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8.
しおりを挟む「唯」
「は、はい」
腰に手を回され、引き寄せられた。
「逃げないで」
「……無理です」
だーかーら。耳元で囁かないでってば!さっき感じたばかりの怜の体温が、とどめを刺すように私から冷静さを奪っていく。
「なんで」
「な、なんででも」
「ふーん」
私の余裕の無さと反比例して怜の余裕が増しているのが悔しい。この手練イケメンめ。悔しいけど、このまま脳内が蕩けるを通り越して溶けていくのも悪くない。
「怜、喉乾いてるんでしょ?水、飲みなよ」
怜の腕から逃れてリビングへの脱出に成功した。この人、もう風邪治ってるな?
喉を鳴らしてミネラルウォーターを飲む、その喉仏に目を奪われていたのは……内緒。それまで言及されたら私の脳内は復旧不可能だ。
「うどん、作ってくれたんだ」
「消化の良いものがいいかなって。うちの実家、風邪引くといつもうどんだったの」
「唯の実家か。結婚するなら、そのうち挨拶行かないとな」
え、実家に挨拶……?早くない?
「怜、私達まだ、付き合い始めたばかり」
キッチンから出た怜はじりじりと私に近付いた。
「結婚前提だろ?」
「そ、う、だけど……」
「俺、今日籍入れてもいいぐらいだけど?」
「怜、一旦落ち着こう?」
距離を保とうと後ろにどんどん下がっていた。脚がソファに当たり、バランスを崩してそのまま座る形になった。
「スピード婚も案外いいかもよ?」
ソファの私の真横にくっついて座った怜は、私の顎を指先でそっと掬った。
何も言えない、何も出来ない私はされるがままでいた。私、このままキスされる?
目を閉じた私の頬に、柔らかいものが触れた。思わず目を開いて怜の顔を見る。
「唇にしたいけど……明日の朝、熱が無かったらしような」
にっと笑った怜に、私の表情は固まったままだった。
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