言って黒い折りたたみ傘を差し出した。それと同時にアナウンスが聞こえてくる。彼が乗る予定の甲府行きの電車が到着するとのことだった。急がなければ。手を伸ばしかけて――引っ込める。疑ってしまっているからだ。頼人もまた彼らと同じなのではないかと。
「ん……? ははっ、遠慮すんなよ。ほらっ」
頼人はおかしそうに笑いながら半ば強引に傘を持たせた。
「んじゃ、また明日な」
言うなり駆け足でホームに向かっていく。
「…………」
彼の背を見つめながら思う。本当にニセモノなのだろうかと。視界が滲み熱を帯びていく。天井を見上げることでそれらを押し込めた。東京行きの電車のアナウンスが聞こえてきたのはその直ぐ後のことだった――。
「えっ……」
衝撃の事実に全身が強張っていく。
「ごっ、ごめん。オレの――」
「違う」
間髪を容れずに否定の声を上げた。
「お前のせいじゃない。俺、個人の問題だ」
「そんな……」
「……、……っ」
景介は何か言いかけたが、直ぐに口を噤んでしまった。伝えるべきではないと判断したのだろう。気になるが追及は控える。何にせよ安易に触れていい内容ではない。
「……今度、折を見て招待する。なんならおじさんやおばさんも一緒に」
実現出来たらどんなに良いか。夢見心地に思いながら首を左右に振る。
「ごめん。今回は一人で来てるんだ。父ちゃんはフランスで、母ちゃんは……お空の上」
「なっ……」
「お空?」
「頼人」
照磨が頼人を咎めた。傍若無人とも言い切れないようだ。やはりどうにも掴めない。
「あっ! ごめん。そういうことか……」
頼人も続き、三人が一様に顔を俯かせる。中でも景介が受けたショックは殊更大きかったようだ。握り締められた拳に血管が浮いている。
「あっ! えっと! もう気にしてないっていうか、大丈夫なんだ。母ちゃんの分まで頑張るって頭切り替えてるから」
嘘は微塵もない。悲しみは未だ胸の中にあるが、気持ちはしっかりと前を向いている。故に日本に戻ってきたのだ。
――母の分まで精一杯生きるために。
目に力を込めて景介を見る。彼はルーカスを一瞥し、顔を俯かせた。断りの言葉は聞こえてこない。当然か。結果的に母の死を利用するような形になってしまった。内心で猛省していると頼人が話しかけてくる。
「折りたたみ傘は? ちゃんと持ってきてるのか?」
バッグの中を見る。ない。昨日の夕方も雨だった。干したまま持ってくるのを失念してしまったようだ。
「昨日より降るらしいぞ。俺の家は直ぐそこだからさ、気にせず使ってくれよ」
頼人はそう言って黒い折りたたみ傘を差し出した。それと同時にアナウンスが聞こえてくる。彼が乗る予定の甲府行きの電車が到着するとのことだった。急がなければ。手を伸ばしかけて――引っ込める。疑ってしまっているからだ。頼人もまた彼らと同じなのではないかと。
「ん……? ははっ、遠慮すんなよ。ほらっ」
頼人はおかしそうに笑いながら半ば強引に傘を持たせた。
「んじゃ、また明日な」
言うなり駆け足でホームに向かっていく。
「…………」
彼の背を見つめながら思う。本当にニセモノなのだろうかと。視界が滲み熱を帯びていく。天井を見上げることでそれらを押し込めた。東京行きの電車のアナウンスが聞こえてきたのはその直ぐ後のことだった――。
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