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03.悪足掻き
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コーチが凄まじい剣幕で睨みつけてきた。
「っ!」
僕は思わず息を呑んだ。これは虚勢じゃないと、そう思ってしまって。
「厳巳、お前はもっと貪欲になれ。勝ち方に拘るんだ。そうすればお前はもう一段上に行ける。2分4秒、いや3秒だって夢じゃねえ」
平泳ぎ200mの世界記録は2分5秒48。僕の自己ベストは2分5秒59だ。
もう一段上がった先に新記録が。前人未踏の誰もいない世界が広がっているんだろう。
「そんなの……嫌です――痛゛っ!?」
頭突きを食らった。悶絶している間にコーチの体が離れていく。
「~~っ、石頭」
「バカ言ってねえで気合入れ直せ。いいな?」
コーチは僕に背を向けた。
「ん……?」
見送る内に、僕の胸の中でひとかけらの希望が煌めき出す。
発破をかけてきたのは、その人が――主人公足り得る人が出てきたからなんじゃないか?
今のままじゃ負けてしまう。そう思ったから、ぶつかってきたんじゃないかって。
「こっ、コーチ」
「何だ? まだいたのか」
「あの……っ」
そんなわけない。
もう一人の僕が否定する。だけど、聞かずにはいられなかった。
ずっと、ずっと待っていたから。
「……っ、いるんですか? それとも出てきそうなんですか?」
「あ゛?」
「4秒台、3秒台を叩き出せそうな選手が」
祈るようにして問いかけた。だけど――コーチの表情は晴れなくて。
「お前以外にか? っは、いるわけねえだろ。ンなヤツ」
目の前が真っ暗になった。ああ、やっぱりそうなんだ。発破をかけてきたのは、単に僕がナメた発言をしたからで。
「おい、何だその面は」
「……別に」
表情を隠すように顔を俯かせた。早く出よう。とりあえずここから。
「おつかれさまでした」
「おいっ! 厳巳!!」
コーチの怒鳴り声と、いくつかの陰口を背に会場を後にした。足早に。逃げるようにして。
施設の外には公園が広がっている。至るところで満開の桜が、タンポポが咲き誇っていた。周囲の人達が口々に春の訪れを喜んでいる。
どうしよう。物凄く居心地が悪い。それに胸もムカムカして。
「……っ」
僕は気持ちのなすまま脇道に入った。そしてそのまま奥に向かう。華やかさの薄い方へと。
「へえ、こんなところあったんだ」
低木がコの字型に植わっている。概ね3mぐらいか。
「……金木犀」
ネームプレートを一撫でして手近な木を観察してみた。
季節外れであるせいか葉は黄緑色だ。一方で赤茶色っぽい葉もちらほら見受けられる。枯葉にしては瑞々しいような気がした。案外あれが新芽だったりするのかな。
金木犀ってどんな香りがするんだっけ? なんてぼんやりと思いながら奥に目を向ける。
ベンチがあった。塗装も剥がれて大分古びた感じだ。
そんなベンチの手前にはゴミ箱がある。錆びた丸形のゴミ箱だ。中にはペットボトルやら丸く膨らんだビニール袋やらが入っていた。
「あ……」
ひらめいてしまった。凄く悪いひらめきだ。我ながら最低だと思う。でも、ただ思うだけ。ポーズだ。
僕はリュックをおろして中から小箱を取り出した。中に入っているのは金色のメダルだ。
一発で入ったら引退しようかな。……なんてね。
紅白のリボンをグルグル巻きにして内側にそっと通した。コンパクトになったメダルを両手で包んでゴミ箱に狙いを定める。
距離にして7~8メートルといったところか。
「よし」
左脚を持ち上げて大きく振りかぶる。――投げた。メダルが表裏にくるくると回りながら飛んでいく。
「えっ……?」
直後、忙しない足音が聞こえてきた。振り向くと誰かがいた。その人は全速力で僕の横を走り抜けて――勢いよく跳ね上がる。高く、高く。僕の顎が空を指す程に高く。
「っ!」
僕は思わず息を呑んだ。これは虚勢じゃないと、そう思ってしまって。
「厳巳、お前はもっと貪欲になれ。勝ち方に拘るんだ。そうすればお前はもう一段上に行ける。2分4秒、いや3秒だって夢じゃねえ」
平泳ぎ200mの世界記録は2分5秒48。僕の自己ベストは2分5秒59だ。
もう一段上がった先に新記録が。前人未踏の誰もいない世界が広がっているんだろう。
「そんなの……嫌です――痛゛っ!?」
頭突きを食らった。悶絶している間にコーチの体が離れていく。
「~~っ、石頭」
「バカ言ってねえで気合入れ直せ。いいな?」
コーチは僕に背を向けた。
「ん……?」
見送る内に、僕の胸の中でひとかけらの希望が煌めき出す。
発破をかけてきたのは、その人が――主人公足り得る人が出てきたからなんじゃないか?
今のままじゃ負けてしまう。そう思ったから、ぶつかってきたんじゃないかって。
「こっ、コーチ」
「何だ? まだいたのか」
「あの……っ」
そんなわけない。
もう一人の僕が否定する。だけど、聞かずにはいられなかった。
ずっと、ずっと待っていたから。
「……っ、いるんですか? それとも出てきそうなんですか?」
「あ゛?」
「4秒台、3秒台を叩き出せそうな選手が」
祈るようにして問いかけた。だけど――コーチの表情は晴れなくて。
「お前以外にか? っは、いるわけねえだろ。ンなヤツ」
目の前が真っ暗になった。ああ、やっぱりそうなんだ。発破をかけてきたのは、単に僕がナメた発言をしたからで。
「おい、何だその面は」
「……別に」
表情を隠すように顔を俯かせた。早く出よう。とりあえずここから。
「おつかれさまでした」
「おいっ! 厳巳!!」
コーチの怒鳴り声と、いくつかの陰口を背に会場を後にした。足早に。逃げるようにして。
施設の外には公園が広がっている。至るところで満開の桜が、タンポポが咲き誇っていた。周囲の人達が口々に春の訪れを喜んでいる。
どうしよう。物凄く居心地が悪い。それに胸もムカムカして。
「……っ」
僕は気持ちのなすまま脇道に入った。そしてそのまま奥に向かう。華やかさの薄い方へと。
「へえ、こんなところあったんだ」
低木がコの字型に植わっている。概ね3mぐらいか。
「……金木犀」
ネームプレートを一撫でして手近な木を観察してみた。
季節外れであるせいか葉は黄緑色だ。一方で赤茶色っぽい葉もちらほら見受けられる。枯葉にしては瑞々しいような気がした。案外あれが新芽だったりするのかな。
金木犀ってどんな香りがするんだっけ? なんてぼんやりと思いながら奥に目を向ける。
ベンチがあった。塗装も剥がれて大分古びた感じだ。
そんなベンチの手前にはゴミ箱がある。錆びた丸形のゴミ箱だ。中にはペットボトルやら丸く膨らんだビニール袋やらが入っていた。
「あ……」
ひらめいてしまった。凄く悪いひらめきだ。我ながら最低だと思う。でも、ただ思うだけ。ポーズだ。
僕はリュックをおろして中から小箱を取り出した。中に入っているのは金色のメダルだ。
一発で入ったら引退しようかな。……なんてね。
紅白のリボンをグルグル巻きにして内側にそっと通した。コンパクトになったメダルを両手で包んでゴミ箱に狙いを定める。
距離にして7~8メートルといったところか。
「よし」
左脚を持ち上げて大きく振りかぶる。――投げた。メダルが表裏にくるくると回りながら飛んでいく。
「えっ……?」
直後、忙しない足音が聞こえてきた。振り向くと誰かがいた。その人は全速力で僕の横を走り抜けて――勢いよく跳ね上がる。高く、高く。僕の顎が空を指す程に高く。
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