【完結】転生して妖狐の『嫁』になった話

那菜カナナ

文字の大きさ
上 下
3 / 27

03.満月の下で(☆)

しおりを挟む
「あっ!? ~~んんっ……!!」

 背中が弓なりになる。口からは甘ったるい声が出た。

 拳を一層深く咥え込む。唾液が溢れ出てきた。汚いけど、そんなこと今はどうだっていい。声を、体をおさえないと。

「んぁ! んぐっ、んゃっ! ~~っ、ぁっ!」

 控えめなリップ音がこだまする。これは妖狐の髪か? 胸や腹の辺りをくすぐってくる。

 細くてさらさら。それでいてやわらかい。筆で擽られているみたいだ。

「んんっ! んっんっ、んんぁ、ン……っ」

 ダメだ。力が抜けていく。妖力を摂られてるからか? 頭がぼーっとする。バカになる。

 ――俺が俺じゃなくなる。

「いやっ、ら……っ、や……っ」

 涙が溢れ出す。止まらない。我ながらダサすぎる。

 インナーから左手を離して涙を拭いにかかった。

 斜めになった白いインナー。その先で妖狐と目が合う。

「君……」

 妖狐の表情が沈んでいく。金色の瞳は潤んで苦し気で。銀色の大きな耳はぺちゃんこになる。

 同情してくれてるのか?

「……ふっ……」

 最悪、吸いつくされるかもって……そう思ってたのに。

 口角が上がる。気持ちがふわっと軽くなった。

「……大丈夫……だから……」

「ごめんね」

 俺は首を左右に振った。口に力が入らない。でも、これだけは伝えたい。

 確かめたいんだ。この予感は気のせいなんかじゃないって。

で……良かった」

 妖狐さんの金色の瞳が大きくなって――小さく揺れた。湖面に揺れる月みたいだ。綺麗だな。本当に。

「こちらこそ。私もで良かったよ」

 慈しむように返してくれる。

 ああ、やっぱりそうだ。

 この人は優しい。

 口にした言葉に嘘はない。この人は本心から住民達を想ってる。その身を盾にすることもいとわぬほどに。

 共感力が高過ぎるんだろう。こんなふうに必要以上に同情して……それでじっとしていられなくなって、際限なく肩入れしちゃうんじゃないか?

 掴めるようで掴めなかった妖狐さんの人柄が輪郭を帯びていく。

 まぁ、半分以上が俺の妄想。希望的観測みたいなもんだけど。

「しかし、ふふっ……は良かったな」

「名前、あるんですか?」

「当然さ。妖狐は何も私だけじゃない。他にもたくさんいるんだよ」

「何って名前――っ!」

 唇に指が触れた。白くて細いけど、ちょっと骨ばっててゴツくもある。綺麗だけどやっぱり男の人なんだな。

「後程、ちゃんと自己紹介をしよう。その時に君の名前も教えて」

「優――」

ね。後でって言っただろ?」

 悪い子。

 完全なる、完璧なる子供扱い。

 そりゃそうだよな。この人はきっと1000歳とか2000歳とかそのレベルなんだろうし。

 俺なんか幼児――を通り越して赤子みたいなもんなんだろう。

 これはこれでアリだけど、やっぱちょっと寂しいというかモヤモヤする。

「もう少しだけ。本当にごめんね」

「謝らないでください」

「えっ……?」

協力してるんで」

 妖狐さんは破顔した。無邪気だよな。作り物みたいな顔をしてるのに、浮かべる表情は凄く自然で。

 そのギャップのせいかな? ぐっとくる。惹き込まれていく。ズルいよ。ズルすぎる。

「ありがとう」

 妖狐さんは囁くように礼を言った。そうしてもう一度、俺の胸に顔を寄せていく。

「…………」

 俺はインナーから手を離した。気持ちの赴くままに腕を伸ばしてみる。

「っ!」

 妖狐さんの首に腕を回した。銀色のさらさらな髪に俺の腕が沈む。

「あっ! んっ、あァ……!」

 三角型の大きな耳がピクピクしてる。

 もしかして、妖狐さんも気持ちいいのかな? それとも……ちょっとは欲情してくれてる?

「妖狐……っ、さん……あっ! んんっ! ……~~っあぁン――」

「ありがとう。もう十分だ」

「あっ! ………あっ? ………えっ? あっ、はい………………」

 不完全燃焼。温度差がエグ過ぎる。居た堪れず咳払いをして、それとなく内腿を擦り合わせた。

「さて」

 妖狐さんは着物の袖からハンカチを取り出した。いや、あれは手ぬぐいか。ハンカチにしては縦長だ。

 柄は……猫の手形? 白い布の上に藍色の小さな手形がいくつも押されている。

 猫でも飼ってるのかな? そんで悪戯された?

 妖狐さんならへらへら笑って許しそう。こんなふうに使ってるぐらいだし。

「里に戻ったらお風呂場に案内するよ」

「あっ、ありがとうございます」

 手ぬぐいで丁寧に乳首を拭いてくれる。

 反対側、左の乳首は透明な液体で濡れていた。

 言わずもがなあれは妖狐さんの唾液だ。意識した途端、心臓が煩くなる。俺は堪らず目を閉じた。

「えっと……これはどう戻せばいいのかな?」

 いつの間にかボタンはキッチリととめられてた。第一ボタンまでしっかりと。

 ただ流石にネクタイの締め方までは分からなかったみたいだ。

「後は自分でやるんで」

「ごめんね。じゃあ、お願いするよ」

 ネクタイを受け取る。それと同時に妖狐さんが離れていった。

 体が冷たい。ヤバイ。意識を逸らさないと。

 第二ボタンまで開けつつ、上体を起こしてネクタイを結んでいく。

「器用だね」

「慣れですよ。ほぼ毎日着てたんで」

「そっか……」

 湿っぽい空気になってきた。何か別の話題を。

「素敵な着物だね」

 反射的に顔を上げた。妖狐さんが立ってる。白い満月を背にして。

 妖狐さんの長い髪が風に舞う。月明かりに照らされて銀糸のような髪が溶けていく。

 繊細で、儚くて、それでいて神々しい。

「……っ」

 重たくなった唾を飲み込んで顔を下向かせた。

 ネクタイを無駄に弄って調節をしているフリをする。

「へっ、変だって素直に言ってくれていいんですよ?」

「素敵だよ。とてもよく似合ってる」

 胸が苦しい。ある意味で詰み。もう抗えないのかもしれない。

「遅ればせながら、私の名は六花りっかだ」

「っ!」

 やっと聞けた。妖狐さんの名前。唇が波打つ。落ち着け。俺は鼻で息を吸って妖狐さんの名前を口にする。

「リカさん?」

「えっ……?」

 妖狐さんの目が点になる。直後、吹き出すようにして笑い出した。

「あっ……えっ!? すっ、すみません。何か違――」

「いいね! とても可愛らしい。親しみを感じる響きだ」

「すみません。もう一回――」

「リカでいい」

「いや、でも――」

「リカがいい。リカで頼むよ」

 リカさんは余程嬉しかったのか、鼻歌交じりに着物を整え始めた。

 割と頑固というか、強引なところもあるんだな。

「あっ……」

 ふっくらとした尻尾が左右に揺れてる。どうしよう。ちょっと可愛い……かも。

 モフりたい。無心になってひたすらに。だけど、流石に失礼過ぎるよな。これからお世話になるわけだし。

「君の名前は?」

 背中がぴんっと伸びる。ブレザーに袖を通して――思い切って立ち上がってみた。

 今俺達がいるのはビル20階相当の高さのある木の上だ。身を守ってくれる壁もなければ窓もない。

 死ぬほど怖い。けど、大丈夫だ。リカさんの方を向いていれば――きっと。

 笑う膝に力を込めて顔を上げる。

 リカさんは驚いたように目を見開いたけど、直ぐに微笑み返してくれた。弟の成長を喜ぶ目で。

仲里なかざと 優太ゆうたです」

「仲里は家名かな?」

「はい」

「じゃあ、優太で。改めてよろしくね」

「はい!」

 俺の心配は杞憂だったみたいだ。リカさんで良かった。リカさんじゃなかったらどうなっていたことか。

「……始まるんだな」

 実感したのと同時に妄想が広がり出す。心が弾んだ。自分でも笑ってしまうぐらいに。

「行こうか。優太、私の手を取って」

「はい」

 言われるままリカさんの手を取った。白くて綺麗だけど、俺よりも一回り以上大きい。思えば手だけじゃない。背だってそうだ。

 この人、2メートル近くあるんじゃないか? 身長差は少なく見積もっても20センチはありそう。

「ぐっ……」

 背中がずんと重たくなる。いやいや俺まだ17だし。まだまだ可能性はある、はずだ。……2メートル超えは難しいかもしれないけど。

「どうかした?」

「何でもないです」

「そう」

 リカさんはまた悪戯っぽく笑うと、空いている方の手を前に出した。

「開界」

 白い光に包まれていく。死んだ時と同じだ。

 すくみかけたけど、全身で感じる体温が、手に触れる感触が俺を繋ぎ止めてくれる。

 リカさんで良かった。

 改めて思うのと同時に森が消えた。

 御手洗みたらい。俺は変われるかな? 今度こそお前みたいに。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】オオカミ様へ仕える巫子はΩの獣人

亜沙美多郎
BL
 倭の国には三つの世界が存在している。  一番下に地上界。その上には天界。そして、一番上には神界。  僕達Ωの獣人は、天界で巫子になる為の勉強に励んでいる。そして、その中から【八乙女】の称号を貰った者だけが神界へと行くことが出来るのだ。  神界には、この世で最も位の高い【銀狼七柱大神α】と呼ばれる七人の狼神様がいて、八乙女はこの狼神様に仕えることが出来る。  そうして一年の任期を終える時、それぞれの狼神様に身を捧げるのだ。  もしも"運命の番”だった場合、巫子から神子へと進化し、そのまま神界で狼神様に添い遂げる。  そうではなかった場合は地上界へ降りて、βの神様に仕えるというわけだ。  今まで一人たりとも狼神様の運命の番になった者はいない。  リス獣人の如月(きさら)は今年【八乙女】に選ばれた内の一人だ。憧れである光の神、輝惺(きせい)様にお仕えできる事となったハズなのに……。  神界へ着き、輝惺様に顔を見られるや否や「闇の神に仕えよ」と命じられる。理由は分からない。  しかも闇の神、亜玖留(あくる)様がそれを了承してしまった。  そのまま亜玖瑠様に仕えることとなってしまったが、どうも亜玖瑠様の様子がおかしい。噂に聞いていた性格と違う気がする。違和感を抱えたまま日々を過ごしていた。  すると様子がおかしいのは亜玖瑠様だけではなかったと知る。なんと、光の神様である輝惺様も噂で聞いていた人柄と全く違うと判明したのだ。  亜玖瑠様に問い正したところ、実は輝惺様と亜玖瑠様の中身が入れ替わってしまったと言うではないか。  元に戻るには地上界へ行って、それぞれの勾玉の石を取ってこなくてはいけない。  みんなで力を合わせ、どうにか勾玉を見つけ出し無事二人は一命を取り留めた。  そして元通りになった輝惺様に仕えた如月だったが、他の八乙女は狼神様との信頼関係が既に結ばれていることに気付いてしまった。  自分は輝惺様から信頼されていないような気がしてならない。  そんな時、水神・天袮(あまね)様から輝惺様が実は忘れられない巫子がいたことを聞いてしまう。周りから見ても“運命の番”にしか見えなかったその巫子は、輝惺様の運命の番ではなかった。  そしてその巫子は任期を終え、地上界へと旅立ってしまったと……。  フッとした時に物思いに耽っている輝惺様は、もしかするとまだその巫子を想っているのかも知れない。  胸が締め付けられる如月。輝惺様の心は掴めるのか、そして“運命の番”になれるのか……。 ⭐︎全て作者のオリジナルの設定です。史実に基づいた設定ではありません。 ⭐︎ご都合主義の世界です。こういう世界観だと認識して頂けると幸いです。 ⭐︎オメガバースの設定も独自のものになります。 ⭐︎BL小説大賞応募作品です。応援よろしくお願いします。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

アルファ王子ライアンの憂鬱 〜敵国王子に食べられそう。ビクンビクンに俺は負けない〜

五右衛門
BL
 俺はライアン・リバー。通称「紅蓮のアルファ王子」。アルファとして最強の力を誇る……はずなんだけど、今、俺は十八歳にして人生最大の危機に直面している。何って?  そりゃ、「ベータになりかける時期」がやってきたんだよ!  この世界では、アルファは一度だけ「ベータになっちゃえばいいじゃん」という不思議な声に心を引っ張られる時期がある。それに抗えなければ、ベータに転落してしまうんだ。だから俺は、そんな声に負けるわけにはいかない!   ……と、言いたいところだけど、実際はベータの誘惑が強すぎて、部屋で一人必死に耐えてるんだよ。布団握りしめて、まるでトイレで踏ん張るみたいに全身ビクンビクンさせながらな!  で、そこに現れるのが、俺の幼馴染であり敵国の王子、ソラ・マクレガー。こいつは魔法の天才で、平気で転移魔法で俺の部屋にやってきやがる。しかも、「ベータになっちゃいなよ」って囁いてきたりするんだ。お前味方じゃねぇのかよ! そういや敵国だったな! こっちはそれどころじゃねえんだぞ!  人生かけて耐えてるってのに、紅茶飲みながら悠長に見物してんじゃねぇ!  俺のツッコミは加速するけど、誘惑はもっと加速してくる。これ、マジでヤバいって!  果たして俺はアルファのままでいられるのか、それともベータになっちゃうのか!?

聖獣王~アダムは甘い果実~

南方まいこ
BL
 日々、慎ましく過ごすアダムの元に、神殿から助祭としての資格が送られてきた。神殿で登録を得た後、自分の町へ帰る際、乗り込んだ馬車が大規模の竜巻に巻き込まれ、アダムは越えてはいけない国境を越えてしまう。  アダムが目覚めると、そこはディガ王国と呼ばれる獣人が暮らす国だった。竜巻により上空から落ちて来たアダムは、ディガ王国を脅かす存在だと言われ処刑対象になるが、右手の刻印が聖天を示す文様だと気が付いた兵士が、この方は聖天様だと言い、聖獣王への貢ぎ物として捧げられる事になった。  竜巻に遭遇し偶然ここへ投げ出されたと、何度説明しても取り合ってもらえず。自分の家に帰りたいアダムは逃げ出そうとする。 ※私の小説で「大人向け」のタグが表示されている場合、性描写が所々に散りばめられているということになります。タグのついてない小説は、その後の二人まで性描写はありません

【完結】黒兎は、狼くんから逃げられない。

N2O
BL
狼の獣人(異世界転移者)×兎の獣人(童顔の魔法士団団長) お互いのことが出会ってすぐ大好きになっちゃう話。 待てが出来ない狼くんです。 ※独自設定、ご都合主義です ※予告なくいちゃいちゃシーン入ります 主人公イラストを『しき』様(https://twitter.com/a20wa2fu12ji)に描いていただき、表紙にさせていただきました。 美しい・・・!

処理中です...