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人間界編

20 別れ

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 それから数日後、リビアングラド王国に帰城したアンネリーゼ達に続き、罪人としてユリウスとヘレーネがその身柄をリビアングラドに移された。



 そしてその夜を区切りとして、決心したアンネリーゼは、アスモに感謝の言葉を告げ、深々と頭を下げた。

「アスモ様……先日のお話しですが……私と貴方様の契約はこれにて期間満了で結構です。長い間ありがとうございました……本当に感謝しております」

「なんだ急に。あいつらへの復讐はいいのか? 連れてきて終わりか?」

 突然のアンネリーゼの申し出に、アスモは不思議に思った。

「ユリウスとヘレーネが我が国の地下牢に入った今、復讐は終えたも同然です……後は私がいかようにもするだけですから」

「あぁ……それに、“ティモお兄ちゃん”が一緒だからもう大丈夫、ってか?」

 どこか気まずげにそう答えるアンネリーゼに、アスモは冗談まじりに皮肉る。

「……そう……ですわね」

 ──叶うならば、アスモ様にはこのままずっと側にいてもらいたい。リビアングラドのこれからを、一緒に見守ってもらいたい。

 ……アンネリーゼの心と言葉と表情は、決して同じではなかった。
 だが、アンネリーゼの希望するそれが無理な願いである事は、先日ハッキリとアスモから告げられている。




「いいかよく聞けアンネリーゼ。俺達が魔界に引き上げると、城にいる者達や悪魔の俺に関わった者達の記憶から悪魔の存在はごっそりなくなる。もちろん、お前からもだ。」

「……え?」

 ──アスモ様達悪魔の記憶が消える……?

「まぁ、今の現状と辻褄が合うように都合の良い記憶に捏造されるだけだ。アスモルト・カーネリアンのこの身体は、このままこの城に置いて行くぞ? 目を覚ますかはわからないが、目覚めてもお前の王配になるという記憶は残しておくから安心しろ」

「ですが……今のこのお話も、私は忘れてしまうのですか?」

「……あぁ、まぁそうだな。話しても無駄か」

 突然の契約満了に動揺していたのは、アンネリーゼだけではなかった。
 アスモ自身も珍しく、らしからぬ言動をしていた。

「「……」」

 なんとも言えないその場の空気に、アンネリーゼは胸が苦しくなる。

 彼女には、お礼とお別れを言いたい相手がこの城の中に沢山いた。

 ……しかし、目の前の悪魔の王であるアスモデウスと、今この場でお別れとなるのなら、一分でも一秒でも長く、彼と一緒にいたいと思っていた。

「アスモ様、本当に、本当に、ありがとうございました……貴方様には感謝してもしきれない御恩が出来ました……忘れてしまうなんて、恩知らずな私をお許しくださいませ……ぐすっ」

 ほろりと流れたアンネリーゼの涙を、アスモが指ですくい取る。

「……何泣いてんだよ、俺様に会えなくなるのがそんなに寂しいのか? 可愛い奴め」






 アスモはアンネリーゼの頭をワシャワシャと撫で回し、ぐしゃぐしゃにした。

「……っぐすっ……ぐすっ……」

「じゃあな、元気でやれよ」

「っ! もう、行ってしまわれるのですか?!」

 アンネリーゼは咄嗟に、背を向けたアスモの腕を掴んだ。

 彼女のすがるようなその行動に、アスモはやれやれ、と振り返り、アンネリーゼの細い腰を抱き寄せ、力強く口吻くちづけた。

「……んっ……」







 その口吻を最後に、アスモの姿はその記憶とともに消えたのだった。










 多くの悪魔達がいなくなった翌日も、城の中は前日と何ら変わらない様子で一日がはじまっていた。

 朝、自分のベッドで服を着たまま目覚めたアンネリーゼも、もちろん悪魔達の記憶はなくなっている。
 
 そして、隣には婚約者であるアスモルト・カーネリアンが眠っていた。

 捏造された記憶でも、アンネリーゼはアスモルト・カーネリアンと婚約関係である事は変わらない。

 しかし、アスモデウスが憑依していないアスモルトが目覚めるかどうかは、誰にもわからなかった──の、だが……。



「……ん……アンネ?」

「アスモルト様、おはようございます」



 アスモルト・カーネリアンは何事もなかったように目覚めたのだった。

 ──実は、アスモデウスが憑依している間に、身体は動きやすいように健康に丈夫に作り変えられていたのである。

 悪魔召喚で費やしたはずの生命力も、アスモデウスは回収しなかったのだ。

 もちろん、アスモルト本人にも、カーネリアン侯爵一家にもアスモデウス達悪魔の記憶はなくなっている。

 二人は、アスモルトがアンネリーゼを助けた事をきっかけに恋に落ち、それ以来、愛し合う男女……という記憶に作り変えられていた。

 小粋な悪魔であるアスモデウスが、自分がいた時と何ら変わらない状態となるように取り計らってくれたのだが、その事を知る者は誰一人としていない。

 アスモデウスという悪魔の王の存在は、全ての人間の記憶から消え去ったのだ。

 











「王! おかえりなさいピ! 長丁場お疲れ様でしたピ! おまけに大量の配下までも、感謝いたしますピ!」

「ああ……デビューに向けて、しっかり訓練しといてやれ、次、ブラッドムーンがきても俺は絶対行かないからな!」

「かしこまりましたピ!」

 魔界に戻ったアスモデウスに、ポピーとの日常が戻ってきた。

「あ、王! ルシファー様の所に行くお約束、お忘れなきようお願いしますピ!」

 ポピーの言葉を聞き、忘れかけていたその約束を思い出し、アスモデウスは心底行きたくないと、項垂れる。

「ぁあぁぁぁ……そうだったピ……行かなきゃ駄目かピ?」

 得意のポピーの口真似をしてやり過ごそうと企むアスモデウスだったが、ポピーは絶対に行け、という目でアスモデウスを見ている。

「駄目だピ、絶対にすぐに行くピ!」

「……わかったピ……行くピ」

 行かないわけにはいかない事はわかっていたアスモデウスは、重い腰を上げ、ルシファーのもとへ転移した。










「ルシファー様……お呼びだったと聞き、参りました」

「アスモデウスか、お前……」

 執務室で書き物をしていたルシファーは、アスモデウスの存在を気にする事も顔を上げる事もなく、次の言葉を告げた。

「お前、私と同じ階級になっているぞ」

「……はい? あの……そんなはずは……」

 ルシファーの言葉に、アスモデウスは聞き間違いかと思ったが、ルシファーが冗談を言うはずはない。
 冗談でなければ、何かの間違いかと考えた。

「間違いではないぞ。お前、リリスちゃん・・・の子孫からどれだけチカラを搾取したんだ? ……いや、与えられたのか……」

「リリス様の子孫……から、俺がチカラを?」

 アスモデウスは、ルシファーのその言葉が意味するものが、間違いなくアンネリーゼと自分が身体を交えた事であると察した。

「……やはり、彼女に触れるたびに身体にチカラが漲る気がしていたのは、勘違いではなかったのですね……」


 ──その時。


 バンッ! と、部屋の扉が開け放たれ、ルシファーとアスモデウスのもとに、リリスが現れた。


「ア~ス~モ~デ~ウ~スゥ~!!」

「っひぃ! り、リリス様! ご、ご機嫌麗しゅうっ……」

 ルシファーの妻であり、恐妻でもあるリリスは、凶悪な黒いオーラを纏いながらも、何故かニヤニヤしている。

「リリスちゃん・・・♡丁度今、私がアスモデウスに話しを聞いていた所だよ♡」

 愛する妻リリスの登場に、ルシファーから威厳が消え去るが、いつもの事だ……魔界では周知の事実である。

「アスモデウス、貴方が私の可愛い可愛いひひひひひひひ孫ちゃんの純潔を奪ったと、タレコミがあったんだけれど、事実かしら?」

「事実のようだよリリスちゃん♡」

 アスモデウスの代わりに、ルシファーが秒で答えてしまった。

「へぇ~ふぅ~ん、ほぉ~……もちろん、合意のもとよね?」

 リリスは笑顔だが、変わらず怒りを含んだオーラをまとっている。

「も、もちろんですリリス様! 貴女様のご子孫に私が無理矢理など、ありえませんよ! ははははは!」

「なら、もちろん責任を取るのよね?」

「……せ、責任……と、言いますと……?」

 アスモデウスが聞き返せば、リリスは般若のような恐ろしい表情でアスモデウスにメンチを切った。

「責任は責任に決まってんだろ」

「(小声)……アスモデウス、結婚だ、結婚! “妻に迎えるつもりです”と言えばいい!」

 ルシファーから、有り難くない助太刀が入った。

「ああ! 責任! ええ、それはもちろん! 私は彼女を妻に迎えるつもりです! ……」

 ──つ、妻?! え、俺の妻?! 俺、結婚すんの?! 出来なくね?!


 アスモデウスはほんの少し動揺していた。

 何故なら、悪魔が人間と結婚するなど、聞いた事がないからだ。

「しかしリリス様、彼女は人間でして……」

「人間なんてふた月もすれば寿命を迎えるじゃない、さて、そうと決まれば、結婚式の準備を始めなきゃね!」

 リリスは般若の表情から一変、ご機嫌な様子をみせた。

「アスモデウス、その子が人間としての生を終える時、お前が迎えに行くのだ。そして求婚し、天界へ昇らせるのではなく、共に魔界へ堕ちるようにするのだ」

「っですが! 彼女の親も兄弟も天界へ昇りました。おそらく彼女もでしょうっ……それに、俺の記憶なんてとっくに消えているのですよ?!」

「……アスモデウス、リリスちゃん♡が結婚式の準備をすると言い出したからには、失敗は許されないと思え」

「……え」

 ルシファーは真面目な表情でアスモデウスの肩を掴んだ。

 掴まれた自身の肩から、ミシッと音がした気がしたアスモデウスだった。


 
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