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【8】
しおりを挟む…まあ結果から言うと、逃げ切れるハズも無かったワケですが。
とりあえず、その場からは逃げ出して、来た廊下を戻ってはみたものの。やはり初めての場所だし、勝手もわからないお貴族サマのだだっ広いお屋敷だしで、しばらく歩いたのちに右往左往してしまう。
そんな迷子のような状態の私を保護しに来てくれたのは、エイスさんとクロウさんだった。
お二人の顔を見るなり即『戻りませんよ!』と虚勢を張ってしまったのだが、『わかってるよ』と苦笑してみせる、そんな先刻とは違う様子を目の当たりにして、思わず私も拍子抜けする。
『アルフォンス様のお屋敷まで送るよ。すぐに馬車を回すから、少し待っていてくれるかな』
――当然のことながら、私には否やは無い。
それでも素直に割り切れない気持ちが胸に蟠っていて、何を話そうという気にもなれず、送ってもらう馬車の中で私は終始無言だった。
そんな私に気を遣ってくれたのだろうか、目の前に座ったお二人も、何も話しかけてくることもない。
がたごととした振動と車輪の回る音だけが、狭い箱の中に漂う静寂を引き立てているようだった。
まるで、一人きりでいるような錯覚さえ覚える。――今だけは、それが少し心地よいと感じられた。
何も考えられない――考えたくない。
なのに脳裏から離れてくれない、去り際に見たアルフォンス様の表情。
こちらを見つめる、驚いたような傷付いたような……瞠られた瞳が、雄弁にそれを語っていた。
ふいに頬に何かが触れる感触がし、咄嗟にびくっと身体を震わせる。
現実に引き戻されてハッと我に返ってみると、私のすぐ目の前、こちらを覗き込むように見つめているクロウさんの瞳があった。
私の頬に差し伸べられていた手には、ハンカチーフと思しき白い布が握られている。
「…驚かせて、すまない」
何か痛々しいものでも見るかのような瞳で、クロウさんは、そう呟くように謝罪をする。
そして私の手を取り、自身の手の中のハンカチーフをそっと握らせてくれた。
「女性の涙を見ているのは、あまりに忍び難かったもので」
――涙……?
言われて指を自分の頬に当てると、嵌めていた薄い手袋越し、濡れたような感触を覚える。
――自分が泣いていたなんて、全く気付かなかった……。
改めてクロウさんを見つめ、「ありがとうございます」と頭を下げた。
「お見苦しいところをお見せしてしまったようで申し訳ありません。――これ、ありがたくお借りします。洗ってからお返ししますので、しばらく私が持っていてもいいですか?」
「ああ……気にするに及ばない」
そう快諾してくださったクロウさんに改めて軽く頭を下げると、そして私は、ハンカチーフを広げて適当な形に折り畳み直し、目元を覆った。
――なぜ私は泣いてしまったんだろう……?
布と瞼に遮られた薄暗闇の中、また答えの出せない疑問が浮かぶ。
その疑問を抱えたままでは、私は泣けなかった。
ただ、涙で化粧が崩れて顔が大変なことになっているだろうな、と……思い当たったら、そのまま顔を上げられなくなった。
そんな私の頭の向こうから、クロウさんの淡々とした静かな声が聞こえてくる。
「先刻のことは……君があんなふうに言ったのは、アルフォンス様の名誉を守ろうとしてのことだと、あの場にいた皆が理解している。あの場の君は正しいことをした。だから、君が傷付く必要はない」
「…………」
私は、その言葉に対して、何と応えたらいいのだろうか。
あの場でのことは、咄嗟に取ってしまった無意識の行動で、確固たる理由があってやったわけではない。むしろ、色々と混乱していた所為もあったのか、感情の高ぶるまま考えるよりも先に発されてしまった言動だった、という自覚の方が、ものすごくある。
その暴走した感情で……きっと私は、アルフォンス様を傷つけてしまったのだ。
それが『正しいこと』だったのだろうか? ――私にはわからない。もはや何が正しいのかもわからない。
自分が何をどうしたいのかさえ、わかっていないというのに……これ以上、何を考えればいいというの?
結局、そのまま私は目的地に着くまで、伏せた顔を上げることが出来なかった。
馬車がアルフォンス様のお屋敷に着くと、出る時に送り出してくれた執事さんが、慌てたように急ぎ足で飛び出してきた。――そらそうだ……出て行ったと思ったら、ほとんどトンボ返りで帰ってきちゃったワケだしね、これは何かがあったと考えるのが普通だろう。
そして執事さんは、私と一緒に馬車から降りてきたのが、アルフォンス様でなく、近衛騎士のお二人であったことにも、また更に驚いたようだった。
「このようにお早いお戻りとは、一体どうなさったのですか?」
努めて冷静さを保ちつつ、そう声を投げかけながら近づいてくると、私と騎士サマお二人を交互に見やる。
「…ごめんなさい、とにかくまず着替えさせてください」
申し訳ないとは思ったが、今は何を話すのも億劫に思えて、かろうじてそんな言葉だけを投げた。
執事さんは、それでも何か言いたげではあったが……気を取り直したように頷き、「ではこちらへ」と、お屋敷の中へと手をのべてくれた。
何か視線でやり取りでも交わしたのだろうか、玄関の扉をくぐるとすぐ、ドレスの着付けをしてくれた時のメイドさんの一人が待っていて、「こちらへどうぞ」と案内してくれる。
その後に付いていく前に、思い出したように執事さんと、その背後にいた騎士サマお二人に会釈をして、改めて私は踵を返した。
…執事さんへの説明は、きっとあのお二人がしてくれるだろう。
とにかく、一刻も早く一人になりたかった。
一刻も早く、この窮屈な衣装を脱ぎ捨てて、何も無い普段の自分に戻ってしまいたい―――。
せっかく時間をかけて着飾ってくれたというのに、こうも早々と脱ぐことになってしまうなんて、やっぱり少し申し訳ないような気分になる。支度をしてくれたメイドさんたちにしても、せっかく苦労して綺麗に着付けてあげたのに…という不満が無いはずもないだろう。
だが、それでもそんなことなどおくびにも出さず、ただ黙々と私の意向に従ってドレスを脱がせてくれている姿に、さすがプロだなあと感動してしまう。
メイドさんの手際のおかげで、そう時間をおかずに窮屈すぎる締め付けから解放されて、ようやく深く息が吐けるような気がした。
「ありがとうございました。…えっと、顔も洗いたいんですが、どちらを使えばいいでしょうか?」
「ただいまご用意いたします、少々お待ちください」
ほどなくして用意してもらえたお湯と石鹸で顔のお化粧もさっぱりと洗い流してしまうと、やはりそこも如才なく、すかさず化粧水でもって水気を拭き取った肌を整えられる。
そのまま、保湿の香油まで塗り込まされそうな気配を感じ、慌てて「もう大丈夫ですから…!」と、座っていた椅子から立ち上がった。
「駄目ですわ、お化粧のあとは、ちゃんとお手入れなさらないと。せっかくの綺麗なお肌が荒れてしまいます」
「もう充分です、こんなによくしていただいて、ありがとうございました」
「そんな……」
「あと、色々お手数かけて申し訳ありませんでした。お世話になりました」
そこでメイドさんにぺこりと頭を下げて、そのまま踵を返すと、部屋を出るべく歩き出した。
「ろ、ローザ様、どちらへ……!?」
「家に帰ります」
「ちょっ、ちょっとお待ちくださいましっっ……!!」
慌てたように追いすがられる気配を感じたが、私は歩く速度を緩めず、部屋を出ると脇見もふらずに来た時の玄関へと向かう。――アルフォンス様のお屋敷なら、以前にも来たし、廊下の曲がり角を間違えることも無く目的地へ到達できる。…たぶん。
本当は裏口からひっそりと帰りたいところだが、裏口の場所がわからないのだから仕方ない。かといって、なぜか私を引き止めにかかってきているらしいメイドさんに訊いたところで、教えてはくれないだろうし。こうなったら、知ってる場所からとっとと出てしまうに越したことは無い。
迷いも無い足取りの私を見て、もはや引き留めるのは難しいと踏んだのか、追いかけてきていたメイドさんの気配が背後から消えた。
それが執事さんを呼びに行ったからなのだと、わかったのは、二階の廊下から階段を降りた私が玄関ホールまで辿り着いた時だった。
ホールを横切り玄関の扉へと歩みを進めていたその時、突然「ローザ様!」と、真横から執事さんが飛び出してくる。
「ああ、ちょうどよかった、帰る前にご挨拶しなくちゃと思ってたんです」
「は……?」
「いろいろお騒がせしてご迷惑をおかけしました。お世話になりましたと、アルフォンス様にもよろしくお伝えください」
「あ、あの……?」
「それじゃ、私はこれで失礼しますね」
どこか呆気にとられているような表情の執事さんに頭を下げてから、改めて玄関の扉へと向き直った。
残りの歩みを進め、扉に手を掛けた――と同時、引き開けようとしていた扉が、おもむろにバンと音を立てて閉められてしまう。――背後から突き出されてきた腕によって。
扉が立てた思いのほか大きな音にビックリして私は、咄嗟に背後を振り返っていた。
「…まったく、ホント人の話を聞く気が無ェよな」
私を見下ろしていたのは、その突き出された腕の主――エイスさんで。
彼は、その女性に見紛うほど綺麗な顔に大輪の花のごとき艶やかな笑みを浮かべて、突然のことで固まってしまった私に向かい、優しく語りかけてきた。
「いい加減、馬鹿だろオマエ?」
――それは……そんなにも美しいお顔の人が満面の笑みとともに言っていいセリフですか……?
「お…おいセルマ! 女性に対して、なにを乱暴な……!」
「んなの、仕方ねーじゃんか。どーせ言ってもわからないお馬鹿だし、コイツ」
「そうはいっても、そこは言い方というものがだな……!」
またもや頭の上で始められたエイスさんとクロウさんの諍いに、思わず呆気に取られていたことも忘れ、今度はイラッとしてきてしまった。――てかエイスさん、お貴族サマのくせに口悪すぎでしょ! これまで、どんだけ巨大な猫を被ってたの、このひと……!
「あーつか面倒くせえ! ――そもそも、そこのワーズ妹!」
「は……?」
「帰りたいなら帰りたいで、だったら最初にそれを言え! 言わんと勝手に帰ろうとすな!」
「――はア!!?」
その言い方には、思わずカチーンときてしまう。――そもそも、いきなり人を指さすんじゃないわよ失礼だな!
「別に、私がいつ帰ろうが、あなたの知ったことではないでしょう!?」
「はあア!? なに言ってんの、このチビッコ!!?」
「誰が『チビッコ』ですか、失礼ね!!」
「テメエなんざチビッコで充分だ!! つか、良識ある大人はちゃんと段取りを踏むもんなんだよ!! それも出来ねえテメエなんぞ、お子サマもイイトコだ、このチビガキ!!」
「な、ん、で、すっ、てェ……!!?」
「こちとら、お兄ちゃんと副団長とアルフォンス様の手前、オマエ一人で放っぽり出すワケにはいかねえんだよ!! わかれ、そんくらい!!」
「知るか、そんなもん!! それこそ私の知ったこっちゃないっっ!!」
「こンの、クソチビガキがー……!!」
「――いい加減にしないか!!」
そんな声と共に、突如すぱーんと、エイスさんの後頭部が気持ちいいくらい勢いよく張り倒される。
「いってーな、リュシェルフィーダ!! いきなり何すんだっっ……!!」
「黙れ。これ以上、貴様は、口を開くな」
普段から何につけても冷静沈着…なのだろうなーと思っていたクロウさんの、常ならぬほどにドスの効いたその声と、一瞥する絶対零度の冷気を宿した冷え冷えするほどの青い瞳に、咄嗟にエイスさんともども、私まで口を噤んでしまった。――やばい……この騎士サマ怒らせたらホントやばい……命ごともってかれる……!!
そのクロウさんが、エイスさんを黙らせたその瞳をこちらに向けた時は、マジ殺されると思った過言でなく。
「――ローザ嬢」
「はっ…はいぃ……!!?」
「帰るというのなら送っていこう。だが、できればアルフォンス様のご帰宅を待ってからにしていただきたい」
「それは……」
咄嗟に条件反射の如く頷いてしまいたくなった気持ちを何とか踏ん張って堪え、「申し訳ありません」と頭を下げる。
「送っていただかなくても一人で帰れますので、今すぐお暇させていただきます」
「仕方ないな。ならば、しばしお待ちいただきたい。すぐに馬車を……」
「い、いえ大丈夫ですから! そこまでしていただかなくても、歩いて帰れます! ここからなら道もわかりますし!」
「しかし、ここからでは遠すぎるだろう? それに、もう外は日が落ちてきている。そんな中、若い女性を歩かせるわけにはいかない」
「でも、私ごときが、そんなお手数をかけてしまうわけには……」
「どうしても歩いて帰りたい、ということであれば、我々も徒歩にてお伴することになるが?」
「――はい!!?」
「先ほどセルマも言ったと思うが、我々には、君の兄と副団長とアルフォンス様の手前、預かった君を保護する義務がある。君の行動を制限するつもりはないが、身の安全は確保させていただきたい」
「…………」
「そのうえで、なるべくなら帰宅手段には馬車を選んでいただきたいものだが……まあ、無理強いはしない。――改めて訊こうか。君は、どうしたい?」
――その問いに、あくまで『徒歩で』と、小心者の私が言い張れるハズもないではないか……。
「…さきほどはセルマが失礼をした」
ほどなくして乗せられた馬車が動き始めてから、私の前に座ったクロウさんが、おもむろにそう頭を下げた。
お貴族サマが平民に頭下げちゃう!? と、そのことに少なからず驚き、慌てて「いえ、そんな!」と、両手をぶんぶん振って否定する。
「さっきは私も大人気なく言い過ぎましたし……こちらこそ、お貴族サマに向かって無礼な口を叩いてしまって……」
まあ…売り言葉に買い言葉、みたいなモンではあったが、売られたそれを買ってしまったのは私の落ち度だ。私も「申し訳ありませんでした」と、そう素直にお二人に頭を下げた。
「別に……」
その綺麗すぎるお顔を不機嫌そうな色に染めたまま、これまでずっと口を噤んでいたエイスさんが、やおら呟くようにそんな言葉を洩らす。
「俺、そもそもお貴族サマ育ちじゃねーから、そこまで気にしなくていいし」
「…おい」
そこで隣のクロウさんから小突かれて、やはりブスくれたように「悪かったよ」と謝られる。
「本当に無礼なヤツで申し訳ない。――だが、こいつはこいつなりに、君には深く同情しているんだよ」
「え……?」
クロウさんの言葉に、思わずエイスさんを振り返ってしまう。
エイスさんは、私の方などこれっぽっちも見てくれてなんかいなかったが、それでもクロウさんの言葉を否定したりはせず、おもむろにポツリと「当然だろ」と零す。
「貴族に振り回された平民の末路なんざ、ロクなもんじゃねえし」
それは、何故かとても実感が込められているような……そう感じたのは、気のせいではなかった。
「俺の父親は、確かにシュバルティエ公爵だけど。でも俺は、シュバルティエを名乗るのを許されているってだけの、単なる庶子の一人でしかねえの。――なんせ母親が平民だからな」
突然のその告白に、息を飲む。
出すべき言葉も見失い、相槌を打つ言葉さえ、発することができなかった。
相変わらずこちらを見ないまま淡々と言葉を継ぐ、そんなエイスさんの姿を、ただ茫然と見つめてしまった。
「俺の両親は、その身分差の所為で結婚が許されるはずもなく、駆け落ちまでして結ばれた。それで俺が生まれたワケだけど……結局は、そう時間を置かずに引き離されることになった。その後、二人は会うことすらも許されなくなった。母親に至っては、俺を生んだがために要らぬ嫉妬を買って、終いには殺された。――所詮、貴族と平民が愛し合って結ばれたとしても、行き付くところは、そんな結末だ」
ずきり…と、心が痛んだ。――おまえもそうなりたいのかと、鋭い針を撃ち込まれたみたいだった。
「『愛さえあれば他に何も要らない』なんて言葉、よく聞くけどさ……本当にそうなのかと、つくづく俺は疑問に思うわ。だって、そういう問題じゃねえだろう? 現実は、愛し合う二人だけのもんじゃねえし。何かの無理を通せば、そのぶん何かを傷つける。世の中そういうふうに出来てるじゃんか。いくら二人が幸せになれる道を選んだところで、その陰で不幸になる者が出てくるのであれば、それがいずれは二人の幸せを壊してしまう遠因になるんだよ。それじゃ本末転倒だろ。結婚とか…家庭を作るっていうのは、そういうもんじゃ、ねえだろ……」
そこで、はっと短く息を吐き言葉を止めたエイスさんが、おもむろに私を見つめる。
「大事な友人の妹だしな……できればアンタにも、そんな風になって欲しくはねェ、な……」
その視線から逃れるように、知らず知らず私は俯いてしまっていた。
なにも返せる言葉が見つからない。――心が痛くて裂けそうだ。
「けど、だからといって、何もしないことが最善、っていうワケでもないだろ」
エイスさんの言葉は、まだ続いている。
「逃げたい気持ちもわかるけどよ……でもアンタは一回、しっかりアルフォンス様と向き合ってみるべきだ。そんで聞け、アルフォンス様がどうしたいのかを、ちゃんと。そのうえで、がっつり腹割って話せ、自分がどうしたいのかを。――そうしないと、何も始まらねえだろ?」
「…………」
「まずは互いを理解し合って、それから探せばいい。二人にとっての最善を」
「…………」
「人生、どんな選択をしたところで、後悔する時はするもんだけどさ……その方法が、きっと一番、後悔も少ないんじゃねえの? ――俺は、そう思ってるけどな」
店の前で馬車を下ろしてもらうと、まだ晩の営業時間には少し早かったらしい、扉にはまだ『準備中』の札がかかっている。
だから私は、裏口へ回らず、そのまま出入口の扉を開けた。
「…あらローザ、おかえりなさい」
店内の掃除をしていたらしい長姉が、真っ先に気付いて迎え入れてくれる。
そんな私の背後に、がっつり正装姿で全身を固めている近衛騎士お二人の姿を目にするや、“おや?”とでも言いたそうな表情になって、その笑顔を引っ込めた。
「今日は、アルフォンス様の頼まれごとで出ていたのではないの?」
「うん……そうなんだけど……」
尋ねてくる姉に何と返事をしたらいいのか迷い、何となく後ろめたい気分にもなって、つい合わせた視線を逸らしてしまう。
「ちょっと疲れちゃった……今日は、もう休ませてもらってもいいかな……」
少し言いよどんだ気配は感じられたが、それでも姉は「ええ、いいわよ」と、二つ返事を返してくれた。
「準備、手伝えなくてごめんね……」
「そんなの気にしなくていいから、ゆっくり休みなさい」
「うん……ありがと、お姉ちゃん……」
私は背後のお二人に、改めて「色々ありがとうございました」と会釈をしてから、そのまま階段を上がって、自分の部屋に入った。
きっとお二人から姉に、ここまでの経緯がそれなりに伝わってしまうことになるだろうが……半ば投げやりな気分になって、もうどうでもいいや、などと思う。
――本当に、どうでもいい。
ばふっと、勢いを付けて寝台に飛び込む。
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慣れた寝台に横になってみたら、途端に一気に力が抜けた。布団に身体が沈み込んでしまう錯覚を覚えるほど、全身が重い。
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人が眠りにつこうとした矢先に何が起こったのかと、訝しく思って私が身を起こすべく頭を擡げた、――まさに、それと同時だった。
「―――ローザ!!」
ほとんど叫ぶような…そんな声と共に、バタンとけたたましい音を立てて、部屋の扉が開く。
驚いた私は、中途半端に身体を起こしかけたままで硬直した。
―― 一体、なにが起こったの……?
わけもわからずに、ただぼんやりと、そんな疑問だけが浮かぶ。
だって開け放された扉のもと、軽く息を切らせながらそこに立っていたのは、アルフォンス様、だったのだから―――。
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