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17.僕には君が必要で

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「少なくとも俺自身は、厳巳いずみと過ごした時間を無駄だとは思っていません。自分で言うのも何ですけど、これまでの人生の中で一番頑張った時期で……」

 ああ、そうだったね。君は僕をだましてた。だけど、その努力は本物で。

 脳裏に過るのは、貰った賞状を無邪気に見せてくる永良ながらの姿だ。

「……っ」

 勝手に目尻が潤んだ。鼻をすすってそれとなく拭う。

「だから、頑張れるんです。こんな俺でも、やれば何でも……とまではいきませんけど、出来ることはあるんだって! そう思えたから」

「おぉ! 言うねえ~」

「だから、な? 厳巳」

 永良は僕の手を取って――メダルを握らせた。触れた手は変わらず小さくて温かい。

「俺はここで、すげえ結果をいっぱい出すよ。今度こそちゃんとお前に『ざまあ』が出来るように。……だからさ――っ!」

 僕はメダルを突き返した。手に永良の鼓動が伝わる。

「厳巳……?」

 悪いけど、僕には無理だ。

 君は『思い出』と『励んだ事実』だけで頑張れるんだよね?

 でも、僕は違う。……違うから。

 僕は永良の手を取ってメダルを握らせた。

「えっ? おっ、おい! 何して――」

 僕は慌てふためく永良に背を向けて、スガイさんと向き直る。

「スガイさん」

「ん? ああ、俺? 何々?」

「永良は『100年に1人の逸材』なんですよね?」

「そうだ」

「なら……」

 ――「後は好きにしろ」

 コーチの後姿が頭を過る。

 ごめんなさい、コーチ。

 それから……ありがとうございます。

 僕は両手に力を込めて――スガイさんに問いかける。

「僕はどうですか?」

「「「……………………は?」」」

 その場の全員が疑問を口にした。僕はそれだけのことをしようとしているんだ。しっかりと受け止めて両手を広げる。

「僕のダイバーとしてのポテンシャルは? 可能性、感じますか?」

「おっ、おま! 何言ってんだよ!!!」

「ははっ! なるほどな~。そう来たか……」

 スガイさんは顎に手を当てて思案顔を浮かべた。僕の体を上から下までなぞるようにして見ていく。

「すっ、スガイさん! こんなヤツ相手にしないで――」

 スガイさんは手一つで永良を制止させた。そのまま一層険しい表情で僕を見ていく。

「まっ、待ってください! コイツは――」

「そうだな。『50年に1人』ってとこだな」

 途端に僕の頬が緩む。

「っふ、ふふ……永良の半分ですか」

「不満か?」

「いえ」

 悪くない。凄くちょうどいい。

「因みに根拠は?」

「まずは、その長い両手足だな。上手く使えば、審判の心証バッチリな演技が出来るだろう。それと……Fly平泳ぎ仕込みの体幹、ふてぶてしいまでの強靭なメンタル。そして何よりお前さんを絶対王者たらしめた『水を掴む感覚』、それは間違いなく入水に活きてくるはずだ」

「「たっ、確かに」」

 糸目の先輩と、案内役のコーチが同調した。ともすればお世辞の線も消える。疑う余地はないだろう。

 僕は胸の中で、再度的場コーチに謝罪して――決意の言葉を口にする。

「ありがとうございます。それでは僕も飛込に――」

「ざけんな!!」

「っ!」

 永良は僕の肩を掴むと強引に反転させた。

「……痛いな」

「なぁ、厳巳。よく聞けよ」

 永良は顔をうつかせている。表情は見て取れない。それが僕には不安でならない。僕は堪らず小さく咳払いをした。


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