下町食堂の賄い姫

栗木 妙

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小話『もっと話をしてみました』[2]

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『ちゃんと向き合ってみましょう』


「――アル様と、ちゃんと向き合え、じゃないと何も始まらない、って……そう助言をくれたの、実はエイスさんなんですよ」
「エイス? ――ああ、あのシュバルティエの……」
 そこでアルフォンス様が思い当たったような表情を浮かべた…と同時、まるで嫌なことでも思い出したかのごとく、どことなく眉根が寄る。
「僕も、彼には怒鳴り付けられた」
「は……?」
「母の前で君が使用人宣言して逃げた後のことだよ。君を追いかけようと、僕を掴んでいるアレクの手と、『女の子をあんなに怯えさせるなんて』云々言いながら詰め寄ってくる母を、何とかして振り切れないかともがいていた時に、いきなり目の前にやってきて、『いい加減にしやがれ!』って」
 ――うーわー……エイスさんの口の悪さ、目上の人相手でもお構いなしだな……!
「まさか、その場に居合わせただけの人間にそんなこと言われるなんて思ってもみないから、あまりに突然のことでもあったし、僕も腹が立つとかいうよりは、むしろ驚きに固まってしまってね。その隙を狙ったように畳み掛けられたよ。『何も知らない子を振り回すのが、そんなに楽しいか! 貴族の気まぐれに振り回されるしかない平民の気持ちなんて、所詮あんたにゃわかるはずもねーよなっ! どうしてもあの子を追いかけたいなら、副団長の言うとおり、頭冷やしてから出直しやがれ!』って。言い捨ててそのまま、彼は君を追いかけて行ってしまった」
「そ…そんなことが……」
「情けないが、しばらく茫然としてしまったよ。そんな僕の前に今度は、彼と一緒にいたリュシェルフィーダの騎士が進み出てきて、彼の暴言を丁寧に謝ってきてさ。でも次には、『しかし私も、彼女に対するアルフォンス様のなさりようは如何なものかと思います。彼の言葉も、あながち間違いではないかと』なんて、やんわりと僕を非難してきて。そのまま彼も、『彼女はお屋敷に送り届けておきますので、ご心配なく』って、一方的に言って君の後を追っていった」
「クロウさんまで、そんなことを……」
「本当にさ……こう立て続けで色々言われてしまったら、もはや怒っていいのかどうすればいいのか、何が何やらわからなくなって、やっぱり茫然としているしかできなくてね……そんな時、母が呟いた。『そうだったわ…あの子シュバルティエ公爵のご長男なのよね…』って、どこか納得させられたような声で。それから僕に言った。『ようやくわかったわ。あなたの連れてきた彼女は、平民の身分なのね? だから、あんなふうに言ったのね』って。何故それがわかったのか、その前の呟きがどういう意味なのかを問い質して、初めて『シュバルティエ公爵のご長男』とやらの出自を知ったよ。彼の両親のこと……君も、聞いた?」
「帰りの馬車の中で、教えていただきました……私に、お母様のようにはなって欲しくない、って……」
「そうか……そんなことまで、彼は君に話したんだね……」
 ひととき、そこで言葉を切ると、アルフォンス様は嘆息を洩らした。
「僕は、口先だけの無責任な誓いは嫌いだけれど……これだけは、君に約束しようと思う」
 そして唐突に、それを告げる。
「これから先、僕が妻にと望むのは君一人だけだ」
「アル様……」
「彼の母親のような想いを君にはさせない、なんていう約束は出来ない。きっと君には、これから苦しい想いも、辛い想いも、させてしまうことになると思う。もしかしたら、泣かせてしまうことだってあるかもしれない。だけど、それでも僕を信じていて欲しいから……その証として、決して違えることのないこの約束を、いま君に捧げようと思う」
 改まったように私の手を取り、まさに恭しくといった体で掲げると、その指先を自らの唇に当てた。
「誰に、どんな反対を受けようと、どれほどの非難を受けようと、僕は君以外の女性を妻に迎えることは絶対にしない。もしもそんな話が出ようものなら、全力で抗ってみせるよ。――だけど、どうしても逃れられないときは……」
 そこで一旦言葉を切ったアルフォンス様は、どことなく上目使いで悪戯っぽく、こちらを見つめる。
「そのときは、僕と一緒に逃げてくれる?」
 そんな仕草が、なんだか新鮮で、なぜかとても可愛く見えて、思わずくすりとした笑いが洩れてしまった。
「それ……あくまで最終手段、なんですよね?」
「勿論だよ。万策尽きて、もはや道がそれしか残っていない、って場合の話。――最初から駆け落ちを選ぼうとするほど、そこまで僕は破滅型じゃない」
「なら、どこまでも一緒についていきます。そのときは、絶対に誰にも探し当てられないように、地の果てまでも逃げましょうね」
「心得た。逃げると決めたからには、完璧な失踪計画を立てたうえでの駆け落ちを披露してみせるよ」
「期待してます」
 そこで視線を合わせ、二人そろってくすくすと笑い合ってから。
 私たちは、自然と唇を重ねた。


 ――アル様は……きっと、私を安心させようとしてくれたんだろうな……。
 僕には君しかいないんだから、僕を信じてくれていいんだよ、安心してついておいで、って……そう励ましてくれたのだろう。
 結婚を認めてもらえず、仕方なく駆け落ちという手段をとってまで愛する人と結ばれたというのに、結局は不遇な最期を迎えてしまった――そんなエイスさんのお母様の境遇に、私が自分自身を重ねてしまうことがないようにと、気を遣ってくれたのかもしれない。
 それに、万策尽きてしまったときは一緒に逃げようとまで言ってくれた。
 それほどに私を想ってくれている――と同時に、いざとなれば、駆け落ちして逃げる、っていう手段もとれるのだから、このさき何があっても、あまり重く受け止めずに一緒に何とか乗り越えよう、って、そういう意味も込めてくれたのかもしれない。
 ――ホント、どこまでも優しいんだからなあアル様ってば……。
 私も優しくなりたい――そんなことを、初めて思えた。
 このひとのために、私が出来ることを何でもしてあげたい。
 いつでも安心させてあげられるように。悲しませるようなことがないように。
 私は笑顔で、このひとを信じてどこまでもついていこう、と……そう、このとき心に誓ったんだ―――。


「――エイスさんに……あとクロウさんにも、改めてお礼をしなくっちゃ……」
 迷惑かけてごめんなさい、と、心配してくれてありがとう、をひっくるめて、改めて感謝の気持ちを伝えたい。――そういえば、クロウさんには、お借りしたハンカチーフもお返ししなくては。
 そんな呟きを聞き止め、やや眉根を寄せたアルフォンス様が私を見やる。
「なんで君は、いつもそうなのかな……」
「え……?」
「頼むから、僕の見ていないところで他の男と接触しようとするのは、控えてくれないか」
「――はい……?」
 言われた言葉の意味を捉えかね、思わずきょとんとした視線を向けてしまった。
 ただ、お礼をしたい、と言っただけで……何故それが『他の男と接触』なんていう話に飛躍するのか。全くワケがわからない。
 なのにアルフォンス様は、相変わらず眉根を寄せた表情のまま、なおも言い募る。私には意味不明なことばかりを。
「だいたい君は、男に対して無防備すぎるんだよ。なんでそう易々と身体のあちこち触らせてるのさ」
「別に、触らせてるような覚えなんて……」
「触らせてたじゃないか。――特に、あのシュバルティエの騎士には、抱きしめられたりとか自分から抱きついたりとか、さんざん……」
 そんなことあったっけ? と記憶をたどってみれば……確か、ファランドルフ公爵夫人の登場でバタついていたあのときに、壺を倒しそうになって庇ってもらった態勢が、ひょっとしなくても抱きしめられていたように見えたかもしれないし、その後、アルフォンス様の登場でエイスさんの身体の陰に隠れようとした行為が、もしかしなくても自分から抱きついたように見えていたかもしれない。――けど、それを指摘されたところで……、
「あれは、あくまで不可抗力というものであって。自分から進んで『触らせてた』というわけではないんですけど……?」
「たとえそうであっても、僕が何となく不愉快になるから嫌だ」
「えっと……それって、もしかして、――ヤキモチ?」
「そんなこと知らないよ。僕は不愉快だから不愉快と言っているだけだし。そんなものに名前をつけたところで何になるの」
「…………」
 ――なんだか久々に聞いたような気がするわ、このアル様独特の“屁”がつきそうな理屈……。
 そういえば……忘れかけていたけどこのひとってば、とてもじゃないけど年上だとは思えないくらい、人として持っているべき当然の何かが著しく欠けてるような人だった、そうだった……。
 軽く一つ、息を吐いて。
 おもむろに「アル様」と、まるで子供に諭して言い聞かせるような気持ちで、私はそれを告げた。
「もし私が、そんなアル様の理屈は私の理解の範疇にはありませんので一切考慮いたしません、って返答したら、どうしますか?」
「え……?」
「気持ちに名前をつけてみた方が、より相手に伝わり易くもなったりするんですよ。そもそもコミュニケーションっていうのは、お互いの歩み寄りが大事なんですから」
 私の返答が、思いのほか想定外だったようだ。どことなくきょとんとしたようにもうかがえる、その表情が本当に子供みたいに見えてならない。――こういうこと、これまで言ってくれる人とか、本当に近くに居なかったんだろうか? このひとのことだから、言われても普通にスルーしちゃってそうだなあ……。
「時と場合にもよりますが、アル様にしか意味の通らない理屈を並べ立るだけじゃ、人は動きませんよ。ましてや頼みごとなら尚更です。なるべく、誰もが理解できる言葉にして伝える努力をしてください。私も、ちゃんと理解してあげられるように、聞く努力をします。そうやって、お互いがお互いで、伝えるための、伝えてもらうための、努力をし合わないと。伝えたいことが伝わらないばかりでは、なんでわかってくれないんだ、っていう、ちっちゃな不満ばっかりが積み重なって、いつか爆発しちゃいますよ。爆発する前に伝えることを諦めてしまっても、結局は同じことです。それでは誰とも解り合えない、人との距離が離れていってしまうだけです」
「…………」
「私は、アル様と離れたくはないです。一緒にいるからには、ちゃんと解り合いたいし、そのうえで喧嘩だってしたい。だから言いますよ。――『頼む』とまで言うのなら、その内容は、ちゃんと私にも解る言葉にして伝えてください。じゃないと私は動きません」
 ハイじゃあもう一回どうぞ、と、さきほどの言葉の言い直しをそこで促すと、きょとんとしたまま固まっていたアルフォンス様が、今度はどことなく困ったような考え込むような表情になって、口元に掌が当てられた。
 そのまま、しばし無言のまま、時が流れて。
「…恥ずかしくて、とても言えない」
 ようやく消え入りそうな呟きが聞こえてきた――と思ったら、じわじわとアルフォンス様の頬が赤く染まっていく。
「改めて思い返したら、ただのヤツアタリだった。我ながら情けなくて、穴があったら入りたい気分だ」
 赤面する顔を隠すように、口元を覆っていたそれを更に上へともっていこうとする、その手を私は思わず掴んでその顔から引きはがしていた。
「ダメです、ちゃんと言ってください」
 驚いたように私を見下ろした、その視線を捕まえて、殊更にニーッコリと微笑んでやる。
「言ってくれなきゃ、わかりません」
「…もうわかっているくせに、君はイジワルだな」
「私の考えてることなんて、勝手に勘違いした思い込みかもしれないじゃないですか。いずれにせよ、答え合わせは必要ですよ?」
「ああ言えばこう言う……」
「ほらほら、伝えてこその言葉なんですからっ! 正直に、でもわかりやすく、お願いしますねっ♪」
「…………」
 早く早く、と言わんばかりに、にっこり無言で急かす私を見つめ、そこで一つ、アルフォンス様が諦めたように息を吐いた。
 そして言う。私から視線を逸らし、どことなく不貞腐れたようにも見える表情で。
「――僕がヤキモチを焼いて不愉快な気分になってしまうから、僕の知らないところで、僕以外の男と会ったりしないで欲しい」
「わかりました、なるべく気を付けるようにします」
「…『なるべく』じゃ、嫌だ」
「じゃあ、出来る限りは」
「……そこは嘘でも『絶対に会いません』って言っておくべきところじゃないの?」
「そんなこと無理に決まってるじゃないですか。世の中の半数は男性なのに。アル様だって、私の知らないところで私以外の女性と会わないで、って言っても絶対に無理でしょ?」
「それは……」
「よしんば、それが出来たとしても。そうやって自ら他人との輪を狭めてしまうようなアル様は、なんか嫌です。人として終わってる感、ハンパないです」
「う……」
「そこまで想ってくださるのは嬉しいんですけどね……でも、幾らアル様以外の男性と仲良くしていたとしても、私にとって特別な男性はアル様だけなんですから。そこをご理解のうえ、もうちょっと私のこと信用して欲しいです」
「…………」
「それでも気休めの言葉が欲しい、ということであれば、『絶対』を言うのも吝かではありませんが……でもアル様、仰ってましたよね? 『口先だけの無責任な誓いは嫌い』だって」
「…………」
 そこまで告げて、やっと「わかった、もう言わない」の言葉をアルフォンス様から引き出した時には、もはや完全に表情が不貞腐れていた。
 やれやれ…とは思ったものの、でも少しだけ微笑ましくもなり。
「――弟がいたら、きっとこんな感じなのかしら」
 なんの気なしに洩らしてしまった、その呟きを聞き止めたアルフォンス様が、そこで何ともいえないフクザツそうな表情を浮かべたけれど……そこは大人として、あえての見ないフリで流しておくことにした。


 結局のところ、皆様へのお礼の品と、お借りしたクロウさんのハンカチーフは、後日アルフォンス様からアレクさんを通してお渡しいただくようお願いすることになった。
 なるべく日持ちするようにと焼き菓子を作り、簡単なお礼状を添えて個々の箱に詰め、それを袋に詰めて一つの荷物として纏めてから「お願いします」とアルフォンス様へ渡したところ。
 即、見るからに面倒そうな顔をされたので、「じゃあ自分で届けます」と引っ込めようとした途端、「いや、いいから! 僕が渡すから!」と、半ばひったくられるように奪い返される。
 思わず、どんだけだ…と、ちょっとだけ笑ってしまった。
 ――まさか、あの無関心が服を着て歩いているようなアルフォンス様が、そこまでのヤキモチ焼き屋さんだったとは。
 意外だったなあ…と、こみあげてくる笑いを何とか押し隠しつつ、そこで私はもうひとつ、箱をアルフォンス様に差し出した。
「…はい、これはアル様の分」
 そこで即座に機嫌を直してくれたらしい、その様子を微笑ましく眺めながら、こういうところはやっぱり弟っぽいのよねと、一人こっそりと思う。
「…何、こっち見てニヤニヤしてるの?」
「イエ別に。――ああ、そうそう、このお礼に、今度はアル様だけのために、お菓子、作りますね」
「本当?」
「本当です、何がいいですか?」
 ――食べ物で釣られてくれる弟なら、扱いがラクでいいわー。




【終】
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