本日は晴天ナリ。

栗木 妙

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【前編】 /7

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 翌朝、ほとんど一睡もできず反省文三十枚を書き上げて、よれよれと食堂へ朝食を食べに赴いた際。
「――あれ? セルマ、それ……」
 隣に座っていたワーズが、目ざとく俺の手首に気付いた。
 俺の左手首に巻かれているのは、石飾りの使われている見た目ちょっとばかり高価そうな革の飾り紐。
「ああ。昨晩は寝る暇も無かったからな、付けたまま忘れてたわ」
「それと同じようなやつ……以前、副団長が付けてたような気がするんだけど……?」
「なら、同じモンじゃねえの? ――だって、これくれたの副団長だし」
 言った途端、隣りでワーズが手にしていたフォークをガッチャンと派手に音を立てて皿の上に取り落とし、目の前ではグラッドが飲んでいた水を喉に詰まらせたかゲホゴホと盛大に咽せ返る。――なんだ、その反応?
「――なんで……?」
「え……?」
「できることなら知りたくもないんだけど……なんで副団長が、セルマにそんなものくださってんの……?」
「そんなん、俺が知りたいわ」
 別に誤魔化してるとかいうワケではない。本当に、昨日いきなりほいっとくれやがったのだ。一方的に。
 去り際の俺を呼び止めると、『これをやろう、付けていけ』と、いきなり手首にぐるぐるっと巻き付けられてガッチリと縛られて。
『これでも多少の“虫除け”にはなるだろうしな』
 などと言われ、なんだか意味ありげに笑われた。――ホント意味がわからない。
「つーか、知りたくもないなら訊いてくるなよ」
「いや、でも、そこは聞いておかなきゃ、今後のセルマの扱いに困るから」
「なんだそりゃ?」
「――てゆーか、セルマ、知らないの……?」
 そこで、ようやく呼吸を整えられたらしいグラッドが、恐る恐るといった風に口を挟んでくる。
「もともとは貴族の慣習なんだけどね。自分の愛用の飾り紐――つまり髪を結うための紐なんだけど、それを贈る、っていうのは」
「そういや、貴族はみんな長髪だもんな。髪とめるのに飾り紐、よく使ってるよな」
「うん、でも軍では大抵が短髪だから、飾り紐なんて、ちょっとしたアクセサリー代わりにしか使われないでしょ。それでも貴族の慣習に倣って、そういう紐を贈って相手に身に付けてもらう、っていうこと自体に、意味を持たせていて」
「ふうん、どんな?」
「平たく言うと……マーキング? 『コイツは俺のだから手ェ出すな』っていう」
 途端、ぶーっっ!! と、今度は俺が、飲んでいた水を盛大に吹き出した。
 ――“虫除け”って、そういう意味かあんちくしょう……!!
 確かに昨日、『おまえが欲しい』という要望は聞いたよ、聞きましたけどっ!
 だけど俺がいつ、アンタのものになるよ、なんていう好意的な返事を返したか、っつーんだよ! 言ってねえよ、ひとっこともっっ!
「セルマ……なんだか心当たりありそうだね……」
「無いっっ!! 断じて無いっっ!!」
 言いながら、こんなもの付けててたまるか! と、結び目を解こうとするも、ナニゲに固くて小さくて、片手じゃ全く上手くいかない。
「ちくしょう……ワーズ、ナイフ貸せ」
「は……?」
「切る! もう切る! すぐ切る! 叩っ切ってやる、こんなもんっ!」
「わあああああそれダメだってば落ち着けセルマ!」
 おそらくナイフが忍ばせられているだろうワーズの懐あたりをごそごそ探ってやるが、いつになく頑として抵抗される。
 それどころか、その手をガッとばかりに掴まれ押さえ付けられてしまった。そのうえグラッドまでもが、正面から身を乗り出してきて逆の手までを押さえてくる。
「なんだよ二人して、放しやがれ!」
「贈られて一度でも身に付けた紐は、切ったりしちゃダメなんだよ! 縁起が悪いの!」
「どうしても外したいなら、本人に解いてもらわなきゃダメなんだって!」
「知るか、そんなもん!」
「頼むから! 副団長の機嫌が悪くなったら、ホント恐ろしいから!」
「お願いだから、それだけはやめてあげてっ!」
「―――っ!!」
 あまりにも必死で切実な二人の様子に、この怒りのやり場の持っていきようが無くなって、仕方なく俺は、おもむろにガタンと音を立てて席を立った。
「わかった……じゃあ本人のとこ行ってくる……どうせ反省文を提出しに行かなくちゃならないところだったんだ、そのついでもあるしな……」
 呆気にとられたように力の抜けた二人の手を振り払って、俺はニヤリと笑みを浮かべる。――後からワーズに、それはそれは物凄く凶悪さが滲み出ていた笑顔だったよと、震えながら言われたものだ。
「副団長の目の前で、がっしがし切り刻んでくれるわ、こんなもん……!」
「いや、ちょっと待てセルマ……!」
「だから切るなと、おいセルマ……!」
 慌てて俺を引き止めようとしてくる二人の手をかわしながら、俺は怒りのあまり無意識にフフフフフと不気味な笑い声を振りまきながら、そのまま足音も荒く食堂を後にする。


 という、そんだけの大騒ぎを、よりにもよって食堂なんかでしていたのだから、当然それが噂にならないだろうはずもなく―――。


 気が付けば、いつの間にやら俺は、あの男色嫌いのお固い副団長まで惑わせた男として、全くありがたくもない『魔性』の称号をランクアップさせてしまっていた。
 尾ひれハヒレの付いた噂ってスゲエよな。おかげで今じゃ誰も俺に言い寄ってきたりなんてしなくなったのだから。
 だって俺は、今や『近衛騎士団に君臨する悪魔』だもんなー。
 バリタチだろうがノンケだろうが、誰彼かまわず誘惑しては堕としまくる天性の魔性。――それが俺、エイス・セルマ。
 団長と副団長、なんていう騎士団のツートップを手玉に取っちまった俺に、そりゃーわざわざ近寄ってくる物好きなんざいないよなー。
 あはははは、ちゃんちゃら可笑しくってヘソで茶ァ沸かせるわあ。


 ――って、笑いごっちゃねえええええっっっ!!!!!


 そうやって、知らないうちに外堀から埋めていくという、あの副団長の性格の悪さとか性格の悪さとか性格の悪さとか……もうホント、いい加減どうにかして欲しいんだけど―――!





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