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Ⅱ章.バーディッツ伯爵領 ─レイノルド・サイラーク─
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「――うっわ何この子、すっごい可愛いんだけど!」
それが、初めて見えた国王陛下の、私を見やるなり発された第一声―――。
あの、シャルハいわく『クセ者』王太子の父親なのだから、さあ鬼が出るか蛇が出るか…と、こちとら重々しく構えて謁見の間に臨んだというのに。
――なんだ、このオッサンは……。
あまりにも軽い物の言い様に、思わずくらりとした眩暈すら覚えた。
いくら公的ではない、あくまでも私的な謁見だからとはいえ……その言い様は、あまりにもはっちゃけ過ぎなのではなかろうか。
やおら王は、おもむろに立ち上がってつかつかこちらへ歩み寄ってくるや、ふいにしゃがみ込み、間近から改めて跪く私を見つめた。
呆気にとられたあまり、私はポカンと顔を上げたまま、その視線を受け止めていることしか出来ない。――よく側近のお方がたに怒られなかったものだ。我ながら、思い返すだに無礼にもほどがある。
「なるほど、ねえ……」
ひとしきり私をまじまじと眺めた後、そう言ってにやりとした笑みを浮かべる。
「これは、あの馬鹿息子も夢中になるだろうさ」
「え……?」
「しかも、あのユリサナの坊っちゃんまでホネヌキにしてるとは……やるなぁ、おまえ」
「あ、あの……?」
「まあ、堅っ苦しいことは抜きにして、ちゃっちゃと話を進めちまうか。――おい」
呼ばれて、側に控えていた側近と思われる人物の一人が、王の側近くまで歩みを進める。
「これは、私の身の回りを取り仕切る侍従長でな、おまえには、まずこれの補佐から始めて貰うつもりだったんだが……でも、やめた」
「「は……?」」
意図せずして、私と件の侍従長とやらの声がハモった。
「どうやら、おまえは面白そうだ。特別に書記官の一人に加えてやる。子爵位があれば身分的にも問題は無いしな、特別に世話係の一人でも付けてやろう。――そう手続きしとけ」
向けられたその末尾の言葉を受け取った侍従長が引き下がっても、私一人だけが、まだ事態を飲み込めていなかった。
――このオッサン……いま、なんて言った……?
私の耳がちゃんと聞こえていたのなら、私を書記官の一人に加えると……そう、言わなかっただろうか?
書記官といったら、王を筆頭に議会を成す官僚の末席である。名目は記録係だが、それでも議会へ参画する権利も持っている役職。
――それを、私にやれ、と……?
「…なんだ、不服か?」
ふいに向けられたその言葉に、「め…滅相もないっ!」と、咄嗟にぶんぶん首を横に振って応えていた。
「ただ、突然の大役で、わたくしめに務まるかどうか不安で……」
「なあに、王太子とユリサナ皇族の推薦があるんだ、こんなもん大したことでもないだろう」
「そんな畏れ多い……」
「おいおい、あの武術大会で優勝かっさらった時の覇気は、どこへ行ったんだ? 大した猫かぶりだな」
――そうだった……あの武術大会は、御前試合でもあったんだっけ……。
お言葉のみで、直接お目見得できる機会は賜われなかったが、それでも王は特等席から戦う私のことを見ていたはずだ。
「あの時は、さすがに顔までは判らなかったからな……でも、そこまで強い男相手に、あのファランドルフ家の坊っちゃんがあそこまで『可愛い』『マジ可愛い』って溺愛するワケが、ようやく今わかったわ。確かに、これは可愛い仔猫ちゃんだ」
ファランドルフ家の坊っちゃん――つまり、アレクのことに相違ないだろう。王家とも縁続きである名家の彼であれば、王と面識があってもおかしくはない。が……、
――よりにもよって王に何を吹き込んでるんだアレクーっっ……!
「ファランドルフ家の末っ子坊主は、あの試合でおまえを『絶対に良い騎士になる』と、我がことのように自慢していたが……どんな因果なんだろうな、こうなっちまったのは」
「ご期待に副えず、申し訳ありません……」
「なあに、おまえが謝るのはお門違いというものだ。とにかく、おまえは私の世話なんぞちまちま焼いているよりは、頭を使う方面に向いていそうだしな。せいぜい頑張って励んでくれ」
「はい……ありがとうございます……」
そして王は、私が下げた頭をぽんぽん、軽く叩いて応えてくれた。
「早く出世してこいよー? 私は可愛コちゃんを侍らせるのが、何よりも大好きなんだからなっ!」
そして私は、甚だ不遜なことながら、国王陛下をこう認識した。――スケベオヤジ、と。
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