25 / 27
25.天昇とヤキモチと
しおりを挟む
「っ!? この無礼者がっ!!!!!」
「ふぉっ!? すすすっすみません!!!」
なっ、何ってこった!! もふもふの正体は薫さんの尻尾だったのか!?
「この……っ」
薫さんが睨みつけてくる。リカさんと瓜二つの綺麗な顔を歪ませて。凄まじい剣幕。まさに激おこだ。
抱き込むようにして抱えられた尻尾は銀色がかった白で、ふわふわで、さらさらで、温かくもあって。くっ! どうせならもっと……いっそ大胆に味わっておけば良かっ――ん?
握り締めた拳から力が抜けていく。違和感を覚えたからだ。言わずもがな薫さんから。何かが変わった気がする。何だ?
「優太殿! 此度の非礼は、いくら常盤様の奥方様と言えど看過出来ませぬ。よりにもよって若様の尻尾に触れるなど――」
「あーーー!!!!」
「「「っ!!?」」」
そうだ! 尻尾だ!! もふもふの面積が増えたんだ!!! 俺は軽く両手を叩きつつ、薫さんの尻尾の数を数えていく。
「ひー、ふー、みー…………なー…………やー、こー……こー!? 9本!? 薫さんの尻尾って7本でしたよね!?」
「『天昇』したんだね。2つも飛び級しちゃうなんて凄いなー」
めっちゃ棒読みだ。どうしてだ? リカさんにとっても嬉しいことのはずなのに。
「はははっ! 神もまた粋なことをなさる」
「穂高さん、それってどういう意味ですか?」
「おや、お忘れですか? 薫様は貴方様を常盤様の妻とお認めになられた直後に、このように天昇なさったのですよ」
「あっ……」
言われてみれば確かに。
「『兄上の手綱をしっかりと握っておけ。これもまた兄上の妻であるお前の役割だ』……と、言っていたね」
リカさんからのダメ押しを受けて、薫さんは罰が悪そうに目を逸らした。間違いないみたいだ。そうか。俺、認めてもらえたのか。
「やったにゃーー!! 優太!!」
「いや~、ありゃ物の弾みなんじゃないかの~?」
「いーんだよ! 水差すんじゃないよ、このバカ!」
里のみんなも喜んでくれてる。控えめに言って大盛り上がりだ。
仮に唐笠小僧の吉兵衛さんの言う通り、物の弾みだったとしてもこの空気じゃもう取り消しは出来ない、よな?
「笑うな」
「すみません。でも、やっぱ嬉しくって」
「阿呆が」
薫さんは言いながら深い溜息をついた。どうしよう。胸の奥が物凄く擽ったい。
「常盤様、治療が完了致しました」
「ああ、ありがとう」
リカさんはハグを解くなり、自分の体の具合を確かめ始めた。
もうすっかりいいみたいだ。顔色も良くなってるし、体もしっかりと動かせてる。流石は定道さん。元将軍秘書は伊達じゃない。
「ねえ、薫」
「何ですか」
「改めてその……よろしくね」
薫さんが小さく息を呑んだ。多分、これが正式な回答になるから。
迷いはないんだろうけど、緊張は伴うんだろうと思う。それだけの覚悟と責任が問われる答えでもあるから。
「おんぶに抱っこでは困りますよ」
「勿論だよ。お互いに足りない部分は補い合っていこう」
「調子のいいことを」
よし。これは薫さん語で『よろしくお願いします』だな。交渉成立だ。これからは忙しくなるぞ~。リカさんも実家と里を行き来したりして――ん? んん?
「復帰するってことはつまり……リカさんが将――当主になるってことですか?」
「ふざけるな」
即座に罵声が飛んできた。俺がきゅっと目を閉じている間に、薫さんが続ける。
「こんな短慮な力だけの妖狐に、雨司の当主が務まるわけがないだろう」
「しっ、辛辣!」
「はははっ! 構わないよ。事実だからね」
「なるほど。自覚はありましたか」
「うん。薫とお婆様が言った通りだよ。私では雨司の当主は務まらない」
ノーダメか。むしろほっとしてるまである。家出したぐらいだし、まぁ当然の反応なのかな。
「……兄上」
「ん?」
「お婆様からは何処で? 雨司にいた頃に指摘を受けたのですか? それとも文で?」
何でそんなところに拘るんだろう? 俺が一人疑問に思っていると、リカさんがすーっと目を逸らした。途端に薫さんの眉間に皺が寄る。
「見たのですね? 僕の記憶を」
「……褌」
「~~っ!!! 兄上!!!」
「褌? えっ!? 一体何があったんですか――」
「兄上、他言なされるようなことがあれば協定は即刻破棄しますからね」
「任せて。秘密は絶対に守るよ」
あっ、これ後で教えてくれるやつだ。知りたいけど知りたくないな。記憶を覗かれたら一発アウトなわけだし。
「若様、そろそろお暇を」
「……そうだな」
「泊っていけばいいのに」
「世迷言を。課題は山積、寝る間すら惜しいというのに」
「ありがたいけど、あんまり根を詰め過ぎても――」
「まずは現当主である父上や、家臣共を取り込む算段を打ちます。貴方にもいずれは同席いただきますからね」
「………………やっぱり?」
「当然でしょう」
リカさんの耳がぱたりと下向く。お父さんや家臣の人達が苦手なんだな。どんな人達なんだろう? 俺もいずれは顔を合わせないといけないんだよな。
「……頑張ろ」
「かっ、薫様!」
「大五郎さん?」
らしくもなく、かなり緊張してる。どうしたんだろう?
「何だ? また僕に取り入るつもりか」
「いえ、今回はそうではなくて」
薫さんの口角が僅かに持ち上がる。俺は勿論、他のみんなもピンときていないみたいだ。
2人の間だけで通じる会話ってやつか。やっぱり特別な関係だったんだな。元従者、元護衛あたりが濃厚か。
「申し訳ございませんでした」
出てきたのは謝罪の言葉だった。重苦しい緊張を纏ったまま大五郎さんは続ける。
「あの日、私は武人として使いものにならなくなってしまい……貴方様に合わせる顔がなく――」
「大五郎」
「はっ――っ!?」
大五郎さんのつるっ禿な頭に何かがぶつかった。軽い。ひらひらと舞い落ちていく。白い花びらだ。あれは。
「相も変わらず桜の似合わぬ男よ」
大五郎さんが固く目を閉じた。顎が震えてる。堪えてるんだ。涙を。
「……忝うございまする」
「ふっ」
薫さんが――笑った。満足げに、得意気に。
つまりは、不問ってことか? 何にせよ蟠りは解けたみたいだ。良かった、良かった。
「おやおや、これは勝ち目がなさそうですね?」
穂高さんが定道さんに話しかけた。何だか挑発してるみたいだ。案の定、定道さんはむっとして。
「大五郎殿は、常盤様の側近だ」
「どうだかな?」
「ああ、あんな奴はもういらん」
薫さんがさらりと言い放った。すると、定道さんの表情がみるみる内に華やいで――五本の尻尾がぴんっと立ち上がる。
「きっ、聞いたか穂高!」
「っは! お~お~、嬉しそうにしちゃってまぁ~」
「っ! うっ、うるさい!」
大五郎さんも苦笑を浮かべている。異論はないみたいだ。ちょっと寂しそうではあるけれど。
「まったく……」
一方の薫さんは呆れ顔だ。それでもどこか嬉しそうでもあった。何とも微笑ましい限りだ。
「兄上、帰ります」
「ふふふっ、いいのかな?」
「さっさとしてください」
「分かったよ。じゃあ、名残惜しいけど……またね」
リカさんは返事をするなりくるりと指を回した。
「わっ!?」
一瞬だ。瞬きする間に、薫さん、穂高さん、定道さんの姿が見えなくなった。文字通りぱっと消えたような感じで。
「すっ、すげぇ――」
「「ぎにゃ~~~!!!」」
「うおぉおお!!? 何しやがる!!!!」
「っ!? なっ、何!?」
何事かと思えば――大五郎さんが猫又達に襲われていた。
両サイドから車輪を引っ掻かれてる。犯人は黒猫又の椿ちゃんと、白猫又の菊ちゃんだ。
2匹とも怒り狂ってる。やり場のない感情をぶつけてるような感じで。
「大五郎のくせに!! 大五郎のくせに!!」
「つるっ禿親父には来て、にゃんで菊にはいつまで経っても……っ、うぅ゛!! 納得がいかにゃいにゃーーーー!!!!」
「はぁ!? 何が来たって!?」
「ふふふっ、薫がモテてる♪ 嬉しいなぁ~」
あ! なるほど。『そこ代われ状態』ってことか。
超絶イケメンから桜の花&麗しスマイルを贈られる。
まぁ、確かに夢はあるか? 何かちょっと乱暴だった気がしないでもないけど。
「ほっほっほ、若いの~」
猫魈の梅さんは笑顔を浮かべるばかり。仲裁をする気はないようだ。俺が止めるべきか?
「それはそうと……ねえ、優太?」
また抱き締められた。今度は後ろから包み込むように。嬉しい。本音を言えば俺も抱き返したいけど。
「ダメですよ。みんな見てますから――」
「薫の尻尾、いいなって思ったでしょ?」
「っ!?」
「もっと触りたいって思ったでしょ?」
有無を言わさず問いかけてくる。リカさんは変わらず穏やかだけど、それに反して圧が半端なくって。俺の背からはだらだらと嫌な汗が伝っていく。
「優太?」
「はっ、ははははっ、やっ、ヤダな~! 確かにまぁ綺麗な尻尾だな~とは思いましたよ? 思いましたけど――」
「私のよりも?」
「そっ、そんなわけ――ごひゅっ!?」
視界を、全身を、リカさんの4本の尻尾が覆い隠していく。
温かくて、ふわふわで、もふもふで。おまけにヤキモチのスパイス付きだ。
堪らん。俺の鼻孔は大きく広がり、両手もぷるぷると震えながら持ち上がっていく。
「もひゅ……もひゅ……」
「ねえ、私の方がいいでしょう?」
「ひゃい♡」
俺は本能の赴くまま、顔を覆う尻尾を鷲掴みにした。
すんっと鼻を鳴らせば、干したての布団みたいな匂いが。まさに至福。おぉ、神よ……。
「ふふふっ、素直でよろし――っ!」
「っ!? なっ、何――」
眩しい。視界を覆われているはずなのに。この光はリカさんから放たれてるのか?
「あっ、あれ?」
光が薄れかけてきたところで、俺はとてつもない違和感を覚えた。
さっきまでと何かが違う。何だ? 温もりが減った。……減った?
「リカさん!? まさか」
振り返ると案の定、リカさんの尻尾が減っていた。4本から2本へ。言わずもがな天昇したんだ。
「すごい! おめでとうございま――」
ちっ、と鋭い音が飛んできた。今のは舌打ちか? 誰が? えっ? まさかリカさんが? あの穏やかなリカさんが舌打ちを……?
「……神め」
笑顔のままブチギレてる。怒りの矛先は間違いなく神様に向いている。100パー俺じゃない。分かってる。分かってるのに、どうにも汗が止まらなくて。
「しょっ、昇格したんですよ!? 素直に喜びましょうよ!」
「どうして今なんだろうね? 絶対わざとだよね?」
「わわっ! リカさん、落ち着いて!!」
「うひょい!? いつの間にやら、六花様が二尾の天狐様になられておるぞい!!」
「常盤様!! あぁ!! 何とめでたい!!!!」
「宴じゃ! 宴じゃ!!」
「悪いけど、今はそういう気分じゃ――」
「「「宴にゃーーー!!!」」」
「はぁ~……ふふふっ、もう! 分かったよ」
こうしてまた賑やかな日々が戻って来た。一度失いかけただけに喜びも一入だ。
それだけに、これが仮初のものにはならないように。俺達だけの限定的な幸せにならないように頑張らないと。
そのために、俺は妖狐になるんだ。我ながらとんでもない決断をしたものだなと思う。けど、後悔はしてない。むしろ、誇らしいとさえ思えるほどだ。
「俺、ちょっとは変われたかな?」
最初の内は御手洗になりきって。だけど今は。今やっと自分の足で立てたような気がする。
そう思ってもいいですよね? 神様。
「ふぉっ!? すすすっすみません!!!」
なっ、何ってこった!! もふもふの正体は薫さんの尻尾だったのか!?
「この……っ」
薫さんが睨みつけてくる。リカさんと瓜二つの綺麗な顔を歪ませて。凄まじい剣幕。まさに激おこだ。
抱き込むようにして抱えられた尻尾は銀色がかった白で、ふわふわで、さらさらで、温かくもあって。くっ! どうせならもっと……いっそ大胆に味わっておけば良かっ――ん?
握り締めた拳から力が抜けていく。違和感を覚えたからだ。言わずもがな薫さんから。何かが変わった気がする。何だ?
「優太殿! 此度の非礼は、いくら常盤様の奥方様と言えど看過出来ませぬ。よりにもよって若様の尻尾に触れるなど――」
「あーーー!!!!」
「「「っ!!?」」」
そうだ! 尻尾だ!! もふもふの面積が増えたんだ!!! 俺は軽く両手を叩きつつ、薫さんの尻尾の数を数えていく。
「ひー、ふー、みー…………なー…………やー、こー……こー!? 9本!? 薫さんの尻尾って7本でしたよね!?」
「『天昇』したんだね。2つも飛び級しちゃうなんて凄いなー」
めっちゃ棒読みだ。どうしてだ? リカさんにとっても嬉しいことのはずなのに。
「はははっ! 神もまた粋なことをなさる」
「穂高さん、それってどういう意味ですか?」
「おや、お忘れですか? 薫様は貴方様を常盤様の妻とお認めになられた直後に、このように天昇なさったのですよ」
「あっ……」
言われてみれば確かに。
「『兄上の手綱をしっかりと握っておけ。これもまた兄上の妻であるお前の役割だ』……と、言っていたね」
リカさんからのダメ押しを受けて、薫さんは罰が悪そうに目を逸らした。間違いないみたいだ。そうか。俺、認めてもらえたのか。
「やったにゃーー!! 優太!!」
「いや~、ありゃ物の弾みなんじゃないかの~?」
「いーんだよ! 水差すんじゃないよ、このバカ!」
里のみんなも喜んでくれてる。控えめに言って大盛り上がりだ。
仮に唐笠小僧の吉兵衛さんの言う通り、物の弾みだったとしてもこの空気じゃもう取り消しは出来ない、よな?
「笑うな」
「すみません。でも、やっぱ嬉しくって」
「阿呆が」
薫さんは言いながら深い溜息をついた。どうしよう。胸の奥が物凄く擽ったい。
「常盤様、治療が完了致しました」
「ああ、ありがとう」
リカさんはハグを解くなり、自分の体の具合を確かめ始めた。
もうすっかりいいみたいだ。顔色も良くなってるし、体もしっかりと動かせてる。流石は定道さん。元将軍秘書は伊達じゃない。
「ねえ、薫」
「何ですか」
「改めてその……よろしくね」
薫さんが小さく息を呑んだ。多分、これが正式な回答になるから。
迷いはないんだろうけど、緊張は伴うんだろうと思う。それだけの覚悟と責任が問われる答えでもあるから。
「おんぶに抱っこでは困りますよ」
「勿論だよ。お互いに足りない部分は補い合っていこう」
「調子のいいことを」
よし。これは薫さん語で『よろしくお願いします』だな。交渉成立だ。これからは忙しくなるぞ~。リカさんも実家と里を行き来したりして――ん? んん?
「復帰するってことはつまり……リカさんが将――当主になるってことですか?」
「ふざけるな」
即座に罵声が飛んできた。俺がきゅっと目を閉じている間に、薫さんが続ける。
「こんな短慮な力だけの妖狐に、雨司の当主が務まるわけがないだろう」
「しっ、辛辣!」
「はははっ! 構わないよ。事実だからね」
「なるほど。自覚はありましたか」
「うん。薫とお婆様が言った通りだよ。私では雨司の当主は務まらない」
ノーダメか。むしろほっとしてるまである。家出したぐらいだし、まぁ当然の反応なのかな。
「……兄上」
「ん?」
「お婆様からは何処で? 雨司にいた頃に指摘を受けたのですか? それとも文で?」
何でそんなところに拘るんだろう? 俺が一人疑問に思っていると、リカさんがすーっと目を逸らした。途端に薫さんの眉間に皺が寄る。
「見たのですね? 僕の記憶を」
「……褌」
「~~っ!!! 兄上!!!」
「褌? えっ!? 一体何があったんですか――」
「兄上、他言なされるようなことがあれば協定は即刻破棄しますからね」
「任せて。秘密は絶対に守るよ」
あっ、これ後で教えてくれるやつだ。知りたいけど知りたくないな。記憶を覗かれたら一発アウトなわけだし。
「若様、そろそろお暇を」
「……そうだな」
「泊っていけばいいのに」
「世迷言を。課題は山積、寝る間すら惜しいというのに」
「ありがたいけど、あんまり根を詰め過ぎても――」
「まずは現当主である父上や、家臣共を取り込む算段を打ちます。貴方にもいずれは同席いただきますからね」
「………………やっぱり?」
「当然でしょう」
リカさんの耳がぱたりと下向く。お父さんや家臣の人達が苦手なんだな。どんな人達なんだろう? 俺もいずれは顔を合わせないといけないんだよな。
「……頑張ろ」
「かっ、薫様!」
「大五郎さん?」
らしくもなく、かなり緊張してる。どうしたんだろう?
「何だ? また僕に取り入るつもりか」
「いえ、今回はそうではなくて」
薫さんの口角が僅かに持ち上がる。俺は勿論、他のみんなもピンときていないみたいだ。
2人の間だけで通じる会話ってやつか。やっぱり特別な関係だったんだな。元従者、元護衛あたりが濃厚か。
「申し訳ございませんでした」
出てきたのは謝罪の言葉だった。重苦しい緊張を纏ったまま大五郎さんは続ける。
「あの日、私は武人として使いものにならなくなってしまい……貴方様に合わせる顔がなく――」
「大五郎」
「はっ――っ!?」
大五郎さんのつるっ禿な頭に何かがぶつかった。軽い。ひらひらと舞い落ちていく。白い花びらだ。あれは。
「相も変わらず桜の似合わぬ男よ」
大五郎さんが固く目を閉じた。顎が震えてる。堪えてるんだ。涙を。
「……忝うございまする」
「ふっ」
薫さんが――笑った。満足げに、得意気に。
つまりは、不問ってことか? 何にせよ蟠りは解けたみたいだ。良かった、良かった。
「おやおや、これは勝ち目がなさそうですね?」
穂高さんが定道さんに話しかけた。何だか挑発してるみたいだ。案の定、定道さんはむっとして。
「大五郎殿は、常盤様の側近だ」
「どうだかな?」
「ああ、あんな奴はもういらん」
薫さんがさらりと言い放った。すると、定道さんの表情がみるみる内に華やいで――五本の尻尾がぴんっと立ち上がる。
「きっ、聞いたか穂高!」
「っは! お~お~、嬉しそうにしちゃってまぁ~」
「っ! うっ、うるさい!」
大五郎さんも苦笑を浮かべている。異論はないみたいだ。ちょっと寂しそうではあるけれど。
「まったく……」
一方の薫さんは呆れ顔だ。それでもどこか嬉しそうでもあった。何とも微笑ましい限りだ。
「兄上、帰ります」
「ふふふっ、いいのかな?」
「さっさとしてください」
「分かったよ。じゃあ、名残惜しいけど……またね」
リカさんは返事をするなりくるりと指を回した。
「わっ!?」
一瞬だ。瞬きする間に、薫さん、穂高さん、定道さんの姿が見えなくなった。文字通りぱっと消えたような感じで。
「すっ、すげぇ――」
「「ぎにゃ~~~!!!」」
「うおぉおお!!? 何しやがる!!!!」
「っ!? なっ、何!?」
何事かと思えば――大五郎さんが猫又達に襲われていた。
両サイドから車輪を引っ掻かれてる。犯人は黒猫又の椿ちゃんと、白猫又の菊ちゃんだ。
2匹とも怒り狂ってる。やり場のない感情をぶつけてるような感じで。
「大五郎のくせに!! 大五郎のくせに!!」
「つるっ禿親父には来て、にゃんで菊にはいつまで経っても……っ、うぅ゛!! 納得がいかにゃいにゃーーーー!!!!」
「はぁ!? 何が来たって!?」
「ふふふっ、薫がモテてる♪ 嬉しいなぁ~」
あ! なるほど。『そこ代われ状態』ってことか。
超絶イケメンから桜の花&麗しスマイルを贈られる。
まぁ、確かに夢はあるか? 何かちょっと乱暴だった気がしないでもないけど。
「ほっほっほ、若いの~」
猫魈の梅さんは笑顔を浮かべるばかり。仲裁をする気はないようだ。俺が止めるべきか?
「それはそうと……ねえ、優太?」
また抱き締められた。今度は後ろから包み込むように。嬉しい。本音を言えば俺も抱き返したいけど。
「ダメですよ。みんな見てますから――」
「薫の尻尾、いいなって思ったでしょ?」
「っ!?」
「もっと触りたいって思ったでしょ?」
有無を言わさず問いかけてくる。リカさんは変わらず穏やかだけど、それに反して圧が半端なくって。俺の背からはだらだらと嫌な汗が伝っていく。
「優太?」
「はっ、ははははっ、やっ、ヤダな~! 確かにまぁ綺麗な尻尾だな~とは思いましたよ? 思いましたけど――」
「私のよりも?」
「そっ、そんなわけ――ごひゅっ!?」
視界を、全身を、リカさんの4本の尻尾が覆い隠していく。
温かくて、ふわふわで、もふもふで。おまけにヤキモチのスパイス付きだ。
堪らん。俺の鼻孔は大きく広がり、両手もぷるぷると震えながら持ち上がっていく。
「もひゅ……もひゅ……」
「ねえ、私の方がいいでしょう?」
「ひゃい♡」
俺は本能の赴くまま、顔を覆う尻尾を鷲掴みにした。
すんっと鼻を鳴らせば、干したての布団みたいな匂いが。まさに至福。おぉ、神よ……。
「ふふふっ、素直でよろし――っ!」
「っ!? なっ、何――」
眩しい。視界を覆われているはずなのに。この光はリカさんから放たれてるのか?
「あっ、あれ?」
光が薄れかけてきたところで、俺はとてつもない違和感を覚えた。
さっきまでと何かが違う。何だ? 温もりが減った。……減った?
「リカさん!? まさか」
振り返ると案の定、リカさんの尻尾が減っていた。4本から2本へ。言わずもがな天昇したんだ。
「すごい! おめでとうございま――」
ちっ、と鋭い音が飛んできた。今のは舌打ちか? 誰が? えっ? まさかリカさんが? あの穏やかなリカさんが舌打ちを……?
「……神め」
笑顔のままブチギレてる。怒りの矛先は間違いなく神様に向いている。100パー俺じゃない。分かってる。分かってるのに、どうにも汗が止まらなくて。
「しょっ、昇格したんですよ!? 素直に喜びましょうよ!」
「どうして今なんだろうね? 絶対わざとだよね?」
「わわっ! リカさん、落ち着いて!!」
「うひょい!? いつの間にやら、六花様が二尾の天狐様になられておるぞい!!」
「常盤様!! あぁ!! 何とめでたい!!!!」
「宴じゃ! 宴じゃ!!」
「悪いけど、今はそういう気分じゃ――」
「「「宴にゃーーー!!!」」」
「はぁ~……ふふふっ、もう! 分かったよ」
こうしてまた賑やかな日々が戻って来た。一度失いかけただけに喜びも一入だ。
それだけに、これが仮初のものにはならないように。俺達だけの限定的な幸せにならないように頑張らないと。
そのために、俺は妖狐になるんだ。我ながらとんでもない決断をしたものだなと思う。けど、後悔はしてない。むしろ、誇らしいとさえ思えるほどだ。
「俺、ちょっとは変われたかな?」
最初の内は御手洗になりきって。だけど今は。今やっと自分の足で立てたような気がする。
そう思ってもいいですよね? 神様。
13
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
【完結】オオカミ様へ仕える巫子はΩの獣人
亜沙美多郎
BL
倭の国には三つの世界が存在している。
一番下に地上界。その上には天界。そして、一番上には神界。
僕達Ωの獣人は、天界で巫子になる為の勉強に励んでいる。そして、その中から【八乙女】の称号を貰った者だけが神界へと行くことが出来るのだ。
神界には、この世で最も位の高い【銀狼七柱大神α】と呼ばれる七人の狼神様がいて、八乙女はこの狼神様に仕えることが出来る。
そうして一年の任期を終える時、それぞれの狼神様に身を捧げるのだ。
もしも"運命の番”だった場合、巫子から神子へと進化し、そのまま神界で狼神様に添い遂げる。
そうではなかった場合は地上界へ降りて、βの神様に仕えるというわけだ。
今まで一人たりとも狼神様の運命の番になった者はいない。
リス獣人の如月(きさら)は今年【八乙女】に選ばれた内の一人だ。憧れである光の神、輝惺(きせい)様にお仕えできる事となったハズなのに……。
神界へ着き、輝惺様に顔を見られるや否や「闇の神に仕えよ」と命じられる。理由は分からない。
しかも闇の神、亜玖留(あくる)様がそれを了承してしまった。
そのまま亜玖瑠様に仕えることとなってしまったが、どうも亜玖瑠様の様子がおかしい。噂に聞いていた性格と違う気がする。違和感を抱えたまま日々を過ごしていた。
すると様子がおかしいのは亜玖瑠様だけではなかったと知る。なんと、光の神様である輝惺様も噂で聞いていた人柄と全く違うと判明したのだ。
亜玖瑠様に問い正したところ、実は輝惺様と亜玖瑠様の中身が入れ替わってしまったと言うではないか。
元に戻るには地上界へ行って、それぞれの勾玉の石を取ってこなくてはいけない。
みんなで力を合わせ、どうにか勾玉を見つけ出し無事二人は一命を取り留めた。
そして元通りになった輝惺様に仕えた如月だったが、他の八乙女は狼神様との信頼関係が既に結ばれていることに気付いてしまった。
自分は輝惺様から信頼されていないような気がしてならない。
そんな時、水神・天袮(あまね)様から輝惺様が実は忘れられない巫子がいたことを聞いてしまう。周りから見ても“運命の番”にしか見えなかったその巫子は、輝惺様の運命の番ではなかった。
そしてその巫子は任期を終え、地上界へと旅立ってしまったと……。
フッとした時に物思いに耽っている輝惺様は、もしかするとまだその巫子を想っているのかも知れない。
胸が締め付けられる如月。輝惺様の心は掴めるのか、そして“運命の番”になれるのか……。
⭐︎全て作者のオリジナルの設定です。史実に基づいた設定ではありません。
⭐︎ご都合主義の世界です。こういう世界観だと認識して頂けると幸いです。
⭐︎オメガバースの設定も独自のものになります。
⭐︎BL小説大賞応募作品です。応援よろしくお願いします。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
アルファ王子ライアンの憂鬱 〜敵国王子に食べられそう。ビクンビクンに俺は負けない〜
五右衛門
BL
俺はライアン・リバー。通称「紅蓮のアルファ王子」。アルファとして最強の力を誇る……はずなんだけど、今、俺は十八歳にして人生最大の危機に直面している。何って? そりゃ、「ベータになりかける時期」がやってきたんだよ!
この世界では、アルファは一度だけ「ベータになっちゃえばいいじゃん」という不思議な声に心を引っ張られる時期がある。それに抗えなければ、ベータに転落してしまうんだ。だから俺は、そんな声に負けるわけにはいかない! ……と、言いたいところだけど、実際はベータの誘惑が強すぎて、部屋で一人必死に耐えてるんだよ。布団握りしめて、まるでトイレで踏ん張るみたいに全身ビクンビクンさせながらな!
で、そこに現れるのが、俺の幼馴染であり敵国の王子、ソラ・マクレガー。こいつは魔法の天才で、平気で転移魔法で俺の部屋にやってきやがる。しかも、「ベータになっちゃいなよ」って囁いてきたりするんだ。お前味方じゃねぇのかよ! そういや敵国だったな! こっちはそれどころじゃねえんだぞ! 人生かけて耐えてるってのに、紅茶飲みながら悠長に見物してんじゃねぇ!
俺のツッコミは加速するけど、誘惑はもっと加速してくる。これ、マジでヤバいって! 果たして俺はアルファのままでいられるのか、それともベータになっちゃうのか!?

聖獣王~アダムは甘い果実~
南方まいこ
BL
日々、慎ましく過ごすアダムの元に、神殿から助祭としての資格が送られてきた。神殿で登録を得た後、自分の町へ帰る際、乗り込んだ馬車が大規模の竜巻に巻き込まれ、アダムは越えてはいけない国境を越えてしまう。
アダムが目覚めると、そこはディガ王国と呼ばれる獣人が暮らす国だった。竜巻により上空から落ちて来たアダムは、ディガ王国を脅かす存在だと言われ処刑対象になるが、右手の刻印が聖天を示す文様だと気が付いた兵士が、この方は聖天様だと言い、聖獣王への貢ぎ物として捧げられる事になった。
竜巻に遭遇し偶然ここへ投げ出されたと、何度説明しても取り合ってもらえず。自分の家に帰りたいアダムは逃げ出そうとする。
※私の小説で「大人向け」のタグが表示されている場合、性描写が所々に散りばめられているということになります。タグのついてない小説は、その後の二人まで性描写はありません
【完結】黒兎は、狼くんから逃げられない。
N2O
BL
狼の獣人(異世界転移者)×兎の獣人(童顔の魔法士団団長)
お互いのことが出会ってすぐ大好きになっちゃう話。
待てが出来ない狼くんです。
※独自設定、ご都合主義です
※予告なくいちゃいちゃシーン入ります
主人公イラストを『しき』様(https://twitter.com/a20wa2fu12ji)に描いていただき、表紙にさせていただきました。
美しい・・・!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる