【完結】転生して妖狐の『嫁』になった話

那菜カナナ

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08.シロツメクサ

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「りっ、六花りっか様ぁ~~!」

 山のふもとに下りるなりキジトラの皐月さつきちゃんが駆け寄って来た。今にも泣き出しそうな顔をしている。ほっとしたんだろうな。

「どうしたんだい? 怖い夢でも見たのかな?」

「みゃお……?」

 リカさんは事も無げに素っとぼけてみせた。隠し通すつもりなんだろう。妖力切れを起こした事実を。里の平穏を守るために。

「もう大丈夫だから。ねっ、優太ゆうた?」

 唐突に振られる。慌てて首を縦に振って応えると――擽ったそうに笑い返して来た。

「~~っ」

 あ~~~!! もう……っ、勘弁してくれ。

 どんどん好きになっていく。止まらない。俺ってこんな恋愛脳だったのか?

「……ニンゲン」

「っ! あっ、はい」

「ごっ、ご苦労!」

 何でだろう? 肌は毛で覆われているはずなのに赤面しているように見える。ヒゲがぶわーっと広がってるからかな? 何にせよ凄くかわry――嬉しい。

「ははっ! ありがたき幸せ」

 俺は三つ指ついて恭しく頭を下げた。「ふんっ」とちょっと荒っぽい鼻息が返ってくる。ご満悦ってことでいいのかな?

「っ!」

 頭の上に何かが乗った。何だこれ? 輪っか……?

「やっぱりだ。よく似合う」

「似合う? あっ……」

 花冠だ。皐月ちゃんの頭に乗ってるのと同じやつか?

「かっ、返せニンゲン! それは六花様のにゃっ!」

「え゛っ!? いや、これはリカさんが勝手に――」

「リカじゃない! 六花様にゃっ!!」

「ひっ!? すっ、すみませ――」

「いいんだよ。リカで」

「に゛ゃっ!?」

「気に入ったんだ。出来たら皐月にもそう呼んでほしい」

「おっ! 恐れ多いですにゃ!!」

「そうかな?」

 リカさんの耳がぺちゃんこになる。お道化調子ではあるけど、俺にはそこそこ凹んでるように見えた。

 もっとフランクに接してほしいんだろうな。

 何でこんな萎縮されてるんだろう? やっぱ恩人だからか? それとも貴族的な何かだったり? まさか王子様だったりしないよな……? いや、世界観的には若殿? 上様……? 何にせよビジュアル的にあり得そうで怖い。

「……ゲン……ニンゲン!」

「っ!? はっ、はい!」

「手を出すにゃ」

 言われるまま皐月ちゃんに向かって手を伸ばす。――と、人差し指にシロツメクサの輪っかが通された。サイズの確認をしているみたいだ。

 作業を終えると一旦俺の指から離れて、余った茎の部分を輪っかに巻き付け始めた。爪を上手に使ってる。器用だな。

「ほいにゃ」

「あっ、ありがと」

 俺の人差し指にシロツメクサの指輪がはまる。眺めている内に頬が緩み出した。ついでに涙腺も。ヤバイ。何か泣きそう。

「なっ、何にゃその顔は!?」

「ごっ、ごめん! その……嬉しくって」

「……大袈裟にゃ」

 皐月ちゃんはぷいっと顔を逸らした。だけど、尻尾はくねくねしてる。照れ隠しかな?

「冠は後でちゃんと返すにゃ。いいにゃ?」

「もっ、勿論! ていうか、今――」

「後ででいいよ」

 満面の笑みで却下してきた。意味が分からない。揶揄からかってるのか?

「六花様、それでは私はこれで」

「うん。またね」

 皐月ちゃんはいそいそと駆けていった。仕事に戻るのかな?

「じゃあ、ここから本格的に里歩きしていこうか」

「はい! よろしくお願いします」

 俺は頭を下げるのと同時に、それとなく冠を外してリカさんに返した。リカさんは少々不満げではあったけど最終的に受け取ってくれた。

 こうして里歩きがスタートした。

 里の中にはこれといった娯楽施設はないみたいだ。

 代わりに広場がある。場所は住宅街の中心地。そこで不定期で宴会をしたり催し物を開いたりすることがあるらしい。

 他の施設については食糧庫、精米所、味噌蔵、酒蔵……といった食べ物関連が中心。

 お店はなかった。この里には通貨の概念はないそうだ。出来上がった食料はリカさんも含めた住民全員で分け合っているらしい。

「買い出しのために、いくつか売りに出してたりもするんだけどね」

「里の出入りは自由なんですか?」

「私と同伴であればいつでも。ただ、お願いされることはほとんどないかな」

 危険だから。それと多分トラウマがあるから……なんだろうな。

「じゃあ、外回りはリカさんが?」

「うん。私は人間に化けることが出来るからね」

「えっ? ……っ!?」

 リカさんの姿が変化していく。髪は銀⇒黒、瞳は金⇒黒に。尻尾と耳は跡形もなく消えて背も一回り小さくなった。

「にっ、人間だ!」

「年齢も性別も自由自在」

 爆乳美女~おじさん~おばちゃん~少年……と次々と姿を変えていく。目がバグる。これ全部リカさんなんだよな……?

「妖力も隠蔽可能だよ」

「なるほど! なら安心ですね」

「そういうこと」

 また姿が変わった。黒髪黒目の青年だ。背も年齢も俺と同じぐらいで……ん? ちょっと待て。この人って……。

「俺?」

 偽物の俺が笑う。悪戯が成功した子供みたいに。

 笑いたいから笑う。そんな人が浮かべる笑顔だ。

 欲しくて堪らないその笑顔が俺の顔に乗ってる。ああ、俺も早くこんなふうに笑えるようになりたいな。

「優太? どうかした?」

「あっ……、いえ! すみません。あまりにもそっくりでつい……。制服も、声まで似てますね。ほんと凄い!」

「ふふっ、変化へんげには少々自信があるんだ」

「でも、やっぱカッコいいですよ。中身がリカさんだからかな?」

 『もう一人のボク』現象か? やっぱ内面って大事なんだな。

「優太はカッコイイよ」

「えっ……?」

 リカさんの姿が元に戻っていく。

 長い銀髪に大きな狐耳、切れ長の目に金色の瞳、すっと通った鼻筋、薄くて形のいい唇、そしてふっくらとした大きな尻尾。ああ、リカさんだ。

「どっ、ども……」

 嬉しい反面、ちょっと残念でもある。リカさんの姿で褒めて欲しかったな……なんて思ったり思わなかったりして。

「あっ、むぎ! おいで」

 リカさんの視線を辿る。するとそこにはポメラニアンみたいな見た目の小動物の姿があった。

「きゅ~……」

 木の影からじっとこっちを見ている。リカさんに応えたい。けど、俺がいるせいで近付けない。十中八九そんなところだろう。

 2~3歩程度横に向かって移動すると――案の定ワンチャン(?)が駆けてきた。リカさんはそれを合図に着物のすそを持ち上げる。

「きゅ~っ! きゅ~っ!」

 すねに顔を擦り付けていく。リカさんは……たぶん擽ったいんだろう。顔にくっと力を込めて耐えるような表情を浮かべている。

「彼は『脛擦り』と呼ばれる妖怪でっ……この里でも脛を擦る仕事をしてくれているんだ」

 逆効果じゃないか……? いや、たぶんツッコんじゃいけないんだろうな。

「里を創る、そのきっかけを与えてくれたのが麦なんだ」

 麦君と安心して過ごせる場所を。そんな気持ちからスタートしていったんだな。

 それが俺みたいな『あぶれ者』を見つけては一人一人と保護していって――気付けば里になってた。お人好しなリカさんらしいなと思う。

「ふっ、……ははっ……!」

「きゅっ! きゅっ! きゅ~♡♡」

 麦君……確信犯だな。リカさんが笑い出すなり一層激しくスリスリし出した。

「あっ、ありがとう……もう十分だ」

 裾を下ろしてしゃがみ込む。白旗降伏状態。さっきのとはまた違った意味でヘロヘロだ。

 一方の麦君はといえばご満悦だ。やっぱり確信犯か。

「そうだ。良かったら優太にも――」

「え゛っ!?」

「き゛ゅっ!?」

 途端に空気が重たくなる。いや、そりゃそうだよな。

「お気持ちだけで――」

「優太、裾を持ち上げて」

「っ!?」

 『絶対服従の術』だ。手が勝手に動いて裾を持ち上げる。

「きゅー……」

 麦君の目が俺の脛に釘付けになる。物欲しそうにじーっと見つめて。

「きゅきゅきゅっー!!」

「ぎゃっ!?」

 何か気に入られたみたいだ。さっきまでの警戒心は何処へやら。麦君のもふもふが俺の脛に襲い掛かる。

「ぐっ!? ふっ、はははっ!!!」

 思いっきり笑ってしまった。でも、問題ないよな。だってこの子。

「きゅきゅきゅ~♡♡」

 ほらっ、やっぱり確信犯だ。笑えば笑うほど激しくなっていく。辛い。だけど凄く楽しい。

 女中猫又’sを始めとした妖怪達がこっちを見ている。その目は心なしかやわらかで、けどまだ警戒心も残ってて。

 いつかこんなふうにみんなと大笑いが出来たらいいな。そんな淡い夢を抱きながら俺は笑い続けた。笑い死ぬ……なんてことはないよな?


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