紅の薔薇

碧 春海

文字の大きさ
上 下
12 / 14

十一章

しおりを挟む
 会談の日から毎日県庁や知事のホームページをチェックしている朝比奈は、吉原知事が地方に出かけているのを確認して愛知県警の鑑識に寄ってから県庁に向かった。県庁に着くと受付の女性に要件を伝えて、知事の秘書に内線で連絡を取ってもらい途中から朝比奈に代わった。
「あの、先日取材でお世話になりました朝比奈と申します。その際にデジタル時計をお持ちしたのですが、時間に誤差が生じる可能性がありますので、できれば新しい製品と交換をお願いします」
 そう伝えると、暫くして秘書がデジタル時計を持って受付にやって来た。
「こちらの時計でよろしかったでしょうか」
 秘書は手にした時計を差し出すと、朝比奈は頷き同じ形の新しい時計と交換した。
「本当に申し訳ありませんでした」
 朝比奈は頭を下げて受け取った時計を丁寧に手提げ袋に入れた。そして改めて受付の女性に、大学館の編集長から紹介してもらっていた新鮮の会の藤田県会議員の待つ応接室へと案内してもらった。
「今日は取材を受けていただきありがとうございます」
 一応大学館の名刺を差し出して頭を下げた。
「ああっ、編集長は大学の先輩で部活も一緒でしたから依頼を受ければ断れませんよ。それで今日は何についての取材なのですか。先輩からは兎に角よろしく頼むとしか言われていなかったものですから」
 名刺を手に取りテーブルに置いた。
「新聞等の報道では、民自党の県会議員が亡くなったことによって、新鮮の会の議員が繰り上がり過半数を占めることになりました。それで、新鮮の会の選挙公約である万博の誘致が現実味を帯びてきました。今回はその万博についての特集を組むことになり、藤田議員にお話を伺えればと編集長にコンタクトをとっていただいた訳です。早速ですが、誘致に当たって今分かっている範囲で構いませんので、どの様なコンセプトや他国に対しての特異性について教えていただけませんか」
 ジャケットの内ポケットからメモ用紙とポールペンを取り出した。
「テーマは『未来に命輝く』で、20年前の愛知万博はプレハブが殆どでしたが、今回は各国独自のパビリオンを最低でも50は建てて、150国以上の参加を予定しています」
「前回の愛・地球博知はトヨタのロボットや冷凍マンモスに、サツキとメイの家などの目玉展示があったのですが、今回の万博は目玉として何を取り上げようとしているのですか」
「そうですね、まだ予定でしかないのですが空飛ぶ車とか人間洗濯機などを展示する計画でいます」
「空飛ぶ車ですか・・・・・それは空陸両用車両で、空の飛行と陸の走行が可能な乗り物ということなのでしょうか」
「そうです、そうです。それを会場への交通手段でにも使う予定でいます」
「私も以前トヨタ自動車の取材で取り上げたのですが、先ずは一機当たりの生産コストが約1億円程かかるとのことでした。万博の為に購入するとなればそれも税金で賄われることになるし、万博閉会後はどの様に運用されるのですか」
「そっ、それはまだ予定段階ですので詳しくは話せませんね」
「会場までの交通手段の予定と言われましたが、その空飛ぶ自動車の操作性は現在の自動車に比べて難易度が高いですよね。自動車でも事故をすれば死に至ることはあるのですが、空を飛ぶのですから事故を起こせばその危険性はもっと高くなります。誘致が決まれば4年後の開催予定だそうですが、操作技術の向上や免許等の法整備は勿論のこと、今現在でもバスなどの運転者不足が問題になっているのに大丈夫なのでしょうか」
 尚も突っ込んで質問した。
「すみません、私は専門家ではないので残念ながらその質問にはお答えできません」
 困惑した表情で答えた。
「吉原知事の応援演説では、万博会場を空飛ぶ車がバンバン飛び交う何て自信満々に話していらしたのですが、専門家ではない私であっても4年後とはいえそんなことが可能だとは思えませんよ。政治家として理想や希望を語るのは勿論必要ですが、入場者数もですができないこと自信有り気に口にするのはどうかと思いますよ。このような大規模の国際的なイベントを愛知県、いや新鮮の会だけでは開くことはできないですよね。開催費用についてはどの様に考えていらっしゃるのですか」
 朝比奈は街頭演説での吉原の姿言動を頭に浮かべていた。
「勿論、愛知県やその周辺の自治体だけで、開催に向けての運営管理をするのは無理です。国も誘致に関しては理解を示してくれていまして、中部県の経済連によってそれぞれ3分の1を負担する計画です」
「経済効果などを考慮すれば、中部圏の経済界が3分の1を負担するのは理解できますが、政府民自党が本当に了承されているのですか。万博が成功すれば野党である新鮮の会の手柄になるのですからね」
 朝比奈はその点が引っ掛かっていた。
「確かに与党と野党という立ち位置ではありますが、万博を開くことは日本の誇りでもありますので、お互い協力して大規模でセンスの高い展示が出来ることを全世界に示すことが重要だと、首相と官房長官に我が党の代表と愛知県知事が集まって話し合いの末に決定した事なんですよ」
 少し胸を張って答えた。
「4人で決定したという事なんですね。まさか高級料亭での密談だったってことではないでしょうが、ひょっとすると民自党は万博の失敗が分かってて承諾したのかもしれませんね。首相と新鮮の会の代表の関係は知りませんが、官房長と知事は随分親しいようなのですが、どの様な関係なんですか」
「2人は高校、大学と同級生だったそうです。もういいですか、私も忙しいので」
 朝比奈の言葉に腹を立ててつい大声となり、朝比奈は仕方なく席を立つことになった。その時、愛知県警の捜査1課の奥にある、離れ小島的な存在の部屋の中で大神と捜査2課の角畑課長が缶コーヒーを手に机を挟んで向き合って座っていた。
「リーダー的存在の井上二郎は、犯行の動機は朝比奈に以前恥をかかされたことの仕返しの為だったと話しているそうだ」
 角畑課長が呆れ顔で取り調べの状況を話し始めた。
「確かに、あいつらに絡まれていた女性を助けたのは間違いないそうだけれど、優作が何処の誰なのか知らなくて、それにいつ現れるのか分からないのに、あれだけの人数を集めて待っていたなんて事が通じると思っているんじゃないですよね。誰かが、あいつのことを襲わせた可能性が高いけれど、優作の話では事件について捜査させない為に病院送りにするのが目的だったのだろうとのことでした」
 朝比奈との会話を思い出していた。
「えっ、事件の捜査って、既に解決した川野議員が大池議員を殺害した事件を、まだ諦めずに探っているのか」
 雑誌の取材とは言え、流石に諦めているものと考えていたので意外だった。
「課長も知っている様に頑固で諦めが悪い奴ですからね」
「この前も話したけど、防犯カメラの映像などの状況証拠も揃っていて間違いないだろうに、朝比奈は一体何に拘っているんだ」
「それは俺にも分かりませんが、あれだけ証拠が残っているのに川野議員が大野議員を殺害していないのではないかと考えている様なんですよ」
「えっ、それはいくらなんでもないだろう。あれだけはっきり映像に残っていて、川野議員を自宅まで乗せたというタクシー運転手の証言もあるからな。あっ、殺害した犯人は別に居て、川野議員がその共犯で途中から入れ替わっていたってことか」
 ホテル内の防犯カメラには映らない様に気を付けていたのに、何故か近くの防犯カメラに映っていたり、タクシーを使って自宅まで戻るのは確かに不自然であった。
「いえ、川野議員は共犯者ではなく、ただ犯人にされ殺害された被害者だと本当に考えているみたいです」
「本気でか、それが本当だったら事件は冤罪ってことになるんだぞ。本人は亡くなっているとはいえ、政治家だったからマスコミで大々的に叩かれることになるぞ」
 朝比奈のこれまでの実績を考えると有り得ない話ではないと、新聞の紙面やテレビでの放送が勝手に頭に浮かんだ。
「あいつは我々の様に事件に対しての責任がありませんから、たまたまホテルの隣の部屋で起きたから関心を持って、気楽に警察の真似事をしているだけですよ。ただ、自宅の部屋に設置されていたエアコンの設定温度が、この季節にしては異常な程の低温に設定されていた事と、遺書が表示されていたパソコンのキーボードの指紋が消えていたのは確かなのですが、もし仮に犯人が別に居て朝比奈の推理が正しいとすると、政治絡みになりちょっと不味い事になるので、上層部はその証拠に注目せずに事件を収束させた可能もあるのですよ」
 刑事部長を始めとする男たちの顔が頭に浮かんだ。
「えっ、政治絡みだって・・・・・それこそその事実を知られたら潰されるぞ。真実でなくても、火のないところに煙は立たぬではないが、この前の様に疑惑として週刊誌で書かれたら、他のマスコミが動き出すかもしれないからな」
 大神の話に流石に驚いていた。
「先回は防犯カメラなどの決定的な証拠が出てきて抗議もされたので、流石に推測だけで公表することはないとは思いますが・・・・・・・」
 それでも想像を超える朝比奈の思考に不安を感じていた。
「二の舞は演じずか。あれだけの証拠が出れば覆ることは無いだろう。それはそうとして、先日の港区の倉庫での焼身事件について被害者の身元は分かったのか」
 角畑は話題を変えて別の事件捜査状況を尋ねた。
「体内から睡眠薬の成分が検出され他殺には間違いないのですが、身元を示すものは何も発見されなかったと言うか、ガソリンで焼かれていて殆んど炭化していましたので、スマホなどを持っていたとしても何の役にもたたなかったのです。残念なことに、現場が港の使われていなかった古い倉庫ということで防犯カメラは設置されていなくて、犯行時刻も深夜だった為に目撃者も今のところ発見されていない状態です。ただ、それでも男性ということは分かっていますので、仕方なく今は行方不明者から当たっている様です」
 今までも焼死体での殺人はあったが、ここまで酷く焼かれているのは初めてだった。
「犯人は相当恨みがあったか、被害者の身分を隠したかったって訳だな。しかし、被害者の身元が分からないと手の付けようがないよな。炭化されるまで焼かれる人間が捜索願など出されることはないだろうしな」
 他の部署だとは言え同情していた。
「失礼します」
 ドアをノックして女性の声がした。
「どうぞ」
 角畑の声に反応して東名医科大学法医学部の大神優子が姿を現した。
「ああっ、どうかしたのか」
 優子の顔を見て大神が慌てて声を掛けた。
「先日、優作さんが焼死体の解剖結果を聴きに来た時に、遺体のDNAを採取して他の事件の関係者との照合を頼まれたのだけれど、この人物との顕著な類似性が確認されました」
 優子は封筒からDNAの検査書類を取り出して大神に差し出した。
「えっ、まさか・・・・・この情報は優作には知らせてないよね」
 大神は書類を手に驚きながらも優子に尋ねた。
「勿論知らせたわよ。被害者の身元を断定するヒントをくれたから。でも、なぜだか結果を聞いてもあなた程驚いていなかったみたい。多分優作さんは既に分かっていたみたいね」
 腕を組み頭を傾げた。
「一体どういう事なんだ」
 角畑が呆然としていると、ドアをノックして鑑識課の太田主任が姿を現した。
「ああっ、太田主任、どうかされたのですか」
 離れ小島的存在の大神班には余り縁のない人物の登場に驚いて慌てて声を掛けた。
「どうしたって、お前からも依頼されていたDNAの検査結果が科捜研から届いたので持ってきたんだ」
 太田が封筒から書類を出して大神に見せた。
「えっ、DNA鑑定なんて頼んでいませんよ」
 DNAの検査書類を手に取り困惑していた。
「お前さんからの大至急の依頼だとのことで、無理言って急いでやってもらったんだぞ」
 大神の言葉に憤慨していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騙し屋のゲーム

鷹栖 透
ミステリー
祖父の土地を騙し取られた加藤明は、謎の相談屋・葛西史郎に救いを求める。葛西は、天才ハッカーの情報屋・後藤と組み、巧妙な罠で悪徳業者を破滅へと導く壮大な復讐劇が始まる。二転三転する騙し合い、張り巡らされた伏線、そして驚愕の結末!人間の欲望と欺瞞が渦巻く、葛西史郎シリーズ第一弾、心理サスペンスの傑作! あなたは、最後の最後まで騙される。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

先生、それ、事件じゃありません

菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。 探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。 長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。 ご当地ミステリー。

舞姫【後編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 彼らには思いもかけない縁(えにし)があった。 巨大財閥を起点とする親と子の遺恨が幾多の歯車となる。 誰が幸せを掴むのか。 •剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 •兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 •津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われ、ストリップダンサーとなる。 •桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 •津田(郡司)武 星児と保の故郷を残忍な形で消した男。星児と保は復讐の為に追う。

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

もしもし、お母さんだけど

歩芽川ゆい
ミステリー
ある日、蒼鷺隆の職場に母親からの電話が入った。 この電話が、隆の人生を狂わせていく……。 会話しかありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

国民的ゲーム

乙魚
ミステリー
超短編ミステリーです。

処理中です...