Assassin

碧 春海

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十四章

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 その頃、同じ病院の特別室に検査入院をしていた神宮司社長が、秘書と一緒に黒柳医師が訪れるのを待っていた。
「引継ぎに時間が掛かってしまい遅くなって申し訳ありません」
 2人を前に深々と頭を下げた。
「それで、手続きは全て済んだのですね」
 秘書の宇野が尋ねた。
「はい、今日付で退職届けも受理され、荷物もまとめて搬出予定でいます」
 緊張気味に答えた。
「明日付で、昭和製薬の製品管理部の部長として向かい入れる予定でいますので、午前9時迄に本社の受付にお越し下さい」
 宇野は、役員や各部署の責任者、当面のスケジュールが取りまとめられた書類を、黒柳に手渡した。
「社員には勿論のこと、そこに載っている役員達にも君が私の息子だとは知らせていない。まぁ、部長待遇で迎える訳だから、何か忖度等があるのではないかと勘ぐる人間はいるだろうが、ある時期を見て発表するつもりだからそれまでは我慢してくれ」
 書類に目を通している黒柳に神宮司社長が間に入った。
「分かりました」
 捲っていた書類を元に戻して答えた。
「それで早速で申し訳ないが、そのスケジュール以外に頼みたいことがある」
「えっ、何でしょうか」
「明日の夕刻中区栄町のホテルステーションビューで、私が講演会長を務める後藤田国広経済産業大臣のパーティーが、開かれる予定となっている。特別重要な予定がなければ、一緒に参加して欲しいのだがどうだろう」
「いえ別に、それ以上に特別な予定はありません。是非ご一緒させてください」
 軽く頭を下げた。
「そうか、よろしく頼むよ。あっ、そうだ、君を私に会わせてくれた、新庄弁護士が亡くなったことは知っているかね」
「えっ、あの弁護士さんが亡くなったんですか」
 大きなリアクションで答えた。
「御存知なかったのですか」
 宇野が尋ねた。
「私は退職の手続きに向けて忙しく、新聞やテレビを見ている時間も無かったものですから、全く知りませんでした」
 顔を左右に振った。
「いえ、死因はまだ分かっていませんので、マスコミ等の報道はされていませんが、社長は亡くなったと言われましたが、新聞やテレビ等で発表される死に方だとは言われていませんよ。事故や病死などもある訳ですからね。連絡がなかったということは、新庄弁護士とはそんなに親しくなかったのでしょうか。どのような経緯で、今回の依頼を新庄弁護士に依頼したのですか」
「あっ、母の昔の知り合いから紹介されたのですが、連絡先を知っている程度でした」
「新庄弁護士のことは余り御存知なかったということですか」
「名古屋市内でも有名な弁護士事務所だと聞いていましたので、安心して依頼したのですが何かあったのでしょうか」
「確かに、新庄弁護士事務所は、昭和製薬の顧問弁護士でもあり、父親はとても優秀な弁護士なのですが、亡くなった息子さんの優馬弁護士は、父親には内緒で株式などの投資に相当な金額を注ぎ込み、失敗して多額の借金をしていたようです」
 宇野は懐より手帳を取り出して報告した。
「真面目で仕事も熱心にしていたようだが、見掛けによらないというか、金は人を変えてしまうのかな。君はそんなことはないと思うが、早く会社に慣れて支えてくれなければ困るよ」
 神宮司社長は黒柳の目を見詰めた。
「勿論、いち早く戦力になれるように、精一杯頑張らせていただきます」
「期待しているよ」
「あっ、すみません。医院長に最後の御挨拶をして参りますので、失礼させていただきます。明日からはよろしくお願いします」
 黒柳は2人に頭を下げて部屋を後にした。丁度その時、朝比奈は川瀬をこの病院に、大神は高橋を朝比奈法律事務所に残して、行き付けの店『ゼア・イズ』で落ち合って夕食を摂っていた。朝比奈はカツカレーを、大神は鉄板付きのナポリタンスパゲッティーを食しながら、それぞれの捜査について意見を交換していた。
「お前はまだ親子鑑定にこだわっているようだな。けど、どうしてなんだ。99.3%の確率で認定されたんだから、それは認めなければならないだろろ」
 湯気の立つスパゲッティーをホークで卵に上手くくるくると絡ませながら問い掛けた。
「いや、その確率99.3%が気になるんだよな。どうして99.999%じゃなかったのかってな」
 とんかつの端ををカレーに付けて口に放り込んだ。
「でも、お前の話を聞いた限りそれは誤差の範囲じゃないのか。99%以上なんだし、分析においての不正はなかったんだろ、疑う要素はないんじゃないか」
 半熟の卵の感触が口に広がった。
「何かスッキリしないんだ。そもそも、もし親子鑑定の解析が正しいのならば、3人を殺害する動機が無くなるんだ。昭和製薬の跡取りとして正々堂々と胸を張っていればいいんだからな。でも、何かそこに秘密があり、動機が生まれることとなったんだと思うんだ」
 豚のロース肉から染み出す旨みをゆっくりと噛み締めていた。
「神宮司社長に認知させた後、すかさず毒草で命を狙ったという訳か」
 キャベツとツナのコンソメスープを手に取った。
「手段からして致死量を摂取させることは無理だったかもしれないが、長期入院により会社事業の一線から退かせるだけでよかったのだろうな」
 朝比奈は刻んだキャベツにトマトと胡瓜が盛られ、胡麻のドレッシングを掛けられたサラダを手にした。
「神宮司社長の金と地位が目的という訳なんだな。亡くなった新庄弁護士はその一味で、仲間割れの末に殺されたって事なんだな」
「いや、仲間割れというのではなく、犯人は始めから新庄弁護士を殺害するつもりだったのかもしれない」
「確かに、一酸化炭素のボンベなど予め殺害方法を考えていた可能性が高いな。ただ、そう考えれば全て辻褄は合うが、全てお前の推理であってそれを証明する証拠は何もない。お前が言っていたように、直接殺人を犯さず依頼したものであれば、実行犯が証拠を示して自供でもしなければ、殺人教唆も立件できないだろう」 
 スパゲッティーをたいらげてコーンスープも飲み干した。
「そうだな、殺人の動機になる親子鑑定について、神宮司社長について調べなくてはならない。そうなると、30年以上も前の情報が必要となる。そんな昔のことを知っている人や情報なんて残ってないよな」
 朝比奈は残念そうに箸を止めた。
「あるよ」
 2人の話を聞いていたマスターが突然言葉を放った。
「えっ、そんな前の情報あるのですか」
 口も固く多くの多彩な情報網を持っていて、2人が尊敬しているマスターの頷きに、朝比奈は驚きとともに感動していた。
「なるほどね」
 簡単な内容と詳しく知っている人物の連絡先が書かれた紙を、朝比奈の目の前に差し出した。
「又、大きな借りができたな」
 その内容を見て大神が言い放った。
「マスター、恩に着ます。でも、これは事件解決に繋がるんだから、これはお前達警察のの借りだろ」
 マスターに頭を下げた後、大神を睨み付けた。
「おいおい、巻き込んだのはお前なんだぞ」
 ムキになって言い返した。
「だったら、お前としては、犯人の思う通りに事件が処理されていればよかったって事なんだな。昔から、因果応報と言われているけれど、やった者勝ち、悪いことを行った人間は裁かれなくてもいいってことなんだ」
 水を一気に飲み干した。
「そんなことは・・・・・・」
 口ごもった。
「それでは、ご協力お願いします」
 そう言って、大神の耳に口を近づけた。」
「えっ、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだ」
 むっとした表情で朝比奈を見た。
「そちら関係から漏れる可能性もあったし、お前の切羽詰った表情を見てみたかったなんて、冗談は抜きにしてこれからが勝負だ」
 その言葉に大神がしぶしぶ頷くと、それから数時間経って、東名医科大学附属病院に向かって白衣を着た体格の良い男性が、辺を気にしながら部屋に表示されたプレートを確認して、ゆっくりと扉を開けた。そして、ゆっくりとベットに近づき掛け布団の淵を持ち上げて、左腕に手を伸ばすと懐に忍ばせていた注射器の先をその腕に突き刺そうとしたその時、室内の照明が灯され男は慌てて入口の方向を見た。
「まちくたびれましたよ。もう来てくれないかと、本当に心配しましたよ」
 入口にはこっそり入ってきた朝比奈が立っていた。
「どっ、どうして」
 男は驚きながらも身構えた。
「どうして?神宮司社長のスケジュールの日時と内容からして、今夜しかないと普通思うでしょう」
 1枚の書類を差し出した。
「ど、どうして、それを・・・・・・」
 やっと仕込まれていた事実を理解した。
「ご察しのように、このスケジュール僕が作ったものなのです。予定では身代わりも僕がする予定でしたが、横になると直ぐに眠ってしまうので役に立ちませんから、人形を無理言って用意してもらいました」
 ベットに横たわる人形を指差した。
「てめえ」
 注射針を朝比奈に向けた。
「そんなものを持っていると、かえって不利な状態になりますよ。1対1でも十分ですが、助さんに格さんが控えていますからね。抵抗しない方が身のためですよ」
 扉を開いて大神と川瀬が現れた。
「くそー」
 男は注射器を床に捨てると、懐に忍ばせていたナイフを取り出し、身構えて朝比奈に向かっていった。一直線にナイフを突き立ててくる男をあっさり躱すと、右の手首を掴み捻じあげて足を払いあっという間に床に崩れ落ちた。そして、大神と川瀬が駆け寄り、両手首に手錠を掛けた。
「やっとお会いできましたね」
 朝比奈は男からメガネとマスクを外したが透かさず横を向いた。
「素直に自供してもらえれば助かりますが、長いお付き合いになりそうですね」
 その言葉を聞かされた男は、川瀬と後から部屋に入って来た高橋に連れられて、愛知県警と連行されていった。
「お前、病院を巻き込んで大胆なことをするよな」
 大神は呆れ顔で朝比奈を見た。
「ああっ、優子さんがこの病院に居てくれて本当に助かったよ。お前からもよろしく言っておいてくれ」
 床に落ちていたナイフを拾って大神に渡した。
「そう言うことじゃなくてな・・・・・・」
「はい、はい、はい。分かってますよ。でも、名古屋市内の銘菓はほとんど差し入れたし、ちょっと変わったものではたいやきわらしべのあんこの無い鯛焼きにしましょうか。それにしても、今回は色々活躍してもらいましたので、それくらいでは納得してくれないかもな。友人割引ということで、何がいいのか聞いといてくれよ。ただ、お前と違って、稼ぎが良くないので、そこんとこよろしく」
 あんこの無い鯛焼きで朝比奈の頭の中が占められていた。
「あーあ、いつものことと諦めているよ」
 そう言って大神は、神宮司社長と優子の待つ特別室へ向かい、朝比奈は調べることがあると言い残して夜の街へと足を進めることにした。そして、先程逮捕された男は、身分を示す持ち物は何も持っておらず、取調室においても黙秘を続け何も語ることはなかった。それは、朝比奈を始め全員が想定していたことであった。
「まだおきていたのですか」
 大神は違う特別室へと移っていた神宮司に声を掛けた。
「検査入院しろとか、突然部屋を移れとか、何が何だか訳も分からず、寝れる状況じゃないだろう」
 大神の姿に少しは安心したのか、文句の言葉が漏れ出した。
「これからも元気で頑張ってもらわないと困りますから、吉川副社長と優子に頼んで日程を組んでもらったのですよ。まぁ、お守り、転ばぬ先の杖ですよ」
 優子の隣に並んで答えた。
「まぁ、そんなことを考えてくれるのはお前くらいだ。周りの人間は、天に召されればいいと思っている奴ばかりで困るよ」
 優子の顔を見た。
「本当に昔からひねくれていますね。でも何とかは世にはばかるって言われていますので、大丈夫だとは思いますけどね」
 優子は微笑み小さく頷いた。
「死んでも幽霊になって呪ってやるからな」
 ふてぶてしく言い返した。
「その可能性はありましたね。吉川副社長や優子の協力がなかったら、今頃地下の霊安室に横たわっていたかもしれませんからね」
 親指で床を示した。
「えっ、わしの命が狙われたってことなのか」
 大神の言葉に神宮司は流石に驚いた。
「それは間違いない事実で、既に犯人も逮捕しています」
「はっ、犯人は誰なんだ」
 真剣な眼差しで大神を見た。
「今のところは、判明していませんが、必ずはっきりしてみせます。明日、いえ、今日の夕刻までは言う事を聞いて大人しくしておいてください」
 横目で時計を見た後、優子を指差した。
「分かったよ。老いては子に従え、いや、孫に従えかな」
 神宮司はその指の先の優子の顔を見た。
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