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ヒント3 ハルカさんは秋斗さんとデートしたい

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 それは、嵐のように。
 秋斗の前までやってきた。
 
「デート! デートです。デートしましょうっ!」
 
 バァーンと扉を開け放って現れたのは、ハルカ。
 右手を突き上げ、なぜか手には風呂敷包みを持っている。
 突然のハルカの登場に、秋斗と瀬奈は取っ組み合いをしたままの姿勢で一瞬固まった。
 
「……え、俺?」
「はい、秋斗さんです」
「……え、私?」
「いえ、瀬奈さんではありません」
「ええー、私の方がいいと思うけどなぁ。秋斗に女の子のエスコートができるとは思えないし」
「む、何を言う。俺は小さい頃からお前のお守りをしていたんだ。女の子の扱いに関しては、匠の技を持っていると言っても過言ではない」
「過言でしょ。自分で言うのも悲しくなってくるけど。私を一般的な女の子のカテゴリに当てはめて考えると、たぶん失敗すると思う」
「大丈夫ですっ、私も一般的な女の子のカテゴリに当てはまりませんからっ。ずっと入院してたので!」
「ハルカって自虐ネタ結構好きよね。私、ハルカのそういう所好きよ」
「えへへー、告白されちゃいました。私も瀬奈さんの容赦ない所、好きですよ」
「褒められてる気がしないんだけど」
「私的には、すごい褒め言葉なんですが! ですがっ!」
 
 瀬奈とハルカがそんなやりとりをしている間に、秋斗はどこからともなく取り出したヘアセットグッズで身だしなみを整える。
 手にした鏡であらゆる角度から余す所なく自分を映そうとするが、うまく映らない事に気付いてぽいっと放り投げ、髪をかきあげこう言った。
 
「ふぅー、やれやれ。モテ期ってやつか? とうとう俺にも千客万来黒船来襲ペリーペリーしちまったかぁ……へへ。まいったね、どうも」
「次郎さんは年齢的にアウトなので、消去法で仕方なく秋斗さんとデートしたいと思います。他に選択肢が無いので、仕方なく!」
「ぐっはぁ!?」
 
 ハルカの容赦ない言の葉の刃に身を切り刻まれ、秋斗は轟沈。
 開国ならず。黒船は沈んだ。
 
 
◇◇◇
 
 
 ハルカの突然の行動。
 理由はまったくわからなかったが、秋斗は流されるまま、デートの待ち合わせ場所に来た。
 二人とも教室にいたというのに、なぜか一度別れてから現地集合だ。
 瀬奈いわく「女の子には色々準備ってものがあるのよ」との事らしい。
 言わんとしている事はわかるが、いつも唐突に秋斗を連れ回そうとする瀬奈に言われると、少々モニョッとした気分になる。
 戦いはいつだって準備不足だ。
 
 ちなみに、デートの場所は動物園。
 動物園を選んだのは、ハルカの動物好きを考慮した結果だ。
 小さい頃だが、ハルカもこの動物園に来たことがあるというのも決め手の一つ。
 行った事の無い場所に行くというのは、慣れないうちは難しい。
 
「お待たせしました、秋斗さんっ!」
「へい、子猫ちゃん。俺も今きた所さ」
「秋斗さん。寒いギャグは要らないので、正常な思考回路を持った男性が女性をエスコートする感じでお願いします」
「え……俺、今の素だったんだけど」
 
 若干ショックを受けた様子の秋斗。
 だがすぐに気を取り直し、ハルカの佇まいに視線を走らせた。
 
 白を基調としたワンピースに、白い帽子。清潔感のある服装。
 とてもハルカらしく、よく似合っていた。
 
「凄く似合ってるね、その服」
「わぁー、ありがとうございます! なんかすごい適当なセリフでも嬉しいです。私、白い服が好きなんですよ。ずっと入院してたので! 保護色ってやつですねっ」
「男を射止める時は、周囲に溶け込んではいけないよ。女の子は目だってなんぼさ」
「大丈夫、秋斗さんを射止める気はまったく、これっぽっちもありませんので!」
「ぐっはぁ!?」
 
 連続してハートにダメージを負い、グロッキーになる秋斗。
 だが、秋斗は気を取り直した。この程度の攻撃で心は乱れない。やせ我慢である。
 
 
 
 そんな秋斗の様子を物影から眺めるのは、怪しい二人組。
 っていうか、瀬奈と次郎だった。
 なぜかサングラスを掛け、頭には探偵帽。誰かの目に止まれば、即通報されて警察の事情聴取を受けていたことだろう。
 だが幸いにも。あるいは、不幸にも。多くの人達が行き交っているにも関わらず、二人の様子を気にかける者は誰一人としていなかった。
 
「子猫ちゃんて。秋斗、正直キモい」
「昭和男子の俺っちでも、今のはないわー。ドン引きだわー」
「あと、ハルカって顔に似合わず毒舌なのよね……雰囲気とのギャップが凄い」
「そう? 俺っちは気持ちわかるけどな」
「へぇ?」
「病気を哀れまれるより、笑い飛ばして欲しいんだよね。あの子の場合、ギャグが重いけど」
「次郎さんは軽すぎるし、二人合わせて割ればちょうどいいのにね」
 
 秋斗達の移動にあわせ、二人もコソコソ着いて行く。
 心底怪しかった。うさん臭いが服を着て歩いているがごとく、怪しかった。
 
 
 
 
 秋斗達が最初に訪れたのは、みんな大好き熊さんの家だ。
 秋斗とハルカは、熊さんの前で両の手を広げて叫ぶ。
 
「くまー!」
「くまー!」
 
 青空に響き渡る元気いっぱいの声。
 行き交う人々の喧騒が騒がしい。年々来園者が減って経営が苦しくなってきているらしいが、それでもまだこの動物園は人で溢れている。
 ハルカが時折立ち止まって辺りを眺めているのは、おそらく小さい頃の記憶を思い出して懐かしがっているのだろう。動物にも良い反応をしているし、動物園を選んだのは正解だったらしい。瀬奈のアドバイスに従わなくて良かった。
 ちなみに、瀬奈が提案したのはショッピングだ。金を払わないのにショッピングと呼べるかどうかは不明だが、呆れるほど長時間連れ回されるのだけは目に見えている。そういうのは女の子組だけで行って欲しい。
 
「む、体長170cmと言われると大した事ないように聞こえますが、近くで見るとやはり圧迫感がありますね。さすがは熊さんです。でも負けませんっ、威嚇のポーズ。がおー!」
 
 熊の目の前で謎のポーズを取る秋斗達。(秋斗も威嚇のポーズを真似してみた。「気持ち悪いです」と言われた)
 熊はそんな二人をスルーし、空中をぼんやりと眺めている。こっちむけコラと秋斗はガンを飛ばしたが、完全に無視された。
 
 
 
 
 それを物陰から見つめ、呆れ声を上げる瀬奈。
 
「……何やってんの、あの二人」
「我々もやるかね? 威嚇のポーズ」
「やらない……」
 
 
 
 
 秋斗とハルカは、次々と慌しく移動を繰り返す。
 このペースは、秋斗の予想を大きく超えていた。
 ハルカの様子を見ながら、できるだけハルカが好きそうな所を回ろうと思っていた秋斗。しかし、ハルカのテンションが半端ない。むしろ、着いて行くだけで一苦労だ。 
 
 
「わぁー、象さんですっ。おっきいですねぇ」
「確かにでかいな。俺の象さんの何倍だ?」
「秋斗さんの象さんには髪の毛ほどの興味もわきませんが、この象さんには興味いっぱいです。ちょっと触ってきますよ!」
「興味があるなら、俺の象さんにも触ってもいいんだぜ……あ、興味ありませんか。そうですか」
「固い! 象の毛、めちゃくちゃ固いです!」
「俺の象さんも……いや、なんでもないです」
 
 下ネタをこれ以上続けると、ハルカから容赦ない侮蔑の視線が飛んでくると予感した秋斗は自重した。ハルカのナイフは結構鋭いので、ペースを調整しないと秋斗の心が持たない。
 
「おおー、ライオンさんですね。ちょっと怖いです」
「大丈夫だ、問題ない。俺が憑いて……付いている」
「これっぽっちも安心できませんっ! 自分の力を信じて、撫で回してきます。わー!」
「ふふ、安心するんだ……俺が、君を守るから……あ、聞いてないね」
 
 散々秋斗を振り回したハルカは、キリの良いところで草むらの上に陣取り、持っていた荷物を広げはじめた。
 荷物の包みを草むらに敷き、その上に長方形の箱を並べる。
 
「お弁当タイム。お弁当タイムですっ。じゃんじゃじゃーん! 実はお弁当、作って来てましたー!」
「おおー、女の子の手作り弁当! あの荷物の中身って弁当だったんだな」
「頑張って作りました! 秋斗さんのお口にアウト……いえ、お口に合うといいんですが」
「大丈夫、俺のストライクゾーンは広いから」
「もう、フォローになってませんよ秋斗さんっ! ちなみに、このお弁当はスリーアウト制を採用しています。三回外れを引いた方が負け、という事で」
「わぁ、美味しそうだなぁ。おいし……えっ?」
 
 弁当の製作者と勝負が成立するはずがない。
 これは、秋斗の公開処刑と同義だった。
 
「もぐもぐ……うん、うまい。外れっていうから、ワサビ爆弾でも入ってるのかと思ったけど。美味しいじゃないか」
「変りダネというだけですからね。こう見えて、お料理には自信がありますっ! 暇つぶしがてら、無駄に練習してました。重い鍋は持てませんでしたがっ」
「瀬奈は料理しないからなぁー。いいよな、こういうの」
「もう! 可愛い女の子が目の前にいるのに他の女の話だなんて、秋斗さんはデリカシーというものがありませんねっ。ほっぺたつねってみていいですか?」
「なぜ頬をつねる」
「瀬奈さんが秋斗さんで遊んでるのを見て、いいなーって思ってたんです。私も遊んでみたい」
「俺、おもちゃ扱い? 酷くね? あと一応フォローしとくと、瀬奈って絶妙にあんまり痛くない攻撃してきてるからね。怒ってる時以外は」
「それくらいは、見てたらわかりますよ。秋斗さんも、ドサクサに紛れてエッチな所触りまくってますよねー。デレデレしちゃって、まぁ。イチャイチャしすぎで、私の心はイライラがビッグボムです。怒髪天をついちゃいますよ!」
「イチャイチャはしてない……してないよな?」
 
 
 
 
「イチャイチャしてるよ。なぁ、瀬奈ちゃん?」
「してない……なにその表情。イラっとする」
「ひどいな、オレっちのスマイルがイラっとするなんて……ところで瀬奈氏、瀬奈氏」
「何。変な呼び方しないで」
「オレっち達の弁当は? 瀬奈氏の愛が篭った手作り弁当が食べたいな」
「それなら、あそこにある飼育箱の中身でも食べてなさい。いくらでも食べていいわよ」
「あれ、草じゃん! 牧草じゃん! まったく瀬奈氏は、ツンデレさんなんだからぁ」
「次郎さん、少し黙って」
「はい……」
 
 
 
◇◇◇
 
 
 
 空の色が変わる。
 青い空から、赤い空へ。
 日が落ちるのだ。もうすぐこの空は、闇の色へと変貌を遂げる。
 
 そんな中、二人はベンチに座って体を休めていた。
 さすがに疲労困憊だ。なんせ、一日中走り回っていたようなものだ。
 
「はぁー、楽しかったです!」
「たしかに。まさかこの歳になって、こんなにはしゃぎまわるとは」
「もう、年寄りみたいな発言はやめて下さい。私達、まだ若いですから。ぴっちぴちですから!」
「ぴっちぴちて」
 
 笑いながら、今日の思い出を振り返る。
 ハルカは、意外と大きい動物が好きなようだ。てっきり小動物的なものが好きかと思っていたが、どちらかといえば大型動物の迫力に目を輝かせて興奮していた。
 熊の話。象の話。ライオンの話。
 羊の話。調子に乗って上に乗っていたら突然走り出し、牧草の中に頭を突っ込むハメになった。
 ペンギンの話。波打ち際で流されて遊んでいる無気力すぎるペンギンがなんだか無性におかしくて、二人して笑った。
 二人は会話を通じて、今日の道筋を辿りなおす。
 
「ふふ」
 
 ハルカが、笑みを零した。
 思わずといった様子で。それは、今までずっと浮かべていた笑みとは別物で。本心を隠すための笑顔とは違う、心の内をさらけ出すような。とても可愛くて、ドキドキする笑顔。
 思わず、秋斗もドキリとしてしまう。
 
「まさか、私が男の子とデートしちゃうなんて。夢にも思っていませんでした」
 
 
 風が、二人の間を流れる。
 耳に聞こえるのは、木々のざわめき。
 目に映るのは、舞い散る花びら。
 ほのかに甘い香りがした。
 
「夢じゃないぜ。すくなくともな」
「ええ、そうですね。夢じゃありません」
 
 ハルカは空を見上げる。
 釣られて、秋斗も空を見上げた。
 青と赤のグラデーション。
 この赤が黒へと変わったとき、一日が終わる。
 それほど時間は、無いだろう。
 
「あーあ」
 
 ぽつりと零す。
 先ほどの笑顔と同じように、思わずといった様子で。
 先ほどの笑顔と同じように、それは本心なのだろう。
 
 思わずには、いられない。
 秋斗だって、そうだったから。
 
 
「――夢だったら、よかったのに」
 
 
 彼女は、いつものように。
 仮面のような笑顔を浮かべて、そう言った。
 
 
 
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