9 / 9
エピローグという名のプロローグ
しおりを挟む「お、ここってオープンしてたんだ」
餡蜜庵。
最近、リニューアルオープンの告知をしていた老舗。たしか、昭和だか平成だかの時代からやっているんだとか。
少し離れた場所に住んでいる秋斗でも知っているほどの、有名な店だ。
入った事は無いが。
「行列に並んでまで食いたいとは思わんからなぁ……あれ。でも今なら行列ほとんど無い、か?」
看板にも「近日オープン!」としか書いてなかったのだ。
きっと、まだみんな店が開いた事を知らないのだろう。春休み中だというのも大きいかもしれない。普段なら、学校帰りの学生で混雑しているはずの時間帯。しかし、行列はたった三人だった。
これはチャンスだ。せっかくだし一回ぐらいは食べてみるかと思い、秋斗は行列の最後尾に並ぶ。
「お客様。ただいまの時間、お一人様の場合はカウンター席のみとなってしまいますが。よろしいでしょうか?」
「ん、いいよ」
「かしこまりました」
五分ほど待って。秋斗は、カウンターに通された。
注文は、席に着く際についでに済ませておく。
ここの名物、イチゴ抹茶パフェだ。
案内されたのは、壁際の席。
左手一面に、綺麗な木目の壁が広がっている。
ほのかに香る木の匂いと、新築の建物の匂い。
もしかすると、壁をまるごとリニューアルしたのだろうか?
ここに入った事の無い秋斗には判断がつかない。
右手側には、小柄な女の子が座っている。
どうやら一人のようだ。おそらくは秋斗と同じく、飛び入りで入ったのだろう。女の子がこういう店に入る時は、集団でと相場が決まっている。偏見かもしれないが。
「お待たせしました。アイスティーと、イチゴ抹茶パフェでございます」
隣の女の子にパフェが配られる。
秋斗は、自分も注文したパフェをチラリと横目で眺めた。
大きく甘そうなイチゴが三つ、生クリームに埋もれている。
たっぷり生クリームには抹茶チョコスティックが刺さっており、その下には抹茶アイスにプリン。
基本に忠実で、とても美味しそうだ。
と。
パフェを見た女の子が、笑みを浮かべたのが見えた。
視界の端に映った程度。だがしかし、秋斗はビクリと体を震わせる。
思わずその顔をまじまじと眺めてしまう。
ショートカットに、強い目が特徴的な女の子。
その笑顔は、なぜだかとても魅力的で。秋斗は、目が離せない。
「ん?」
視線に気づいたのか、ちらりと横目でこちらの様子を伺う女の子。
おもわず秋斗は視線を逸らしてしまった。
いや、視線を逸らした事自体は普通の反応ではるが。その前の事は、明らかに異常だ。
目が吸い寄せられた。目が離せなかった。目を奪われたという表現がしっくり来る。
心臓がドキドキした。
息が苦しい。
顔が熱い。
手が震える。
(……やっべ。なんだろこれ)
気を紛らわせるため、秋斗は携帯端末を取り出した。
友人と話せば、少しは気が紛れるだろう。
「やっべー凄い可愛い子見つけた。惚れた」とでも送ろう。絶対「写真プリーズ」と返されるだろうが、そこで自分はこう返してやるのだ。「でも写真は送ってやんねー。妄想ですませろ。プギャー!」と。
うん、これでいこう。
そう思い、秋斗は携帯を起動し――
「あっ」
手が震えていたせいだろうか。
手のひらに、じっとりと汗をかいていたせいだろうか。
携帯は秋斗の手に収まらず、落としそうになってしまう。
長さを半分ほどにしたボールペンのような外観。手が滑れば、簡単に取り落としてしまう。
大人しく、そのまま落っことしておけば済む話だった。携帯は、落とした程度では壊れない。
だが、とっさにそんな判断ができるはずもなく。
携帯を空中でむりやり掴みなおそうとした秋斗は、見事に弾いてしまう。
そうして、空中に弧を描いた携帯は。
見事、隣の女の子が今まさに口にせんとしていたパフェに突っ込んだ。
「あ」
「――は?」
一瞬、時間が止まる。
二人して、パフェを見つめたまま固まる。
クリームに刺さる二本の棒。
一本は、抹茶チョコスティック。
もう一本は、秋斗のペン型携帯端末。
「……すまん」
とりあえず、謝る。
秋斗の言葉を聞いて再起動したのか、女の子の方もギギギとロボットのように首を動かしこちらを睨んできた。
「アンタ、いきなり何してくれ――っ!?」
目が合う。
その瞬間、女の子は再び固まった。
すごく、驚いたように。
目を奪われたように。
まるで先ほどの秋斗の焼き直しだ。
「あ――れ? なんだろ、これ」
頬を手で押さえる。
そして、うんうん唸り始めた。
その隙に、秋斗は謝罪の言葉を発する。
「まじすまんかった。店の人に言って取り替えて……」
「へ? いや、いやいや。食べられるでしょこれ。クリームに携帯ぶち込まれただけだし。クリームどければ余裕余裕」
「えー」
雑だ。なんというか、雑だった。
女の子っぽくない。
とはいえ、弁償ぐらいすべきだろうと財布の中身を確認しようとすると、女の子はパフェを秋斗の前にドンと置く。
「……?」
「アンタもイチゴ抹茶パフェ、注文してたよね? 私がそれを貰う。あんたはこれを食べる。それで許す」
「ええー」
「なに、不満なの? 食べ物粗末にすんなコラ」
「いえ、不満はありません」
やがて、秋斗の分のパフェが運ばれてくる。
女の子の方は、すんごい良い笑顔でそれをぱくつき始めた。
秋斗の方もパフェに手をつける。
「――お、うまい」
「だよねっ!? ここのパフェ、美味しいよねー。しばらく食べられなかったから、ストレス溜まっちゃってさー。今日オープンしてるの見て、もう飛びついちゃった」
笑顔のまま、フレンドリーに話しかけてくる。
怒っているかと思ったが、怒りの気配は全く無い。
許すの言葉に二言は無いらしい。男らしい女の子だ。
「確かに美味いわ、これ。行列になるのもわかるな」
「あー、そうだね。明日からきっと行列になるだろうね。春休み終わったら、もっと……うあー、いつもこれくらい気軽に入れたらなぁ」
明るい笑顔に影が差す。
表情がコロコロと変わるのが面白い。
二人は、ゆっくりとパフェを味わいつつ雑談を続けた。
なんだか妙に話が弾む。まるで、昔からの知り合いだったみたいに。
「秋斗。秋斗ね。なんだか呼びやすい。しっくり来る」
「家接さんは」
「瀬奈でいいわよ。私、苗字の方あんまり好きじゃないのよね。なんか、徳川家の将軍っぽくない?」
徳川家継に関しては完全に同意するが、これはどう捉えれば良いのだろう。
瀬奈と呼び捨てにして良いという事だろうか。
「瀬奈、は。さっき高校一年になるって言ってたけど。高校どこなの?」
「西高」
「お、同じ高校か」
「えっ、マジで? やった、入学前から知り合いゲット!」
いえーいとハイタッチをする。
なんだか変なテンションだ。
「へへー、同じクラスになれるといいねっ!」
眩しい笑顔。
それを見ていると、ドキドキしてくる。
こんな事は初めてだった。
少し照れたのを察知されたのだろうか。
瀬奈が、にんまりと笑って手にしたフォークを突き出してくる。
その先端にはイチゴ。
何をしようとしているかは、一目瞭然だった。
「にひ。んじゃ、お近づきの印に。はい、あーん」
「ええー、ここで? すっげぇ恥ずかしいんだけど」
「ほら、ぼさっとしない! ってか、なんかやってるほうも恥ずかしいから、これ。早くあーんして。あーん」
「むごっ!?」
顔を赤くした瀬奈に、半ば強引にイチゴを突っ込まれる。
イチゴの匂い。
なんだか、とても懐かしくて。
ほのかに、幸せの香りがした。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
毎日告白
モト
ライト文芸
高校映画研究部の撮影にかこつけて、憧れの先輩に告白できることになった主人公。
同級生の監督に命じられてあの手この手で告白に挑むのだが、だんだんと監督が気になってきてしまい……
高校青春ラブコメストーリー
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
私たちは、お日様に触れていた。
柑実 ナコ
ライト文芸
《迷子の女子高生》と《口の悪い大学院生》
これはシノさんが仕組んだ、私と奴の、同居のお話。
◇
梶 桔帆(かじ きほ)は、とある出来事をきっかけに人と距離を取って過ごす高校2年生。しかし、バイト先の花屋で妻のために毎月花を買いにくる大学教授・東明 駿(しのあき すぐる)に出会い、何故か気に入られてしまう。お日様のような笑顔の東明に徐々に心を開く中、彼の研究室で口の悪い大学院生の久遠 綾瀬(くどお あやせ)にも出会う。東明の計らいで同居をする羽目になった2人は、喧嘩しながらも友人や家族と向き合いながら少しずつ距離を縮めていく。そして、「バカンスへ行く」と言ったきり家に戻らない東明が抱えてきた秘密と覚悟を知る――。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる