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四章
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翌日、朝比奈は『ドリームワールド』という『世界幸福の会』の関連団体であり、メンタルの改善を全面に打ち出してはいるものの、最終的には信者を集める事を目的とした組織でもある、そんな建物の正面玄関に立っていた。この『ドリームワールド』を訪れるきっかけは、昨夜の勤務していた『ゼア・イズ』でのバイト明けに、7年前に起きた事件から現在に至る出来事をマスターに話したことによるものであった。当然大神からは事件については他言無用と強く言い聞かされていたが、マスターは朝比奈にとっては特別な人物であった。接客業の店のマスターとしては極端に口数が少ないのも異常で、店のメニューに無いものを注文しても直ぐに出てくるのにも驚かされるが、兎に角あらゆる世界に通じ卓越している知識を持っていることである。政治については勿論のこと、いわゆる裏の世界と呼ばれる人脈にも精通していて、1度はどんな人生を生きてきたのか気になって探ろうとしたが、その奥の深さから途中で怖くなり断念した経緯があった。そのマスターに全て話し終えた後で、この事件をどこから手を付けていいのか悩んでいると伝えると、そっと1枚のコースターを裏返し『ドリームワールド』の名称と住所を素早く記入して朝比奈に差し出したのだ。そして、朝比奈が1階のロビーに入ると、市役所や銀行の待合室のように椅子が並べられていて、機械で自動的に出てくる番号付きの札を取ると、並べられた椅子に腰を下ろして待つことになった。
『8番の札をお持ちのお客様、2番の数字が書かれた部屋にお入りください』
女性の声でアナウンスが流れ、朝比奈は札を持って指定の部屋をノックした。
「どうぞお入りください」
女性の声を確認してから部屋へ入った。
「よろしくお願いします」
朝比奈は頭を下げて担当する女性の前に腰を下ろした。
「初めまして、担当させていただきます稲垣優子です。失礼ですが、こちらの施設をお知りになったのはどの様なきっかけだったのでしょう」
稲垣は笑顔で朝比奈を向かい入れると、まずはマニュアル通りにどういう媒体を介して来館したのかを尋ねた。
「色々と悩み事を聞いてもらっていた友人から、ここの『ドリームワールド』には優れたカウンセラーが多く在籍して、一度悩みを話してみてはと勧められましたので、こうして伺わせていただきました」
疲れきった表情で肩を落としてみせた。
「それでは、あなたが悩んでいるというお話を伺いましょうか」
稲垣はレポート用紙とボールペンを用意して話を待った。
「あの、まずは私の家族についてお話したいと思います。両親と姉は東京大学を卒業していまして、母親は私が小学生の時に病気で亡くなったのですが、闘病生活も長くて母との思い出はほとんどありません」
寂しそうに下を向いた。
「それは寂しかったですね。それでも、そんな優秀な家系なのですから、あなたも東京大学をご卒業なさっていらっしゃるのでしょうね」
「家族どころか、幼稚園からずっと一緒だった親友もとても優秀で、一緒に東京大学に行こうと切磋琢磨して頑張ったのですが、失敗はできないと思えば思う程、緊張とプレッシャーで眠ることができず、睡眠不足と今までの疲労が重なって熱を出してしまいまして、
それでも頑張って試験に臨んだのですが実力が発揮できずに、東京大学に合格できなかったのです。父親には理由を話して再度挑戦をさせて欲しいと懇願したのですが、どうも言い訳と思われたのでしょう、浪人はさせてもらえず滑り止めに受けていた地元の大学に入学することになりました」
台本として準備していたはいえ、よくスラスラと話せるなと自分でも驚いていた。
「確かに学歴は重要ですが、それはあくまでも社会に出るまでの資料だと私は思っています。それで、東京大学を卒業されたお父さんやお姉さんは、どんな仕事をなさっているのですか」
「父は国家公務員で、姉は弁護士です」
「そうですか。それであなたはどこの会社にお勤めなのですか」
「大学卒業して、父のコネで全国でも有名な製薬会社に就職したのですが、流石に一流の企業に入ってくる人材ばかりですし、私にとっては元々専門外の会社だったので、同僚には勿論後輩にも無能だの給料泥棒だのと馬鹿にされ、我慢できずに退職してしまいました。その事実を知り、親の顔に泥を塗ったとばかりに父から烈火のごとく叱られ、今は監視を兼ねて姉の法律事務所で働かされています」
それについては全くの嘘であった。
「随分苦労されたのですね。それはあなたの所為ではなく、そうですね、やはりご先祖から呪われているからだと思います」
朝比奈の話を聞くと、目を閉じで小さく頷いた。
「先祖から呪われている?でも、父や姉はとても裕福で幸せそうです。不幸だったのは母と私だけなんです」
ある程度予想はしていたが、朝比奈は敢えて反論に出た。
「お父さんやお姉さんは、父方のご先祖様によって擁護、つまり守られているのです。しかし、あなたは一応母方のご先祖様が付いてはいらっしゃるのですが、とても弱く汚れてまた祟られてもいるのです。そのご先祖様の魂を清め強くしなければ、あなたは一生苦しみ死後も地獄へ落とされることになってしまいます」
しっかりと朝比奈を見つめ真剣な表情で語った。
「あの、魂を清めるにはどのようにしたら良いのでしょう」
少し小さな声で怖々尋ねた。
「そうですね、まずはこちらの経本を何度も読んで、セミナーに参加して洗礼を受けていただくことで、ご先祖様の魂も少しずつ清められて、それに伴ってあなたの人生も幸福が訪れるようになるのです。それに私と接することで、早速運が巡ってきたのかもしれませんよ。通常は9、980円の教本が今日は半額以下の税込4、000円で購入できますよ」
ノートサイズで分厚い教本を手繰り寄せて朝比奈の前に置いた。
「えー、そうなんですか。本当にいいんですか」
まるでテレビに出てくるコマーシャルのようで流石に驚きながらも、朝比奈は財布から1、000円札を4枚取り出して稲垣に渡した。
「それでは早速、セミナーのご案内と予定を確認しますね。あっ、やはりあなたは運が巡って来ていますよ。今日の夕方5時からの席が1つ空いていまして、受講することができますよ。ご都合はどうでしょう」
机からタブレットを取り出して画面で確認した。
「あっ、はい、よろしくお願いします」
返事を返した稲垣の後ろには、昨日アパートの部屋で見た水晶玉や教祖と思われる像などが所狭しと並べられていた。
「それでは、時間まで別の部屋で教本の解説などを致しますので、申し訳ありませんが移動をお願いします」
稲垣は立ち上がり一度朝比奈を連れて部屋を出ると、奥にある個室へと案内して朝比奈に席を勧めると、暫くして稲垣よりもう少し年配の女性が飲み物を持って部屋に入って来て、それぞれのテーブルの前に置き稲垣より朝比奈の資料を手にした。
「繰り返しの質問になるかもしれませんが、幼少の時にお母さんを病気で亡くされ、お父様とお姉様の3人暮らしとのことですが、お父様はどのようなお仕事をされていらっしゃるのですか」
如月さつきと書かれた名刺を差し出した。
「お堅い公務員です」
朝比奈は、マインドコントロールが本格的に始まるかと思うとワクワクしてきた。
「お姉さまは弁護士で、あなたは一流の製薬会社を辞めてその事務所で働いていらっしゃるとのことですが、実際にはどの様なお仕事をされていらっしゃるのでしょう」
資料を見ながら尋ねた。
「そうですね、パラリーガルの仕事は勿論ですが、書類の整理や処分に、車での送り迎えなどお客様の接待。姉の旅券の手配や宿泊施設の手配から依頼者の為の浮気調査まで何でもします」
確かにそんなところもあるのかと思い返していた。
「先程の話では、お父様やお姉さまとはうまくいっていないとお聞きしたのですが、今はどのような関係なのでしょう」
朝比奈の弱みを握ろうと話を始めた。
「東京大学の受験に失敗して、地元の大学卒業後は父親のコネで就職したのですが、それも続かず直ぐに退職してしまいましたから、折角就職先まで紹介したのに親の顔に泥を塗ったとその時は烈火のごとく怒り、親子の縁も切るなんて言われました。ただ、何とか姉が間に入って親子断絶の危機は免れたのですが、それは姉の優しさではなく反対に策略で、私を身近に置いてこき使おうという策略だったのです。言われた仕事には逆らえませんからね、バックに父がいる限りはね。事務所のスタッフにもクズなどカスなどと言って、使えない弟と印象付けているものですから、事務所にいても居場所がなくて肩身が狭い思いをしています」
訴える瞳で如月を見た。
「それこそ正に地獄ですね。うーむ、やはりお父様とお姉さまは、父方のご先祖様に呪われていますね。その為にお母様やあなたは不幸に巻き込まれてしまっているのです。ただ、父方だけでなく、母方にも問題がありそうですね。本当に清められていれば、悪い霊に影響されることはないのです」
朝比奈に同情はしつつも厳しい言葉を返した。
「えっ、そうなんですか。できれば、今の家を出て姉の事務所も辞めたいと思っているのですよ。一体どうしたらよいでしょう」
哀願の目で見つめた。
「失礼ですが、預金とかは何れ位あるのでしょうか。あっ、いえ、家を出たり、仕事を辞めたりするにも必要になるものですから」
誤解を招かないようにと言葉を選んだ。
「ああっ、事務所での給与は想像よりはるかに低い水準で、月に数万円出来る程度なんですが、母方の祖父が私のことを可愛がってくれて、一人娘の母が長期入院していたこともあって、瀬戸市に5、000坪程の土地と現金を生前贈与してくれたのです。まぁ、贈与税で現金は減りましたが、それでも2、000万円位は残りました。ですから、家を出て事務所を出ても当面の間は困らないと思います」
出されたコーヒーを手にした。
「そうですか、それで事務所を出られて、仕事の方はどうされるのですか」
興味を示して尋ねた。
「実は、色々調べてずっと憧れていた『エイコー』という会社なんですが、この会社であれば自分の能力を発揮できると思い、いつか面接を受けたいと思っているのです。でも、大した大学も出ていませんし、法律事務所のパラリーガルという仕事は世間では余り評価されませんからね」
カップに残っているコーヒーを虚しそうにじっと見詰めた。
「ああっ『エイコー』ですか。そちらの社長さんとも親しくさせていただいていますので、もしよろしければ紹介しましょうか」
鴨がネギをしょってきたとばかりに話を持ち掛けた。
「えっ、本当ですか。是非、是非お願いします。もし仮に『エイコー』に入社できれば、家も出て暮らすことができます。本当に運が向いてきたのかもしれません」
感情を込めて答えた。
「それでは今から連絡を取ってみますので少々お待ちください」
如月は立ち上がると部屋を出ていった。
「あの、室内の展示物を見てもよろしいでしょうか」
朝比奈は稲垣に声を掛けた。
「はい、どうぞご覧下さい」
その言葉に朝比奈は立ち上がって机に展示された置物を見て回ることにした。水晶玉や像は勿論だが、壁に掛けられた写真にも目を移すと、教祖と思われる男性と朝比奈でも知っている国会議員と親しく手を重ねる写真をゆっくりと見て回った。
(元首相に各省の大臣、ああっ、1年間の記憶しかできない元大臣に、与党は勿論野党の国会議員も笑顔で握手してるな)
朝比奈が感心していると如月が戻ってきた。
「お待たせしました。今『エイコー』の社長と連絡が取れました。明日の午後3時から本社ビルでお会いできるとのことですが、朝比奈さんのご都合はどうでしょう」
写真を見ていた朝比奈に近づいて話し掛けた。
「えっ、社長さんが直接会っていただけるのですか。どんな用事があっても都合つけます」
朝比奈は感動し、気持ちを込めて頭を下げた。
「それでは取り敢えず話は通しておきますので、履歴書を書いてお持ちいただき受付に申し出てください」
朝比奈に向かって微笑んだ。
「本当にありがとうございます」
朝比奈もこれほどうまくいくとは思っていなくて微笑みを返した。
「それはそれとして、もう少し時間がありますので経典の説明をしますので、どうぞ席にお戻りください」
朝比奈と如月、そして稲垣が席に着くとセミナーが始まるまで教祖の素晴らしさ、その教祖が念を込めた水晶玉や印鑑等の価値についての説明が続いたが、真面目そうに熱心に聞いているその姿勢とは裏腹に朝比奈の心には何も響いていなかった。そして、時間になったということで、大勢が集まる部屋に移動して本部長と名乗る人物の話が始まったのだが、呪いを解くには少しでも多くの寄付をすることの重要性を語る場面では、先程払った4、000円さえももったいなく思えると共に、既に目的を達成した朝比奈にはくだらなくて退屈な話が続き欠伸が出そうになったが、それを我慢して周りの人に合わせて仕方なく拍手を送っていた。
『8番の札をお持ちのお客様、2番の数字が書かれた部屋にお入りください』
女性の声でアナウンスが流れ、朝比奈は札を持って指定の部屋をノックした。
「どうぞお入りください」
女性の声を確認してから部屋へ入った。
「よろしくお願いします」
朝比奈は頭を下げて担当する女性の前に腰を下ろした。
「初めまして、担当させていただきます稲垣優子です。失礼ですが、こちらの施設をお知りになったのはどの様なきっかけだったのでしょう」
稲垣は笑顔で朝比奈を向かい入れると、まずはマニュアル通りにどういう媒体を介して来館したのかを尋ねた。
「色々と悩み事を聞いてもらっていた友人から、ここの『ドリームワールド』には優れたカウンセラーが多く在籍して、一度悩みを話してみてはと勧められましたので、こうして伺わせていただきました」
疲れきった表情で肩を落としてみせた。
「それでは、あなたが悩んでいるというお話を伺いましょうか」
稲垣はレポート用紙とボールペンを用意して話を待った。
「あの、まずは私の家族についてお話したいと思います。両親と姉は東京大学を卒業していまして、母親は私が小学生の時に病気で亡くなったのですが、闘病生活も長くて母との思い出はほとんどありません」
寂しそうに下を向いた。
「それは寂しかったですね。それでも、そんな優秀な家系なのですから、あなたも東京大学をご卒業なさっていらっしゃるのでしょうね」
「家族どころか、幼稚園からずっと一緒だった親友もとても優秀で、一緒に東京大学に行こうと切磋琢磨して頑張ったのですが、失敗はできないと思えば思う程、緊張とプレッシャーで眠ることができず、睡眠不足と今までの疲労が重なって熱を出してしまいまして、
それでも頑張って試験に臨んだのですが実力が発揮できずに、東京大学に合格できなかったのです。父親には理由を話して再度挑戦をさせて欲しいと懇願したのですが、どうも言い訳と思われたのでしょう、浪人はさせてもらえず滑り止めに受けていた地元の大学に入学することになりました」
台本として準備していたはいえ、よくスラスラと話せるなと自分でも驚いていた。
「確かに学歴は重要ですが、それはあくまでも社会に出るまでの資料だと私は思っています。それで、東京大学を卒業されたお父さんやお姉さんは、どんな仕事をなさっているのですか」
「父は国家公務員で、姉は弁護士です」
「そうですか。それであなたはどこの会社にお勤めなのですか」
「大学卒業して、父のコネで全国でも有名な製薬会社に就職したのですが、流石に一流の企業に入ってくる人材ばかりですし、私にとっては元々専門外の会社だったので、同僚には勿論後輩にも無能だの給料泥棒だのと馬鹿にされ、我慢できずに退職してしまいました。その事実を知り、親の顔に泥を塗ったとばかりに父から烈火のごとく叱られ、今は監視を兼ねて姉の法律事務所で働かされています」
それについては全くの嘘であった。
「随分苦労されたのですね。それはあなたの所為ではなく、そうですね、やはりご先祖から呪われているからだと思います」
朝比奈の話を聞くと、目を閉じで小さく頷いた。
「先祖から呪われている?でも、父や姉はとても裕福で幸せそうです。不幸だったのは母と私だけなんです」
ある程度予想はしていたが、朝比奈は敢えて反論に出た。
「お父さんやお姉さんは、父方のご先祖様によって擁護、つまり守られているのです。しかし、あなたは一応母方のご先祖様が付いてはいらっしゃるのですが、とても弱く汚れてまた祟られてもいるのです。そのご先祖様の魂を清め強くしなければ、あなたは一生苦しみ死後も地獄へ落とされることになってしまいます」
しっかりと朝比奈を見つめ真剣な表情で語った。
「あの、魂を清めるにはどのようにしたら良いのでしょう」
少し小さな声で怖々尋ねた。
「そうですね、まずはこちらの経本を何度も読んで、セミナーに参加して洗礼を受けていただくことで、ご先祖様の魂も少しずつ清められて、それに伴ってあなたの人生も幸福が訪れるようになるのです。それに私と接することで、早速運が巡ってきたのかもしれませんよ。通常は9、980円の教本が今日は半額以下の税込4、000円で購入できますよ」
ノートサイズで分厚い教本を手繰り寄せて朝比奈の前に置いた。
「えー、そうなんですか。本当にいいんですか」
まるでテレビに出てくるコマーシャルのようで流石に驚きながらも、朝比奈は財布から1、000円札を4枚取り出して稲垣に渡した。
「それでは早速、セミナーのご案内と予定を確認しますね。あっ、やはりあなたは運が巡って来ていますよ。今日の夕方5時からの席が1つ空いていまして、受講することができますよ。ご都合はどうでしょう」
机からタブレットを取り出して画面で確認した。
「あっ、はい、よろしくお願いします」
返事を返した稲垣の後ろには、昨日アパートの部屋で見た水晶玉や教祖と思われる像などが所狭しと並べられていた。
「それでは、時間まで別の部屋で教本の解説などを致しますので、申し訳ありませんが移動をお願いします」
稲垣は立ち上がり一度朝比奈を連れて部屋を出ると、奥にある個室へと案内して朝比奈に席を勧めると、暫くして稲垣よりもう少し年配の女性が飲み物を持って部屋に入って来て、それぞれのテーブルの前に置き稲垣より朝比奈の資料を手にした。
「繰り返しの質問になるかもしれませんが、幼少の時にお母さんを病気で亡くされ、お父様とお姉様の3人暮らしとのことですが、お父様はどのようなお仕事をされていらっしゃるのですか」
如月さつきと書かれた名刺を差し出した。
「お堅い公務員です」
朝比奈は、マインドコントロールが本格的に始まるかと思うとワクワクしてきた。
「お姉さまは弁護士で、あなたは一流の製薬会社を辞めてその事務所で働いていらっしゃるとのことですが、実際にはどの様なお仕事をされていらっしゃるのでしょう」
資料を見ながら尋ねた。
「そうですね、パラリーガルの仕事は勿論ですが、書類の整理や処分に、車での送り迎えなどお客様の接待。姉の旅券の手配や宿泊施設の手配から依頼者の為の浮気調査まで何でもします」
確かにそんなところもあるのかと思い返していた。
「先程の話では、お父様やお姉さまとはうまくいっていないとお聞きしたのですが、今はどのような関係なのでしょう」
朝比奈の弱みを握ろうと話を始めた。
「東京大学の受験に失敗して、地元の大学卒業後は父親のコネで就職したのですが、それも続かず直ぐに退職してしまいましたから、折角就職先まで紹介したのに親の顔に泥を塗ったとその時は烈火のごとく怒り、親子の縁も切るなんて言われました。ただ、何とか姉が間に入って親子断絶の危機は免れたのですが、それは姉の優しさではなく反対に策略で、私を身近に置いてこき使おうという策略だったのです。言われた仕事には逆らえませんからね、バックに父がいる限りはね。事務所のスタッフにもクズなどカスなどと言って、使えない弟と印象付けているものですから、事務所にいても居場所がなくて肩身が狭い思いをしています」
訴える瞳で如月を見た。
「それこそ正に地獄ですね。うーむ、やはりお父様とお姉さまは、父方のご先祖様に呪われていますね。その為にお母様やあなたは不幸に巻き込まれてしまっているのです。ただ、父方だけでなく、母方にも問題がありそうですね。本当に清められていれば、悪い霊に影響されることはないのです」
朝比奈に同情はしつつも厳しい言葉を返した。
「えっ、そうなんですか。できれば、今の家を出て姉の事務所も辞めたいと思っているのですよ。一体どうしたらよいでしょう」
哀願の目で見つめた。
「失礼ですが、預金とかは何れ位あるのでしょうか。あっ、いえ、家を出たり、仕事を辞めたりするにも必要になるものですから」
誤解を招かないようにと言葉を選んだ。
「ああっ、事務所での給与は想像よりはるかに低い水準で、月に数万円出来る程度なんですが、母方の祖父が私のことを可愛がってくれて、一人娘の母が長期入院していたこともあって、瀬戸市に5、000坪程の土地と現金を生前贈与してくれたのです。まぁ、贈与税で現金は減りましたが、それでも2、000万円位は残りました。ですから、家を出て事務所を出ても当面の間は困らないと思います」
出されたコーヒーを手にした。
「そうですか、それで事務所を出られて、仕事の方はどうされるのですか」
興味を示して尋ねた。
「実は、色々調べてずっと憧れていた『エイコー』という会社なんですが、この会社であれば自分の能力を発揮できると思い、いつか面接を受けたいと思っているのです。でも、大した大学も出ていませんし、法律事務所のパラリーガルという仕事は世間では余り評価されませんからね」
カップに残っているコーヒーを虚しそうにじっと見詰めた。
「ああっ『エイコー』ですか。そちらの社長さんとも親しくさせていただいていますので、もしよろしければ紹介しましょうか」
鴨がネギをしょってきたとばかりに話を持ち掛けた。
「えっ、本当ですか。是非、是非お願いします。もし仮に『エイコー』に入社できれば、家も出て暮らすことができます。本当に運が向いてきたのかもしれません」
感情を込めて答えた。
「それでは今から連絡を取ってみますので少々お待ちください」
如月は立ち上がると部屋を出ていった。
「あの、室内の展示物を見てもよろしいでしょうか」
朝比奈は稲垣に声を掛けた。
「はい、どうぞご覧下さい」
その言葉に朝比奈は立ち上がって机に展示された置物を見て回ることにした。水晶玉や像は勿論だが、壁に掛けられた写真にも目を移すと、教祖と思われる男性と朝比奈でも知っている国会議員と親しく手を重ねる写真をゆっくりと見て回った。
(元首相に各省の大臣、ああっ、1年間の記憶しかできない元大臣に、与党は勿論野党の国会議員も笑顔で握手してるな)
朝比奈が感心していると如月が戻ってきた。
「お待たせしました。今『エイコー』の社長と連絡が取れました。明日の午後3時から本社ビルでお会いできるとのことですが、朝比奈さんのご都合はどうでしょう」
写真を見ていた朝比奈に近づいて話し掛けた。
「えっ、社長さんが直接会っていただけるのですか。どんな用事があっても都合つけます」
朝比奈は感動し、気持ちを込めて頭を下げた。
「それでは取り敢えず話は通しておきますので、履歴書を書いてお持ちいただき受付に申し出てください」
朝比奈に向かって微笑んだ。
「本当にありがとうございます」
朝比奈もこれほどうまくいくとは思っていなくて微笑みを返した。
「それはそれとして、もう少し時間がありますので経典の説明をしますので、どうぞ席にお戻りください」
朝比奈と如月、そして稲垣が席に着くとセミナーが始まるまで教祖の素晴らしさ、その教祖が念を込めた水晶玉や印鑑等の価値についての説明が続いたが、真面目そうに熱心に聞いているその姿勢とは裏腹に朝比奈の心には何も響いていなかった。そして、時間になったということで、大勢が集まる部屋に移動して本部長と名乗る人物の話が始まったのだが、呪いを解くには少しでも多くの寄付をすることの重要性を語る場面では、先程払った4、000円さえももったいなく思えると共に、既に目的を達成した朝比奈にはくだらなくて退屈な話が続き欠伸が出そうになったが、それを我慢して周りの人に合わせて仕方なく拍手を送っていた。
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