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12.約束
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「だぁ!! くそ!! 負けた~っ!!!」
シーズンオフを迎えた金木犀の森。その片隅にある馴染みのベンチで永良が叫んだ。
言葉とは裏腹に彼はとても爽やかだった。すべてを出し切ったんだろう。だから、満足している。不満はないんだ。
「厳巳! お前、絶対勝てよ! ンで歴史に名を刻め! いいな?」
五輪 男子 200メートル 平泳ぎ
歴代最年少王者
その座はかつての僕からすれば『終わり』
今の僕からすれば『始まり』だ。
だから。
「いいよ」
「っは、余裕かよ。んじゃ、世界新記録も追加な」
「いいよ」
「~~ンの野郎」
「そのかわりちゃんと追いかけて来てよね」
「んぐっ!?」
「何驚いてるの? 当たり前でしょ? 君は僕を『ざまあ』するんだから」
「あ~……はいはいはいはい……」
「『はい』は一回」
「はーい」
永良は背もたれに寝転んだ。そしてそのまま空を仰ぐ。
何を見てるんだろう? 僕も彼に倣って空を見上げた。
青い空の上を桜の花びら達が楽し気に飛び回っている。
春だな。
一年前はバカみたいに疎んでいたけれど、今はこうして穏やかな気持ちで季節を味わうことが出来ている。
言わずもがな隣に永良がいるからだ。叶うならこれからもずっと。こんなふうに一緒に時を重ねていきたい。
「俺らってさ、同じ年から泳ぎ始めてるんだぜ」
「らしいね」
「は? 知ってたのかよ」
「調べた。でも、ごめん。しっくりとはきてない」
「だろーな」
永良は笑った。でも、その笑顔はどこか寂し気で。僕は堪らず頭を下げた。
「ごめん」
「バカ。謝るなよ」
「でも――」
「そもそもお前が覚えてるわけねーんだよ。何たって俺はその……見てただけ、なんだからさ」
「は……?」
沈黙が訪れる。永良はばつが悪そうに咳払いをした。
「話してないってこと?」
「……おう」
「一言も?」
「~~っ、だぁ!!! もう!!! このバカ!!! 何度も言わせんなッ!!!」
「……そんなの覚えてるわけないでしょ」
「だ~から名乗りたくなかったんだっつーの!!」
「ああ……ふふふっ。でも、それでも止めてくれたんだね」
僕は永良に覆い被さった。右腕を彼の右肩の横に置く。これでもう逃げられない。
永良は驚いたのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。だけど、それも束の間見る見るうちに赤くなり出して。
「~~っ、お前何して――」
「ねぇ」
「あっ、……あ゛?」
「後悔してる? あの日、僕を止めたこと」
この答えが欲しかった。だから閉じ込めた。この腕の中に。
「……っ」
永良は息を呑んだ。でも、直ぐに切り替えたみたいだ。満面の笑みを浮かべる。ちょっと照れ臭そうに。キラッキラに輝いて。
「するわけねえだろ。大正解だッ、バーカ!」
ほっとした。胸の奥がじんわりとあたたまっていく。
「そう。それは良かっ――」
ほっぺたに何かが触れた。やわらかくて、あったかい? 何これ?
「っ!? ~~っ、痛っ」
突き飛ばされた。地面に尻もちをつきかけた――けど、辛々バランスを取って顔を上げる。
永良は立ち上がっていた。僕よりも数歩先にいる。
「待っ――」
「はっ、ははははっ~! ざ~まあ~!!」
「ざまあ?」
「おうよ! きっしょいだろ?」
「???」
何のこと? 永良が言っている意味がまるで分からない。
「きしょいっていうか……痛いけど? 君に押された肩とか胸のあたりが――」
「~~っ、ほっぺだ!!!!! ほっぺ!!!!!」
「ほっぺ?」
改めて頬に触れてみる。確かに何かが触れたみたいだった。やわらかくて、あったかい……………………………………えっ?
「キス?」
「っ! おっ、おう! はははははっ! きっしょいだろ?」
「全然」
「ハアァアアァアアッッ!?」
「いっそ口にしてくれれば良かったのに」
「なっ!? ななっ!?」
永良がわなわなと震え出した。
とんでもないことを言ってしまった自覚はある。だけどまあ本心だ。
手段としてはアリだな、何て思いかけてもいるし。
「やり直す?」
「ばっ、バカ! ンなお遊びに俺の大事なファーストキスを捧げられるかってんだよ!!」
「僕も初めてだけど?」
「知るか!! あ゛~~くそっ!!」
永良は照れ隠しか大きく伸びをした。でも、小さい。
僕はあれから更に背が伸びて183センチに。永良はそれほど変わらず163センチ止まりだ。
「~~っ、じゃあな!!」
「待って」
「~~っぐ!! 優しさ0か!! 黙って帰らせろや――」
「ご褒美頂戴。ちゃんと笑って勝つからさ」
「っ!? ~~っ、だっ、だからキスは――」
「いらないよ。そんなの」
「テメェ……」
「僕と馴れ合って。手始めに連絡先を教えてよ」
永良の少し太めの眉が寄った。
僕は両膝に力を込める。NOって返されたら押し倒してでも止めるんだ。
「わーったよ。勝って笑ったらな」
永良がはにかんだ。
「えっ……?」
膝から力が抜けた。ついでに頬からも。
「アホ面」
「……うるさいな」
「へへっ、じゃあな!」
永良は走り去った。追いかけることはしなかった。どうせ追いつけないし。
「約束だからね」
五輪まであと3か月。約束を果たしたら徹底的に馴れ合ってもらう。
「ふふっ、楽しみだな」
桜の花びらが舞い落ちてきた。僕はその花びらを手の平に迎える。
「まずはお花見かな? いや、五輪が終わった後だから夏祭りか」
僕は心底浮かれていた。
五輪を終えたその先に波乱が待ち受けているとも知らずに。
シーズンオフを迎えた金木犀の森。その片隅にある馴染みのベンチで永良が叫んだ。
言葉とは裏腹に彼はとても爽やかだった。すべてを出し切ったんだろう。だから、満足している。不満はないんだ。
「厳巳! お前、絶対勝てよ! ンで歴史に名を刻め! いいな?」
五輪 男子 200メートル 平泳ぎ
歴代最年少王者
その座はかつての僕からすれば『終わり』
今の僕からすれば『始まり』だ。
だから。
「いいよ」
「っは、余裕かよ。んじゃ、世界新記録も追加な」
「いいよ」
「~~ンの野郎」
「そのかわりちゃんと追いかけて来てよね」
「んぐっ!?」
「何驚いてるの? 当たり前でしょ? 君は僕を『ざまあ』するんだから」
「あ~……はいはいはいはい……」
「『はい』は一回」
「はーい」
永良は背もたれに寝転んだ。そしてそのまま空を仰ぐ。
何を見てるんだろう? 僕も彼に倣って空を見上げた。
青い空の上を桜の花びら達が楽し気に飛び回っている。
春だな。
一年前はバカみたいに疎んでいたけれど、今はこうして穏やかな気持ちで季節を味わうことが出来ている。
言わずもがな隣に永良がいるからだ。叶うならこれからもずっと。こんなふうに一緒に時を重ねていきたい。
「俺らってさ、同じ年から泳ぎ始めてるんだぜ」
「らしいね」
「は? 知ってたのかよ」
「調べた。でも、ごめん。しっくりとはきてない」
「だろーな」
永良は笑った。でも、その笑顔はどこか寂し気で。僕は堪らず頭を下げた。
「ごめん」
「バカ。謝るなよ」
「でも――」
「そもそもお前が覚えてるわけねーんだよ。何たって俺はその……見てただけ、なんだからさ」
「は……?」
沈黙が訪れる。永良はばつが悪そうに咳払いをした。
「話してないってこと?」
「……おう」
「一言も?」
「~~っ、だぁ!!! もう!!! このバカ!!! 何度も言わせんなッ!!!」
「……そんなの覚えてるわけないでしょ」
「だ~から名乗りたくなかったんだっつーの!!」
「ああ……ふふふっ。でも、それでも止めてくれたんだね」
僕は永良に覆い被さった。右腕を彼の右肩の横に置く。これでもう逃げられない。
永良は驚いたのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。だけど、それも束の間見る見るうちに赤くなり出して。
「~~っ、お前何して――」
「ねぇ」
「あっ、……あ゛?」
「後悔してる? あの日、僕を止めたこと」
この答えが欲しかった。だから閉じ込めた。この腕の中に。
「……っ」
永良は息を呑んだ。でも、直ぐに切り替えたみたいだ。満面の笑みを浮かべる。ちょっと照れ臭そうに。キラッキラに輝いて。
「するわけねえだろ。大正解だッ、バーカ!」
ほっとした。胸の奥がじんわりとあたたまっていく。
「そう。それは良かっ――」
ほっぺたに何かが触れた。やわらかくて、あったかい? 何これ?
「っ!? ~~っ、痛っ」
突き飛ばされた。地面に尻もちをつきかけた――けど、辛々バランスを取って顔を上げる。
永良は立ち上がっていた。僕よりも数歩先にいる。
「待っ――」
「はっ、ははははっ~! ざ~まあ~!!」
「ざまあ?」
「おうよ! きっしょいだろ?」
「???」
何のこと? 永良が言っている意味がまるで分からない。
「きしょいっていうか……痛いけど? 君に押された肩とか胸のあたりが――」
「~~っ、ほっぺだ!!!!! ほっぺ!!!!!」
「ほっぺ?」
改めて頬に触れてみる。確かに何かが触れたみたいだった。やわらかくて、あったかい……………………………………えっ?
「キス?」
「っ! おっ、おう! はははははっ! きっしょいだろ?」
「全然」
「ハアァアアァアアッッ!?」
「いっそ口にしてくれれば良かったのに」
「なっ!? ななっ!?」
永良がわなわなと震え出した。
とんでもないことを言ってしまった自覚はある。だけどまあ本心だ。
手段としてはアリだな、何て思いかけてもいるし。
「やり直す?」
「ばっ、バカ! ンなお遊びに俺の大事なファーストキスを捧げられるかってんだよ!!」
「僕も初めてだけど?」
「知るか!! あ゛~~くそっ!!」
永良は照れ隠しか大きく伸びをした。でも、小さい。
僕はあれから更に背が伸びて183センチに。永良はそれほど変わらず163センチ止まりだ。
「~~っ、じゃあな!!」
「待って」
「~~っぐ!! 優しさ0か!! 黙って帰らせろや――」
「ご褒美頂戴。ちゃんと笑って勝つからさ」
「っ!? ~~っ、だっ、だからキスは――」
「いらないよ。そんなの」
「テメェ……」
「僕と馴れ合って。手始めに連絡先を教えてよ」
永良の少し太めの眉が寄った。
僕は両膝に力を込める。NOって返されたら押し倒してでも止めるんだ。
「わーったよ。勝って笑ったらな」
永良がはにかんだ。
「えっ……?」
膝から力が抜けた。ついでに頬からも。
「アホ面」
「……うるさいな」
「へへっ、じゃあな!」
永良は走り去った。追いかけることはしなかった。どうせ追いつけないし。
「約束だからね」
五輪まであと3か月。約束を果たしたら徹底的に馴れ合ってもらう。
「ふふっ、楽しみだな」
桜の花びらが舞い落ちてきた。僕はその花びらを手の平に迎える。
「まずはお花見かな? いや、五輪が終わった後だから夏祭りか」
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