紅の薔薇

碧 春海

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六章

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 翌日朝比奈は、足立編集長から得た情報では、川野議員には既に祖父母も両親も亡くなっていて、葬儀を仕切ったのは父の弟夫婦、つまり川野議員の叔父だと教えてもらい、その名古屋市の東部にある守山区の住所を尋ねることにした。
「初めまして、朝比奈優作と申します。太郎先輩にはトヨミ自動車時代に大変お世話になり、県会議員の出馬の時も選挙スタッフとして応援させていただきました。事件のことは友人から連絡が入ってはいたのですが、海外への出張中の為に伺うのが遅くなり、通夜葬儀に参列できなくて申し訳ありませんでした」
 玄関に出てきた叔父の川野総一朗に頭を下げた。
「そうでしたか、調べて訪ねて頂いたのですね。どうぞお入りください」
 総一朗は朝比奈の事情を聞き家へと招き入れた。
「この度は本当にこ愁傷様でした。これからは県民の為、何れは国民の為に頑張りたいと話していらっしゃったのに、とても残念です」
 仏壇での焼香を済ませ手を合わせた後、奥さんがお茶を用意したテーブルへ向かい話し始めた。
「ご丁寧にありがとうございます。朝比奈さんもご存知だとは思いますが、事件を起こしての自殺でしたので、通夜も葬儀もほんの内輪だけの家族葬で執り行いました。まぁ、内輪といっても、太郎の祖父母と父親は既に亡くなっていますので、私達家族だけだったのです」
 淋しい葬儀風景を思い出していた。
「そうだったのですか。今回の事件のことなのですが、先輩が大池さんと付き合っていたのは伺っていて知っていました。ですから、先輩がどんな事情があったのか、いえどんな事情があっても大池さんを殺害するとはどうしても信じられません。どうしてこんなことになってしまったのか、間違いがあったのなら正さなければならないと思っています。その為には、私の知らない先輩のことを教えていただき、何か疑惑があれば警察に知らせて再捜査してもらうつもりでいます。まず、初対面で失礼だとは思いますが、先輩の遺産についてはどうなっているのでしょう」
 まずは、ミステリー小説では定番の殺人動機について探りを入れてみることにした。
「太郎には配偶者や直系の親族などの法定相続人が居ないことになりますので、遺言書が無い場合は財産は最終的には国へ帰属するようですが、あの若さで遺言書を書いているとは思えませんからね」
 肩を落として答えた。
「警察からの説明があったかと思いますが、先輩はパソコンに遺書を残していたそうです。動転はしていたかもしれませんが、父親を亡くしたばかりでもあり、几帳面で慎重な先輩が遺言書を残さずに、遺書だけを残すのとは思えません。それと、先程の話で気になったのですが、祖父母と父親は亡くなったとおっしゃっていたのですが、お母様はどうされたのでしょうか」
 やはりお金目当てが動機の殺人ではなかったのだと改めて確信した。
「ちょっと込み入った話になりますが、弟夫婦には子供が生まれなかったのです。原因は結婚後に奥さんが子宮癌を発症し、全摘手術で一時は元気になられたのですが、その頃はまだ祖父が元気で2人の間に子供ができないと分かると、実家内での奥さんの居場所がなくなり、それに耐えられなくなったのでしょうね、2人の関係もギクシャクして離婚することになったのです」
 総一朗は立ち上がると、仏壇の引き出しを開けてアルバムを手に取り、表紙を開いて2人が写っているページを広げて朝比奈に差し出した。
「すると、先輩は再婚された後のお子さんだったのですか」
 足立編集長の調査書には載っていなかったので流石に驚いた。
「父親が何度か見合い話を持ってきたのですが、跡を継ぐ為にトヨミ自動車を退職して、秘書の仕事を覚えなければならなかったり、県会議員や国会議員を目指して勉強も必要で大変な時期でもあり、ご縁にも恵まれなくて再婚することはありませんでした。ですから、代々続いた議員を継がせたいと、何処かの施設から男の子を養子に迎えたのが太郎だったのです」
 朝比奈がページを捲った写真の幼い頃の太郎を指差した。
「実施ではなくご養子だったのですね。それで、離婚された奥様は今どこで何をされていらっしゃるのですか」
 アルバムの中の奥さんの姿に目を移した。
「離婚してからの付き合いはありませんので、どこで何をされているのかは分かりませんが、噂の範囲なのですが癌が再発して亡くなっている様です。まぁ、太郎とは血の繋がりもありませんので、生きていたとしても遺産に関しては相続権はありませんよ」
 朝比奈の意図が分からないでいた。
「反対に、先輩の血縁関係についてはどうなのでしょう。養子縁組の手続きをされていれば、申し出ても法的に言えば相続権は無いのですが、先輩が亡くなったことを記事で知れば、養子縁組されていることや法律の知識が無ければ、その家族の方が名乗り出て相続に関して主張してくる可能性もあるでしょう」
 遺産に対しての動機を潰しておきたかった。
「今のところはそのような問い合わせはありませんけれど、太郎は確か児童養護施設からの紹介だったはずですので、どういう事情であったのかは聞いていませんが、実の両親は居なかったと思います。あの、朝比奈さんは、太郎の自殺に疑問をお持ちなのでしょうか。と言うことは・・・・」
 後の言葉は飲み込んだ。
「はい、先程も言いましたように警察の発表に納得がいかなくて、先ずは遺産などのお金に関しての殺人ではないことを確認したくて質問をさせていただきました。もう少し先輩の事を詳しく調べたいのですが、その児童養護施設の名前を教えていただけませんか」
 川野という人物を作り出した生い立ちや家族の関係などに興味を感じていた。
「えーと、もう何十年も前の話ですからね。そんな有名で大きな施設ではなかったと思いますから、今も存在しているかどうかも分かりません。代々住んでいる実家には何か資料が残されているかもしれませんので、今度片付けに行った時に調べてみましょう。でも、本当に太郎は事件を起こしていないのでしょうか」
 朝比奈の言葉に一瞬期待はしたものの、今会ったばかりの人間を完全に信じることはできなかった。
「そうですよね。怪しい人間が、警察の捜査を否定するのですから、疑われるのもごもっともです。実は、私の友人が愛知県警の刑事をしていまして、今回の事件も関わっていたので情報も得ることができました。ですから、新聞などのマスコミなどの記事だけで判断したのではありません。それから、ここだけの話ですが、友人の刑事に事件の疑問点を投げ掛けて、再捜査をする様に動いてもらっています。事情を伺いに来るかもしれませんが、その時はご協力ください。それから、私の姉が弁護士をしていまして、相続等で分からないことがあればご相談ください。それから、私の携帯番号も書いておきますので、もし児童養護施設の名称等が分かりましたらご連絡頂ければ助かります」
 朝比奈は、姉の弁護士事務所の名刺の裏に自分の名前と携帯番号を書き込み、川野に渡すとお礼を言って家を後にした。その後は、市バスと地下鉄を使ってバイト先であるカフェバー『ゼア・イズ』へ向かうことにした。最寄りの地下鉄の駅を下り、階段を登って店に向かう途中にある路地を過ぎる時、女性の甲高い声が聞こえて朝比奈は後退りすると、若い2人の女性が革ジャンを纏った男性たちに囲まれていた。
「ちょっと一緒に飲もうって誘っているだけだろ。一杯だけでいいからさ」
 そう言うと、1人の女性の腕を捕まえようとした。
「嫌と何度も言っているじゃないですか」
 その手を振り払おうとした。
「おいおい、痛い目にあう前に素直に言う事を聞いた方がいいぞ」
 再度その手を腕に向けた。
「辞めて」
 掴まれた腕を左右に動かして抵抗したが、しっかり握られた手は簡単には離れない。もう1人の女性も他の男性から腕を取られていた。
「ちょっと感心しませんね。女性は嫌がっているじゃないですか」
 朝比奈は路地へ入り込んで男に声を掛けた。
「なんだテメエ。カッコつけて割り込んできて、痛い目にあっても知らないぜ」
 もう1人の男が立ち塞がって言い放った。
「そうですね、痛い目にはあいたくありませんが、女性が困っているのに見て見ぬ振りもできません。どうしたらいいでしょうね」
 普通の人は関わりたくない人種に堂々と言い放つと、馬鹿にされたと感じた男が朝比奈に襲いかかってきたが、体に触れる間際に素早く移動して男の肘と背中を押すことで、勝手に自分で淵に置かれていた空のビールケースに倒れ込んだ。合気道の技の1つで有り、相手は自分の身に何が起きたかわからないほどの速さであった。その姿を見た仲間の男は、女性の腕から手を離すと朝比奈に向かって走り込むが、朝比奈は少し右に動くと相手の右手に触れた瞬間、男は一回転して地面に背を付いて仰向けに天井を見ることになった。
「お、覚えていろよ」
 最後の1人は女性から手を離すとお決まりの捨て台詞を吐いて慌ててその場を立ち去り、ほかの2人も立ち上がりその後を続いた。その背中を見送ると、もの騒ぎに気がついたのか店のあるバーの扉が開いて、スーツ姿に薄目のサングラスを掛けたガタイの良い男性が姿を現し、3人の男の後ろ姿からこちらに振り向いた。『えっ、あの男性は』朝比奈がそう言葉を漏らした。
「危ないところ、どうもありがとうございました」
 最後まで手を掴まれていた女性が腕を摩りながら朝比奈に近づいた。
「お怪我はありませんか」
 閉じられたバーから目を移して2人に声を掛けた。
「はい、大丈夫です。本当に助かりました。あの。何かお礼をしたいのですが」
 顔を合わせ代表する形で1人の女性が願い出た。
「お礼ですか・・・・・・それでは、ちょっと付き合ってもらえますか」
 朝比奈は少し考えてから笑顔で言い返した。
「あっ、はい」
 意外な言葉に、先程の連中の仲間ではないかと疑いつつも朝比奈の後に続いた。
「マスター、お客様をお連れしました」
 朝比奈は2人をバイト先のカフェバーに連れて行くとカウンターに案内してマスターに声を掛けた。
「あの、ここは・・・・」
 意外な展開に女性の1人が朝比奈に問い掛けた。
「ああっ、僕はこの店のアルバイト店員なんですよ。少しは店の売上に協力したいとお連れしました。ここには美味しい料理や珍しいお酒もありますので、楽しんでいって頂ければ助かります」
 そう言うと早速メニューを2人に渡した。
「私達、食事は済ませましたので、デザート、そう外が寒かったので温かいもの、流石にたい焼きはないですよね」
 女性はメニューを開きながら、パラパラと捲りながら尋ねた。
「あるよ」
 その問いにカウンター越しにマスターが答えた。
「天然と養殖がありますが、どちらにしますか」
 空かさず朝比奈が尋ねた。
「えっ、たい焼きに天然や養殖があるのですか」
 メニューの全てを見ても、たい焼きどころか天然や養殖の記述はなかった。
「まぁ、牛丼の『やき家』にもメガ丼の上にキング丼があるように、メニューに載っていない裏メニュー的みたいなものですよ」
 最近挑戦したばかりの、並丼の牛肉6倍、ご飯2・5倍の全体で1・2キロあったキング丼に苦戦した経験を思い出していた。
「あの、たい焼きがあることは分かりましたが、天然と養殖はどう違うのですか」
 生きているものを処理するものではないのに、どう違うのか想像が出来なかった。
「1尾ずつの鉄板で焼くのが天然で、並べて焼くのが養殖です。それで、中身は粒あんとこしあんどちらにしましょう」
 予約伝票を手に尋ねた。
「それでは天然で、粒あんとこし餡の1尾ずつお願いできますか。それと・・・・・」
「あっ、たい焼きをご注文いただければ、静岡産の煎茶が付いてきますよ」
「そっ、それでお願いします」
 女性はメニューを返した。
「私はあんこやカスタードクリームが苦手ですので、たい焼きは・・・・・・」
 もう1人の女性が迷っていた。
「クリームチーズやチョコレートもできますし、今人気のあん無したい焼きはどうでしょう。生地に徹底的にこだわった、さくさくもっちりの当店自慢のたい焼きです。トッピングもできますから是非味わってください」
 朝比奈がそう告げると、女性はあん無したい焼きを2尾注文し、トッピングに生クリームを付けてもらうことにすると、朝比奈はたい焼きをを作りにカウンターの奥へと姿を消し、2人の女性はたい焼きが出来上がるまでワクワクする時間を楽しんでいた。
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