上 下
1 / 19

01.ざまあを夢見て

しおりを挟む
 最初の内は僕もギラギラしてた。コンマ一秒でも速くなりたい。日本一、世界一のスイマーになりたいって――そう思ってた。

 夢いっぱい。楽しさいっぱい。すごく充実してた。

 この競泳人生は、Easyモードなんじゃないか。そんな漠然とした疑念を抱くまでは。

 真っ赤な難易度選択画面で僕の手はぴたりと止まった。コントローラーを持つ手から力が抜けていく。

 ふと視線を逸らせば光が、カーテンから朝日が差し込んでいるのが見えた。開けるのも面倒だ。直ぐに夜になるし――なんて思ってたら控えめにノックされた。

ごう。練習に行かなくていいの?」

 母さんだ。心配そうに。酷く言いにくそうに訊ねてきた。

 凄くもやもやする。全部ぶちまけてしまいたい。でも、出来ない。諦めてしまっているから。どうせ理解してもらえない、なんてみっともなく不貞腐れて。

「いいよ。別に出ても、出なくても変わらないから」

「そんなこと……」

「大丈夫だから。心配しないで」

 煩わし気に返すと、母さんの足音が遠ざかって行った。ほっと息をついてコントローラーを持ち直す。選択したのはVery Hardだ。

「あ~あっ」

 開始後間もなくゾンビに食われた。真っ赤になった画面の向こうでゾンビ達が嗤ってる。

「あんなん無理だって」

 コントローラーを放り投げて後ろに倒れ込む。空気が抜ける音と共に僕の体はしっとりとしたものに包まれた。

 座面だ。革製のソファに、肩から上だけが乗ったような体勢になってる。流石にこれはちょっと苦しい。

「もういいや」

 テレビを消してソファに寝転がる。そのままスマホを手に取って漫画を読み始めた。

 を読む度いつも思う。こんなふうに素直にイキれたり、褒めてくれる人達をいたずらに羨んだりしなければ、もっと楽に生きることが出来たんだろうなって。

「いや、違うな。僕は『ざまあ』される側か」

 ヘイト要員達がきちんと報い(=ざまあ)を受けるのもこの手の作品の醍醐味だ。

「……そっか。『ざまあ』……か」

 妄想が膨らむ。

 主人公が天狗になっている僕を完膚なきまでに叩きのめす。無様に膝をつく僕を見てみんなが嗤う。そんな中で、僕は再起を目指して彼を追うんだ。それこそ必死になって。なりふり構わず。

 それでも僕は彼を超せない。そんな僕を見てみんなが一層嗤う。

 もしかしたら、彼も嗤うかもしれない。でも、それでもいい。欲を言えば彼のライバルに。何かしらな形で意識を向けてくれたら嬉しいけど。

「ははっ、なんてね」

 スマホを伏せて、ぼんやりと天井を見上げる。

 明日はジャパンオープン。五輪のメダリスト達に混ざって泳ぐ日だ。何かが変わることを夢見て、僕はそっと目を閉じた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

眠るライオン起こすことなかれ

鶴機 亀輔
BL
アンチ王道たちが痛い目(?)に合います。 ケンカ両成敗! 平凡風紀副委員長×天然生徒会補佐 前提の天然総受け

【完結】もう一度恋に落ちる運命

grotta
BL
大学生の山岸隆之介はかつて親戚のお兄さんに淡い恋心を抱いていた。その後会えなくなり、自分の中で彼のことは過去の思い出となる。 そんなある日、偶然自宅を訪れたお兄さんに再会し…? 【大学生(α)×親戚のお兄さん(Ω)】 ※攻め視点で1話完結の短い話です。 ※続きのリクエストを頂いたので受け視点での続編を連載開始します。出来たところから順次アップしていく予定です。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

処理中です...