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エピローグという名のプロローグ

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「お、ここってオープンしてたんだ」
 
 餡蜜庵あんみつあん
 最近、リニューアルオープンの告知をしていた老舗。たしか、昭和だか平成だかの時代からやっているんだとか。
 少し離れた場所に住んでいる秋斗でも知っているほどの、有名な店だ。
 入った事は無いが。
 
「行列に並んでまで食いたいとは思わんからなぁ……あれ。でも今なら行列ほとんど無い、か?」
 
 看板にも「近日オープン!」としか書いてなかったのだ。
 きっと、まだみんな店が開いた事を知らないのだろう。春休み中だというのも大きいかもしれない。普段なら、学校帰りの学生で混雑しているはずの時間帯。しかし、行列はたった三人だった。
 これはチャンスだ。せっかくだし一回ぐらいは食べてみるかと思い、秋斗は行列の最後尾に並ぶ。
 
「お客様。ただいまの時間、お一人様の場合はカウンター席のみとなってしまいますが。よろしいでしょうか?」
「ん、いいよ」
「かしこまりました」
 
 
 五分ほど待って。秋斗は、カウンターに通された。
 注文は、席に着く際についでに済ませておく。
 ここの名物、イチゴ抹茶パフェだ。
 
 案内されたのは、壁際の席。
 左手一面に、綺麗な木目の壁が広がっている。
 ほのかに香る木の匂いと、新築の建物の匂い。
 もしかすると、壁をまるごとリニューアルしたのだろうか?
 ここに入った事の無い秋斗には判断がつかない。
 
 右手側には、小柄な女の子が座っている。
 どうやら一人のようだ。おそらくは秋斗と同じく、飛び入りで入ったのだろう。女の子がこういう店に入る時は、集団でと相場が決まっている。偏見かもしれないが。
 
 
「お待たせしました。アイスティーと、イチゴ抹茶パフェでございます」
 
 隣の女の子にパフェが配られる。
 秋斗は、自分も注文したパフェをチラリと横目で眺めた。
 
 大きく甘そうなイチゴが三つ、生クリームに埋もれている。
 たっぷり生クリームには抹茶チョコスティックが刺さっており、その下には抹茶アイスにプリン。
 基本に忠実で、とても美味しそうだ。
 
 
 と。
 パフェを見た女の子が、笑みを浮かべたのが見えた。
 視界の端に映った程度。だがしかし、秋斗はビクリと体を震わせる。
 思わずその顔をまじまじと眺めてしまう。
 
 ショートカットに、強い目が特徴的な女の子。
 その笑顔は、なぜだかとても魅力的で。秋斗は、目が離せない。
 
「ん?」
 
 視線に気づいたのか、ちらりと横目でこちらの様子を伺う女の子。
 おもわず秋斗は視線を逸らしてしまった。
 いや、視線を逸らした事自体は普通の反応ではるが。その前の事は、明らかに異常だ。
 目が吸い寄せられた。目が離せなかった。目を奪われたという表現がしっくり来る。
 
 心臓がドキドキした。
 息が苦しい。
 顔が熱い。
 手が震える。
 
 
(……やっべ。なんだろこれ)
 
 気を紛らわせるため、秋斗は携帯端末を取り出した。
 友人と話せば、少しは気が紛れるだろう。
 「やっべー凄い可愛い子見つけた。惚れた」とでも送ろう。絶対「写真プリーズ」と返されるだろうが、そこで自分はこう返してやるのだ。「でも写真は送ってやんねー。妄想ですませろ。プギャー!」と。
 
 うん、これでいこう。
 そう思い、秋斗は携帯を起動し――
 
「あっ」
 
 手が震えていたせいだろうか。
 手のひらに、じっとりと汗をかいていたせいだろうか。
 携帯は秋斗の手に収まらず、落としそうになってしまう。
 長さを半分ほどにしたボールペンのような外観。手が滑れば、簡単に取り落としてしまう。
 
 大人しく、そのまま落っことしておけば済む話だった。携帯は、落とした程度では壊れない。
 だが、とっさにそんな判断ができるはずもなく。
 携帯を空中でむりやり掴みなおそうとした秋斗は、見事に弾いてしまう。
 
 そうして、空中に弧を描いた携帯は。
 見事、隣の女の子が今まさに口にせんとしていたパフェに突っ込んだ。
 
「あ」
「――は?」
 
 一瞬、時間が止まる。
 二人して、パフェを見つめたまま固まる。
 
 クリームに刺さる二本の棒。
 一本は、抹茶チョコスティック。
 もう一本は、秋斗のペン型携帯端末。
 
 
「……すまん」
 
 とりあえず、謝る。
 秋斗の言葉を聞いて再起動したのか、女の子の方もギギギとロボットのように首を動かしこちらを睨んできた。
 
「アンタ、いきなり何してくれ――っ!?」
 
 目が合う。
 その瞬間、女の子は再び固まった。
 すごく、驚いたように。
 目を奪われたように。
 まるで先ほどの秋斗の焼き直しだ。
 
「あ――れ? なんだろ、これ」
 
 頬を手で押さえる。
 そして、うんうん唸り始めた。
 その隙に、秋斗は謝罪の言葉を発する。
 
「まじすまんかった。店の人に言って取り替えて……」
「へ? いや、いやいや。食べられるでしょこれ。クリームに携帯ぶち込まれただけだし。クリームどければ余裕余裕」
「えー」
 
 雑だ。なんというか、雑だった。
 女の子っぽくない。
 
 とはいえ、弁償ぐらいすべきだろうと財布の中身を確認しようとすると、女の子はパフェを秋斗の前にドンと置く。
 
「……?」
「アンタもイチゴ抹茶パフェ、注文してたよね? 私がそれを貰う。あんたはこれを食べる。それで許す」
「ええー」
「なに、不満なの? 食べ物粗末にすんなコラ」
「いえ、不満はありません」
 
 やがて、秋斗の分のパフェが運ばれてくる。
 女の子の方は、すんごい良い笑顔でそれをぱくつき始めた。
 秋斗の方もパフェに手をつける。
 
「――お、うまい」
「だよねっ!? ここのパフェ、美味しいよねー。しばらく食べられなかったから、ストレス溜まっちゃってさー。今日オープンしてるの見て、もう飛びついちゃった」
 
 笑顔のまま、フレンドリーに話しかけてくる。
 怒っているかと思ったが、怒りの気配は全く無い。
 許すの言葉に二言は無いらしい。男らしい女の子だ。
 
「確かに美味いわ、これ。行列になるのもわかるな」
「あー、そうだね。明日からきっと行列になるだろうね。春休み終わったら、もっと……うあー、いつもこれくらい気軽に入れたらなぁ」
 
 明るい笑顔に影が差す。
 表情がコロコロと変わるのが面白い。
 
 
 二人は、ゆっくりとパフェを味わいつつ雑談を続けた。
 なんだか妙に話が弾む。まるで、昔からの知り合いだったみたいに。
 
「秋斗。秋斗ね。なんだか呼びやすい。しっくり来る」
家接いえつぐさんは」
「瀬奈でいいわよ。私、苗字の方あんまり好きじゃないのよね。なんか、徳川家の将軍っぽくない?」
 
 徳川家継に関しては完全に同意するが、これはどう捉えれば良いのだろう。
 瀬奈と呼び捨てにして良いという事だろうか。
 
「瀬奈、は。さっき高校一年になるって言ってたけど。高校どこなの?」
「西高」
「お、同じ高校か」
「えっ、マジで? やった、入学前から知り合いゲット!」
 
 いえーいとハイタッチをする。
 なんだか変なテンションだ。
 
「へへー、同じクラスになれるといいねっ!」
 
 眩しい笑顔。
 それを見ていると、ドキドキしてくる。
 こんな事は初めてだった。
 
 少し照れたのを察知されたのだろうか。
 瀬奈が、にんまりと笑って手にしたフォークを突き出してくる。
 その先端にはイチゴ。
 何をしようとしているかは、一目瞭然だった。
 
「にひ。んじゃ、お近づきの印に。はい、あーん」
「ええー、ここで? すっげぇ恥ずかしいんだけど」
「ほら、ぼさっとしない! ってか、なんかやってるほうも恥ずかしいから、これ。早くあーんして。あーん」
「むごっ!?」
 
 顔を赤くした瀬奈に、半ば強引にイチゴを突っ込まれる。
 
 
 イチゴの匂い。
 なんだか、とても懐かしくて。
 ほのかに、幸せの香りがした。
 
 
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