9 / 19
09.足りないもの
しおりを挟む
『ざまあ宣言』から7か月後。僕らは例のゴミ箱の横のベンチに腰かけていた。
どっちも馴染みのジャージ姿だ。僕の上は白、下は紺。永良は上下共に黒だ。
周囲では金木犀が咲き誇っていた。オレンジ色の小さな花が集まって、こんもり丸い花みたいになっている。何だかミカンみたいだ。甘くて清涼感のある香りが何とも心地いい。
「どうだ!」
そんな中で永良が賞状を見せてきた。
――全日本選手権大会 男子平泳ぎ200m 第8位 永良 悟行 殿
と書かれている。
あの後、永良はインターハイに辛々出場。惜しくも入賞は逃したけど、今回の全日本で爆発的な成長を見せてくれた。
大学生や社会人がいる中での8位だ。永良はもう無名なんかじゃない。
「俺だってやりゃ出来るんだよ♪」
永良の表情はとても晴れやかだった。僕の頬も自然と緩む。
「そうだね。永良は本当によく頑張ったと思うよ」
凹凸がついた体からも伺える。お腹、背中、頸部、足の内側には鍛錬の証がしっかりと刻み込まれていた。
チート級の脚力に胡坐をかくことなく、短所を削る努力を重ねてきたんだ。誰にでも出来ることじゃない。本当に立派だと思う。
「なっ……!?」
永良が仰け反った。その表情はまさに驚愕といった感じで。
「何? その反応」
「いや……その……っ、お前……、他人のこととか全然褒めなさそうだからさ」
「あのね、そんな人間が『ざまあ』なんて望むわけないでしょ」
「あっ、そうか。むしろ嬉しいのか……」
「そうだよ。だーからっ、もっともーっと頑張ってよね?」
「……っけ、わーってるよ」
永良は不貞腐れたように返した。
ああ、そうか。もっと褒めてほしいんだな。
僕はそう都合よく解釈して手を伸ばした。永良のやわらかそうな黒髪に向かって。
「なっ!? っ、にすんだこのバカ!!」
弾かれた。他でもない永良の手で。
「……痛いな」
「調子に乗んなよバカ!!!」
「僕はただ労おうとしただけだよ」
「あのな、頭ぽんぽんってのはチビにとってみりゃ屈辱以外の何モノでもねーんだよ!!!」
「じゃあ、ハグは?」
「~~っ、触られた時点で諸々露呈すんだよっ!! 俺のSAN値がゴリゴリに削られてくんだっ!!!」
「それはちょっと……被害妄想が過ぎない?」
「うっせ!! とにかく触ンな!!」
激おこだ。その割に賞状はとても丁寧に丸めていく。律儀だ。いや、宝物だからか。
「あっ……」
永良は賞状をリュックにしまうなり立ち上がった。帰る気だ。僕は咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「ぐっ! ~~っ、テメエ、話し聞いてたか?」
「もう少し話そうよ」
「っ! もっ、…………………………もう用は済んだだろ」
「……っ」
そう。僕らはいつもこんな感じだ。
僕だけがひたすらに前のめりで、永良はひたすらに避けて避けて避けまくっている。
交流が生まれて半年以上経つのに、未だ連絡先すら教えてもらえていない。
永良に何か事情があるのか。あるいは僕に原因があるのか。それは分からない。分からないけど。
「5分とか、10分でいいからさ」
僕は一層強く永良の腕を握った。頷いてくれることを切に願いながら。
どっちも馴染みのジャージ姿だ。僕の上は白、下は紺。永良は上下共に黒だ。
周囲では金木犀が咲き誇っていた。オレンジ色の小さな花が集まって、こんもり丸い花みたいになっている。何だかミカンみたいだ。甘くて清涼感のある香りが何とも心地いい。
「どうだ!」
そんな中で永良が賞状を見せてきた。
――全日本選手権大会 男子平泳ぎ200m 第8位 永良 悟行 殿
と書かれている。
あの後、永良はインターハイに辛々出場。惜しくも入賞は逃したけど、今回の全日本で爆発的な成長を見せてくれた。
大学生や社会人がいる中での8位だ。永良はもう無名なんかじゃない。
「俺だってやりゃ出来るんだよ♪」
永良の表情はとても晴れやかだった。僕の頬も自然と緩む。
「そうだね。永良は本当によく頑張ったと思うよ」
凹凸がついた体からも伺える。お腹、背中、頸部、足の内側には鍛錬の証がしっかりと刻み込まれていた。
チート級の脚力に胡坐をかくことなく、短所を削る努力を重ねてきたんだ。誰にでも出来ることじゃない。本当に立派だと思う。
「なっ……!?」
永良が仰け反った。その表情はまさに驚愕といった感じで。
「何? その反応」
「いや……その……っ、お前……、他人のこととか全然褒めなさそうだからさ」
「あのね、そんな人間が『ざまあ』なんて望むわけないでしょ」
「あっ、そうか。むしろ嬉しいのか……」
「そうだよ。だーからっ、もっともーっと頑張ってよね?」
「……っけ、わーってるよ」
永良は不貞腐れたように返した。
ああ、そうか。もっと褒めてほしいんだな。
僕はそう都合よく解釈して手を伸ばした。永良のやわらかそうな黒髪に向かって。
「なっ!? っ、にすんだこのバカ!!」
弾かれた。他でもない永良の手で。
「……痛いな」
「調子に乗んなよバカ!!!」
「僕はただ労おうとしただけだよ」
「あのな、頭ぽんぽんってのはチビにとってみりゃ屈辱以外の何モノでもねーんだよ!!!」
「じゃあ、ハグは?」
「~~っ、触られた時点で諸々露呈すんだよっ!! 俺のSAN値がゴリゴリに削られてくんだっ!!!」
「それはちょっと……被害妄想が過ぎない?」
「うっせ!! とにかく触ンな!!」
激おこだ。その割に賞状はとても丁寧に丸めていく。律儀だ。いや、宝物だからか。
「あっ……」
永良は賞状をリュックにしまうなり立ち上がった。帰る気だ。僕は咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「ぐっ! ~~っ、テメエ、話し聞いてたか?」
「もう少し話そうよ」
「っ! もっ、…………………………もう用は済んだだろ」
「……っ」
そう。僕らはいつもこんな感じだ。
僕だけがひたすらに前のめりで、永良はひたすらに避けて避けて避けまくっている。
交流が生まれて半年以上経つのに、未だ連絡先すら教えてもらえていない。
永良に何か事情があるのか。あるいは僕に原因があるのか。それは分からない。分からないけど。
「5分とか、10分でいいからさ」
僕は一層強く永良の腕を握った。頷いてくれることを切に願いながら。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま


君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》
市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。
男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。
(旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる