紅の薔薇

碧 春海

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一章

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 朝比奈とその大学時代の先輩である、雜誌出版会社『大学館』の名古屋支部政治経済部の編集長との話し合いから数週間経った12月12日の夕刻、名古屋市内にある『ニュープリンセスホテル名古屋店』の大ホールでは、大勢の人を集めてマイナンバーカード及びマイナー保険証についての講演会が開かれていた。これ程の規模の講演会であれば、専門家や大学の教授などが講師として説明をするのが普通であるが、当初は多くても100人程度を予定していたのだが、テレビや週刊誌などのメデイアやマスコミが取り上げたことから、多くの人からの参加申し込みがあった為に大ホールへの変更となったのだった。そして、足立編集長が朝比奈に依頼したのは、彼の専門家にも劣らぬ知識や見識を持ち、想像力に記憶力は実感済みであり、勿論責任感もあることから適任と判断したのであった。
「と言うことで、マイナカードとマイナ保険証についての基本的な説明を終えます。ワクチンは安全だと堂々と宣言して何人もの国民を死に至らしめた実績もあり、政府が推進することだから間違いないと思うことが間違いで、本当に優秀なシステムであれば2万ポイントを付加しなくても、国民の全てがこぞってカードを作ると思います。実際にマイナ保険証の利用率は、今現在でも1割を切っている状態であり、進めるべき国の人間であり百%であるべき国家公務員ですら殆んど同じ数字であると言うことは、このカードの利便性が全くないことを物語っていると思います」
 朝比奈がマイナンバカードとマイナ保険証の説明を一通り終えると、質疑応答の時間になり早速挙手があり、中年の男性が挙手の後指名されて立ち上がった。
「先程からの説明では、マイナンバーカードやマイナ保険証のメリットや利便性についての説明が無く、デメリットばかりが語られていたようなのですが、もう少し平等な視点で説明すべきではないのでしょうか」
 スーツ姿にマイナンバーカードやマイナ保険証の擁護する質問から察して、役所関係者と思われた。
「メリットですか・・・・・・まぁ、考え方次第ですが、そうですね、殆んど無いですね。まず、コンビニで住民票とか印鑑証明が出せてとても便利だと言われていますが、まだまだ他人の証明書が出る事があり、今も完全に修正されていません。どうでしょう、例え便利であっても、他人の証明書が一件でも出れば個人情報でもあり、運営会社が勧めていればその会社の上層部は責任を取って辞職する案件ではないのでしょうか。それなのに、政府は重大な事件が発生しているのに、全て運営会社の責任にして謝罪もしない。それにそもそも、住民票や印鑑証明を生涯の内に何度必要なのでしょうか。百回ですか、二百回ですか。そもそも、デジタル化を勧めると言って、紙の住民票や印鑑証明書をコンビニで発行するのが、本当にデジタル化なのでしょうか。それこそ、印鑑をなくすと言い張った大臣が、住民票や印鑑証明を紙で利用するのではなく、それこそスマホで行えるようにすることの方が便利だと思います。もう1つは、年間600億円と言われる保険証の不正利用を防ぐ為と言われていますが、その600億円の根拠が示されていないし、分かっていれば取り締まればいいのではないかと思います。また、本来日本国民は全て保険に加入しているのが原則であり、他人の保険証を使っても指定の金額を支払わらなければならないですよ。ただ、保険料が支払えなくて無保険となっている人があると思いますが、その様に保険料を払えない人は、生活保護等によって国が責任を持って支援するべきであるので、不正利用にはならないと考えます。また『マイナンバーカードに変わる身分証明書はあれば出してみろ』と言い放った大臣もいますが、パスポートから写真を省いて身分証明書の役割を果たせなくしたのも政府ですし、免許証にもICチップは埋め込まれているものもあります。それを上手く利用すればマイナンバーカードと変わりませんし、免許証がない人は現行の保険証に、最近レアメタルの製造に成功した愛知県のデンソーが1994年に発明したマトリックス型2次元コードのQRコードを組み込めば、本人確認の記録を搭載できるのではないかと考えたり、もっと他の方法が考えられるとおもいます。先程も説明させていただきましたが、マイナンバーカードを導入して保険証や銀行口座にひも付けようとした為に、今まで必要としなかった戸籍にフリガナを付けなければならなくなって、各自治体は困惑しています。転職の為に色々な変更手続きが、マイナー保険証により自動的に変換されるというのも現在のところは、絵に描いた餅状態であり、医療情報も1ヶ月程のタイムラグが発生したりして最新の情報は得られないし、他の病院とのカルテなどの共有も導入ソフトが違えば共有することはできず、救急搬送においては保険確認の為に導入後は平均で約6分30秒も伸びてしまっています。先日も、救急搬送時にマイナー保険証での保険確認がうまくいかず、10割負担になると言われ後日改めて保険証を持参すると一旦自宅に帰った後、様態が急変して死亡してしまっています。つまり、マイナー保険証を導入した為に死者が出てしまったのです。それに加え、身分証明証と言われていますが、偽のマイナー保険証を利用して、勝手に携帯電話の機種変更がされて悪用された例が発生すると、目視でしっかりと確認すれば分かることだと、デジタル大臣がアナログ的な言葉を発する事態です。デジタルや現場の仕事やデジタル化の本質が分からないを大臣が、指揮を取るとこのような恐ろしい状態になってしまう。誰もその大臣に物申す人材がいないのが、この日本の最大の悲劇だと思います」
 その言葉に反論することなく男性はゆっくりと腰を下ろした。
「あの、政府が2万ポイントも付けてマイナーカードを普及させようとしているのですか」
 マスコミ関係者と思われる女性が指名を受けて質問した。
「それを語る前に、費用対効果の話をしたいと思います。マイナーカードを国民に持たせる為に、既に4兆円以上の税金を投入しています。これからも、維持費や新たなシステムに推進費用を考えれば、5兆円は軽く超えてくるでしょう。これだけの費用を浪費して、マイナ保険証の利用率は5%前後なのです。なぜ、貴重な国民の税金を費やしてまで推進するのかということなのですが、今話題となっている政治資金規制法の問題や、昔から伝統的に行われて企業との癒着があるのだと僕は思っています。今回関わっている企業は地方公共団体情報システム機構、通称J-LISと呼ばれるいわゆるITゼネコンで新しい中抜き機構を作り上げています。その名だたる企業は5社ありTOPPAN・NTTデータ・日本電気・日立製作所・富士通です。受注額も5社で1千億を超えますし、このJ-LISに情報を問い合わすたびに1件当たり10円が支払われる仕組みも作りあげ、利益を得た企業はせっせと与党民自党に政治資金として献金し、官僚はその会社に天下りしていくのでしょう。このマイナンバーカードシステムの導入は、国民の為ではなく政・財・官の為のシステムであると僕は考え皆さんにその事実をお伝えしたいと考えています。ですから、本来任意であるべきマイナンバーカードの取得が、保険証の廃止なのに病院や薬局にお金をバラ撒いて飴、協力しなければ圧力を掛けて鞭を与えて強引に取得させたりするのです。携帯電話を契約するのも、一部免許証でも可能のようですがマイナンバーカードが必要と義務付ける意向のようです。免許の取れない未成年者は、携帯電話を持つ為には嫌でもマイナンバーカードを取得する必要が出てきます。ワクチンの時でもそうだったのですが、絶対に安全だと言いながら何人もの犠牲者を出したのに、まともに謝罪もなく死亡に対する関連性が無いと逃げて保証も渋る。マイナンバーカードでも、利用者に責任がなく不正利用があったとしても保証はしないと規約として明記されている。クレジット会社では有り得ないことを平気で行うのです。僕はマイナンバーカードを否定するわけではありません。選択権があって利用したい人は活用されれば良いと思いますが、今のままでは百害あって一利無し、非常最悪のシステムだと思います。零歳児から高齢者までマイナンバーカードを持たせることに問題があるのです。いつも振り回されるのは弱い立場の国民なのです」
 普段の朝比奈には珍しく少し興奮気味に話し終えると、圧倒されたのか他に質問をしようとする手は上がらず、司会者の言葉によって公演は打ち切りとなった。その後、参加者の見送りを終えた朝比奈は、休憩室で今日の公演の評価など足立や大学館のスタッフと話し合った後、明日の公演の準備などに関して打ち合わせを済ませ、用意されていた部屋へと向かった。部屋の前へと進みカードキーを差し込んだ時、隣の部屋からスーツ姿の身なりの良い男性が扉を開けて出てくると、朝比奈の存在に気がついて民自党の副総理がかぶっていそうな、大き目の帽子の先をしたにずらしながらを伏し目がちに通り過ぎていった。
「どこかで見たような・・・・・・・」
 そう呟きながら部屋の扉を開けた。そして翌朝、朝比奈がレストランへと向かう為に部屋を出ると、昨夜男性が姿を現した部屋の前でホテルのスタッフと思われる女性が部屋の呼び鈴を押していた。
「あの、どうかされたのですか」
 気になった朝比奈は近づいて声を掛けた。
「朝食も予約されていて、モーニングコールをお願いされていたのですが、何度連絡しても応答がないものですから心配になって確認に来たのですが応答がなくて」
 少し躊躇した後にゆっくりと話し始めた。
「あっ、僕は昨夜こちらのホールで公演させていただいた朝比奈優作と言います。マスターキーをお持ちであれば一緒に確認しましょうか」
 怪しいものではないと警戒心を取り除くように話し返した。
「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
 女性はマスターキーとなるカードを差し込んで部屋の扉を開けた。
「室内は静かですね。人の気配もないようですね」
 扉を開けると人の気配を感じ取ろうとした。
「大池百合子さま、失礼致します」
 女性は部屋の奥に向けて声を掛けたが応答はなく、仕方なく2人は室内へと足を進めると、リビングの横で仰向けに倒れている女性の姿が目に飛び込んできた。
「すみません。事務所に連絡して、警察を呼ぶように依頼してください」
 朝比奈は、急いで床に倒れている女性に近づくと口元に顔を近づけた後、念の為に首筋に右手を当てながら振り向いて、動揺しているスタッフの女性に言葉を掛けた。
「あっ、はい」
 そう言い返すと内線電話を使って事務所に連絡を取り、朝比奈は辺を見渡した後自分のスマホを使ってある人物を現場に呼び出した。それから数分後、パトカーのサイレンが聞こえ始め、所轄の刑事が姿を現し2人が遺体の発見者として事情を聞かれる事となった。「おいおい、どうしていつも遺体現場にお前が居るんだ。本当疫病神だな」
 説明を終えた頃に朝比奈が呼び出した県警本部の刑事である大神が白い手袋をはめながら朝比奈に近づいてきた。
「あのな、いつも言っているけど、俺が事件を呼んでいる訳じゃないんだ。事件が俺の承諾を得ないで勝手にやってくるんだ。こっちこそ、本当に迷惑なんですけど」
 俺にも手袋を貸せと催促の手を伸ばし、どうして予備の手袋を持っていることを知っているんだという表情で、渋々内ポケットから手袋を取り出した。
「それで。害者とはどんな関係なんだ、まさかお前が犯人じゃないだろうな。今、素直に話せば、情状酌量に協力してやるぞ」
 殺害されたと思われる被害者が女性であることから、冗談ではなく真面目な表情で言葉を浴びせた。
「お前たちが到着する前に、遺体を一緒に発見した女性スタッフに確認したところ、亡くなっていたのは大池百合子さん。見覚えがあった顔なので調べたところ、民自党の愛知県会議員だったよ。鑑識の見解を聞かなければ解らないけれど、夕食を午後8時にされて部屋に戻ったそうだからそれ以降と言うことになるが、俺がこのホテルで公演を済ませて隣の部屋に戻ったとき時に、帽子をかぶった長身で身なりの良い男性が出てきたから、恐らくその人物が犯人だろう。被害者を押し倒して馬乗りになり首を絞めたことによる窒息死に間違いないだろうな」
 警察が訪れるまでに自分なりに観察した情報を伝えた。
「お前犯人を見ているのか。それならわざわざ俺を呼ぶことはなかったんじゃないのか」
 無意味な呼び出しに対して腹が立ってきて強い口調となった。
「まさか、そうだったらお忙しいであろう大神エリート刑事を呼んだりしませんよ。その男性は帽子を目深にかぶり、顔を隠すように立ち去っていったので、流石の俺も関係者の写真を魅せられても、こいつだと断定はできる自信はない。まぁ、初めから殺害が目的だったとしたら、防犯カメラにも顔が映らないようにしているはずだから、犯人を断定するのは難しいだろうな」
 そう言いながらもテーブルに置かれたバラの花束を指差した。
「花束か・・・・・親しい人物だったのか、被害者がこの部屋に入る理由として加害者が持ち込んだものかもしれないな」
 大神はバラの花束を手に取った。
「防犯カメラを確認すれば解ると思うが、先程スタッフにも確認したんだけど多分その男性が持ち込んだものには間違いないだろう。ただ、この部屋に入る手段ではなく、本当に親密な関係だった可能性が高いと思う」
 朝比奈は花束のバラの本数を数え始めた。
「花束を持ってきたからって、それだけで親しい関係なんて判断はできないだろ。お前だって、何かの記念日、例えば誕生日なんかに、女性に花束を送ったことがあるだろう」
 花束をテーブルに戻して尋ね返した。
「いえ、今までに女性にバラの花束を送った経験はないよ。まぁ、女性の身元をしっかりと調べれば、男性の正体が分かるかもな。ああっ、折角遺体の第1発見者にもなった訳だから、事件の状況や犯人が分かったら教えてくれよ」
 目ぼしい証拠が無いと思った朝比奈は手袋を外して大神に差し出した。
「あのな、いつもはたまたまお前が犯人と疑われたりして、仕方なく事件の進行状況を話すことはあったけれど、何度も言っているが素人のお前に捜査状況を漏らすことはできないんだ」
 警察機構を何と思っているんだとばかりに言い放った。
「被害者が県会議員で、動機はまだ解らないけれど殺意を持っての犯行だとすると、これは県警にとっても重大な事件になるだろう。勿論、一刻も早い事件解決を上層部から言い渡されるのは必須で、猫の手も借りたい状態になるのは目に見えてる。どうでしょう」
 朝比奈は可愛く猫の手の動作を真似してみせた。
「お前の場合は、虎の手だからな。反対に大怪我をする可能性が高いんだよ。そもそも、どうしてお前がこんな高級なホテルに居るんだよ」
 大神は話を変えて問い質した。
「ああっ、時々コラムを載せてもらっている雜誌社の編集者の依頼を受けて、このホテルのホールで昨夜公演を終えたところだったんだ」
 そう言うと、他に得られる情報はないとばかりに出口へと向かった。
「お前がこんな大きなホテルで公演なんて、一体題材は何だったんだ」
 朝比奈が演台でマイクを片手に語る姿が全く想像できなかった。
「マイナンバーカードとマイナ保険証についてだよ」
「えっ、その話を聞いていたら、是非拝聴したかったな。でも、このホテルだったら、自宅から通えるだろう。どうして客室に居たんだ」
 公演の題材についても驚いたが、朝比奈が客室に居て被害者を発見する方に驚いていた。
「ああっ、公演はと昨夜と今日の午後1時からの2日間の予定で、編集長が気を使って部屋を取ってくれたのさ。後のことはよろしく」
 朝比奈は大神に背を向けると、右手を上げて左右に振った。
「本当に勝手なんだから」
 大神は大きく溜息を吐いた。
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