【完結】転生して妖狐の『嫁』になった話

那菜カナナ

文字の大きさ
上 下
9 / 27

09.べっこう飴(☆)

しおりを挟む
「まっ、マジで笑い死ぬかと思った……」

「ふふっ、お疲れ様」

 妖怪・すね擦りこと麦君からの熱烈接待を受け終えた俺は――リカさんにぶられる形で移動していた。

 何でもおすすめの休憩スポットに連れて行ってくれるらしい。

 おんぶなんて子供の時以来だ。正直メッチャ恥ずかしい。けど、密着出来るのはお得感もあって。

「どうかした?」

「あっ……! いえ……その……っ、リカさんやっぱ背ェ高いなぁ~と。あ~あ……っ、俺ももっと背ェ伸びないかなぁ~」

「伸びるといいね」

「ははっ、他人事」

「まぁ、どっちでもいいっていうのが本音かな」

「ですよね~……」

「今のままでも、もっと大きくなったとしても……私は変わらず優太ゆうたのことが好きだよ」

「~~っ!!!」

 負ぶられてて良かった。本当に良かった。顔が熱い。心臓がうるさい。鼓動、伝わってないよな……?

「着いたよ」

 いや、タイミング……!!!

「って、わっ……」

 目の前には水田が広がっていた。猫草みたいな稲が、青空色に染まった水鏡の上で小さく揺れている。

「……気持ちいい」

「こうするともっと気持ちいよ」

 リカさんは俺を地面におろすなり芝生の上に寝転び出した。頭の上にはパラソルみたいな大きな木が。確かに気持ちよさそうだ。

「……よしっ」

 思い切ってリカさんの隣に寝転んでみる。レジャーシートもなしに。借りものの着物のままで。

「気持ちいい……」

「でしょ?」

「……自由ですね」

 何にも縛られず、何からも追われることなく、ただぼんやりと空を見上げる。

 何を生み出すでもない時間。無駄遣いとも取れるけど、それだけに堪らなく贅沢だなとも思う。

「優太は元いた世界でも頑張り屋さんだったんだね」

「そんなことないですよ」

 前世はクズ中のクズだった。良くしてくれた友達を見捨てるような、独りになるのが嫌でひたすらに迎合するようなヤツで。

 本当のことを知ったら、リカさんはどう思うだろう? 幻滅……するのかな?

 あごに力が籠る。怖い。リカさんに嫌われたくない。

 一方で知ってほしいとも思う。受け止めてほしいんだろうな。弱くて最低だった俺のことも。

「……浅まし――」

「豆腐は要らんかね~?」

「っ!!?」

 視界に何かが入り込む。傘を被った……子供? 見た目は7~8歳ぐらい。舌を顎の下まで伸ばして、手にはお盆を持ってる。

 ぶっちゃけ怖いけど、折角の厚意だ。ちゃんと応えないと。

 俺は上体を起こしてその人と向き直る。お盆の上には案の定、真っ白で美味しそうなお豆腐が乗っていた。

「ありがとうございます。ちょうど小腹が空いてて――」

「あ~げない♪」

「えっ?」

 豆腐屋さん(?)はケタケタと笑いながら去って行ってしまった。何だったんだ……?

「君、気に入られたね」

「そう……なんですか?」

「あのお豆腐、食べたら全身カビだらけになるから」

「まっ!?」

「くれないのは好意の証だよ。嫌いな相手には、あの手この手で食べさせにかかるからね」

「おっ、恐ろしい子……」

「ふふっ、代わりにこれを」

 袖から小さな巾着袋を取り出した。中から金色の飴が出てくる。丸型じゃない。四角い形でカットされてる。

「甘くて美味しいよ」

 俺を安心させるためか毒見をしてくれる。お豆腐屋さんの後だからかな? 苦笑一つに飴を貰う。

「綺麗だ」

 透き通ってる。太陽にかざすとキラキラと輝いて。

「リカさんの目みたいだ」

「……えっ?」

「っ!!? ごっ、ごめんなさい。俺、何言ってんだろ……」

 誤魔化すように飴を口に入れた。甘い。……甘ったるい。流れ漂うこの空気が。

「食べられちゃった♡」

「ぐっ!!? ごふっ!! りっ、リカさん!!」

「ふふっ、ごめんごめん♪」

「~~、もうっ」

 俺は再び芝生に寝転がった。リカさんに背を向ける形で。認めよう。これは完璧なるふて寝だ。

「…………」

 リカさんは何も言わない。吹いては去って行く風がBGMに……はならなかった。気まずい。気まず過ぎる。

「この里はどうだろう? 気に入ってくれた?」

「気に入るだなんてそんな……っ、ほんとありがたいです。俺みたいなのを受け入れてくれて」

 背中を向けてるからリカさんの表情は見て取れない。ただ、何となくだけどリカさんが笑っているような気がした。満面の笑みというよりは苦笑寄りな感じで。

「実を言うとね、私達は人間のことが好きなんだよ」

 初耳だ。いや、でもそうなってくると諸々辻褄つじつまが合う。俺は威嚇こそされたけど襲われることはなかった。

 リカさんがお目付け役としてついてはいたけど、フリーのタイミングもしっかりあった。襲おうと思えばいくらでもチャンスはあったわけで。

「人間にも家族があり、他者を思いやる心がある。皆、形はそれぞれだけど実体験を通してそれを学んだんだ」

「リカさんも?」

「ああ。傷付いて敗走していたところを人間の親子が助けてくれた」

 それまでの常識を覆すぐらい優しい人達だったんだろうな。胸が温まる。反面、萎縮してしまう。

「君となら過去の思い出を大切にしつつ、新しい思い出も作れると思ったんだ」

「買い被り過ぎですよ」

「謙遜かい?」

 嫌われちゃうかな? だけど、やっぱ知ってほしい。叶うことなら受け止めてほしい。

「……俺、逃げたんです。友達がイジメられてるのに……っ、自分のことばっか考えてほんと……最低な奴なんです」

「そう。だから君は一生懸命なんだね」

「っ!」

 労うように、背中を擦るように肯定してくれる。ああ、ダメだ。涙が溢れ出す。図々しいことこの上ない。

「君は立派だよ。やり直しの機会を与えられたところで、誰しもが君のように熱心に取り組むことは出来ないもの」

「そんなこと……」

「君で良かったと改めて思うよ」

「リカさん……」

 ――この人に応えたい。

 俺は強引に涙を拭った。鼻も勢いよくかんで起き上がる。

「里を守ります。守らせてください! リカさんと一緒に。ずっと……っ」

 リカさんは驚いたように目を見開いた。数回瞬きをしてふっと小さく笑う。

「単純だって思ってるでしょ?」

「いいや。その思い切りの良さは優太の長所だよ」

「物は言いようですね」

「本心だよ。青くていじらしくて、愛おしい」

「へっ……?」

 リカさんの纏う雰囲気が変わったような気がした。何かくらくらする。色っぽいっていうか……呑まれそうで。

「ねえ、優太。飴……もう一つ食べない?」

 リカさんが起き上がる。俺の顎に指を添えて、そのまま顎の下をそっと撫でて。

「ほしい、です」

 声が掠れる。飴を舐め終えたばかりなのに。

「分かった」

 リカさんの顔が近付いてくる。吐息が俺の頬や唇を撫でていく。揶揄からかってるんだよな? にしても、そろそろ引かないと本当に重なって。

「っ!」

 重なった。温かい。やわらかい。……何で?

「口、開けて」

 訳が分からない。それでも、やっぱ欲しくって。

「あっ……」

 俺は口を開けた。控えめに。思い切って大きく。

「んぁっ……!」

 舌に硬いものがあたる。飴だ。溶けかけの飴を、俺の口の中に押し込んで離れていく。

「……いいんですか?」

「何が?」

「俺はその……本気ですよ?」

「うん。知ってる」

「知っ!?……~~っ」

 穴があったら入りたい。

「励ませてもらうよ。優太が後悔することのないように」

「……本当に俺のこと――」

「好きだよ」

 悲しいけどご機嫌取りの線も捨てきれない。リカさんは里のために平気で身を削るような人だから。

「こんなことしなくたって術でいくらでも……」

「術はもう解いたよ」

「えっ……?」

「君にも私達にも……もう必要のないものだから」

「まだ、数えるぐらいの人達としか――」

「小さな里だから」

「にしたって……っ」

 微笑みかけてくる。嬉しそうに。包み込むように。

「あ゛~~~っ、もう!」

「ふふっ、信じられない?」

「……信じたいですけど」

「先は長そうだね。望むところだよ」

 顔を寄せてくる。信じきれない以上、拒むべきなんだろうけど。

「……っ」

 拒めるわけがなかった。好きなんだ。どうしようもないぐらい。出会ってまだ2日目だけど、それでも俺はリカさんが良くって。

「愛してるよ、優太」

 初めてと2回目、3回目のキスはべっこう飴の味がした。ほんのりビターだけどとろけるように甘くって。

 もしかしたら、リカさんと俺の恋もこんな味になるのかもしれない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】オオカミ様へ仕える巫子はΩの獣人

亜沙美多郎
BL
 倭の国には三つの世界が存在している。  一番下に地上界。その上には天界。そして、一番上には神界。  僕達Ωの獣人は、天界で巫子になる為の勉強に励んでいる。そして、その中から【八乙女】の称号を貰った者だけが神界へと行くことが出来るのだ。  神界には、この世で最も位の高い【銀狼七柱大神α】と呼ばれる七人の狼神様がいて、八乙女はこの狼神様に仕えることが出来る。  そうして一年の任期を終える時、それぞれの狼神様に身を捧げるのだ。  もしも"運命の番”だった場合、巫子から神子へと進化し、そのまま神界で狼神様に添い遂げる。  そうではなかった場合は地上界へ降りて、βの神様に仕えるというわけだ。  今まで一人たりとも狼神様の運命の番になった者はいない。  リス獣人の如月(きさら)は今年【八乙女】に選ばれた内の一人だ。憧れである光の神、輝惺(きせい)様にお仕えできる事となったハズなのに……。  神界へ着き、輝惺様に顔を見られるや否や「闇の神に仕えよ」と命じられる。理由は分からない。  しかも闇の神、亜玖留(あくる)様がそれを了承してしまった。  そのまま亜玖瑠様に仕えることとなってしまったが、どうも亜玖瑠様の様子がおかしい。噂に聞いていた性格と違う気がする。違和感を抱えたまま日々を過ごしていた。  すると様子がおかしいのは亜玖瑠様だけではなかったと知る。なんと、光の神様である輝惺様も噂で聞いていた人柄と全く違うと判明したのだ。  亜玖瑠様に問い正したところ、実は輝惺様と亜玖瑠様の中身が入れ替わってしまったと言うではないか。  元に戻るには地上界へ行って、それぞれの勾玉の石を取ってこなくてはいけない。  みんなで力を合わせ、どうにか勾玉を見つけ出し無事二人は一命を取り留めた。  そして元通りになった輝惺様に仕えた如月だったが、他の八乙女は狼神様との信頼関係が既に結ばれていることに気付いてしまった。  自分は輝惺様から信頼されていないような気がしてならない。  そんな時、水神・天袮(あまね)様から輝惺様が実は忘れられない巫子がいたことを聞いてしまう。周りから見ても“運命の番”にしか見えなかったその巫子は、輝惺様の運命の番ではなかった。  そしてその巫子は任期を終え、地上界へと旅立ってしまったと……。  フッとした時に物思いに耽っている輝惺様は、もしかするとまだその巫子を想っているのかも知れない。  胸が締め付けられる如月。輝惺様の心は掴めるのか、そして“運命の番”になれるのか……。 ⭐︎全て作者のオリジナルの設定です。史実に基づいた設定ではありません。 ⭐︎ご都合主義の世界です。こういう世界観だと認識して頂けると幸いです。 ⭐︎オメガバースの設定も独自のものになります。 ⭐︎BL小説大賞応募作品です。応援よろしくお願いします。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

アルファ王子ライアンの憂鬱 〜敵国王子に食べられそう。ビクンビクンに俺は負けない〜

五右衛門
BL
 俺はライアン・リバー。通称「紅蓮のアルファ王子」。アルファとして最強の力を誇る……はずなんだけど、今、俺は十八歳にして人生最大の危機に直面している。何って?  そりゃ、「ベータになりかける時期」がやってきたんだよ!  この世界では、アルファは一度だけ「ベータになっちゃえばいいじゃん」という不思議な声に心を引っ張られる時期がある。それに抗えなければ、ベータに転落してしまうんだ。だから俺は、そんな声に負けるわけにはいかない!   ……と、言いたいところだけど、実際はベータの誘惑が強すぎて、部屋で一人必死に耐えてるんだよ。布団握りしめて、まるでトイレで踏ん張るみたいに全身ビクンビクンさせながらな!  で、そこに現れるのが、俺の幼馴染であり敵国の王子、ソラ・マクレガー。こいつは魔法の天才で、平気で転移魔法で俺の部屋にやってきやがる。しかも、「ベータになっちゃいなよ」って囁いてきたりするんだ。お前味方じゃねぇのかよ! そういや敵国だったな! こっちはそれどころじゃねえんだぞ!  人生かけて耐えてるってのに、紅茶飲みながら悠長に見物してんじゃねぇ!  俺のツッコミは加速するけど、誘惑はもっと加速してくる。これ、マジでヤバいって!  果たして俺はアルファのままでいられるのか、それともベータになっちゃうのか!?

聖獣王~アダムは甘い果実~

南方まいこ
BL
 日々、慎ましく過ごすアダムの元に、神殿から助祭としての資格が送られてきた。神殿で登録を得た後、自分の町へ帰る際、乗り込んだ馬車が大規模の竜巻に巻き込まれ、アダムは越えてはいけない国境を越えてしまう。  アダムが目覚めると、そこはディガ王国と呼ばれる獣人が暮らす国だった。竜巻により上空から落ちて来たアダムは、ディガ王国を脅かす存在だと言われ処刑対象になるが、右手の刻印が聖天を示す文様だと気が付いた兵士が、この方は聖天様だと言い、聖獣王への貢ぎ物として捧げられる事になった。  竜巻に遭遇し偶然ここへ投げ出されたと、何度説明しても取り合ってもらえず。自分の家に帰りたいアダムは逃げ出そうとする。 ※私の小説で「大人向け」のタグが表示されている場合、性描写が所々に散りばめられているということになります。タグのついてない小説は、その後の二人まで性描写はありません

【完結】黒兎は、狼くんから逃げられない。

N2O
BL
狼の獣人(異世界転移者)×兎の獣人(童顔の魔法士団団長) お互いのことが出会ってすぐ大好きになっちゃう話。 待てが出来ない狼くんです。 ※独自設定、ご都合主義です ※予告なくいちゃいちゃシーン入ります 主人公イラストを『しき』様(https://twitter.com/a20wa2fu12ji)に描いていただき、表紙にさせていただきました。 美しい・・・!

処理中です...