紅の薔薇

碧 春海

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二章

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 翌日、朝比奈は午後の公演を終えて、会議室で足立を含む大学館のスタッフと公演を無事に終えたことを話し合っていると、テーブルに置いていた朝比奈のスマホが着信音を奏で、慌てて応対すると大神の声が耳に届いてきた。
「えっ、犯人が発見された・・・・・・一応、あの時会った男性かどうか確認して欲しいと依頼があったんだな。分かった、県警本部へ行けばいいんだな」
 朝比奈はスマホでの大神との会話を終えると、足立へ理由を話して早速愛知県警へ向かうことにした。
「それで、犯人は取調室か」
 朝比奈は1階のフロアで待っていた大神に声を掛けた。
「ここじゃない、東名医科大学附属病院だ。車中で状況を伝えたいから、一緒に来てくれ」
 朝比奈を先導して駐車場へと向かった。
「どうして病院なんだ。まさか逮捕の際に怪我をさせたのか」
 助手席に腰を下ろすと早速問い詰めた。
「俺の前ではいいけれど、警察に喧嘩を売る発言は慎めよ。お前を病院に連れて行くのは、犯人と思われる人物は警察に逮捕する前に亡くなっていたんだよ」
 そう言うと、車を発進させ東名医科大学附属病院へと向かった。
「亡くなった・・・・・・それで、死亡原因は何だったんだ。まさか、先日の殺人を悔いて自殺なんてな」
 勝手に想像して適当に答えた。
「その通りだ、殺人の自供をほのめかす遺書を残して亡くなっていたんだ。所轄は状況から単純な自殺事件として処理しようとしていたようだが、殺害されたのが県会議員ということで、県警本部の上層部の判断で解剖することになったようだ」
 亡くなった人物が、日本の与党である民自党の議員である為の処理であると考えていた。
「なるほどね。間違った判断をすれば大変なことになるからな。そう言えば、小耳に挟んだんだけど、優子さんは法医学を勉強して病院に戻ってきたらしいな。夫の為に少しでも力になりたいなんて本当に泣ける夫婦愛だな」
 右手を目元に当てて大袈裟に泣き真似をした。
「何言ってるんだ。今は法医学や解剖学を学ぶ医学者が少なくて、病院の依頼で勉強して戻ってきて、今は三宮教授の下で事件性のある遺体の解剖を手伝っているんだよ」
 あくまでも自分の為ではないことを強調したかった。
「まぁ、そんなことはどうでもいいけど、その被害者の素性は分かっているのか」
 朝比奈は全くこだわっていなくて話を変えて質問した。
「川野太郎、被害者と同じ民自党の県会議員だ」
「えっ、県会議員が同党の県会議員を殺害し、自殺したってことなのか。遺書を残していたと言ってたが、便箋に手書きで残していたのか」
「いや、自宅で亡くなっていたんだが、書斎のパソコンに文章として残されていて、確か『大池百合子議員を殺害したのは自分であり、自らの命をもって償います』と聞いている。実に簡単な文章で、殺害の動機なども書かれていなかったようだ」
 少し頭を傾げて答えた。
「手書きではなく、パソコンに遺書をね・・・・・・大池議員が亡くなっていたホテルにもスマホは残されていなかったから、犯人である川野議員が持ち去った可能性が高いと思うが、大池議員のスマホは残されていたのか」
 顎に右手を当てて尋ねた。
「大池議員のスマホは現状からは発見されなかったけれど、川野議員のスマホについては所轄が担当していてまだ確認はしていない」
 大神は朝比奈の言葉の意味を感じ取り、自殺に対しての疑惑が湧いてきた。
「そうか、発見されなければ、2人の情報が知られたくない人物が居るってことだな。いくらスマホの情報を消しても、今の技術では復元されてしまうからな。特に、2人の関係に関して知られてはいけない情報があったのだろう。その当たりは調べがついているのか」
 事件の事情を聞いて次々と指摘してきた。
「今のところは、所轄が事件を担当しているから詳しい話は分からないが、一応形式的に動機を調べることくらいはするだろうが、遺書もあることから余程のことがなければ、被疑者死亡で処理されるだろうな」
 事件の流、捜査の進展から予想がついた。
「そんな単純な事件だとは思えないけどな」
「俺もそう思って、高橋と川瀬の両刑事に2人の議員の身辺調査を依頼してるよ」
「流石、エリート刑事、抜け目無いですね」
 そう言っている間に東名医科大学附属病院に到着して、法医学教室へ三宮友紀教授を訪ねた。
「あっ、大神刑事、優子さんなら今解剖中ですよ」
 三宮は大神より少し年上ではあるが、モデル並みの美貌と法医学についての知識について、東海地区は勿論日本においても一目を置かれる存在であった。
「いえ、今日は先程運ばれた川野議員の解剖結果についてお聞きしたくて伺わさせていただきました」
 教室の入口で声を掛けられ朝比奈と共に教室に入った。
「えっ、事件に関してなの。それにしては、朝比奈君との組み合わせは珍しいわね」
 三宮は朝比奈の姉である麗子と高校、大学での同級生で弟の朝比奈とも親しい関係であった。
「ああっ、いつもの如く、なぜかホテルの殺人現場の隣に部屋を取っていまして、部屋から出てきた犯人と思われる人物と出会っていたんです。その人物が亡くなった川野議員である可能性が高く、一応確認の為に同行してもらいました」
 勧められた席に腰を下ろし、朝比奈が同席した理由を述べた。
「えっ、『ニュープリンセスホテル名古屋店』の亡くなった大池議員を殺害したのが川野議員だったってことなの。まぁまぁ、いつもいつも朝比奈君は大変な事件に巻き込まれるんですね。今回は所轄で犯人に間違われて取り調べを受けたってことはないよね。いつものように大神刑事に迷惑を掛けないでね」
 大神に同情しながら、解剖の報告書を2人に差し出した。
「毎回毎回大変ですよ。朝比奈、部屋から出てきた男はこの人物だったのか」
 解剖報告書に添付された遺体の写真を指さして尋ねた。
「この前も話したけれど帽子で顔を隠していたし、生きていれば歩き方などで感じることもあるだろうが、流石に遺体で判断するのは無理だよ」
 朝比奈は死体検案書を手繰り寄せると、一度目を閉じた遺体の写真から他の書類に目を移した。
「先生、死因は薬物による服毒死で間違いないのですか」
 大神は書類から目を移して三宮を見て尋ねた。 
「ええ、胃から毒物が検出されたので間違いないわね。ああっ、他に外傷はなかったことも所轄の担当刑事さんには伝えてありますよ。自殺ですねと尋ねられたので、それは警察の仕事ですと答えておきました」
 2人の刑事の顔を思い出しながら答えた。
「胃から検出されたのは、オレアンドリンとネリオドレインですか。ミステリー小説では毒といえば青酸化合物なんでしょうが、厳重に管理されていますからそんなに簡単に手に入る代物ではないですけど、この2つの毒物は知識があれば比較的簡単に手に入りますからね」
 書類を三宮に返して朝比奈が言い返した。
「えっ、俺はそんな毒物初めて聞いたけど、何処で手に入れることができるんだ。まさか、市販されているんじゃないだろうな」
 聞きなれない毒物の名前に驚きながら朝比奈に尋ねた。
「そんなわけないだろ。想像するに、夾竹桃の葉か花、若しくは茎を乾燥させて粉末にして飲み込んだのだろう。夾竹桃は夾竹桃科の常緑低木で、日本だと夏場をピークに紅色や白色の美しい花をたくさん咲かせ、乾燥や大気汚染に強い為、高速道路沿いの植栽や、公園の生垣などでよく見かける植物だから、比較的簡単に手に入れられる。しかし、先程言ったオレアンドリンとネリオドレインは、青酸カリよりも毒性が高いと言われているんだ」
 左の顳かみを叩きながら答えた。
「朝比奈君、そんなことも知っているの」
 三宮は顔を左右に振って驚いていた。
「三宮先生、死亡時刻は昨夜の午後10時から12時とされていたのですが、遺体が発見されたのは何時だったのでしょう」
 もう1つ気になっていたことを尋ねた。
「今朝、家政婦さんが自宅に訪れて気付いたから、半日以上は経っていたことになるわね」
 刑事から聞いていた情報を答えた。
「亡くなった川野議員は両親が離婚していて、父親と2人で住んでいたのだが、先月父親の川野陽平国会議員が亡くなり、今は独り住まいで家政婦を雇っていたそうだ」
 大神が付け加えた。
「父親が亡くなっていた、まさか殺されたんじゃないだろうな」
 ミステリー小説に有りがちなストーリーを頭に描いた。
「いいや、入院していた病院で急性心筋梗塞で亡くなっている。まぁ、急ではあったが、元々心臓が悪く何度か治療の為に入院もしていたようだ。まさか、父親も夾竹桃で殺されたなんて考えているんじゃないよな」
 呆れ顔で答えた。
「まぁ、灰になった今となっては、分からないことだけどな。ただ、俺がホテルで見掛けた人物が川野議員だとすると、亡くなっていた自宅の住所からすると、あの時間帯であれば車で30分程で行けるよな。殺害を起こして自宅に戻って亡くなったとすれば、一応辻褄は合うけれど・・・・・・」
 朝比奈は少しかんがえこんだ。
「そうだな、10時にホテルを出れば、自宅に到着してパソコンに遺書を残し、あらかじめ用意してあった夾竹桃の粉末を口にしたってところだな」
 当時の状況を解説しながら、朝比奈が何に問題を感じているのか想像していた。
「早すぎるんだよな・・・・・・・」
 しばらく間を置いて朝比奈が呟くように言った。
「えっ、早すぎる。時間的には問題ないだろう」
 朝比奈の言葉の意味が分からなかった。
「スムーズすぎるんだよな。自殺に対して迷いが無いんだ。大神が説明した通りなら、自宅について直ぐに行動を起こしたことになる。正に予定通りにな」
 朝比奈は大神の顔を見て首を傾げた。
「それが何か問題があるのか。初めから計画していたのだろう」
 そう言いながら朝比奈の意図を考えていた。
「確かに、2人のスマホを処分する目的はあったのかもしれないが、わざわざ自宅に戻る意味が分からない。計画していたのなら、遺書だってパソコンではなく直筆の書面で残すこともできたはずだろ。自殺と判断する前にもう少し調べた方がいいな」
 朝比奈が嬉しそうに微笑むと、それはお前の仕事じゃないんだけどと、大神が隣で溜息を吐いた。
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