上 下
14 / 19

14.無自覚系主人公

しおりを挟む
 今日は記録会だ。

 参加は自由ではあるけれど、年明けの冬季大会に向けて弾みをつけたり、学びを得たりするのにとても有益な機会だ。

 だから、大抵の選手は参加する。にもかかわらず、名簿には永良ながらの名前がなかった。

 風邪でも引いたのか。あるいは故障か。

「教えてあげてもいいけど、ちょーっと込み入った話しになっちゃうのよね~?」

「分かった。じゃあ、河岸かしを変えよう」

「そーこなくっちゃっ♪」

「っ!」

 腕に抱き着かれた。あまつさえ頬擦りまでして。

 ああ、そうだ。この人『手フェチ』だった。『腕フェチ』でもあるのかな?

「すりすりしないで」

「訳、聞きたいんでしょ~?」

「……悪代官」

「えっ!? それって『あ~れぇ~♡♡♡』していいってことっ!? いずみんのこと剥いちゃっていいってことッ!? きゃ~~♡♡♡」

「絶対ダメ」

「ぶぅ~。まっ、いいけどね♪」

 この人、永良に対してもなのかな?

「……………」

 ダメだ。ほんの少し想像するだけでイラっときた。

「ん? どったの? いずみん?」

「何でもない。行こう」

「あ~い♡」

 僕は我喜屋がきや君を歩き出した。

 少しでもマシな情報を得られますように。そう切に願いながら視線の荒波をくぐっていく。

「うんうん♪ ここでなら人目を気にせずイチャイチャ出来るね♡」

「しないよ」

「えぇ~?」

 選んだのは会場の裏手だ。

 ここには関係者以外入って来れない。

 何人かの選手達が軽く走ったり談笑したりしているけど、こっちに向かってくる気配はない。ここでなら落ち着いて話しをすることが出来るだろう。

「いい天気だね~」

「……そうだね」

 秋晴れだ。雲一つない爽やかな天気。

 目線を下げると運河の上を真っ直ぐに伸びる線路が。その上を勢いよく駆ける電車が見えた。

 向かう先にはスカイタワーがある。永良と遊びに行ってみたいな……なんて夢見ていた場所だ。

「っ!」

 不意に思い出して慌てて掻き消した。隣には我喜屋君がいるから。

「いずみんってば、ほんっと俺には興味ないんだね~」

「違うよ。ただその……色々と余裕がないだけで」

「ふふっ、そう! そんな君だから教えてあげる気になったんだ♪」

「えっ……?」

 我喜屋君の体が離れていく。驚く僕を見て彼はしたり顔を浮かべた。

「ユキちゃんは引退したよ。飛込に転向したんだ」

「……っ、やっぱり」

 予兆はあった。

 五輪選考会の時、永良は飛込の方を見ていた。あの時既に決意していたんだろう。競泳を引退して飛込に転向しようって。

「ユキちゃんってさ、脚力エグいでしょ? あれ飛込から見ても超美味しいみたいでさ~。すっげえ熱心に口説かれてたんだよね」

「いつから?」

「う~ん……1年半ぐらい前?」

 今は10月、永良と僕が出会ったのは去年の4月頃だ。1年半前となると丁度出会った頃の時期と重なる。

「どっちが先? 僕と出会ったのと、勧誘されたの――」

「勧誘の方だよ」

「……じゃあ、飛込の人達には待ってもらってたってこと? 期限付きだったの?」

「いーや、無期限だったはずだよ。何せ目標がベリーハードだったからね~」

「目標って?」

「君の笑顔を取り戻すこと。君の言葉を借りるなら、ギラギラな君を取り戻すこと……かな?」

 驚くことはない。最初から分かっていたことだから。

 悔しいのは――伝わらなかったこと。

 取り戻したギラギラの僕は、永良ありきの存在であるということだ。

 恥を忍んでの手の手で伝えてきたつもりだったけど、結局永良には伝わらず、僕のもとから去って行ってしまった。

「あれ? あ~! ごめん! 何か違うとこあった?」

「………………」

 深く息をついてから顔を上げた。すらりとした長い脚を持つ水鳥と目が合う。直後、汚らしい声を上げて飛び立って行った。……何あれ?

「おぉ~、怖っ。トリちゃんご愁傷様~」

「……我喜屋君」
 
「あっ、はい」

「永良の居場所、教えて?」

「へへへ~っ! そうこなくっちゃ★」

 こうして僕は教えてもらった。永良の新しい居場所を。

 東京ダイビングスクール。

 東京23区に隣接する三鶴みつる市にあるらしい。僕は直ぐに見学を申し込んだ。明日、僕は永良に会いに行く。

 僕はクローゼットから黒のハードケースを取り出した。ずしりと重たい。中にはメダルが入ってる。五輪で貰った金メダルが。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【続編】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

眠るライオン起こすことなかれ

鶴機 亀輔
BL
アンチ王道たちが痛い目(?)に合います。 ケンカ両成敗! 平凡風紀副委員長×天然生徒会補佐 前提の天然総受け

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

アルファとアルファの結婚準備

金剛@キット
BL
名家、鳥羽家の分家出身のアルファ十和(トワ)は、憧れのアルファ鳥羽家当主の冬騎(トウキ)に命令され… 十和は豊富な経験をいかし、結婚まじかの冬騎の息子、榛那(ハルナ)に男性オメガの抱き方を指導する。  😏ユルユル設定のオメガバースです。 

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

上司と俺のSM関係

雫@3日更新予定あり
BL
タイトルの通りです。

処理中です...