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07.上り坂、香る梅

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 振り返らずとも自分のことを言っているのは分かる。だが、応えることも委縮することもない。

 確かにルーカスはこの辺りでは珍しい容姿をしている。けれど、珍しいだけで『変』ではない。碧眼へきがんにバターブロンドの髪。日本人がイメージする一般的な欧米人の青年だ。変じゃない。変じゃない。自身に言い聞かせながら、階段を一段、また一段と上っていく。

 しかし、まるで気が紛れない。今のうちに情報の整理でもしておくか。思い立ち、記憶の箱に手を伸ばす。

 ――景介けいすけの出身地は三鶴みつる。ここから電車で50分ほどのところだ。

 両親は彼が小学5年生の頃に離婚。親権を持つのは父親。職業は医師。拘束時間の長い『心臓血管外科医』であったことから、6年生になるタイミングで祖母のいる段野だんのに越してきた。

 最終学年での転入。整った容姿も相まって大変な注目を集めたが、すこぶる愛想が悪く、友人になれたのはルーカスだけだった。

 ――苦笑を浮かべ、顔を上げると坂の上にバスが数台停まっているのが見えた。

 目的地はもうすぐそこだ。坂の長さは約50メートル。せめてもの情けか励ましか、坂道に沿って梅の木が植えられていた。木々から漂う甘くとろけるような香り。味わう内にもどかしさが込み上げてくる。やはり無理にでもカメラを持ってくるべきだった、と。

「ひ、ひえあ、ゆーあー?」

 片言な英語で話しかけられる。その女子生徒の手にはA3サイズのプリントがあった。名がひたすらに並べられている。間違いない。これはクラス名簿だ。

「あ、ありがとうございます!」

 礼を言うなり食い入るように名簿を見始めた。『白』という漢字を目にする度に歓喜し、落胆していく。残るは9組のみ。仮にここに彼の名がなかったとして、それですべてが終わるわけではない。何度も何度も自身に言い聞かせる。

 ――ものの、一向に名簿を見ようとしない。皆が足早にルーカスの横を通り過ぎていく。同情と罪悪感を織り交ぜたような表情で。大方日本にも、日本語にも不慣れな留学生とでも思われているのだろう。ルーカスの周囲に重々しい空気が漂い始める。

「かっわい~!!」

「そっ、そうかなぁ~?」

「っ!!?」

 ――風穴が開いた。少女達の無邪気な声で。ナチュラルボブ、ポニーテールの可愛らしい二人組だ。ボブヘアーの女子生徒が嬉々とした表情で相手方のシュシュを指さす。

「すっごく似合ってるよ! そんなピンクの可愛いの……私なんかもう絶対無理……!!」

「……似合う、色……」

 名前も知らない少女の一言をきっかけに、3年前の出来事が思い浮かんでいく――。


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