本日は晴天ナリ。

栗木 妙

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【後編】/1

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【後編】



「――おい、セルマ」
 歩いていたところ、ふいに呼び止められて振り返ると、そこには同期入団の新人騎士クロウリッド・リュシェルフィーダが立っていた。
「よう、久しぶりじゃねーか」
 そういえばここ二~三日、こいつの姿を見ていなかったなと思い当たり、そんな声を返す。
 リュシェルフィーダは、足を止めた俺の前までつかつかと歩み寄ってくるなり、どことなく困ったような表情で、手にしていたものを無言でこちらへと差し出してきた。
 彼の大きな掌の上に載せられていたのは、小綺麗な装飾を施された小さな箱。――まさに、贈り物の装飾品でも入っているかのような……。
「なんだよ、これ? グラッドに渡しといて欲しいのか?」
 ちなみに彼は、グラッドとデキている。――グラッドの元上官の淫行を副団長にチクッて除隊に追い込んだのも、実はコイツの仕業だ。
 聞くや即座に真っ赤になって「違う!」と否定したリュシェルフィーダは、「これは君にだ」と、無理やり俺の手を開かせて押し付けるように載せてきた。
「つーか……俺、グラッドとオマエのチンコを共有する気は無ェんだけど……」
「馬鹿を言うな! そんなこと、こっちからお断りだ!」
「え? なに? じゃあ、おまえ俺に突っ込まれたい側?」
「それこそ、何があっても絶対にお断りだっ!」
「冗談だから、そうムキになるなって。――つか、思わせぶりなんだよ。こんな真似されたら誰だって、熱烈な愛の告白でもされてんのかと勘違いすんだろーが」
 そういう意味じゃなくて…! と、言うべき言葉を言いあぐねているような苦しげな表情で、リュシェルフィーダがタメ息を吐く。
「これは、君に渡してくれと、預かってきたものだ」
「へえ、誰から?」
 さして興味も無かったが、おざなりにそれを訊き、何となく渡された箱の蓋を開けてみる。
 真綿に包まれ鎮座しましていたのは、それはそれは美しい琥珀の耳飾り。――これは高価なものだと、見るからにわかる。
「まさか……また副団長が絡んでんじゃねーだろうな?」
 また何かよからぬことでも企んでんじゃないかと、少しだけ警戒して、リュシェルフィーダを見やるも。
 しかし彼は、「いや」と、とてもアッサリ首を横に振ってくれた。
「実はヤボ用があって、昨日まで実家の方に帰っていたのだが……」
「ああ、そういやしばらく見かけなかったもんな。実家に帰ってたのか」
 コイツの実家――リュシェルフィーダ家は、それこそ、あのファランドルフ家と並ぶ名門貴族だ。
 その当主の子息、なんていう身上であるコイツこそ、第二の副団長、と言っても過言ではないだろう。まだ近衛に入団したばかりの新人騎士で今でこそ俺と同格でしかないが、そのうちトントン拍子で出世して、近いうちに幹部クラスの地位にまで上り詰めるだろうに違いない。そして、ゆくゆくはファランドルフ副団長の後釜として、収まるべきところに収まるんだろう。
 今でこそ気軽に彼を『リュシェルフィーダ』と呼び捨ててしまっているが、そのうち否が応でも、敬称を付けて呼ばなければならない時がくる。そう遠くない未来の話だ。
 その未来の上官リュシェルフィーダが、やはりどことなく話し辛そうな様子で続ける。
「何だかんだあって夜会にまで駆り出されたのだが、そこでお会いして声をかけられて、それをゼヒ君に渡して欲しいと頼まれた。――シュバルティエ公爵から」
「は……?」
 咄嗟にそう訊き返すや、顔半分を引き攣らせて絶句してしまった。
 ――いや、確かに、リュシェルフィーダ家の人間が参加するほどの夜会なら、シュバルティエ家の人間だって、居たっておかしかないだろうがよ……。
 とはいえ何故、いきなりこんな高価そうな贈り物なんざ、しかもコイツに託してくるのか。
「なんだ、それ……?」
「そんなこと、私に訊かれても……」
 どこまでも困りきった表情でリュシェルフィーダが、言いながら額に手を当て、まさに気持ちを落ち着かせるかのようにフーッと深く、息を吐き。
 それから、おもむろに「セルマ」と、俺を呼んだ。
「君は、シュバルティエ家にとっての琥珀が、一体どういう意味を持つものなのか、知っているのか?」
「は……? 知るかよ、そんなもの」
「では、三公爵家に許された宝玉のことは?」
「はいぃ……?」
 彼の言う『三公爵家』――つまり、貴族の中でも頂点に君臨する由緒ある名門の三家、てことなんだが。
 それが、ファランドルフ、リュシェルフィーダ、シュバルティエ、だということくらいは、さしもの俺だって知っている。それだけは。まがりなりにも王と貴族に近侍しなければならない近衛騎士であれば誰だって、基礎知識として知っておかなければならないことだからな。
「三公爵家の直系に連なる者には、その身分を示す証として、特定の宝玉を身に付けることを許されているんだ。――たとえば、ファランドルフ副団長は、よく紅玉を身に付けていらっしゃるだろう? ファランドルフ家は赤毛が多い家系だからな」
 そういえば、副団長も赤みの強い茶髪だったっけな…と思い出す。また、俺は実際に見たことはないのだが、国王の正妃――元はファランドルフ家の御令嬢で副団長の実の姉君でもある、その御方こそ、それはそれは見事なまでに美しい、燃えるような赤毛の持ち主でいらっしゃるのだそうだ。そんな噂を、確かどこかで聞いたことがあったような気がする。
「我がリュシェルフィーダ家であれば、それは青玉となる。うちには北方の血が入っているから、全体的に色素が薄くて、青い瞳が生まれやすいんだ」
 それを言う彼こそ、この国では滅多に見られない、薄い青の瞳の持ち主だ。その耳朶には、小ぶりな青玉の耳飾りが揺れている。
 ここまで聞けば何となく解ってきた。ようするに……三公爵家それぞれの血に現われる特徴を、その証である宝玉の色が表している、といったところだろうか。
 ――であれば、前に副団長の言ってた、シュバルティエの特徴って確か……、
「琥珀は、シュバルティエ家に許された宝玉だ。その血統には、独特な琥珀色の瞳が生まれるからね。――セルマ、まさに君の瞳のような」
 ぎくっと、途端に身体が硬直する。
 ――ちょっと待て……こいつ、なんか勘付いてないか……?
「それに耳飾りは、本来魔除けとなるものだ。家名を証する宝玉の耳飾りは、三公爵家の直系に赤子が産まれた際、その子供に贈るべく真っ先に用意される品。それを用意するのは普通、両親だ。――シュバルティエ公爵が、琥珀の耳飾りを、琥珀色の瞳を持つ君のために用意したということは、つまり……そういうこと、だろう?」


 ――って、もはやバレバレじゃねーかっっ!!





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