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三章
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翌日の午後、朝比奈は両手に荷物を持って名古屋県警の地域特別捜査室を訪れていた。
「皆様お揃いのようですね」
朝比奈は年配の高橋刑事、ちょっと年上の川瀬刑事の前に、大き目の手提げの紙袋を置いた。
「どうしたんですか。朝比奈さんがお土産なんて珍しいですね」
中身を覗き込んで川瀬が尋ねた。
「日頃からお世話になっていますからね」
大神警部の前にも差し出した。
「なんか気味が悪いな」
大神は一瞬受け取りを躊躇った。
「瀬戸まで行って、わざわざ買って来たんだから少しは感謝してください。信長屋製パンの食パンで、お前には『殿』と言う真っ白なふあふあ食パンとサツマイモの入った芋代官。
高橋刑事と川瀬刑事には、スイカにそっくりな食パンに真っ黒な『影武者』パン。悪代官に、影武者なんてぴったりだろ」
腕を組んで『どうだ』というポーズをとった。
「誰が悪代官だ。どうせ、昨日依頼してきたことの結果を聴きに来たんだろう。流石に手ぶらでは不味いと、こんな嫌味な手土産を持って」
パンをテーブルに置くと、朝比奈の握った右手で叩いた。
「失礼いたしました。でも、本当に美味しくて人気のパンで、特に影武者の食パンは限定20斤で、予約はできないから開店時間を待って買ってきたんだからね」
ブログを探し出して、4ツ星半が付けられたスマホの画面を目の前に突き出した。
「それはご苦労様でした。感謝していただきます」
大神の言葉に2人の刑事も頷いた。
「そこまで言われると・・・・・・」
いつもと違い素直な態度に嫌な予感がした。
「でも、俺達は、お前の手下じゃないんだからこんなに色々調べさせておいて、希少なパンだと自慢げに話して誤魔化そうとするその根性が気に入らないね」
テーブルから書類を取り上げて反撃した。
「あっ、いや、事件解決に少しは、ホンの少しは貢献しているとは思うんですけど」
「貢献ね・・・・・」
大神は、首を傾げる2人の刑事の顔を確認した。
「それで、この二人のことを調べてどうするつもりなんだ」
一応テーブルを前にし席を勧めた。
「ちょっと事前に調べておきたいことがあってね」
ジャケットのポケットから小さなノートとボールペンを取り出した。
「石川由幸45歳。結婚歴はなく独身で家族もいない。自称フリーライターで色々な雑誌社に特集記事を持ち込んでいたようだ。ただ、1ヶ月程前に名古屋駅の近くで殺害されたようだ。今裁判になっていて、傷害致死か正当防衛かで争っているそうなんだけど、裁判員が被告人や検事に質問や追求をして裁判を混乱させているみたいだ。世の中にはお前のように迷惑を掛ける変人が居るんだなぁ」
どんな奴なのか顔を見てみたいと思った。
「お前のようなではなく、本人ですよ」
ノートに書き込みながら答えた。
「えっ、えっ、お前が裁判員・・・・・・」
思いもしない言葉に流石に驚いた。
「無職でも、運が良ければ名古屋市民であれば、裁判員になれるんですよ。それで、石川さんの遺留品はどうだった」
無視して書き続けた。
「現場には何も残されていなかったそうです」
呆然としている大神に代わって川瀬刑事が答えた。
「それはおかしいですね。姉貴に頼んで、近くの防犯カメラを集めてもらったその画像に残っていた石川さんは、ショルダーバックを身に付けていましたよ。どこに行っちゃたんでしょう。念の為に、石川さんの自宅も調べてみてください」
左の顳かみを叩いた。
「なんでお前が指図をするんだ」
頭を振って言い返した。
「事件解決にホンの少しだけ貢献したいもので、事件については俺の方が良く知っているからね。それから、白井良二さんの方はどうでした」
顔を上げて尋ねた。
「白井良二は、帝王グループの総帥白井健吾の次男坊。名西大学商学部の4年生だけど、素行が悪くて暴行傷害などで何度か検挙されたようだが、父親が雇った弁護士によって全て示談で済んで、前科は付いていない。長男の良一は、子供の頃から英才教育を受けて高校大学と名門校を卒業して父親の後を継ぐべく邁進しているというのに、方や警察にお世話になるなんてまるでどこかの家族を見るようだ。子供の頃から優秀な姉は、検事を経て超有名な弁護士なったのに、弟は定職にも付けないしがないフリーター。根性がひん曲がるのも分かる気がするけどね」
何度か頷いてみせた。
「ふん、東大を出たからって、掃除に洗濯は勿論、料理も全くできない女性を、人間として羨ましく思う人がいるんでしょうかね。そんなことより、帝王グループにについてもう少し教えてくれよ。優秀な警部さんらしいので、しっかり調べてあるんでしょうね」
「いつも一言多いな。帝王グループは、帝王ホテルを中心にしてデパートにレストラン経営。今は、業績も良いようで、業種の違う不動産にも手を伸ばしているようだ。15年程でこれ程の規模に成長させたんだから、余程のやり手だったんだろう。だから、グループの頂点に立つ総帥と呼ばれるんだろう」
書類に目を移し納得していた。
「典型的な家族経営ってことだな。他に家族が経営する会社はないのか」
「えーと、妻の良子が、モデルやタレントが所属する芸能プロダクション『オメガシールド』を経営しているみたいだな。結構有名なタレントも所属している、中部圏では大手の芸能プロダクションだ」
ページを捲って大神が答えた。
「あー、そー、芸能プロダクションね。それから、白井良二の携帯電話の通話記録はどうだった」
オメガシールドと書いて二重丸で囲んだ。
「あのね。殺人事件でもないのに、そんな個人情報を勝手に調べれる訳無いだろう」
いい加減にしろという気持ちが体中に溢れていた。
「でしょうね。警察って、規則とか規律に厳しいですからね。もっと柔軟な対応で接することが必要だと思いますよ。傷害致死だとしても、もし、犯人が違っていて冤罪だったとしたら警察にも汚点が付いちゃいますよ。まぁ、君の汚点にはならないから良いかな」
今度は帝王グループに二重丸で囲んだ。
「おいおい、話が全く見えないんだけど、ちゃんと説明してくれないか」
もったいぶって話す朝比奈にしびれを切らした。
「君のことだから一応事件については調べているだろうけど、裁判では本人の証言により白井良二が石川由幸に絡まれ一方的に暴行を受け、転倒したところに偶然有った鉄パイプで頭部を強打し死亡させ、傷害致死か正当防衛で争ったんだけど、不審な点が多く俺の考えではこの事件は障害事件でも、ましてや正当防衛でもないれっきとした殺人事件だと思う。つまり、死亡させた犯人は他にいて、白井良二はその犯人の身代わりってこと」
知りたいことは書き終えノートをポケットに戻した。
「不審な点って何なんだ」
興味を示して尋ねた。
「恐らく、計画的な犯行ではなく、突発的な事件だったのだろう。白井良二の携帯電話の通話記録や、凶器となった鉄パイプの指紋などをしっかりと調べれば分かると思うよ。検事や裁判官にお願いしても良い顔してくれなかったからね。ああっ、君も、担当が違うからなんて誤魔化すのかな」
3人の顔をゆっくりと見渡した。
「そっ、そんなことはない・・・・・・」
1つ咳をして答えた。
「もう1つ付け加えれば、弁護士は帝王グループの顧問弁護士吉田鋼鉄、検事は沢口優子、裁判長は佐藤正。この三人の関係を考えれば、正当防衛で片付けたいと考えてもおかしくないよな。もう一度、調べてみる価値はあると思うよ」
「3人もお前が裁判員になった事をきっと不運に思うだろうな」
そう言うと溜息を吐いた。
「そちらの事件は、優秀な刑事さん達にお任せします。こう見えて、僕も忙しいものですから、後はよろしく」
朝比奈は壁に掛けられた丸い時計に目を移し勢いよく立ち上がった。
「おい、この借りは高くつくぞ」
朝比奈の背中に声を掛けた。
「えっ、『殿』の上は無いんだけど」
振り返って答えた。
「パンの話じゃない」
呆れ顔で言い放った。
「分かったよ。付けといてくれ」
背を向け右手を左右に振った。
「鎖縁か・・・・・仕方ないか」
大神に諦め顔で見送られた朝比奈は、待ち合わせ場所の『ゼア・イズ』へ自転車で向かっていた。
「お待たせしました。朝比奈優作といいます」
朝比奈の前には、ロングヘアーで薄色のサングラスを掛け、ミントカラーのパンツにベージュのブラウスと白ジャケットをまとい、双子とはいえ月見里恵子とはまるで別人に見える女性が腰を降ろしていた。
「いえ、今来たところです」
サングラスを外してテーブルに置いた。
「今日は、妹さんはいらっしゃらないのですか」
ショルダーバッグを椅子に置き、山咲夏海の前に腰を降ろした。
「妹は、急ぎの仕事が入ってしまって来られませんでした」
「そうでしたか。あっ、コーヒーで良かったですか」
マスターに向けて手を挙げた。
「あの、私は・・・・・」
慌てて朝比奈の行動を制した。
「妹さんと一緒で、カフェインが苦手なんですよね。カフェイン抜きのコーヒーですから安心してください」
朝比奈は、前回のようにデカフェのピーベリーを2つ注文した。
「妹から話は聞きました。今日はよろしくお願いします」
膝の上で手を組んで頭を下げた。
「僕もあなたのことは結構昔から知っていて気にもなっていました。妹さんから一応色々聞いてはいますが、細かいことも聞きたいとお話出来る機会を作っていただきました。重なることもあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
朝比奈は胸ポケットからノートとボールペンを取り出して頭を下げた。
「はい、スキャンダルが週刊誌で・・・・・」
語り始めた山咲を、朝比奈の手が制した。
「あの、その事件の前に、双子の性質についてお聞きしたいのですか」
「えっ、双子のですか」
朝比奈の申し出を聞き流石に驚いた。
「今まで生きてきて、双子に出会ったことが一度もないのです。よくある話では、1人が怪我をするともう1人も同じ箇所が痛くなったり、お昼ご飯は何を食べたいのか、遊園地でどのコースから回るのか、どんな人が好みなのかなど、日常生活における選択でかなりの部分で趣味志向が似通っていて、特にコミュニケーションを取らなくても心が通じ合う『シンクロニシティ』が強いと言われています」
左の顳かみを叩いて語った。
「特にそんなことは・・・・・」
「人がある選択をする時、遺伝的な好みと、それまでの人生経験に基づいて行うと言うことが分かっています。直観的な判断や熟考して決めた判断のいずれにおいても、無意識のうちにこれらの要素が大きく関係しています。双子は遺伝的に同じバックグランドを持っている上に成人するまで長い時間を一緒に生活していることが多く、同じ人生経験を積んでいます。その為、何かの判断をする時には、当然その内容が似通って来ると考えられます。このように考えてみれば、非常にシンプルだからこそ自分が思っていることも一方も思っている、いわゆる以心伝心が起こりやすいと考えられているのです」
目を瞑り左の顳かみを叩いた。
「一卵性双生児で、生まれてからずっと一緒に暮らしていますが、特にそんなことを感じたことはありません」
朝比奈の仕草が気になってしょうがなかった。
「ただね、アメリカに住んでいる、一卵性双生児のジム・ルイスさんとジム・スプリンガーさんは、生後直ぐに引き離されて別々の家族に育てられ、39歳の時に初めて出会いました。不思議なことに、2人ともリンダと言う名前の女性と結婚し、そして離婚していました。ここまでは、珍しい偶然が重なったと思えたのですが、その後再婚した女性がどちらもベティという名の女性で、更にトイと言う名前の犬を飼っていて、息子にジェームズ・アランと付けていたのです。これでも驚きますが、乗っていた車もシボレーのペールブルー、休暇を過ごす場所はフロリダのパス・ア・グリル、ヘビースモーカーでタバコの銘柄はセーラム、ビールの銘柄はミラーライト、2人とも保安官を努め爪を噛む癖もある。ここまで来ると、偶然とは思えません。そんなことは今までなかったのでしょうか」
ノートに書き込む体制を作った。
「顔、形は似ていましたが、子供の頃から性格も正反対というか、妹の方は足が速く運動もよく出来ました。何事にも積極的で頭も良く成績も妹の方が上で、完璧な妹と普通の姉の双子。妹の方を好きになるのは分かるけど、姉の方を好きになる人の気持ちが分からないとよく言われました。ですから、中学に進学する時に、叔父に頼んで妹とは違う私立の中学校に行かせて欲しいと頼んだのです。これ以上、妹と比較されたくない、別の友達で、別の時間を過ごしたいと考えたからです。妹の居ない世界は本当に楽しかった。何か解放された気分にもなり、夢や希望も持てるようになりました。その夢が、モデルでありタレントになることだったのです」
少し早口で語った。
「友人関係もあるでしょうが、あなたの明るい姿を見るたびに妹さんは、人と接する時間が減り1人で過ごす時間が増えていった訳ですね」
自分の経験も省みて何か感じるものがあった。
「妹には悪いのですが、その時は初めて優越感を感じていたかもしれません。でも、調子に乗って、本気で夢が叶えると思ってしまったのが間違いでした」
肩を落とす山咲の前にコーヒーが運ばれて来た。
「どうぞ、妹さんは気に入ってくれたのですがどうでしょう」
朝比奈がコーヒーを勧めた。
「これが本当のコーヒーの味なんですね」
味をしっかり確かめながら感動していた。
「その笑顔、とても素敵ですね。昔母親に良く言われました。暗い顔をしていると、周りも暗くなるから、いつも笑顔でいなさいってね。その言葉をずっと守っていたら、いつの間にか悩みのない能天気な人間だと思われ、変人扱いもされ友達が出来なかったんです。でも、こんな僕からすれば、夢を持ち叶えようと努力することは素敵なことだと思います。それに、今回はあなたのその夢を壊そうとした人間が居たわけですからね」
また、左の顳かみを叩いた。
「あの」
山咲は朝比奈の真似をして左の顳かみを叩いて見せた。
「ああっ、これですか。これは、脳内にある海馬を刺激して記憶を呼び戻しているのです。山咲さんはサバン症候群って言葉をご存知ですか」
「いいえ、聞いたこともありません」
顔を左右に振って見せた。
「絶対音感というのもその一種なんですけど、航空写真を少し見ただけで、細部にわたるまで描き起こすことができたり、書籍や電話帳、円周率、周期表などを一瞬で暗唱してしまう人。僕はその人間の1人で、文章などを写真のように脳に焼き付けることができるようなのです。特に気になった事件や記事は、こうして海馬を叩くことがスイッチになって戻つてきます」
もう一度左の顳かみを叩いた。
「すごいですね」
「良い事ばかりでもないんですよ。弊害として、自閉スペクトラム症が発症することがあり、僕の場合は社会的コミュケーションの持続的欠陥が顕著で、固執やこだわりと極めて限定され事項に執着したりする傾向が多く、会社機構における秩序とか常識が全く理解できない。まだまだ、その病気の認知度と理解が乏しい為に、就職しても浮いた存在になり長続きしないので、こうしてアルバイトで何とか生活している状態です」
朝比奈もコーヒーカップに手を伸ばし香りを嗅いでから口にした。
「私は、その自閉スペトラム症ではありませんが、芸能界では競争が激しくある意味敵ばかりの状態ですので、朝比奈さんの気持ちは分かるような気がします」
今までの経験を頭に思い浮かべ、じっとコーヒーを見詰めながら答えた。
「あっ、すいません、辛いことを思い出させてしまいましたね」
「いいえ・・・・・」
「また、辛いお話を伺うことになりますので、よろしくお願いします。妹さんに聞いた話では、小学校の時にご両親が自殺されたとのことですが、本当に事件性はなかったのでしょうか」
山咲の状態を確認しながら質問を始めた。
「学校から帰ると、珍しく母から外で遊んでくるように言われ、妹と図書館で本を読もうと出かけたのです。夕方になり家に帰ると、父と母が居間で倒れていたのです。会社にあった毒物を服毒した後で練炭自殺を試みたと言われました。直筆の遺書も見つかり、両親の自殺は間違いなかったようです」
「自殺に間違いないか。自殺の原因がお父さんの経営していた会社が倒産したことにあると言われていますが、その時のことを詳しく知っている方はいらっしゃるのでしょうか」
ノートに書き込みながら尋ねた。
「2人とも小学生でしたので詳しいことは何も分かりませんが、妹に言われて調べてみたのですが、会社の経理を担当していた人を見つけました」
井上勝と書かれ住所と自宅の電話番号が記入された用紙を差し出した。
「分かりました。そちらの件は僕の方で詳しく調べてみます。それでは、本題の偽スキャンダルについて教えていただけますか」
「はい、私は高校を卒業すると、自分の夢を叶える為にいくつものオーディションを受けたのですが、芸能界はそんなに甘くないですよね。何度受けても何度受けても、1つも受かりませんでした。でも、あるオーディションで落選したのに、株式会社コスモ・パートナーズの西本社長が私をスカウトしてくださったのです。入社後は、社長の支援もあり雑誌のモデルやサスペンスドラマの犯人役、地方局のラジオのパーソナリティーなど色々経験させてもらいました」
「他の時間帯も受け持っていらしたのでしょうが、FМ名古屋で放送されていた『夏海の小部屋』でファンになりました」
「聞いていただいていたのですか」
「平日の午後9時から1時間放送されていたのですよね。姉の帰りが遅かったので、夕飯を作りながら聞いていました」
「えっ、朝比奈さんが夕御飯を作られるのですか」
「姉から手当をもらい、家事一般をやらせていただいています。悪友からは家政夫の優作と嫌味を言われますが、別に嫌でやっている訳ではないですから気にはしていません。そんなことより、2年前に何があったのですか」
「デビューから3年経ち、色々な経験を積ませていただき少しずつ仕事も増えてきて、大手のタレント会社『スターライト』の社長さんの目に止まり、才能を高く評価していただいて、事務所移籍の話が持ち上がったのです。でも、最初に手を差し伸べてもらい育ててもらった社長の元を離れるつもりはなく1度は断りましたが、それなら事務所ごと買取って社長も重要なポストに付けるとの交渉が進められていました。その契約は合意に至り契約書を結ぶ前日に、あのスキャンダル記事が週刊誌に掲載されたのです」
山咲は膝の上で両手を握り締めた。
「僕の記憶が正しければ、既婚者の男性タレントとあなたが付き合っていたという不倫報道でしたよね」
「確かに、その男性とは仕事のことで相談したことはありますが、結婚もされていましたし事務所も違いましたから、2人だけで食事をしたこともありません。ですから、社長に相談して直ぐに会見の場を設けてもらったのですが、その会見場に報道された男性タレントが現れて、突然謝罪会見を始め私と付き合っていることを認めてしまったのです。いくら私や社長が打ち消しても、その偽りの情報がSNSなどで拡散されて、『スターライト』との契約も保留となってしまいました。その噂も広まって、決まっていた私の大河ドラマの出演も取り消され、事務所自体の仕事もほとんど無くなってしまいました。やっぱり大きな事務所には勝てず、事務所を閉めることになってしまいました」
ハンカチをを目に当てた。
「妹さんから聞いた話では、そのスキャンダルを流したのは『オメガシールド』の社長だと言われていましたけど」
話をでっち上げても1人のタレントを潰そうとするなんて、芸能界というのは恐ろしい世界だと驚いていた。
「疑う要素は2つ、1つは私が出演する予定だった大河ドラマの代役に、『オメガシールド』の女優が決まったこと。もう1つは、不倫をしたと偽った男性タレントも『オメガシールド』に所属していたからです。でも、それは私が勝手に思っているだけで、何の証拠もありません」
悔しい表情で語った。
「その後、事務所の社長や所属していたタレントはどうなったのでしょう」
「社長は、私を含め所属していたタレント全員を頭を下げて他の事務所に引き取ってもらい、今は田舎暮らしをしているそうです」
「偽のスキャンダルを流された為に、あなたや社長だけでなく所属していた多くのタレントを苦しめた犯人を見つけ出し、真相を突き止めて復讐をしたいということですね」
依頼の真意が分かりゆっくりと頷いた。
「私が原因で沢山の人が不幸になったとすれば申し訳なくて・・・・・・無理な依頼とは思いますが、朝比奈さんはきっと助けてくれると、妹が勧めてくれたものですから」
もう一度頭を下げた。
「妹さんからも聞いていると思いますが、姉は弁護士で時々頼まれて調査員みたいなこともしていましたので、何とかあなたや妹さんの期待に答えたいと思います。面白くなってきたじゃない」
朝比奈は両手の平で顔を叩き、久しぶりの捜査に気合を入れた。
「皆様お揃いのようですね」
朝比奈は年配の高橋刑事、ちょっと年上の川瀬刑事の前に、大き目の手提げの紙袋を置いた。
「どうしたんですか。朝比奈さんがお土産なんて珍しいですね」
中身を覗き込んで川瀬が尋ねた。
「日頃からお世話になっていますからね」
大神警部の前にも差し出した。
「なんか気味が悪いな」
大神は一瞬受け取りを躊躇った。
「瀬戸まで行って、わざわざ買って来たんだから少しは感謝してください。信長屋製パンの食パンで、お前には『殿』と言う真っ白なふあふあ食パンとサツマイモの入った芋代官。
高橋刑事と川瀬刑事には、スイカにそっくりな食パンに真っ黒な『影武者』パン。悪代官に、影武者なんてぴったりだろ」
腕を組んで『どうだ』というポーズをとった。
「誰が悪代官だ。どうせ、昨日依頼してきたことの結果を聴きに来たんだろう。流石に手ぶらでは不味いと、こんな嫌味な手土産を持って」
パンをテーブルに置くと、朝比奈の握った右手で叩いた。
「失礼いたしました。でも、本当に美味しくて人気のパンで、特に影武者の食パンは限定20斤で、予約はできないから開店時間を待って買ってきたんだからね」
ブログを探し出して、4ツ星半が付けられたスマホの画面を目の前に突き出した。
「それはご苦労様でした。感謝していただきます」
大神の言葉に2人の刑事も頷いた。
「そこまで言われると・・・・・・」
いつもと違い素直な態度に嫌な予感がした。
「でも、俺達は、お前の手下じゃないんだからこんなに色々調べさせておいて、希少なパンだと自慢げに話して誤魔化そうとするその根性が気に入らないね」
テーブルから書類を取り上げて反撃した。
「あっ、いや、事件解決に少しは、ホンの少しは貢献しているとは思うんですけど」
「貢献ね・・・・・」
大神は、首を傾げる2人の刑事の顔を確認した。
「それで、この二人のことを調べてどうするつもりなんだ」
一応テーブルを前にし席を勧めた。
「ちょっと事前に調べておきたいことがあってね」
ジャケットのポケットから小さなノートとボールペンを取り出した。
「石川由幸45歳。結婚歴はなく独身で家族もいない。自称フリーライターで色々な雑誌社に特集記事を持ち込んでいたようだ。ただ、1ヶ月程前に名古屋駅の近くで殺害されたようだ。今裁判になっていて、傷害致死か正当防衛かで争っているそうなんだけど、裁判員が被告人や検事に質問や追求をして裁判を混乱させているみたいだ。世の中にはお前のように迷惑を掛ける変人が居るんだなぁ」
どんな奴なのか顔を見てみたいと思った。
「お前のようなではなく、本人ですよ」
ノートに書き込みながら答えた。
「えっ、えっ、お前が裁判員・・・・・・」
思いもしない言葉に流石に驚いた。
「無職でも、運が良ければ名古屋市民であれば、裁判員になれるんですよ。それで、石川さんの遺留品はどうだった」
無視して書き続けた。
「現場には何も残されていなかったそうです」
呆然としている大神に代わって川瀬刑事が答えた。
「それはおかしいですね。姉貴に頼んで、近くの防犯カメラを集めてもらったその画像に残っていた石川さんは、ショルダーバックを身に付けていましたよ。どこに行っちゃたんでしょう。念の為に、石川さんの自宅も調べてみてください」
左の顳かみを叩いた。
「なんでお前が指図をするんだ」
頭を振って言い返した。
「事件解決にホンの少しだけ貢献したいもので、事件については俺の方が良く知っているからね。それから、白井良二さんの方はどうでした」
顔を上げて尋ねた。
「白井良二は、帝王グループの総帥白井健吾の次男坊。名西大学商学部の4年生だけど、素行が悪くて暴行傷害などで何度か検挙されたようだが、父親が雇った弁護士によって全て示談で済んで、前科は付いていない。長男の良一は、子供の頃から英才教育を受けて高校大学と名門校を卒業して父親の後を継ぐべく邁進しているというのに、方や警察にお世話になるなんてまるでどこかの家族を見るようだ。子供の頃から優秀な姉は、検事を経て超有名な弁護士なったのに、弟は定職にも付けないしがないフリーター。根性がひん曲がるのも分かる気がするけどね」
何度か頷いてみせた。
「ふん、東大を出たからって、掃除に洗濯は勿論、料理も全くできない女性を、人間として羨ましく思う人がいるんでしょうかね。そんなことより、帝王グループにについてもう少し教えてくれよ。優秀な警部さんらしいので、しっかり調べてあるんでしょうね」
「いつも一言多いな。帝王グループは、帝王ホテルを中心にしてデパートにレストラン経営。今は、業績も良いようで、業種の違う不動産にも手を伸ばしているようだ。15年程でこれ程の規模に成長させたんだから、余程のやり手だったんだろう。だから、グループの頂点に立つ総帥と呼ばれるんだろう」
書類に目を移し納得していた。
「典型的な家族経営ってことだな。他に家族が経営する会社はないのか」
「えーと、妻の良子が、モデルやタレントが所属する芸能プロダクション『オメガシールド』を経営しているみたいだな。結構有名なタレントも所属している、中部圏では大手の芸能プロダクションだ」
ページを捲って大神が答えた。
「あー、そー、芸能プロダクションね。それから、白井良二の携帯電話の通話記録はどうだった」
オメガシールドと書いて二重丸で囲んだ。
「あのね。殺人事件でもないのに、そんな個人情報を勝手に調べれる訳無いだろう」
いい加減にしろという気持ちが体中に溢れていた。
「でしょうね。警察って、規則とか規律に厳しいですからね。もっと柔軟な対応で接することが必要だと思いますよ。傷害致死だとしても、もし、犯人が違っていて冤罪だったとしたら警察にも汚点が付いちゃいますよ。まぁ、君の汚点にはならないから良いかな」
今度は帝王グループに二重丸で囲んだ。
「おいおい、話が全く見えないんだけど、ちゃんと説明してくれないか」
もったいぶって話す朝比奈にしびれを切らした。
「君のことだから一応事件については調べているだろうけど、裁判では本人の証言により白井良二が石川由幸に絡まれ一方的に暴行を受け、転倒したところに偶然有った鉄パイプで頭部を強打し死亡させ、傷害致死か正当防衛で争ったんだけど、不審な点が多く俺の考えではこの事件は障害事件でも、ましてや正当防衛でもないれっきとした殺人事件だと思う。つまり、死亡させた犯人は他にいて、白井良二はその犯人の身代わりってこと」
知りたいことは書き終えノートをポケットに戻した。
「不審な点って何なんだ」
興味を示して尋ねた。
「恐らく、計画的な犯行ではなく、突発的な事件だったのだろう。白井良二の携帯電話の通話記録や、凶器となった鉄パイプの指紋などをしっかりと調べれば分かると思うよ。検事や裁判官にお願いしても良い顔してくれなかったからね。ああっ、君も、担当が違うからなんて誤魔化すのかな」
3人の顔をゆっくりと見渡した。
「そっ、そんなことはない・・・・・・」
1つ咳をして答えた。
「もう1つ付け加えれば、弁護士は帝王グループの顧問弁護士吉田鋼鉄、検事は沢口優子、裁判長は佐藤正。この三人の関係を考えれば、正当防衛で片付けたいと考えてもおかしくないよな。もう一度、調べてみる価値はあると思うよ」
「3人もお前が裁判員になった事をきっと不運に思うだろうな」
そう言うと溜息を吐いた。
「そちらの事件は、優秀な刑事さん達にお任せします。こう見えて、僕も忙しいものですから、後はよろしく」
朝比奈は壁に掛けられた丸い時計に目を移し勢いよく立ち上がった。
「おい、この借りは高くつくぞ」
朝比奈の背中に声を掛けた。
「えっ、『殿』の上は無いんだけど」
振り返って答えた。
「パンの話じゃない」
呆れ顔で言い放った。
「分かったよ。付けといてくれ」
背を向け右手を左右に振った。
「鎖縁か・・・・・仕方ないか」
大神に諦め顔で見送られた朝比奈は、待ち合わせ場所の『ゼア・イズ』へ自転車で向かっていた。
「お待たせしました。朝比奈優作といいます」
朝比奈の前には、ロングヘアーで薄色のサングラスを掛け、ミントカラーのパンツにベージュのブラウスと白ジャケットをまとい、双子とはいえ月見里恵子とはまるで別人に見える女性が腰を降ろしていた。
「いえ、今来たところです」
サングラスを外してテーブルに置いた。
「今日は、妹さんはいらっしゃらないのですか」
ショルダーバッグを椅子に置き、山咲夏海の前に腰を降ろした。
「妹は、急ぎの仕事が入ってしまって来られませんでした」
「そうでしたか。あっ、コーヒーで良かったですか」
マスターに向けて手を挙げた。
「あの、私は・・・・・」
慌てて朝比奈の行動を制した。
「妹さんと一緒で、カフェインが苦手なんですよね。カフェイン抜きのコーヒーですから安心してください」
朝比奈は、前回のようにデカフェのピーベリーを2つ注文した。
「妹から話は聞きました。今日はよろしくお願いします」
膝の上で手を組んで頭を下げた。
「僕もあなたのことは結構昔から知っていて気にもなっていました。妹さんから一応色々聞いてはいますが、細かいことも聞きたいとお話出来る機会を作っていただきました。重なることもあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
朝比奈は胸ポケットからノートとボールペンを取り出して頭を下げた。
「はい、スキャンダルが週刊誌で・・・・・」
語り始めた山咲を、朝比奈の手が制した。
「あの、その事件の前に、双子の性質についてお聞きしたいのですか」
「えっ、双子のですか」
朝比奈の申し出を聞き流石に驚いた。
「今まで生きてきて、双子に出会ったことが一度もないのです。よくある話では、1人が怪我をするともう1人も同じ箇所が痛くなったり、お昼ご飯は何を食べたいのか、遊園地でどのコースから回るのか、どんな人が好みなのかなど、日常生活における選択でかなりの部分で趣味志向が似通っていて、特にコミュニケーションを取らなくても心が通じ合う『シンクロニシティ』が強いと言われています」
左の顳かみを叩いて語った。
「特にそんなことは・・・・・」
「人がある選択をする時、遺伝的な好みと、それまでの人生経験に基づいて行うと言うことが分かっています。直観的な判断や熟考して決めた判断のいずれにおいても、無意識のうちにこれらの要素が大きく関係しています。双子は遺伝的に同じバックグランドを持っている上に成人するまで長い時間を一緒に生活していることが多く、同じ人生経験を積んでいます。その為、何かの判断をする時には、当然その内容が似通って来ると考えられます。このように考えてみれば、非常にシンプルだからこそ自分が思っていることも一方も思っている、いわゆる以心伝心が起こりやすいと考えられているのです」
目を瞑り左の顳かみを叩いた。
「一卵性双生児で、生まれてからずっと一緒に暮らしていますが、特にそんなことを感じたことはありません」
朝比奈の仕草が気になってしょうがなかった。
「ただね、アメリカに住んでいる、一卵性双生児のジム・ルイスさんとジム・スプリンガーさんは、生後直ぐに引き離されて別々の家族に育てられ、39歳の時に初めて出会いました。不思議なことに、2人ともリンダと言う名前の女性と結婚し、そして離婚していました。ここまでは、珍しい偶然が重なったと思えたのですが、その後再婚した女性がどちらもベティという名の女性で、更にトイと言う名前の犬を飼っていて、息子にジェームズ・アランと付けていたのです。これでも驚きますが、乗っていた車もシボレーのペールブルー、休暇を過ごす場所はフロリダのパス・ア・グリル、ヘビースモーカーでタバコの銘柄はセーラム、ビールの銘柄はミラーライト、2人とも保安官を努め爪を噛む癖もある。ここまで来ると、偶然とは思えません。そんなことは今までなかったのでしょうか」
ノートに書き込む体制を作った。
「顔、形は似ていましたが、子供の頃から性格も正反対というか、妹の方は足が速く運動もよく出来ました。何事にも積極的で頭も良く成績も妹の方が上で、完璧な妹と普通の姉の双子。妹の方を好きになるのは分かるけど、姉の方を好きになる人の気持ちが分からないとよく言われました。ですから、中学に進学する時に、叔父に頼んで妹とは違う私立の中学校に行かせて欲しいと頼んだのです。これ以上、妹と比較されたくない、別の友達で、別の時間を過ごしたいと考えたからです。妹の居ない世界は本当に楽しかった。何か解放された気分にもなり、夢や希望も持てるようになりました。その夢が、モデルでありタレントになることだったのです」
少し早口で語った。
「友人関係もあるでしょうが、あなたの明るい姿を見るたびに妹さんは、人と接する時間が減り1人で過ごす時間が増えていった訳ですね」
自分の経験も省みて何か感じるものがあった。
「妹には悪いのですが、その時は初めて優越感を感じていたかもしれません。でも、調子に乗って、本気で夢が叶えると思ってしまったのが間違いでした」
肩を落とす山咲の前にコーヒーが運ばれて来た。
「どうぞ、妹さんは気に入ってくれたのですがどうでしょう」
朝比奈がコーヒーを勧めた。
「これが本当のコーヒーの味なんですね」
味をしっかり確かめながら感動していた。
「その笑顔、とても素敵ですね。昔母親に良く言われました。暗い顔をしていると、周りも暗くなるから、いつも笑顔でいなさいってね。その言葉をずっと守っていたら、いつの間にか悩みのない能天気な人間だと思われ、変人扱いもされ友達が出来なかったんです。でも、こんな僕からすれば、夢を持ち叶えようと努力することは素敵なことだと思います。それに、今回はあなたのその夢を壊そうとした人間が居たわけですからね」
また、左の顳かみを叩いた。
「あの」
山咲は朝比奈の真似をして左の顳かみを叩いて見せた。
「ああっ、これですか。これは、脳内にある海馬を刺激して記憶を呼び戻しているのです。山咲さんはサバン症候群って言葉をご存知ですか」
「いいえ、聞いたこともありません」
顔を左右に振って見せた。
「絶対音感というのもその一種なんですけど、航空写真を少し見ただけで、細部にわたるまで描き起こすことができたり、書籍や電話帳、円周率、周期表などを一瞬で暗唱してしまう人。僕はその人間の1人で、文章などを写真のように脳に焼き付けることができるようなのです。特に気になった事件や記事は、こうして海馬を叩くことがスイッチになって戻つてきます」
もう一度左の顳かみを叩いた。
「すごいですね」
「良い事ばかりでもないんですよ。弊害として、自閉スペクトラム症が発症することがあり、僕の場合は社会的コミュケーションの持続的欠陥が顕著で、固執やこだわりと極めて限定され事項に執着したりする傾向が多く、会社機構における秩序とか常識が全く理解できない。まだまだ、その病気の認知度と理解が乏しい為に、就職しても浮いた存在になり長続きしないので、こうしてアルバイトで何とか生活している状態です」
朝比奈もコーヒーカップに手を伸ばし香りを嗅いでから口にした。
「私は、その自閉スペトラム症ではありませんが、芸能界では競争が激しくある意味敵ばかりの状態ですので、朝比奈さんの気持ちは分かるような気がします」
今までの経験を頭に思い浮かべ、じっとコーヒーを見詰めながら答えた。
「あっ、すいません、辛いことを思い出させてしまいましたね」
「いいえ・・・・・」
「また、辛いお話を伺うことになりますので、よろしくお願いします。妹さんに聞いた話では、小学校の時にご両親が自殺されたとのことですが、本当に事件性はなかったのでしょうか」
山咲の状態を確認しながら質問を始めた。
「学校から帰ると、珍しく母から外で遊んでくるように言われ、妹と図書館で本を読もうと出かけたのです。夕方になり家に帰ると、父と母が居間で倒れていたのです。会社にあった毒物を服毒した後で練炭自殺を試みたと言われました。直筆の遺書も見つかり、両親の自殺は間違いなかったようです」
「自殺に間違いないか。自殺の原因がお父さんの経営していた会社が倒産したことにあると言われていますが、その時のことを詳しく知っている方はいらっしゃるのでしょうか」
ノートに書き込みながら尋ねた。
「2人とも小学生でしたので詳しいことは何も分かりませんが、妹に言われて調べてみたのですが、会社の経理を担当していた人を見つけました」
井上勝と書かれ住所と自宅の電話番号が記入された用紙を差し出した。
「分かりました。そちらの件は僕の方で詳しく調べてみます。それでは、本題の偽スキャンダルについて教えていただけますか」
「はい、私は高校を卒業すると、自分の夢を叶える為にいくつものオーディションを受けたのですが、芸能界はそんなに甘くないですよね。何度受けても何度受けても、1つも受かりませんでした。でも、あるオーディションで落選したのに、株式会社コスモ・パートナーズの西本社長が私をスカウトしてくださったのです。入社後は、社長の支援もあり雑誌のモデルやサスペンスドラマの犯人役、地方局のラジオのパーソナリティーなど色々経験させてもらいました」
「他の時間帯も受け持っていらしたのでしょうが、FМ名古屋で放送されていた『夏海の小部屋』でファンになりました」
「聞いていただいていたのですか」
「平日の午後9時から1時間放送されていたのですよね。姉の帰りが遅かったので、夕飯を作りながら聞いていました」
「えっ、朝比奈さんが夕御飯を作られるのですか」
「姉から手当をもらい、家事一般をやらせていただいています。悪友からは家政夫の優作と嫌味を言われますが、別に嫌でやっている訳ではないですから気にはしていません。そんなことより、2年前に何があったのですか」
「デビューから3年経ち、色々な経験を積ませていただき少しずつ仕事も増えてきて、大手のタレント会社『スターライト』の社長さんの目に止まり、才能を高く評価していただいて、事務所移籍の話が持ち上がったのです。でも、最初に手を差し伸べてもらい育ててもらった社長の元を離れるつもりはなく1度は断りましたが、それなら事務所ごと買取って社長も重要なポストに付けるとの交渉が進められていました。その契約は合意に至り契約書を結ぶ前日に、あのスキャンダル記事が週刊誌に掲載されたのです」
山咲は膝の上で両手を握り締めた。
「僕の記憶が正しければ、既婚者の男性タレントとあなたが付き合っていたという不倫報道でしたよね」
「確かに、その男性とは仕事のことで相談したことはありますが、結婚もされていましたし事務所も違いましたから、2人だけで食事をしたこともありません。ですから、社長に相談して直ぐに会見の場を設けてもらったのですが、その会見場に報道された男性タレントが現れて、突然謝罪会見を始め私と付き合っていることを認めてしまったのです。いくら私や社長が打ち消しても、その偽りの情報がSNSなどで拡散されて、『スターライト』との契約も保留となってしまいました。その噂も広まって、決まっていた私の大河ドラマの出演も取り消され、事務所自体の仕事もほとんど無くなってしまいました。やっぱり大きな事務所には勝てず、事務所を閉めることになってしまいました」
ハンカチをを目に当てた。
「妹さんから聞いた話では、そのスキャンダルを流したのは『オメガシールド』の社長だと言われていましたけど」
話をでっち上げても1人のタレントを潰そうとするなんて、芸能界というのは恐ろしい世界だと驚いていた。
「疑う要素は2つ、1つは私が出演する予定だった大河ドラマの代役に、『オメガシールド』の女優が決まったこと。もう1つは、不倫をしたと偽った男性タレントも『オメガシールド』に所属していたからです。でも、それは私が勝手に思っているだけで、何の証拠もありません」
悔しい表情で語った。
「その後、事務所の社長や所属していたタレントはどうなったのでしょう」
「社長は、私を含め所属していたタレント全員を頭を下げて他の事務所に引き取ってもらい、今は田舎暮らしをしているそうです」
「偽のスキャンダルを流された為に、あなたや社長だけでなく所属していた多くのタレントを苦しめた犯人を見つけ出し、真相を突き止めて復讐をしたいということですね」
依頼の真意が分かりゆっくりと頷いた。
「私が原因で沢山の人が不幸になったとすれば申し訳なくて・・・・・・無理な依頼とは思いますが、朝比奈さんはきっと助けてくれると、妹が勧めてくれたものですから」
もう一度頭を下げた。
「妹さんからも聞いていると思いますが、姉は弁護士で時々頼まれて調査員みたいなこともしていましたので、何とかあなたや妹さんの期待に答えたいと思います。面白くなってきたじゃない」
朝比奈は両手の平で顔を叩き、久しぶりの捜査に気合を入れた。
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