Assassin

碧 春海

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十五章

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 中区栄町にあるホテルステーションビュー。東京、大阪、京都、札幌、北九州、神戸、横浜などに展開する国内最大の巨大ホテルチェーンが有する中部圏でも代表的なホテルであった。皇族を始めとして、国会議員や有名会社の社長が利用する、誰でも一度は聞いたことがあるホテルである。今日は、国選選挙も近く、名古屋市が選挙区でもある現経済産業大臣の後藤田国広のパーティーが夕刻より開かれる予定で、開始時間よりも随分早く玄関に黒塗りのリムジンが横付けされて、後藤田大臣に続いて秘書が車から降りると、ホテルの支配人を始め多くの関係者が出迎えた。
「後藤田大臣、申し訳ございませんがPCR検査をお願いします」
 控え室に案内されると、女性スタッフが検査キットを持参して現れた。
「えっ、まだ検査をするのかね」
 驚きの表情で女性を見た。
「はい、一般のお客様は行っていませんが、先生は講演をされますので念の為に行って頂くように指示され、秘書の方にもお伝えしてあると思います。どうか、ご協力をお願いします」
 女性は頭を下げると、検査キットを開封して綿棒を顔に向けて、後藤田は仕方なく口を大きく開いた。
「ああっ、その検査があるからパーティーの開始時間より随分早く到着したんだな。仕方ない、もう一度講演時の原稿を読み直すか」
 車の中で一応目を通した原稿をもう一度読み返してみることにした。その後、コーヒーを飲み1時間程寛いでいると、女性スタッフが現れ後藤田はパーティー会場へと案内された。300名以上が入れる会場には、後援会の会員は勿論愛知県内の企業の役員等、大勢の人で埋め尽くされ新聞・雑誌・テレビ局等のマスコミも駆け付けていた。そして、時間となり司会者の紹介により、後藤田大臣が壇上に上がった。
「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます」
 そのお礼の言葉から始まり、現在の国内の円安や物価上昇の報告や、それに対しての対策や意気込みを述べ、さらなる支援や応援を賜るようにと結び、大きな拍手を集めた。そして、後援者でもある各界の著名人や会社の社長が次々と壇上に呼ばれ、後藤田大臣の手腕や功績を褒め称える言葉を続け、トリを務めて昭和製薬の神宮司社長がマイクの前まで進み、新型ウイルスに対する国内ワクチンの研究と製造を勧めていること、1日、1時間、1分も早く提供できるように努力していること発表し、黒柳を壇上に呼び寄せた。
「この度、愛知医科大学より当社に来ていただくことになった黒柳雄一郎です。そのワクチン開発に対しても、十分に力を発揮していただけると思いますので、先生共々ご支援いただけますようにお願いします」
 その言葉に、黒柳は深々と頭を下げた。
「あの、すみません。今研究開発していらっしゃる国産ワクチンは、本当に現行のウイルスに効くのでしょうか」
 最前列に居た男が手を挙げて発言した。
「勿論、外国のワクチンにも匹敵する効力を有していると確信しております」
 神宮司社長が自信を持って答えた。
「厚生労働省や政府は小学校の算数もできないのでしょうか。国外より6億回分のワクチンを輸入されています。日本の摂取見込み人口を9千万人としても、1人7回の接種が必要となります。接種間隔が4ヶ月として全員が3回接種しても、3億回分以上が廃棄となります。そんな重要な報告を国民に一切しない上に、国産のワクチンを生産させ税金を使って買い取るなんてことをするんですね。そして、そこの経済産業大臣さんも、偉そうにおっしゃいますが、この夏の電力不足が見込まれ、電力の消費に関して協力できない会社にはペナルティを課すなんて、とんでもない法案を勧めているそうじゃないですか。業績を伸ばそうと一生懸命努力している会社に、電気を使うなと言われている訳ですよね。政府の国民と安全を守ると言う話は全くの嘘。節電に協力し、エアコンを止めて熱射病で亡くなっても仕方がないと考えているのでしょうかね。そんなに電力が逼迫するのであれば、都合の良い話ばかりを流す、NHKや民法のテレビ放送を消費の多い夕刻から中止すればいいと僕は思うんですけど、テレビ放送より命の方が重要ではないでしょうか」
 皆に聞こえるように大きな声で発言したが、話の途中で後藤田の支持にて警備員が男を部屋から追い出した。
「誠に申し訳ありませんでした。それでは続きまして、後藤田大臣に乾杯のご発声を賜りたく存じます。皆様、グラスをお持ちいただきまして、御準備のほどよろしくお願いいたします」
 男が警備員によって部屋から連れ出され、ザワつきも収まったのを見計らって司会者がアナウンスを入れると、皆がその言葉に従ってグラスを手にした。
「それでは僭越ながら、皆様の健康と幸福を祈りまして乾杯」
 後藤田は手にしたグラスを掲げ、参加者も声を発して続いた。そして、後藤田と神宮司の後に黒柳が各テーブルを周り、挨拶と日頃のお礼や黒柳の支援を頼んで、3人は控え室へと戻っていった。
「神宮司社長はとても良い跡取りを迎えられましたね」
 部屋のソファーに腰を下ろして後藤田が改めて言葉にした。
「えっ、どうして、ただ・・・・・」
 神宮司は少し動揺して言葉に詰まった。
「隠さなくてもいいですよ。わざわざ愛知医科大学附属病院から部長待遇で向かい入れて、このような晴れやかな場所で各界の重鎮に紹介されたのですからね。それに、失礼ながら神宮司社長には、列記とした後継が居ないと聞いていたものですからね」
 女性スタッフが用意したコーヒーを口にしながら口を開いた。
「まぁ、優秀な人材であるのは間違いありませんし、それに相応しい処遇で迎えるのは当然です。それに、残念ながら息子2人を亡くし、何とか2人の孫は居るのですが、2人とも会社を継ぐ気は全くないようで、血は水より濃しとは言いますが、やる気もなく会社を
潰してもらっては困りますからね」
 神宮司もコーヒーを手にした。
「私も黒柳君のことはよく耳にしていましたよ。こんな素晴らしい人材を得ることができて、本当に羨ましいですね」
 その言葉に黒柳が頭を下げた。
「本当に同じような歳でも、先程のように場所もわきまえず、自分勝手なことを言い放つやからもいますから、世の中は分かりませんな」
 後藤田がそう言って顔を左右に振った時、大臣秘書の男性が扉をノックして部屋に入って来た。
「何だ」
 近づいてくる秘書に後藤田が声を掛けた。
「すみません、先程のパーティーで暴言を吐いていた男が、大臣と神宮司社長に謝罪したいと来ていますが、どのように対処致しましょう」
 頭を下げてから言葉を発した。
「正に今話していた無礼な男だな。あの威勢のよかった男が、どんな謝罪をするつもりなんだろね。久しぶりに土下座姿を見るのもいいかもしれませんな。通してくれ」
 嬉しそうに微笑むと、秘書はもう一度頭を下げて扉へと向かい、2人の男が部屋に入って来た。
「ああっ、先程は場をわきまえず、貴重なご意見をいただきありがとうございました。謝罪をいただけるとのことですが」
 後藤田は嫌味を込めて尋ねた。
「謝罪ですか・・・・・そう言って、秘書の方にはお話しましたが、僕は自分が考えることを素直に質問しただけで、謝罪するつもりは全くありません。ああっ、紹介が遅れましたが、僕は朝比奈優作でもう1人の野暮ったいのが大神崇です」
 大神は、朝比奈の後ろから横に並んだ。
「えっ、崇。どうして崇が・・・・・」
 神宮司はその姿を見て驚いた。
「神宮司社長、その男をご存知なのですか」
 驚いた声に後藤田が反応した。
「私の孫の配偶者です」
 どうしてという表情で大神を見た。
「そうか、それで君が付き添ってきたのだな。でも、謝罪する気がないようだが、一体どういうつもりなんだね」
 顔では微笑みながらも、朝比奈の態度には怒りを感じていた。
「ご理解いただけるように、もう一度名前を述べさせていただきます。僕は朝比奈優作、大臣ならご存知たと思ったのですが、まだまだでしたね」
 残念そうに肩を落とした。
「朝比奈優作・・・・・・」
 眉にシワを寄せて少し考え込んだ。
「この地域ではとても有名な、ヤメ検弁護士の朝比奈麗子弁護士の弟なんですよ」
 隣の大神がヒントを与えた。
「えっ、朝比奈麗子弁護士が姉ということは、父親は・・・・・・」
 後藤田の頭にはある人物の顔が浮かんできた。
「いつも叱られてばかりで、余り表には出したくありませんが、父は最高検察庁の次席検事です」
 朝比奈もまた怒った表情の父親の顔を頭に描いていた。
「だからと言って、許されることではないと思いますが」
 少し冷静になって答えた。
「先程も言いましたが、別に悪いことをしたとは思っていません。国民には、言論の自由が保証されていますからね。ただ、貴方達にお会いできる機会を獲れたのは非常に感謝しています」
 秘書の男性に頭を下げた。
「私たちに会う為だけに、あんな騒動を起こしたということか」
 後藤田は、馬鹿にした表情で顔を左右に振った。
「そうでしょうか、正規のルートでは中々お会いできない、今を時めく御大臣様ですからね。あっ、これは良い意味でも悪い意味でもですけどね」
 ニャッと笑ってみせた。
「失礼な奴だな。その、会いたかった理由は何なんだね」
 神宮司の手前、怒りを抑えて尋ねた。
「勿論、大臣もなのですが、あなたと一緒にお会いしたかったのが、そこにいらっしゃる黒柳雄一郎さんなのです」
 右手を黒柳に向けた。
「えっ、私にですが」
 朝比奈の言葉に流石に驚いていた。
「神宮司社長はご存知だと思いますが、こちらの大神は愛知県警捜査1課の刑事で、名古屋市内で起きた連続の殺人事件を捜査しています。その事件に黒柳さんが関係されていると考え、大臣や神宮司社長の前でお話を聞く為にこうして伺ったという訳です」
 朝比奈の言葉に大神が頷いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。関係があるといったが、それは事件の証人ということなのか。確か、その事件の犯人は既に逮捕されたと聞いているんだが、その裏取り捜査の為なんだな。でもそれなら、我々の前でなくてもいいだろ」
 大神が刑事だということに少し驚いたが、自分にも言い聞かせるように冷静に対応した。
「えっ、名古屋市で起きた事件とは言いましたが、どこのどういった事件、それも犯人が逮捕された事件なんて話していませんよ。まぁ、外れてはいませんけれどね。その事件、野神調査員と新庄優馬弁護士の事件についてなのですが、確かに犯人は大神刑事によって先日逮捕されました」
 嬉しそうに大神を見た。
「だったら、これは失礼な行為、警察としてはお願いする立場じゃないのか」
 2人の顔を交互に見た。
「逮捕された犯人は、今も何も話さず黙秘しています。それどころか、どこの誰だかもわかっていません」
 大神が間に入って答えた。
「それで困って、こんな茶番劇を繰り広げているという訳ですか。警察も大変ですね」
 嫌味を込めて言い返した。
「日本の警察はあなたが思っている以上に優秀ですから、そんなことで困ったりはしませんよ。身元は分かっていませんが、そもそも殺害された2人とその犯人の接点がないことは分かっていますからね。彼はAssassin、つまり殺し屋と考えているからです」
 朝比奈はポケットからスマホを取り出した。
「殺し屋・・・・・・君、真面目に話をしているのかね」
 馬鹿にされているようで腹が立った。
「僕はいたって真面目ですよ。ゴルゴ13など相手もプロですから、自分が殺し屋なんて自慢しませんからね。実際に捕まった犯人も自白はしていませんから、有耶無耶になってしまってきたのかもしれません。でも、今回はこちらから罠を掛けてきっちりと犯罪を確定していますし、2つの事件もしっかりと証明しますので安心してください。まずは、その事件の話をさせていただきます。まず、大臣と黒柳さんはこの人物をご存知ですか」
 朝比奈はスマホに映し出された犯人の顔を見せた。
「いいえ、全く知らない人ですね」
 大臣の言葉に黒柳も首を振った。
「そうですか、まぁいいでしょう。それでは、事件について説明させていただきます。最初に殺害された野神調査員の殺害についてなのですが、後で調べてもらったのですが野神調査員は、元検察官でとても優秀な人物だったようなのです。ただ、僕には経験のないことで理解できないのですが、話によれば出る杭は打たれるというのか、今で言うパワハラやモルハラで退職を余儀なくされたそうです。それで、検察官を辞めて調査員になられたのですが、検察官の豊富な経験を生かし調査員としても超一流であった。そして、その野神調査員に、昭和製薬の吉川副社長がある人物の素行調査依頼をしました。それは勿論、社長の息子と名乗り出た黒柳雄一郎さんについてですが、その調査の結果において恐ろしい情報を得ることになってしまい、それを知られて殺害されたと考えています」
 口も滑らかになり、嬉しそうに2人の顔を見た。
「だっ、誰がそんなことを殺し屋に依頼したんだ」
 朝比奈の視線の先を気にして尋ねた。
「それは胸に手を当てて考えていただきたいですね」
 朝比奈は自分も右手を左の胸に当てた。
「犯人は何処の誰かも分からず、自供もしていない。証拠もなく人を愚弄するとは、世間知らずの大馬鹿ものだな」
 今度は胸を張って言い返した。
「事の発端は、黒柳さんがお母さんを老人ホームに入れる為に荷物を整理した時に、昔神宮司社長と付き合った期間があり、自分がその息子の可能性があるのではないかと、親子鑑定をしたことでした。その結果は、99.3%の確率で間違いないと分析され、昭和製薬の跡継ぎにと神宮司社長にも期待されました。まぁ、いずれ社長になることができれば、その地位と名誉それに会社内での権力も得ることができますが、それよりも本当の目的は神宮司社長の数百億の莫大な遺産を手に入れることだったのです」
 朝比奈は、黒柳の顔を見て微笑んだ。
「そんな、私は正式な手続き、そう親子鑑定の分析で99.3%をもって神宮司社長にも認知していただきました。ただそれだけのことで、昭和製薬の跡継ぎに関しても神宮司社長の方からの提案で、私も残念で仕方なかったのですが、愛知医科大学付属病院を辞めることとなったのです」
 額に汗が浮かび始めた顔で黒柳が答えた。
「そうですよね。黒柳さんは病院内でも確たる地位を得て、収入も一般の人に比べれば随分と上の方だと思います。ですから、お金にも余裕が有ったのでしょう、投資に手を出して数千万の借金を抱えることになりました。ただそれでも、辞められた病院に留まっていれば、返済も可能だったと思います。そうです、無理に病院の職を辞してまで昭和製薬に移ることはない。今すぐに数百億の遺産も必要という訳ではないからです」
 今度は後藤田の顔をゆっくりと見た。
「それなら動機とやらは無いということになりますな。それに、息子さんであれば当然の権利ですからね」
 余裕の表情で後藤田が言い放った。
「お金に関しては、僕にはさっぱり縁のないことでよく分からないのですが、世間の一般的常識ではお金が沢山あって困ることはないと言われます。それに、当面黒柳さんは困っていなくても、後藤田大臣はどうでしょう」
 後藤田を見詰めて小さく首を傾げた。
「しっ、失礼な。私は国会議員、経済産業大臣なんだぞ。金に困る、馬鹿なことを言うんじゃない」
 後藤田は横を向いた。
「そうでしょうか。後藤田大臣の奥様と御子息が経営されている会社が、愛知県瀬戸市の北東部の広大な山林地を購入され一部は伐採されていらっしゃいますよね」
 会社の登記簿と、土地の購入記録が記載された書類を大神が取り出して朝比奈に手渡し、後藤田の目の前に突き出した。
「それがどうしたんだ。息子たちが会社の事業として行ったことだ。私は何も関与していない」
 受け取ったが目を通すことはなかった。
「話によると、巨大なソーラーパネルを設置する予定で購入され、国にも補助金の申請がされているそうですが、各地でソーラーパネルの設置について疑問視されるようになり、その計画も頓挫することになってしまった。三河湾に設置されたソーラーパネルの成功で味を占めたのでしょうね。今回は大規模の資金が投入されていて、その資金の返済にも迫られているのですよね。仕方なく購入されている土地を売却しよとしたようですが、思うような買い手が現れていないそうですね。どうされるのでしょうね」
 追加の資料も用意した。
「そっ、そんな資料をどこから・・・・・・」
 朝比奈の手から無理やり奪い取った。
「野神調査員が所持していたと思われるパソコンなどは発見されないまま、事務所にもそのようなデータは残されていませんでした。恐らく、野神さんもそんなことは十分に承知されていたと思います」
「だったらどうして・・・・・・・」
 動揺して言葉が震えていた。
「先程も野神調査員は一流だと報告しましたが、彼は僕が名古屋駅地下で占い師をしていることを知って、一番安全な場所として自分が取りに来るまで僕にUSBメモリーを託したのです。彼が帰った後、ちょっとハプニングがありましてすっかり忘れていました」
 頭の後ろに手を当てた。
「でも、黒柳さんは神宮司社長の息子なんだろ。どうして関係のない後藤田大臣に何億もの援助をする必要があるんだ」
 大神が間に入って尋ねた。
「そのヒントもこのUSBメモリーに残されていました。その事実を知っていた新庄弁護士は、金銭面で借金をしていて金品の要求をしたのか、或いはその秘密を知っていること自体に恐怖を感じたのか、殺害されてしまいました」
「だから、その秘密とは何なんだ」
 大神はもったいぶった話し方に苛立っていた。
「先日、野神さんのデータを検証する為に、行き付けの店ゼア・イズのマスターに教えてもらった人物に会って確かめてきました。30数年前黒柳さんのお母さんと神宮司社長は男女の関係にありましたが、お母さんにはもう1人本命の人物、そう後藤田大臣がいたそうです。もし、黒柳さんが神宮司社長の息子ではなく、後藤田大臣の息子であったとすれば、黒柳さんと後藤田大臣の今回の行動は納得できるでしょ」
 大神の表情を伺った。
「馬鹿なことを言うな。親子鑑定で、神宮司社長と黒柳君は親子と分析されたんじゃないのか」
 後藤田の声が部屋の中に響き渡った、
「その親子鑑定の分析結果が99.3%だったのが気になっていたんだ。どうして99.999%でなかったのかとね」
 右手を顎に当てて考えるポーズをとった。
「99%以上あるんだから、それは誤差の範囲じゃないのか」
 大神が続けた。
「確かに、99.3%ですからね。でも、その確率を出せる人物がいるんですよ。お孫さんの川瀬さんと澤田さんです。それで、疑いの目でもう一度調べてみたところ、川瀬さんは先日行われた人間ドックで血液を採取されていました。担当者に尋ねたところ、当日3本分を採取したのだけど、検査に回ってきたのは2本だけで1本が紛失していることが分かりました。まぁ、2本あれば検査に支障がなかったので、病院内では大きな問題として取り上げてはいなかったようですが、その時の監視カメラを調べると、ある人物がその血液を持ち去る映像が確認できました」
 朝比奈は黒柳を指差した。
「つまり、親子鑑定に使われたのは、川瀬刑事の血液だったんだ。もう一度親子鑑定をする必要がありますね」
 大神が黒柳を睨みつけると、朝比奈のスマホが鳴りポケットから取り出して耳に当てた。
「その必要はありません。今連絡がありまして、後藤田大臣と黒柳さんの親子鑑定の分析が終わり、99.999%の確率で親子だと断定されました。残念ながら、神宮司社長の財産を得る資格もないことが確定しました」
「えっ、どうして・・・・・・」
 朝比奈の言葉に後藤田が唖然とした。
「先程、PCR検査の為として、口の粘膜を採取したもので親子鑑定の分析をさせてもらいました」
 その言葉に後藤田と黒柳は肩を落とした。
「殺し屋を雇ったのが2人の内のどちらかは分かりませんが、彼が口を割らなければ大丈夫なんて思わないでくださいよ。大臣が後ろ盾になっているので、黙秘という強気な態度でいられるのでしょうが、愛知県警の刑事さんは優秀ですし、あなた達が逮捕されそれぞれの地位をなくしてしまえば、きっと自供の道を選ぶと思いますよ。2人の殺人と1人の殺人未遂が依頼によるものであれば、教唆となり刑が軽くなりますからね。それと、愛知医科大学附属病院の副医院長の件に関しても的確な処置であったかどうか捜査がされるようです。あっ、それと、後藤田大臣の事務所や、奥さんたちが経営している会社にも地検の特捜部が入っていますのでご確認ください」
 朝比奈はスマホの動画を後藤田に見せた。
「親父さん、後継者問題は今回も上手くいきませんでしたね」
 2人が警察官に連行された後、大神が神宮司に声を掛けがっくりと肩を落とした。
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