【完結】Pictures~オッドアイの青年写真家は,幼馴染の美人青年画家に溺愛されて立ち直る~

那菜カナナ

文字の大きさ
上 下
19 / 116

19.フレームの中へ

しおりを挟む
 けたたましい電子音で目を覚ました。視界いっぱいに白天井が広がる。頬が冷たい。涙だ。紺色の羽毛布団を勢いよく手繰り寄せる。

「もう7年も経つのに……」

 アラームを止め、白い木製のチェストに目を向ける。そこにはカメラがある。

 いじめを受け、ふさぎ込んでいたルーカス。そんな彼を外に連れ出したのがこのカメラと父だった。言うまでもなく最初は全力で拒んだ。カメラを見ただけで、あのおぞましい写真を思い出したから。けれど、父は諦めなかった。1か月もの攻防の末に根負けし、止むなくカメラを手に取った。人は絶対に撮らないという条件を突き付けながら。

 そうして連れてこられたのが自宅から車で10分ほどのところにある『ポプラの森』。降り立った瞬間、色違いの瞳が瞬いた。

 周囲を囲むポプラの木々。10階建てのビルほどもある背で存在をちっぽけなものに。中央に広がる青く澄んだ空で心の汚れを洗い流したのだ。

 真っ新になったルーカスは、父にならい周囲を観察し始めた。雫のような形をしたポプラの葉が地に向かって落ちていく。葉はやがては養分となり、春の芽吹きのかてとなる。すべては巡る。感情もなしに。

 手元のカメラを一瞥いちべつし、ファインダーを覗く。広がる美しい世界。ここだ。今日からここが自分の居場所。自分だけの世界だ。口角を上げながらシャッターを切った。頬を滑る雫を肌で感じながら。

 ――それからルーカスは旅に出た。父と共に世界中のありとあらゆる場所を巡り、写す。次第に自然の風景が好きだと公言するようになる。大きな前進である――はずが、喜べなかった。

 疑念を抱いていたからだ。自身の抱く感情に。どんなに雄大で素晴らしい景色を前にしても嘲笑ちょうしょうが止むことはなく、それらから逃れるようにカメラを構えている。そんな自身の存在を否定することが出来なかったのだ。

 故に、抱く感情そのすべてが偽物。一種の演出に過ぎないのではないかと疑い続けていた。

 ルーカスは起き上がり、向かい側に目を向けた。そこには1枚の絵がある。初めて目にした時のことを、今でもはっきりと覚えている。



 ――山萩やまはぎのトンネル。そこから覗き見るようにして描いた、菜の花が揺れる榊川さかきがわの河川敷。

 眺めている内に胸が高鳴り、心の傷がえていくのを感じた。どんな人が描いているのだろう。顔を上げて驚いた。描いている少年の目は底が見通せぬほどに暗く、よどんでいたのだ。

 どういうことだ。困惑している間に少年はそそくさと片付けをし始める。

『待って』

 咄嗟とっさに少年の腕を掴んだ。

『……っ! 離せよ!』

 目をぎらつかせながら、身を縮める。追い詰められたノラ猫のように。狂おしいほどの怒りは盾だ。そう察知したのと同時に、悟った。

 ――彼もまた逃げているのだと。

 誰もいない自分だけのフレームの中へ。故郷から遠く離れた地でようやく出会うことが出来た仲間。留めたい。その一心で提案した。

『オレと景色の交換こ……しない?』



 ――正面にある榊川の絵を起点に部屋中を見回していく。広さは15畳ほど。私室でもあり、ギャラリーでもある。そのため机は右端に、棚やクローゼットは左端に追いやって壁という壁に景介の作品を展示。ゆったりと眺められるよう、部屋の中央にロータイプ・クイーンサイズのベッドを持ってきている。

 その甲斐もあってこの部屋にいると心底落ち着く。影は変わらず付き纏ってくるが、手には景介けいすけと彼の世界から得たランプがある。これがある限り自分は歩いていける。何の心配もいらない。歯を出して笑い、自室を後にした――。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき
BL
 族の総長と副総長の恋の話。  アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。  その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。 「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」  学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。  族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。  何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

エスポワールで会いましょう

茉莉花 香乃
BL
迷子癖がある主人公が、入学式の日に早速迷子になってしまった。それを助けてくれたのは背が高いイケメンさんだった。一目惚れしてしまったけれど、噂ではその人には好きな人がいるらしい。 じれじれ ハッピーエンド 1ページの文字数少ないです 初投稿作品になります 2015年に他サイトにて公開しています

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

処理中です...