紅の薔薇

碧 春海

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七章

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 朝比奈は2人の議員が亡くなり、繰り上げ当選によって議席数が過半数を占めて、議会の運営が進めやすくなったことを、今回の事件の根幹であると感じていて、足立編集長に依頼して吉原愛知県知事に、愛知三河万博誘致についての取材を申し込んでもらい、週刊誌での掲載を目的として知事室で会うことが決まった。
「取材を受けていただきありがとうございます。知多半島にゴミ廃棄物を埋め立てる人工島を作る計画についてお話を伺ったのですが、そのせつは大変お世話になりました」
 朝比奈は大学館の名刺を差し出した。
「ああっ、あの時の記者さんでしたか。随分鋭い指摘をされたことよく覚えていますよ。今日はお手柔らかにお願いします」
 朝比奈の名前を確認し、以前の取材状況が頭に浮かんできた。
「今回は、知多半島のゴミ廃棄物処理場の現在の状況もですが、知事が副代表を務めていらっしゃる新鮮の会が、愛知県に国際博覧会を誘致することを公約にして選挙を戦われたことについて、まずお話を伺いたいと思います。もし、誘致が決まった場合は、万博会場はどこを予定しているのでしょう」
 知事室でテーブルを挟んで席に着き、お茶を置いて立ち去った秘書を目で追った後、朝比奈の方から声を掛けた。
「先ずは県議会での承認を得て、来年3月に開かれるBIEの総会で立候補を表明し、参加国の投票で3分の2以上の票を獲得して初めて決まるのです。候補地としては、以前開催された愛知万博跡地も含め、5ヶ所程が検討されていますが、愛知三河万博とする予定でして、できれば三河地方での開催を考えています」
 思ってもいない質問に少し動揺していた。
「それにしても『愛・地球博』の愛称で開催された愛知万博から、そんなに間が空いていないのに開催する意義はあるのでしょうか」
 朝比奈はショルダーバックから手帳とボールペンを取り出して知事の言葉を待った。
「20年前に開催された『愛・地球博』は成功に終わりましたが、規模的には当初の計画よりも縮小されて、大阪万博でのアメリカ館やソビエト館などの様な、各国が独自に設計した建物は一棟もなく、今度は最低でも40ヶ国できれば60ヶ国以上の国に、大規模な独特の建築物で参加をしてもらう予定でいます。開催時期までは中央リニア新幹線も開通していますので、経済効果は多ければ3兆円くらいは見込めると試算しています」
 満遍の笑みで自信を持って答えた。
「確かに『愛・地球博』は大成功だったと思います。来場者数も2000万人を越えましたが、もし誘致に成功した場合はどれくらいの入場者を見込んでいるのでしょう」
「そうですね。前回の『愛・地球博』以上の集客を見込んでいます」
「と言うことは、2000万人以上になりますが、本場アメリカのディズニーランドの来場者は年間1725万人、ユニバーサルジャパンが1600万人、東京ディズニーランドでも1510万人です。万博の開催期間は半年間ですので、少なくともユニバーサルジャパンの3倍の入場者を集客する必要がありますよね。それはどの様に考えられていますか」
「先程もお話した様に、各国独自の建物がなかった『愛・地球博』でも2200万人の来場者数があった訳で、今回はそれ以上の規模なのですから達成できない数値ではないと思います。それに、ユニバーサルジャパンとの比較ですが、万博の場合は開催期間が半年間しかありませんので、いつでも行けるユニバーサルジャパンよりは希少価値があると思いますよ」
「それでは、万博の会場建設費と運営費はどれくらいを予定していて、その負担はどの様にする予定なのでしょうか」
「まず、運営費は入場料で補い、会場建設費は建設地にもよりますから詳しい金額はまだ出せませんが、費用分担は『愛・地球博』と同じ様に国・開催自治体の愛知と名古屋、そして経済界と民間が3分の1ずつ負担する予定でいます」
「成功した『愛・地球博』は130億程の黒字になったのですが、もし仮に赤字になった場合はどこが負担するのか当然決まっているのでしょうね」
「まだ誘致が決まったわけではありませんので、仮定についてはお答えできません」
「そうですね。成功する為には目玉となる展示品や催しが必要ですよね。前回の『愛・地球博』では冷凍マンモスやスチーム調理器、まだ子供だった僕はマスコットのモリゾーとキッコロに宮崎監督のアニメ映画『となりのトトロ』に出てきた昭和30年代の家である、サツキとメイの家が再現されていたのが印象に残っていますが、今回の目玉は何を予定されていらしゃるのでしょう」
 当時訪れた『愛・地球博』会場での経験を思い出していた。
「マスコットについては、誘致のアピールにも関わりますので、公募を含めて現在検討中です。目玉については、今のところは空飛ぶ車を考えています」
「空飛ぶ車ですか、まさかトヨミ自動車が計画しているのでしょうか」
「それはまだ発表できる段階ではありません」
「それでは本題なのですが、その万博の予定地に知多半島のゴミ廃棄物処理場の人工島も含まれていて、先程言われた5ヶ所の中でも最も有力だという話もありますが」
 鋭い目付きになって尋ねた。
「決定していない仮定での話ですのでお答えするのは難しいですが、愛知県内での開催として立候補するので、先程申したように候補地の1つではあります」
 敢えて挑発には乗らず、突っ込まれない答えを選んだ。
「愛知万博跡地を含めて他にどこを予定されているのかは知りませんが、万博跡地は大部分が『ジブリパーク』として再利用されていますし、知事が言われた様に最低でも40カ国が独自のパビリオンを建設するとなると、ある程度まとまった土地が必要になりますよね。三河地区で県が保有するまとまった土地はありませんし、山林をある程度所有はしていますが今から切り開くのであれば、自然環境面で賛同が得られにくいですよね。そうなると、新たに土地の購入が必要で半年の開催の為に、博大な費用として税金が投入されることになりますよね。万博の会場建設費は、国と経済界と3分の1とのことですが、円安や物価の上昇を考えれば数千億は掛かると思われます。先程も話しましたが、国内の人気施設程の入場者数を得ることができたとしても、1000万人程度となり目標の半分も満たなくなり、運営費にも税金が投入されることは目に見えている。すると、手っ取り早く開催地を選択し経費を安く抑えようと考えるなら、知多半島沖のゴミ廃棄物処理場の人工島は県の所有物でありますので、土地を買取して更地にして整備することを考慮すれば、最も安易な方法と素人の私でも思いつきますよね」
 候補地の1つとしていると言いながらも、新鮮の会の中では既に決まっていることだと朝比奈は感じていた。
「色々な指摘は参考にさせてはいただきますが、まだ誘致の段階でして詳しい計画については決定してから詰めていくことになります」
 朝比奈の追求に顔を強ばらせていた。
「取らぬ狸の皮算用ですよね。ごもっともな話ですが、その万博の誘致に関してちょっと気になることがあるのですよ。先回の選挙の改選前は、新鮮の会が議員数で過半数を大幅に上回っていたのですが、新鮮の会内での不祥事に因って議員数を減らして、新鮮の会単独では半数を取ることはできず、議会の運営は難しくなり公約であった万博の誘致の案件も通らなくなったのではないのでしょうか」
 既に承知していたことではあったが、吉原知事の口から語らせたかった。
「確かに、新鮮の会単独で過半数を獲得はできませんでしたが、無所属や他の党の議員の肩の中でも賛同をいただいていますので、万博誘致に関しては何も問題はありませんよ」
 思ってもいない質問に戸惑っていた。
「万博の誘致に関してはそうかもしれませんが、その他の色々な案件に関しては無所属を含む各派の理解と協力が必要となります。やはり過半数を超えた絶対的安定数が理想ですよね。先日、民自党の大池議員と川野議員が亡くなり、繰り上げでそれぞれ次点であった新鮮の会の議員が当選となり、その絶対的安定数を確保できるそうですね」
 吉原の顔を見つめて表情の変化を伺った。
「ああっ、事件のことは新聞で知り、県庁内でも話題になりましたが、どんな事情があったのかはっきりしていないけれど、川野議員が大池議員を殺害して自ら命を絶ったとのことだったね。他の党ではありましたが、2人はとても優秀な議員でしたので、県の事業を進める為にも惜しい人材を失いとても残念です。まぁ、選挙後3ヶ月以内であった為に、次点であった我等の議員が繰り上げ当選となったということですよね」
 朝比奈の言葉の意図は分からなかったが、卒のない返答を返した。
「そうですね、まだ若くて有能な議員だったと伺っています。まぁ、有能なだけに新鮮の会としては、手を焼いていたのではないのでしょうか。聞いたところによりますと、2人の議員は万博誘致に対して反対の立場であり、セミナーや公演を開いて市民、県民に『愛・地球博』からまだ20年程しか経っていないことや、予定入場者数や見込みの経済効果についてに疑問を持ち、誘致を見送るように強く訴えていたことは分かっています。今回の事件は、新鮮の会にとっては願ったり叶ったりだったのですよね」
 吉原の顔の表情が強張って、両手の拳に力が入り少し震えながら、怒りを抑えようとしているのが分かった。
「何が言いたいのか分かりませんが、2人の事件は解決しているのでしょう」
 自分に言い聞かせる様に軽く顔を振った。
「あっそうでしたね。色々失礼な質問をして、本当に申し訳ありませんでした。余計な話はこれ位にして、今日本来の取材目的についてお話を伺いたいと思います。現在、知多半島沖のゴミ廃棄物処理場の人工島には、コンテナ置き場として一部が利用されてはいますが、万博の誘致場所以外に何か利用目的はお持ちなのでしょうか」
 左手にノート、右手にボールペンを構えて吉原の答えを待った。
「万博を含め、色々なプランが会内でも出されています。例えば、ディズニーランドなどの巨大な複合施設やリゾートホテルを誘致して、関西地域で多くの旅行客やインバウンドでの集客が見込める観光地にしたいとか、高層マンションを中心に色々な店舗を有するデパートなど、多くの住民を抱える1つの街を作る案なども出ています」
 実際に会内で上がっている案を自信を持って告げた。
「政治家とは国民・県民・市民に夢を与えるのが仕事の1つだとは思いますが、国の事業であるマイナンバーカードにも言えるのですが、何兆円もの税金を費やして出来ないことを堂々と胸を張って主張するなんて滑稽ですね。現場からの意見が上がっていないのか、良いことばかりしか報告しないイエスマンばかりなのでしょうね。知事は、ゴミ廃棄物処理場の人工島のN値をご存知ですか。勿論、東大を出られ官僚でもあられた博識のある知事でいらっしゃいますので、釈迦に説法・孔子に悟道かもしれませんが、N値とは地盤の強度や締まり具合を表す指標で、ボーリング調査に因って求められる数値であり、土木や建築工事において施工地盤の適否を判断する際に用いられます。測定方法は、測定用の鉄棒器具の先端に取り付けた63.5kgのおもりを、76cmの高さから自由落下させて、土中のサンプラーを30cm貫入させる為に要した打撃の回数で算出されます。地耐力の目安としては、N値が0~4の場合は非常に柔らかい地盤、4~10は安定している地場とは判断されるが地盤沈下の可能性がある。10~30は家などの小型建造物の建造に耐えられる。30~50は中小建造物の建造に耐えられ、50以上であれば大型建造物の建造に耐えられる非常に強固な地盤になります。僕は以前取材をしたこともあり、色々調べさせて頂いてたのですが、ゴミ廃棄物処理場の人工島のN値はなんとなんと5なんですよ。まぁ、マヨネーズの上に地盤が乗っかっている状態で、そのままではロゴブロックの建物位しか建てられませんから、巨大な複合施設やリゾートホテルを建てようとすれば、地盤を固定する杭を何本も打つ必要があるでしょうから、地盤改良に相当な費用が必要ですし、インフラは勿論のことゴミ廃棄物から出る異臭やメタンガスの処理も必要ですから、絵に描いた餅にならなければいいですけど」
 朝比奈は左の顳かみを叩いて尋ねた。
「ああっ、N値については多方面から指摘は頂いていて、基礎整備については既に対策済みですので、ご心配はご無用です。ネガティブなご意見も結構ですが、新たな観光地ができることでのインバウンドなどの集客効果や、都市計画による人口増加などの経済効果も考慮して欲しいですね」
 朝比奈を睨み付けた。
「申し訳ございません。我々の貴重な税金を利用してのインフラ工事も含まれるのですから、何兆円もの経済効果を生むと訳の分からない数字を持ってこられて説明されても、一県民として納得ができませんよ。また、万博の誘致をも含めてゴミ廃棄物処理場の利用方法が決まりましたら取材をさせていただきますのでよろしくお願いします」
 使い終えた筆記用具をカバンに入れると頭を下げた。
「大学館の朝比奈さんですね。よく覚えておきますよ」
 知事に対して反抗的な質問をするジャーナリストを目にして興味を示した。朝比奈は『それでは失礼します』の言葉を最後に、背中に鋭い敵視を感じながら知事室を後にすると、アルバイト先である『ゼア・イズ』に向かうことにした。地下鉄を使い最寄りの駅の階段を登りきった時にスマホが着信音を奏で、画面を見ると足立編集長からであった。話の内容は吉原知事から早速クレームが入ったとの事で、今回の取材について雑誌に掲載する場合はゲラを事前に提示して、知事側の了解を得ないものは文字化を許可しないとのことであった。足立編集長からは、知事を怒らせるなんてどんな取材をしたのだと怒りの言葉を受けて、謝りの言葉と後日詳しい内容を報告すると告げて電話を切った。クレームが入るのは想定内の事ではあったが、その素早い行動力に感心していた。目的の『ゼア・イズ』に着くと、裏口から営業時間前の店の裏方へと入り、更衣室で店の衣装に着替えて調理場から店内を除くと、今最も会いたくない人間がカウンターで独りビールを飲んでいた。
「暇か?」
 大神に声を掛けると隣の席に腰を降ろした。
「暇じゃなかったぞ。お前のお蔭でどんだ無駄な捜査をさせられたと、俺との関係を知っている各方面の人間から嫌味を言われたよ」
 朝比奈の顔を睨みつけて大神が言い放った。
「確か・・・・・『真実を明らかにする為には無駄な捜査は何一つ無い』って誰かが言っていたよな」
 大神の方を叩いた。
「そんなこと言ったのは何処の誰だ。まさか、テレビアニメの主人公なんて言わないよな」
 その手を振り払った。
「どんな真実が出てきたのかな。意外と真実は一つではないかもしれないぞ」
 マスターが然りげ無く朝比奈の前に烏龍茶を置いた。
「真実は常に一つ。大池議員が亡くなったホテルの近くの防犯カメラを全て確認したところ、ホテルの防犯カメラと同じ服装の人物がタクシーに乗る映像が発見され、そのタクシーを確認したところ川野議員だったことが分かった。送り先は川野議員の自宅付近だったこと、時刻も事件の犯行後に間違いないとのことだから、大池議員を殺害したのは川野議員ということだ」
 ジョッキのビールを一気に飲み干して立ち上がろうとした。
「ちょっと待てよ。大池議員を殺害したのは川野議員だとしても、川野議員の自宅のエアコンの設定温度やパソコンの遺書の偽装からすれば、川野議員は自殺を偽装して殺害された可能性は残っているよな」
 大神の腕を掴み席に座らせた。
「そっ、それは、大池議員を殺害したのが川野議員だということがはっきりした事で、自殺の動機も遺書に書かれたことと合致する。パソコンやエアコンの設定温度には疑問点はあるが、川野議員の自宅にはしっかりと施錠されていたから、殺人事件を起こした後に川野議員が他人を家に招き入れたとは考え難い。お前はいろいろケチをつけてくれたが、警察の判断は間違いなかった。愛知県警として、謝罪と訂正文の掲載を大学館に要望すると息巻いていたぞ」
 怒りの余り、音が出るくらいの勢いでテーブルを叩いた。
「それこそ真実は一つで、今回の事件には共犯者が居てもう1人の犯人が川野議員を殺害した可能性はあるよな。共犯者であれば、自宅に招き入れてもおかしくはないし、大池議員1人では新鮮の会が議会の過半数を維持できないからな」
 興奮するなとばかり大神の背中を摩った。
「まだそんなこと、政治が今回の事件に絡んでいるとを考えているのか」
 呆れ顔でその方を落とした。
「つい先程、足立編集長の計らいで吉原県知事を取材することができたんだ。ちょっと政治方針や事件が起きたことにより安定した議員数を指摘しただけなのに、早速大学館に苦情の電話が入ったそうだ。その迅速で過敏な反応を考えると、吉原知事が今回の事件に関わっていると思えるんだがな」
 コップを手に取り口へと運んで烏龍茶を口へと流し込んだ。
「おいおい、まさか本当に吉原知事が今回の事件に関与していると思っているんじゃないだろうな。相手は愛知県知事であり、新鮮の会の副代表なんだぞ」
 呆れた顔で言い返した。
「まさかお前、政治家だから刑事事件は起こさないなんて思っているんじゃないだろうな。政治資金に関する脱税にパラハラにモラハラは当たり前、秘書に対するセクハラに最近は13歳の少女に暴行事件も話題になっていたよな。特に吉原知事が副代表を務める新鮮の会の議員は顕著で、党を統括する副知事が殺人を犯していたとしても俺は驚かないよ。だから、あれだけ勢いがあった新鮮の会はそんな事件のせいで今回の選挙で過半数を割る事になり、起死回生の為にも万博の誘致を選挙の公約とし大風呂敷を引き、愛知県では何とか第一党の位置を死守できた訳だよな。まぁ、アリバイを確認してもらえれば、本人が直接手を下したかどうかは分かるだろうけど、それでも計画自体を考えて指示した殺人教唆の可能性だってあるだろう」
 走り出したら止まらない、ついに知事が犯人だと言い出した。
「それって、いつもの様に『素人探偵の感』だけで何の証拠もないのだろ。お前、政治家に対して、間違いなく偏見と嫌悪感を持っているよな。どう考えて想像を膨らましたのか分からないが、この事件に対してはこれ以上捜査をされることはないってことだ」
 昔から突拍子もない発言や行動をすることは分かっていても、流石に県知事を殺人教唆だと言い出すとは大神の許容範囲を大きく外れていた。
「疑問点はあるのに捜査の打ち切りか・・・・・・多分上層部からの指示があったんだろうな。宮仕えであり、縦社会に生きている君達は仕方ないだろうけど、それではいつまでたっても悪が蔓延る社会が続き、冤罪が無くならないんだよな。本当に悲しいよな。まぁ、警察が動かないのなら、他の方法で攻めるとしましょうか」
 烏龍茶を一気に飲み干すと勢いよく席を立った。
「おい、他の方法って、まさか・・・・・・・」
 ある人物の顔が頭に大きく描かれた。
「ご想像の通り、親父が会議で明日の午後から日帰りで名古屋に戻って来るので、夜に時間を取って会ってくれる様なんだ。予め今回の事件について説明して、色々調べてもらっているから話を聞くのが今から楽しみで仕方がないよ。どう事件が動くのか飴、いや指をくわえて待っててくれよ」
 朝比奈の父親は最高検察庁の次長検事であり、検事総長に次ぐNo.2の役職に就いていた。朝比奈が事件について都合の良い点を話していれば、曲がったことが大嫌いで正義感の塊の様な父親の性格を知っている大神は、朝比奈に手を貸すのは十分にあり得ると思った。
「親父さんまで動かして、本当に川野議員は自殺ではないと思っているのか」
 厨房へと向かう朝比奈の背中に言葉を投げ掛けた。
「警察の捜査が正しくて、川野議員は自殺だったのかも知れない。だけど、それ以外の真実がある可能性が僅かでもあるならば、事件に関わった以上最後まで突き止める義務があると思っているだけだ。もし仮に、川野議員が大池議員を殺害したとしても、その動機はなんだったのかはもう告げることはできない。話したくなくて自殺したのなら仕方ないが、もし俺が彼の立場だったら誰かに事実を明らかにしてもらいたいと思うからな」
 朝比奈の言葉に大神が言葉を詰まらせていると、厨房に入った朝比奈のスマホが震えた。
「はい、朝比奈です・・・・・・・ああっ、川野さんですか、先日は大変お世話になりました・・・・・・・えっ、児童養護施設の名前が分かったのですか・・・・・・・尾張旭市にある『希望の里』ですか・・・・・・・・助かりました、ありがとうございました」
 電話を切ると、朝比奈のスマホを持つ手に自然に力が入った。
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