Assassin

碧 春海

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十一章

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 事件の進展もなく数日経ったある日の夕刻、朝比奈と大神はゼア・イズでその後の捜査の経過報告を兼ねて個室で酒を酌み交わしていた。
「お前の予想通り、新庄弁護士は自殺で処理され、野神調査員の殺害の被疑者として処理。つまり被疑者死亡ということで一件落着ってことになったようだ。まぁ、あの状況ではそう判断しても無理はないだろうけどな」
 唇にビールの泡を残して大神が話し始めた。
「えっ、お前らしくないな。まさか、本当に自殺だと考えているんじゃないよな。普通、一酸化炭素のボンベなんて使用したりするかね。楽に死にたいと思って一酸化炭素を使うとしても、普通は簡単に入手できる練炭を入れた七輪を使うだろうし、弁護士とは言ってもそんな手の込んだ手段を使うとは思えないけどな」
 大袈裟に驚いてみせた。
「それは・・・・・しかしなぁ」
 困惑の表情で答えた。
「確証バイアス。自殺という先入観で考えているから、見えているものも曇らせてしまう。他殺と疑うことで捜査本部も立ち面倒なことになるから、安易の自殺として処理したがるんだよな。どうせ、一酸化炭素の入手経路なんて調べてないんだろ。それとも、これ以上捜査するなと上からの圧力が掛かったりしてな」
 つまみのアーモンドを口に放り込んだ。
「お前の言うように、初動捜査で自殺と判断しているからそこまでは調べていないようだ。でも、他殺としたら犯人はどんな方法で殺害したと言うんだ。見た通り、あの部屋は密室だったし、エレベーターの防犯ビデオを確認した限りでは、あの部屋に向かった人物はいなかったんだぞ」
 反論の言葉を返した。
「非常階段を使えば、防犯カメラに映ることなく部屋に向かうことは可能だったんだろ」
 立ち上がると扉を開けてビールの追加を手で合図を送った。
「それは不可能だ。内側から施錠されていて外部からは侵入できないんだから」
 大神も同じようにお代わりの合図を送った。
「内側からは開くんだから不可能じゃないだろ。あの部屋も密室だって言うけど、オートロックなんだから密室にすることなんて簡単だろ。殺害後に、氷かドライアイスをドアに噛ませておけばいい訳だから」
 朝比奈は席に戻り、残りのビールを飲み干した。
「ちょっと、ちょっと待てよ。新庄弁護士が、犯人を非常階段から自分の部屋まで招き入れたってことなのか」
「そう考えれば、エレベーターの監視カメラに映らないことにも納得できるだろう」
「自分を殺しかねない怪しい人物を、わざわざ手引きして部屋に呼んだってことなのか、それも一酸化炭素のボンベを持って現れた人物を」
 店員が運んできた生ビールを手に取り朝比奈にも渡した。
「そうだよな、そんな荷物を持って現れれば不信に思うし、それもわざわざ非常階段からホテルに入れたりするなんて考え難い」
 ビールの泡をじっと見て答えた。
「そうだろ、普通は考えられないだろ」
 納得してビールを喉へと流し込んだ。
「普通はね・・・・でも、もし逆だったらどうだろう」
「えっ、逆?」
「そう、ホテルに泊まっていた人物が犯人で、新庄弁護士が招かれたとすればどうでしょうかね。それなら、一酸化炭素のボンベも十分用意することができたんじゃないかぁ」
「えっ、まさか、新庄弁護士がわざわざ殺されに来たって言うんじゃないだろうな。まさかそんな・・・・・」
 朝比奈の推理にはついて行けなかった。
「そう、用意を整えて楽しみに待っていたのだろうね」
 当たり前のように答えた。
「いやいや、危険と分かっていて部屋に入っていったとは考えられれないな」
 大神は何度も顔を左右に振った。
「恐らく、危険とは全く思っていなくて、また会わざるを得ない事情があったのだろうな」
「会わざるを得ない事情?」
「例えば、部屋で待っていた人物は一連の事件の実行犯で、今までの犯行の報酬についてとか、これからの犯行計画について話し合いが行われたのかもしれない」
「危険を犯してまで会う必要があったのか」
「確かに、他に連絡を取る方法はあっただろうけど、殺しの報酬や裏金などはいつもニコニコ現金払いが鉄則。振込なんかじゃ記録が残るからな」
「お前の考えでは、新庄弁護士が野神調査員の殺害を依頼し、その報酬を渡す為に依頼者に会いにホテルに行ったって事なんだな」
「そう考えれば、全て辻褄が合うだろう。野神さんが事故死として処理されず、殺人によるものと判断された為に、どうしてもその犯人を作り出す必要が生じ、新庄弁護士にその白羽の矢が立った訳だ」
「としても、それは甘えの推理であって、証拠は何もないんだろ」
「今はそうだけど、その犯人を逮捕できれば、警察で証明してくれると思うけど」
「素人のお前が殺人の専門家である犯人をそんな簡単に捕まえることなんてできるわけがない」
「まぁ、俺一人なら無理かもしれないけど、お前を含め協力してくれる人が集まれば可能かもしれないぞ」
「協力?またまた何をさせるつもりなんだよ」
「新庄弁護士を殺害した犯人は、元々別の誰かに一連の事件を依頼されていたのだと思う。勿論その目的は、神宮司家の莫大な財産を奪うことだと考えられる。しかし、神宮司社長が元気に生きている限り一円も得ることができない」
「つまり、神宮司社長の命が次に狙われるってことか」
「神宮司社長に気づかれて遺言状を作られても困るから、一刻も早く実行する必要があるってことだな」
「それで、警察に護衛させるつもりなんだな」
 大神は協力の意図を察した。
「いや、犯人は殺人については詳しい人物だから、警戒されては証拠を得る方法が無くなってしまう」
「それじゃ、どうすればいいんだよ」
 業を煮やして尋ねた。
「そう思って、昭和製薬の吉川副社長と優子さんには既に協力してもらっているんだ」
「えっ、優子にもか。そんなこと何も言ってなかったけどな。それにしても、お前は周りの人間を事件に巻き込んで迷惑ばかりを掛けてくれるよな。少しは反省しろよ」
「今、優子さんの顔を思い浮かべただろ。でも、最近は会ってまともに話してないってぼやいていたぞ。本当に上手くいってるのか」
「そんなこと、お前から言われる筋合いはない。これ以上迷惑を掛けるなら、差し入れのデザートなんかじゃ済まないぞ」
「そんなこと分かっているよ。でも、事件を解決することで、お前の手柄になるんだから優子さんだって喜んでいると思うよ」
 どうだという表情で返した。
「そう言えば、優子だけじゃなくて、美紀さんにもちゃんとお返しをする必要があるだろ」
 話を変えて言い返した。
「ああっ、まぁそれはそうだけど、殆どのデザートは食べさせたからな」
「それじゃ、こういうのを渡したらどうだ」
 大神は指輪のケースを開くポーズをとった。
「えっ、なんだそれ」
 朝比奈は頭を捻った。
「えっ、マジで本当に分からないのか。婚約指輪だよ」
「えっ、婚約指輪・・・・・エンゲージリング、エンゲージ・・・・・あっ、そうか、僕としたことが・・・・・」
 朝比奈は手を叩いた。
「えっ、僕としたことが・・・・どこかで聞いたことがある言葉だな」
 目を閉じて思い出そうとしていた。
「そんなことはどうでもいい。お前に手伝ってもらうことは後で連絡するよ。決戦は金曜日だ。よろしく頼むな」
 朝比奈はそう言い残すと慌てて店を出た。
「勝手な奴だな。えっ、決戦は金曜日。それもどこかで聞いたな」
 大神は小さく呟いた。
 
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