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九章
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朝比奈はバイト先を探していつでも採用されてもいいようにと、日頃から用意していた入社書類を手にして『エイコー』本社を訪れ、受付を通って総務部へと向かった。
「北村さん先日はありがとうございました。入社書類をお持ちしましたので、確認をお願いします」
北村に近寄って声を掛けた。
「確認しますので、あちらの部屋にお願いします」
一昨日説明を受けた部屋へと案内された。
「この前も伺ったのですが、どうしても7年前に西本さんが引き逃げ事故、それも飲酒をしての事故を起こしたとは思えないのですよね。半年間仕事を教わってみて、北村さんはどう感じていたのか率直な意見を教えていただけけませんか」
入社書類の確認を終えた頃に朝比奈が尋ねた。
「そうですね。その時警察にも聞かれたのですが、正直言って西本さんは実直な方で車で行かれればお酒は飲まれないと思います。もし、どうしても飲まなければならない事情があったとすれば、車を置いてタクシーか公共交通機関で戻られたでしょう」
朝比奈が入社すると分かったので、問いに応じようと考えが変わったのかもしれない。
「西本さんは本当に1人で会社を出られたのですか」
もう1つの重要な質問をぶつけてみた。
「その質問は警察から聞かれなかったので自分からは答えなかったのですが、西本さんが誰かに電話で呼び出されて迎えに行ってから会場入りしたのだと思います」
7年前の警察の調書の状況を思い出していた。
「やはり西本さん1人ではなかったのですね。あっ、それから、この会社を継がれたのは、後藤治朗さんの長女である陽子社長なんですよね。他にご家族はいらっしゃらなかったのですか」
「陽子社長には弟さんがいらして、大学を卒業後には専務として働いていらしたのですが、会社の経営よりも政治に興味があったようで、お父様の友人であった宮園国会議員の秘書になられ、暫くして県会議員に立候補して当選し、今は国会議員へと進まれたのですよ」
話の流れで口が軽くなったようだ。
「後藤姉弟は仲が良いのですか」
「はい、先程来社されて社長室でお話されていると思いますよ」
「そうなんですか。それは好都合ですね」
朝比奈は立ち上がると部屋を出た。
「朝比奈さん、まさか・・・・・・」
北村も立ち上がったが朝比奈の行動は素早く追いつくことはできなかった。
「こんにちは、失礼します」
朝比奈は社長室の扉をノックして部屋に入った。
「見掛けない顔だが、君は誰だね」
その言葉に反応して後藤議員が振り返った。
「あっ、突然すいません。今日からこちらの会社にお世話になります朝比奈と言います。後藤先生がこちらにお越しになっていると聞きましたので、是非お会いしてお話できたらと思い伺いました。私は先生が県会議員の時から応援していて、先生はご存知ないと思いますが、ポスターを貼りチラシを配り電話の応対もボランティアでさせていただいていました」
深々と頭を下げたが、勿論そんなことはしたことはない。
「そうだったのですか。いつもご協力感謝しています」
朝比奈の言葉を鵜呑みにして表情を崩した。
「先生には本当に頑張っていただきたいのです。同じ与党の議員でも、1年前のことも覚えていない経済産業大臣とか、法相は死刑執行の署名烙印しか目立つ仕事がない地味な役職という法務大臣。妻や父親の家を事務所として公費で家賃を払っていたのではないかと野党の質問責めの為に災害被害地へ行けない復興大臣や、後援会の収支報告書に記載された会計責任者が故人だった総務大臣など、議員としてだけでなく人間としてどうかしていますよね。それを任命した総理大臣も、自分の子供を秘書官にしたのはいいけれど、官邸の機密情報がダダ漏れしてしまったり、物価高で国民が10円の単位で憂いているのに、防衛費の名目で増税するつもリなんですからね。もっと無駄なところ、例えば議員数の削減とか、皇族に至っては水戸の黄門さんでもあるまいに、引退したのにまだ自分が一番だと勘違いしている上皇后やカビバラを食べてしまうような宮家の為に何十億もの税金を使って家の改装を行っている。また、それを注意する国会議員は誰もいない。先生にはそうなってはいただきたくないですね」
話し始めたら不満が口から次から次へと溢れ出てきた。
「耳が痛いことではありますが、一般市民の意見として真摯に聞き耳を立てることは必要だと感じていますよ」
偉そうなことを言うなと顔に書かれていた。
「だからこそ今、先生に頑張っていただきたいのです。あっ、でも、先生は『世界幸福の会』と深い繋がりがあるんですよね。逆風の今は無理ですね」
勝手に頷いてみせた。
「えっ、どうしてそんなことを知っているんだ。確かに『エイコー』との繋がりはあるけど、私は関与してはいない」
慌てて朝比奈の言葉を否定した。
「それはおかしいですよ。僕が訪れた『世界幸福の会』の部屋には笑顔で教祖と並んでいらっしゃる先生の写真が飾ってありましたから、『世界幸福の会』の問題が沈静化するまでは、大臣にはなれないんじゃないんですか。ああっ、でも、確か先生は民自党の調査では教団との関係を否定されていらして、リストには載っていなかったようですね」
右の顳かみを叩きながら尋ねた。
「言いたい放題失礼な奴だな」
表情が険しくなった。
「ちょっと言い過ぎましたね。それではこれにて失礼させていただきます」
朝比奈は背を向けて出口へと向かった。
「あの、朝比奈さん。今、社長から電話がありまして、入社を取り消すとのことなんですが、社長と何かありましたか」
北村は心配そうに朝比奈を見た。
「やはりそうですか。残念ですが、ちょっと意見の食い違いがありまして、不採用となったんでしょう。北村さんには色々お世話になったのに、ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありませんでした」
朝比奈はゆっくりと頭を下げると、提出していた入社書類を返却してもらい『エイコー』を後にするかと思われたが何故かトイレへと向かった。一方、朝比奈が出て行った社長室では受話器をゆっくりと置いた陽子社長が弟の前に座り直した。
「本当に失礼な奴だな。それにしても、よく採用しようと考えたもんだな。面接担当者は誰だったんだ」
まだ怒りが収まらない道也議員であった。
「面接をしたのは私よ。『世界幸福の会』からの紹介だったし、まさかあんな人間だったとは思わなかったもの」
苦々しい表情で答えた。
「まぁ、虎の威を借りた狐じゃないが、入社に際しては自分をよく見せたいから、中々見抜くのは難しいな。政治の世界も騙し合い、上手い奴が階段を上り力を得て行くんだよ。それは商売でも同じなんだけどな」
「政界は狐というよりは狸ばかりだと思いますけどね。それで、今回はパーティー券を何枚押し付けるつもりなの。パーティーなんて言っても、買うだけ買って来るなって事なんだからこちらも毎回毎回困るんだよね」
困った表情をする多くの人の顔が頭に浮かんだ。
「相手だって利益があると思っているから購入するんだろ。そこは持ちつ持たれつの関係なんだよ。それに、7年前に愛知グループの常務に話をつけて傘下に入ることができたから会社も大きくなったんだぞ。次回の選挙で当選できれば、同じように秘密を共用した官房長官の推薦で、法務副大臣のポストが内定しているんだ。その為にもどうしても選挙には勝たなければならないんだ。ドラマじゃないが、倍にして返すことができるんだから、今回もいつものように応援してくれよ」
昔から困ったときに使う、すがるような瞳で姉を見た。
「あなたが出世するのは大歓迎だけど、愛知グループの傘下に入ったからって安泰なわけじゃないのよ。円安になり売上も伸びないし、社員の給与の引き上げを国や愛知グループから迫られていて、人件費が思った以上に必要となる見込みなんだから」
「それを上手くやるのが姉さんの腕の見せどころ、親父が俺よりも姉ちゃんを後継者に選んだくらいだからな」
「あんたに経営の才能がなかったから仕方なくこちらにお鉢が回ってきたんでしょ。早く偉くなって姉に縋らなくても良くなって欲しいわ」
「分かってるよ。その為にも国会議員を続けなければならないんだよ、絶対に。だから、今、今日が大切なんだよ。お願い、頼むよ」
顔の前で両手を合わせた。
「本当に困った時だけ、そんな猫なで声出して調子いいんだから。でも、さっきの男、朝比奈って言う人間大丈夫かな。あなたにとても挑発的だったから、もしかしたら7年前のことを調べているんじゃないわよね」
先程の朝比奈の言葉を思い出していた。
「そっ、そうだな。警察も自殺ではなく殺人事件として調べ直しているみたいだからな、念には念を入れて処理しなければいけないかもな。まぁ、それはこちらで手配するから心配しなくてもいいよ」
「この前みたいに見破られるようなヘマをしないでよ」
「大丈夫だよ」
そんな会話がされている時、朝比奈はトイレから出てきて『エイコー』を後にして公共交通機関を使って、『現場百篇』の警察の基礎に従って西本が殺害されたアパートの部屋を調べることにした。しかし、管理人に姉の法律事務所の名刺を渡して理由を話したが、残念ながら部屋を見せてはもらえなかった。ただ、朝比奈は諦め立ち去ろうとして、念の為にポストを確認すると、1通の宛先不明と赤いスタンプが押された手紙が残されていた。その手紙の住所は、北海道稚内市港5丁目5番地で、宛名は宮園伸二であった。不審に思い辺を気にしながら上着の内ポケットにそっと仕舞い込むと、そのポケットに入っていたスマホを取り出して操作すると耳に当てた。
(もしもし、芹沢ですが)
(今何処で何してる?)
(大神班長に指示されて参列者名簿に書かれていた人物の顔写真を集めて瀬戸市の文化センターに着いたところです)
(その作業が済んだ後でいいから時間取れないかな?)
(いいですけど、電話では話せないことなんですか)
(歓迎会はしてもらったと思うけど、これからのこともあるから職場の人間達がいないところで、2人で是非話をしたいと思ってね)
(分かりました。どちらへ伺えばいいのでしょう)
(名古屋の繁華街で『ゼア・イズ』って言うカフェバーがあるんだけど、結構有名なので検索してくれれば直ぐに分かると思う)
(ああっ、その店で歓迎会をしてもらいましたから知っています)
(じゃ、その店で集合ということでお願いします)
そう告げると朝比奈はバイトを兼ねて『ゼア・イズ』に向かうことにした。一方芹沢は、車を降りて文化センターの受付へと向かい、大神に言われた通りに岩澤千奈を呼び出してもらい喫茶室で会うことにした。そして暫くすると、芹沢が待つテーブルに喫茶部の店員に案内されて岩澤が近づき頭を下げて席に着いた。
「早速で申し訳ありませんが、出来る範囲で構いませんのでこの男性と親しく接していた人物を思い出していただけませんでしょうか」
芹沢は目の前の少し暗めの女性が、7年前のことをそんなにはっきりと覚えているとは思えなかった。しかし、大神からの指示ではあったので、コーヒーカップをずらして持ってきた顔写真を並べて最初に西本を指差した。
「この男性と同じテーブルに居らして、会話をなさっていた方はこの3人です」
右の顳かみを叩きながらテーブルに並べられた顔写真を見た後、左の人差し指でゆっくりと示した。
「えっ、本当に間違いありませんか」
躊躇なく示され芹沢は却って驚いていた。
「はい、間違いありません。パーティーの終了後も会場の出口で見送りさせていただいたのですが、玄関でこの男性は他の4人とタクシー乗り場に向かわれました」
岩澤ははっきりと答えた。
「しかし、7年も前のことを置く覚えていますね」
大神から記憶の良い人物とは聞かされてはいたが、これ程はっきりと答えられると反対に疑ってしまう。
「パーティーが終わり皆さん一斉に帰られましたが、この日は他でも催しがあったようで、タクシー乗り場にも配車される台数が少なく、多くの依頼と苦情がありその写真の人物もその1人だったのです」
西本の顔写真を指差した。
「えっ、この写真の男性がタクシーを使って帰ったってことですか」
岩沢の言葉に芹沢の指差す手が震えた。
「私も初めての経験で、直ぐに何件かのタクシー会社には配車の依頼をしたことを覚えています。この方は1人だけで隼タクシーを利用され、頭を下げて見送りました」
また右の顳かみを連打しその状況を頭に蘇らせていた。
「西本さんは事故を起こしていなかった。朝比奈さんが話していたのは正しかったのか」
芹沢は並べてあった写真を回収して立ち上がると、お礼の言葉を告げて頭を下げて文化センターを後にして『ゼア・イズ』に向かうことにした。店に着くと、朝比奈に窓際の席に案内され、一旦奥へと戻り2人分の紅茶を持って再度現れた。
「えっ、紅茶ですか」
テーブルに置かれたティーカップを見つめて尋ねた。
「芹沢刑事の袖口からコーヒーの香りがしたものですから、コーヒーよりも紅茶がいいのかなと思っただけです」
自分の分の紅茶をテーブルに置いて座った。
「あの、朝比奈さんは本気で『エイコー』に入社するつもりなんですか」
運ばれた紅茶を手にした芹沢が思っていた疑問を先に口にした。
「ああっ、その件でしたら、先程入社取り消しになりました。想定内ですし、一応最低限の情報は得られましたので、小芝居も何とか役に立ちました」
手にしていた紅茶のカップを皿に戻して微笑んだ。
「朝比奈さんは一般人なのに、いつもこうして誰にも依頼をされていないのに勝手に事件を捜査しているのですか」
大神班長や川瀬刑事に聞いてはいたが、本当だという事実を目の前にして驚いていた。
「捜査なんて大したもんじゃないけど、真実が知りたくなっちゃうんだよね。でも、自ら見つけ出したり、警察のように起こった事件を全て捜査する訳じゃないよ。いつも父や姉にも迷惑を掛けているけれど、自分に関係したり降りかかってきたものは、できれば自分で解決したいと思うんだよね」
当たり前のように話す朝比奈の言葉が理解できないでいた。
「では、今回の連続事件、朝比奈さんはどう考えているのですか」
芹沢は探偵気取りの朝比奈の推理が聞いてみたくなった。
「そうだね、事件の発端はやはり7年前の引き逃げ事件にあると思う。瀬戸市の文化センターで開かれていた『世界幸福の会』のパーティーに参加していた西本さんが文化センターの駐車場から出てきて直ぐに交差点で女性を跳ねた事になっているが、前にも話したようにその跳ねた車には3人が乗っていたのは間違いない。初めは西本さんが運転していて、保護責任者遺棄罪に問われかねない他の同乗者のことを庇っているのだと考えていたのですが、僕が『エイコー』で入手した情報によれば西本さんは自分に厳しい人でもあり、飲酒をして運転をする人ではないことを考慮すれば、車に乗っていたのは西本さん以外の3名の可能性が高いと思います。その中の1人は、多分後藤国会議員で、後の2人の内の1人は7年前から『エイコー』が愛知グループの傘下に入って、急に業績が上がったことを考えれば、愛知グループの関係者だったのだと思います」
右の顳かみを叩きながらスラスラと答えた。
「西本さんは引き逃げ事故の身代わりをさせられたと考えているのですね。でも、今回の殺人事件とsどう関連してくるのですか」
朝比奈の動作が気になった。
「身代わりとなって7年の服役を済ませた西本さんは、立場上会社に復帰することはできない。それならばと、3人の誰か、多分後藤国会議員に金の支援を要求したが、弱みを握られいつまでも脅されるのではないかと思い自殺を装って殺害することを計画した。最初に殺害された中川さんとの関係は川瀬刑事が突き止めてくれるんじゃないかな」
先程の岩澤の証言からも朝比奈の推理は間違いではないと思えた。
「名探偵朝比奈は逸話ではなかったようですね」
朝比奈を見る目が変わった。
「まぁ、事件のことは大神班の面々に任せることにして、と言うよりも芹沢刑事が大神班に在籍すれば、これから何かと付き合うことも増えますので、聞いておきたいことがあってこうして来てもらったのです。まずは、どうして警察官になろうと思ったのか、ちゃんとした理由があるのなら聞いてみたいと思ってね」
朝比奈は紅茶のお代わりとデザートの追加をマスターに告げた。
「世の中に蔓延る悪を1つでも取り除きたいなんてカッコいい事を言いたいのですが、実は父親が警察官をしていまして、その何となくその後を追ってきたってところです。ただ、大学在籍中に大神班長の凄い歴史は受け継がれていまして、そんな人物がどうしてエリートコースを進まずに、一警察官として勤めているのに興味があったのは事実です。その問いに班長は答えてくれなかったのですが、朝比奈さんは何か知っていらっしゃるのですか」
部下には言えないことも友人には話しているのかもと尋ねてみた。
「正直ところ僕もはっきりとした理由は知らないけれど、あいつは画に描いたような純粋な『変人』だったってことかな。エリートコースを歩むには、色々な悪しき仕来りや絶対的な権力の支持に従わなければならない、それが間違ったことだとしてもね。芹沢刑事も感じていると思うけれど、あいつは曲がったことが嫌いで融通も利かない、真っ直ぐな人間だからその道から外れたってことなんだろ。でも、あの学歴で昇進しないのは、ひょっとしたら僕の影響かもしれないけどね」
マスターが持ってきたデザートのモンブランをホークで切り分けて口に運んだ。
「それはないと思います」
「ただ、もう少し時間が経ては話してくれると思うけど、あいつ家族がある事件に巻き込まれて亡くなり、日本の司法の無力さに失望したのは確かだね。以前、日本の武家社会においては、死においては死をもって償うという敵討ちの制度があった。しかし、現在では死刑を廃止した国は106カ国あり、事実上廃止した国を加えると142カ国になり、世界にある国連加盟国193カ国の内の7割程が死刑を執行していない。また『先進国クラブ』とも言われ、日本を加盟する経済協力開発機構、いわゆるOECDの36カ国に限れば、軍事犯罪をのぞく通常犯罪への死刑制度が残るのは日本と米国そして韓国の3カ国だけです。でも、その韓国も長年執行はしていません。その日本においても、被害者が複数であり残虐性、計画性が認められなければ中々死刑の判決は出ることはなく、殆どが無期懲役の判決になる。その判決にしても、本当にずっと死ぬまで刑務所に居る訳ではなく、模範囚であれば何年かすれば出所することも有り得る」
右の顳かみを叩いた。
「確かに、法律の下とは言え、人が人の命を奪って良いものかとの意見も根強いですよね」
「しかし、統計的には、国民の死刑反対者は10%程度、ほとんどの国民は死刑制度は仕方ないと思っているようです。そして、その日本の死刑方法は絞首刑で、これはほとんど日本国のみ。執行室中央に印付された踏板に立たされて、首にロープがかけられ、複数の刑務官によって踏板開閉用のボタンが押され、死刑囚が落下して死刑執行が完了するのですが、いくら複数とはいえボタンを押す刑務官に掛かる精神的プレッシャーは相当なものだと思いますよ。だけど、僕も大神も死刑制度は反対ではない。米国などでは、罪の刑が加算され懲役100年を越すこともあるが、日本では一番重い罪で裁かれることになっている。そしてその罪の刑も他国に比べても軽い様に思う。それに、検察側が幾ら重い刑を求刑したくても、上限が定められている為に重い罪を問うことができない」
語り始めたら止まらない。
「朝比奈さんは皆さんに聞いていたとは違い、意外とまともなんですね」
その話は自分も感じていたことであった。
「おいおい、大神が僕のことを良く言っていないとは思っていたけど、そんなに常識のない酷い人間じゃないよ」
大神の憎たらしい顔が頭に浮かんだ。
「それで、朝比奈さんは『エイコー』に潜入して、今回の事件の新事実を何か得ることができましたか」
芹沢は話題を変えた。
「短い間だけですが、社内で話を聞いた限り西本さんは真面目で几帳面な方で、とても飲酒をして車を運転するような人格とは思えないそうだ。判決が7年であっても模範囚であれば刑期も短くなっていただろうけれど、何故か刑務所内で暴れたこともあり判決通りに7年で出所している。もし本当に事件を起こしていれば素直に受け入れ、少しでも刑期を減らすことを考えた。そう考えると、運転していたのはそもそも西本さんではなかったのではないかと思います。確信はないが、おそらく運転していたのは後藤国会議員だな」
真面目な表情に戻って答えた。
「そうですか。残りの2人は後藤議員の親しい人物という訳ですね。大神班長に伝えて、捜査することにします」
先程、文化センターの岩尾から聞いた話と合っていて驚いていた。
「北村さん先日はありがとうございました。入社書類をお持ちしましたので、確認をお願いします」
北村に近寄って声を掛けた。
「確認しますので、あちらの部屋にお願いします」
一昨日説明を受けた部屋へと案内された。
「この前も伺ったのですが、どうしても7年前に西本さんが引き逃げ事故、それも飲酒をしての事故を起こしたとは思えないのですよね。半年間仕事を教わってみて、北村さんはどう感じていたのか率直な意見を教えていただけけませんか」
入社書類の確認を終えた頃に朝比奈が尋ねた。
「そうですね。その時警察にも聞かれたのですが、正直言って西本さんは実直な方で車で行かれればお酒は飲まれないと思います。もし、どうしても飲まなければならない事情があったとすれば、車を置いてタクシーか公共交通機関で戻られたでしょう」
朝比奈が入社すると分かったので、問いに応じようと考えが変わったのかもしれない。
「西本さんは本当に1人で会社を出られたのですか」
もう1つの重要な質問をぶつけてみた。
「その質問は警察から聞かれなかったので自分からは答えなかったのですが、西本さんが誰かに電話で呼び出されて迎えに行ってから会場入りしたのだと思います」
7年前の警察の調書の状況を思い出していた。
「やはり西本さん1人ではなかったのですね。あっ、それから、この会社を継がれたのは、後藤治朗さんの長女である陽子社長なんですよね。他にご家族はいらっしゃらなかったのですか」
「陽子社長には弟さんがいらして、大学を卒業後には専務として働いていらしたのですが、会社の経営よりも政治に興味があったようで、お父様の友人であった宮園国会議員の秘書になられ、暫くして県会議員に立候補して当選し、今は国会議員へと進まれたのですよ」
話の流れで口が軽くなったようだ。
「後藤姉弟は仲が良いのですか」
「はい、先程来社されて社長室でお話されていると思いますよ」
「そうなんですか。それは好都合ですね」
朝比奈は立ち上がると部屋を出た。
「朝比奈さん、まさか・・・・・・」
北村も立ち上がったが朝比奈の行動は素早く追いつくことはできなかった。
「こんにちは、失礼します」
朝比奈は社長室の扉をノックして部屋に入った。
「見掛けない顔だが、君は誰だね」
その言葉に反応して後藤議員が振り返った。
「あっ、突然すいません。今日からこちらの会社にお世話になります朝比奈と言います。後藤先生がこちらにお越しになっていると聞きましたので、是非お会いしてお話できたらと思い伺いました。私は先生が県会議員の時から応援していて、先生はご存知ないと思いますが、ポスターを貼りチラシを配り電話の応対もボランティアでさせていただいていました」
深々と頭を下げたが、勿論そんなことはしたことはない。
「そうだったのですか。いつもご協力感謝しています」
朝比奈の言葉を鵜呑みにして表情を崩した。
「先生には本当に頑張っていただきたいのです。同じ与党の議員でも、1年前のことも覚えていない経済産業大臣とか、法相は死刑執行の署名烙印しか目立つ仕事がない地味な役職という法務大臣。妻や父親の家を事務所として公費で家賃を払っていたのではないかと野党の質問責めの為に災害被害地へ行けない復興大臣や、後援会の収支報告書に記載された会計責任者が故人だった総務大臣など、議員としてだけでなく人間としてどうかしていますよね。それを任命した総理大臣も、自分の子供を秘書官にしたのはいいけれど、官邸の機密情報がダダ漏れしてしまったり、物価高で国民が10円の単位で憂いているのに、防衛費の名目で増税するつもリなんですからね。もっと無駄なところ、例えば議員数の削減とか、皇族に至っては水戸の黄門さんでもあるまいに、引退したのにまだ自分が一番だと勘違いしている上皇后やカビバラを食べてしまうような宮家の為に何十億もの税金を使って家の改装を行っている。また、それを注意する国会議員は誰もいない。先生にはそうなってはいただきたくないですね」
話し始めたら不満が口から次から次へと溢れ出てきた。
「耳が痛いことではありますが、一般市民の意見として真摯に聞き耳を立てることは必要だと感じていますよ」
偉そうなことを言うなと顔に書かれていた。
「だからこそ今、先生に頑張っていただきたいのです。あっ、でも、先生は『世界幸福の会』と深い繋がりがあるんですよね。逆風の今は無理ですね」
勝手に頷いてみせた。
「えっ、どうしてそんなことを知っているんだ。確かに『エイコー』との繋がりはあるけど、私は関与してはいない」
慌てて朝比奈の言葉を否定した。
「それはおかしいですよ。僕が訪れた『世界幸福の会』の部屋には笑顔で教祖と並んでいらっしゃる先生の写真が飾ってありましたから、『世界幸福の会』の問題が沈静化するまでは、大臣にはなれないんじゃないんですか。ああっ、でも、確か先生は民自党の調査では教団との関係を否定されていらして、リストには載っていなかったようですね」
右の顳かみを叩きながら尋ねた。
「言いたい放題失礼な奴だな」
表情が険しくなった。
「ちょっと言い過ぎましたね。それではこれにて失礼させていただきます」
朝比奈は背を向けて出口へと向かった。
「あの、朝比奈さん。今、社長から電話がありまして、入社を取り消すとのことなんですが、社長と何かありましたか」
北村は心配そうに朝比奈を見た。
「やはりそうですか。残念ですが、ちょっと意見の食い違いがありまして、不採用となったんでしょう。北村さんには色々お世話になったのに、ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありませんでした」
朝比奈はゆっくりと頭を下げると、提出していた入社書類を返却してもらい『エイコー』を後にするかと思われたが何故かトイレへと向かった。一方、朝比奈が出て行った社長室では受話器をゆっくりと置いた陽子社長が弟の前に座り直した。
「本当に失礼な奴だな。それにしても、よく採用しようと考えたもんだな。面接担当者は誰だったんだ」
まだ怒りが収まらない道也議員であった。
「面接をしたのは私よ。『世界幸福の会』からの紹介だったし、まさかあんな人間だったとは思わなかったもの」
苦々しい表情で答えた。
「まぁ、虎の威を借りた狐じゃないが、入社に際しては自分をよく見せたいから、中々見抜くのは難しいな。政治の世界も騙し合い、上手い奴が階段を上り力を得て行くんだよ。それは商売でも同じなんだけどな」
「政界は狐というよりは狸ばかりだと思いますけどね。それで、今回はパーティー券を何枚押し付けるつもりなの。パーティーなんて言っても、買うだけ買って来るなって事なんだからこちらも毎回毎回困るんだよね」
困った表情をする多くの人の顔が頭に浮かんだ。
「相手だって利益があると思っているから購入するんだろ。そこは持ちつ持たれつの関係なんだよ。それに、7年前に愛知グループの常務に話をつけて傘下に入ることができたから会社も大きくなったんだぞ。次回の選挙で当選できれば、同じように秘密を共用した官房長官の推薦で、法務副大臣のポストが内定しているんだ。その為にもどうしても選挙には勝たなければならないんだ。ドラマじゃないが、倍にして返すことができるんだから、今回もいつものように応援してくれよ」
昔から困ったときに使う、すがるような瞳で姉を見た。
「あなたが出世するのは大歓迎だけど、愛知グループの傘下に入ったからって安泰なわけじゃないのよ。円安になり売上も伸びないし、社員の給与の引き上げを国や愛知グループから迫られていて、人件費が思った以上に必要となる見込みなんだから」
「それを上手くやるのが姉さんの腕の見せどころ、親父が俺よりも姉ちゃんを後継者に選んだくらいだからな」
「あんたに経営の才能がなかったから仕方なくこちらにお鉢が回ってきたんでしょ。早く偉くなって姉に縋らなくても良くなって欲しいわ」
「分かってるよ。その為にも国会議員を続けなければならないんだよ、絶対に。だから、今、今日が大切なんだよ。お願い、頼むよ」
顔の前で両手を合わせた。
「本当に困った時だけ、そんな猫なで声出して調子いいんだから。でも、さっきの男、朝比奈って言う人間大丈夫かな。あなたにとても挑発的だったから、もしかしたら7年前のことを調べているんじゃないわよね」
先程の朝比奈の言葉を思い出していた。
「そっ、そうだな。警察も自殺ではなく殺人事件として調べ直しているみたいだからな、念には念を入れて処理しなければいけないかもな。まぁ、それはこちらで手配するから心配しなくてもいいよ」
「この前みたいに見破られるようなヘマをしないでよ」
「大丈夫だよ」
そんな会話がされている時、朝比奈はトイレから出てきて『エイコー』を後にして公共交通機関を使って、『現場百篇』の警察の基礎に従って西本が殺害されたアパートの部屋を調べることにした。しかし、管理人に姉の法律事務所の名刺を渡して理由を話したが、残念ながら部屋を見せてはもらえなかった。ただ、朝比奈は諦め立ち去ろうとして、念の為にポストを確認すると、1通の宛先不明と赤いスタンプが押された手紙が残されていた。その手紙の住所は、北海道稚内市港5丁目5番地で、宛名は宮園伸二であった。不審に思い辺を気にしながら上着の内ポケットにそっと仕舞い込むと、そのポケットに入っていたスマホを取り出して操作すると耳に当てた。
(もしもし、芹沢ですが)
(今何処で何してる?)
(大神班長に指示されて参列者名簿に書かれていた人物の顔写真を集めて瀬戸市の文化センターに着いたところです)
(その作業が済んだ後でいいから時間取れないかな?)
(いいですけど、電話では話せないことなんですか)
(歓迎会はしてもらったと思うけど、これからのこともあるから職場の人間達がいないところで、2人で是非話をしたいと思ってね)
(分かりました。どちらへ伺えばいいのでしょう)
(名古屋の繁華街で『ゼア・イズ』って言うカフェバーがあるんだけど、結構有名なので検索してくれれば直ぐに分かると思う)
(ああっ、その店で歓迎会をしてもらいましたから知っています)
(じゃ、その店で集合ということでお願いします)
そう告げると朝比奈はバイトを兼ねて『ゼア・イズ』に向かうことにした。一方芹沢は、車を降りて文化センターの受付へと向かい、大神に言われた通りに岩澤千奈を呼び出してもらい喫茶室で会うことにした。そして暫くすると、芹沢が待つテーブルに喫茶部の店員に案内されて岩澤が近づき頭を下げて席に着いた。
「早速で申し訳ありませんが、出来る範囲で構いませんのでこの男性と親しく接していた人物を思い出していただけませんでしょうか」
芹沢は目の前の少し暗めの女性が、7年前のことをそんなにはっきりと覚えているとは思えなかった。しかし、大神からの指示ではあったので、コーヒーカップをずらして持ってきた顔写真を並べて最初に西本を指差した。
「この男性と同じテーブルに居らして、会話をなさっていた方はこの3人です」
右の顳かみを叩きながらテーブルに並べられた顔写真を見た後、左の人差し指でゆっくりと示した。
「えっ、本当に間違いありませんか」
躊躇なく示され芹沢は却って驚いていた。
「はい、間違いありません。パーティーの終了後も会場の出口で見送りさせていただいたのですが、玄関でこの男性は他の4人とタクシー乗り場に向かわれました」
岩澤ははっきりと答えた。
「しかし、7年も前のことを置く覚えていますね」
大神から記憶の良い人物とは聞かされてはいたが、これ程はっきりと答えられると反対に疑ってしまう。
「パーティーが終わり皆さん一斉に帰られましたが、この日は他でも催しがあったようで、タクシー乗り場にも配車される台数が少なく、多くの依頼と苦情がありその写真の人物もその1人だったのです」
西本の顔写真を指差した。
「えっ、この写真の男性がタクシーを使って帰ったってことですか」
岩沢の言葉に芹沢の指差す手が震えた。
「私も初めての経験で、直ぐに何件かのタクシー会社には配車の依頼をしたことを覚えています。この方は1人だけで隼タクシーを利用され、頭を下げて見送りました」
また右の顳かみを連打しその状況を頭に蘇らせていた。
「西本さんは事故を起こしていなかった。朝比奈さんが話していたのは正しかったのか」
芹沢は並べてあった写真を回収して立ち上がると、お礼の言葉を告げて頭を下げて文化センターを後にして『ゼア・イズ』に向かうことにした。店に着くと、朝比奈に窓際の席に案内され、一旦奥へと戻り2人分の紅茶を持って再度現れた。
「えっ、紅茶ですか」
テーブルに置かれたティーカップを見つめて尋ねた。
「芹沢刑事の袖口からコーヒーの香りがしたものですから、コーヒーよりも紅茶がいいのかなと思っただけです」
自分の分の紅茶をテーブルに置いて座った。
「あの、朝比奈さんは本気で『エイコー』に入社するつもりなんですか」
運ばれた紅茶を手にした芹沢が思っていた疑問を先に口にした。
「ああっ、その件でしたら、先程入社取り消しになりました。想定内ですし、一応最低限の情報は得られましたので、小芝居も何とか役に立ちました」
手にしていた紅茶のカップを皿に戻して微笑んだ。
「朝比奈さんは一般人なのに、いつもこうして誰にも依頼をされていないのに勝手に事件を捜査しているのですか」
大神班長や川瀬刑事に聞いてはいたが、本当だという事実を目の前にして驚いていた。
「捜査なんて大したもんじゃないけど、真実が知りたくなっちゃうんだよね。でも、自ら見つけ出したり、警察のように起こった事件を全て捜査する訳じゃないよ。いつも父や姉にも迷惑を掛けているけれど、自分に関係したり降りかかってきたものは、できれば自分で解決したいと思うんだよね」
当たり前のように話す朝比奈の言葉が理解できないでいた。
「では、今回の連続事件、朝比奈さんはどう考えているのですか」
芹沢は探偵気取りの朝比奈の推理が聞いてみたくなった。
「そうだね、事件の発端はやはり7年前の引き逃げ事件にあると思う。瀬戸市の文化センターで開かれていた『世界幸福の会』のパーティーに参加していた西本さんが文化センターの駐車場から出てきて直ぐに交差点で女性を跳ねた事になっているが、前にも話したようにその跳ねた車には3人が乗っていたのは間違いない。初めは西本さんが運転していて、保護責任者遺棄罪に問われかねない他の同乗者のことを庇っているのだと考えていたのですが、僕が『エイコー』で入手した情報によれば西本さんは自分に厳しい人でもあり、飲酒をして運転をする人ではないことを考慮すれば、車に乗っていたのは西本さん以外の3名の可能性が高いと思います。その中の1人は、多分後藤国会議員で、後の2人の内の1人は7年前から『エイコー』が愛知グループの傘下に入って、急に業績が上がったことを考えれば、愛知グループの関係者だったのだと思います」
右の顳かみを叩きながらスラスラと答えた。
「西本さんは引き逃げ事故の身代わりをさせられたと考えているのですね。でも、今回の殺人事件とsどう関連してくるのですか」
朝比奈の動作が気になった。
「身代わりとなって7年の服役を済ませた西本さんは、立場上会社に復帰することはできない。それならばと、3人の誰か、多分後藤国会議員に金の支援を要求したが、弱みを握られいつまでも脅されるのではないかと思い自殺を装って殺害することを計画した。最初に殺害された中川さんとの関係は川瀬刑事が突き止めてくれるんじゃないかな」
先程の岩澤の証言からも朝比奈の推理は間違いではないと思えた。
「名探偵朝比奈は逸話ではなかったようですね」
朝比奈を見る目が変わった。
「まぁ、事件のことは大神班の面々に任せることにして、と言うよりも芹沢刑事が大神班に在籍すれば、これから何かと付き合うことも増えますので、聞いておきたいことがあってこうして来てもらったのです。まずは、どうして警察官になろうと思ったのか、ちゃんとした理由があるのなら聞いてみたいと思ってね」
朝比奈は紅茶のお代わりとデザートの追加をマスターに告げた。
「世の中に蔓延る悪を1つでも取り除きたいなんてカッコいい事を言いたいのですが、実は父親が警察官をしていまして、その何となくその後を追ってきたってところです。ただ、大学在籍中に大神班長の凄い歴史は受け継がれていまして、そんな人物がどうしてエリートコースを進まずに、一警察官として勤めているのに興味があったのは事実です。その問いに班長は答えてくれなかったのですが、朝比奈さんは何か知っていらっしゃるのですか」
部下には言えないことも友人には話しているのかもと尋ねてみた。
「正直ところ僕もはっきりとした理由は知らないけれど、あいつは画に描いたような純粋な『変人』だったってことかな。エリートコースを歩むには、色々な悪しき仕来りや絶対的な権力の支持に従わなければならない、それが間違ったことだとしてもね。芹沢刑事も感じていると思うけれど、あいつは曲がったことが嫌いで融通も利かない、真っ直ぐな人間だからその道から外れたってことなんだろ。でも、あの学歴で昇進しないのは、ひょっとしたら僕の影響かもしれないけどね」
マスターが持ってきたデザートのモンブランをホークで切り分けて口に運んだ。
「それはないと思います」
「ただ、もう少し時間が経ては話してくれると思うけど、あいつ家族がある事件に巻き込まれて亡くなり、日本の司法の無力さに失望したのは確かだね。以前、日本の武家社会においては、死においては死をもって償うという敵討ちの制度があった。しかし、現在では死刑を廃止した国は106カ国あり、事実上廃止した国を加えると142カ国になり、世界にある国連加盟国193カ国の内の7割程が死刑を執行していない。また『先進国クラブ』とも言われ、日本を加盟する経済協力開発機構、いわゆるOECDの36カ国に限れば、軍事犯罪をのぞく通常犯罪への死刑制度が残るのは日本と米国そして韓国の3カ国だけです。でも、その韓国も長年執行はしていません。その日本においても、被害者が複数であり残虐性、計画性が認められなければ中々死刑の判決は出ることはなく、殆どが無期懲役の判決になる。その判決にしても、本当にずっと死ぬまで刑務所に居る訳ではなく、模範囚であれば何年かすれば出所することも有り得る」
右の顳かみを叩いた。
「確かに、法律の下とは言え、人が人の命を奪って良いものかとの意見も根強いですよね」
「しかし、統計的には、国民の死刑反対者は10%程度、ほとんどの国民は死刑制度は仕方ないと思っているようです。そして、その日本の死刑方法は絞首刑で、これはほとんど日本国のみ。執行室中央に印付された踏板に立たされて、首にロープがかけられ、複数の刑務官によって踏板開閉用のボタンが押され、死刑囚が落下して死刑執行が完了するのですが、いくら複数とはいえボタンを押す刑務官に掛かる精神的プレッシャーは相当なものだと思いますよ。だけど、僕も大神も死刑制度は反対ではない。米国などでは、罪の刑が加算され懲役100年を越すこともあるが、日本では一番重い罪で裁かれることになっている。そしてその罪の刑も他国に比べても軽い様に思う。それに、検察側が幾ら重い刑を求刑したくても、上限が定められている為に重い罪を問うことができない」
語り始めたら止まらない。
「朝比奈さんは皆さんに聞いていたとは違い、意外とまともなんですね」
その話は自分も感じていたことであった。
「おいおい、大神が僕のことを良く言っていないとは思っていたけど、そんなに常識のない酷い人間じゃないよ」
大神の憎たらしい顔が頭に浮かんだ。
「それで、朝比奈さんは『エイコー』に潜入して、今回の事件の新事実を何か得ることができましたか」
芹沢は話題を変えた。
「短い間だけですが、社内で話を聞いた限り西本さんは真面目で几帳面な方で、とても飲酒をして車を運転するような人格とは思えないそうだ。判決が7年であっても模範囚であれば刑期も短くなっていただろうけれど、何故か刑務所内で暴れたこともあり判決通りに7年で出所している。もし本当に事件を起こしていれば素直に受け入れ、少しでも刑期を減らすことを考えた。そう考えると、運転していたのはそもそも西本さんではなかったのではないかと思います。確信はないが、おそらく運転していたのは後藤国会議員だな」
真面目な表情に戻って答えた。
「そうですか。残りの2人は後藤議員の親しい人物という訳ですね。大神班長に伝えて、捜査することにします」
先程、文化センターの岩尾から聞いた話と合っていて驚いていた。
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